カフカの「変身」
前項で“ある朝起きたら脳梗塞で介護老人になっていた”と書いた後で、どこかで似たような本を読んだことがあるのに気がついた。
出張セールスマンのグレゴール・.ザムザ君がある朝起きたら自分が1匹の甲虫になっていたというカフカの「変身」である。
あわてててて青空文庫でこれを読み返してみたら、シチュエーションはよく似ている。
脳梗塞と甲虫ではだいぶ違うではないかというなかれ。
目を覚ましてみたら、自分が手足も自由に動かせない、それまでの自分とは全然異なる生き物になっていたという状況はよく似ているではないか。
ザムザ君が甲虫に変身したからと言ってSFやホラー映画のような大騒ぎにならず、両親や妹も比較的冷静であるところが不条理文学の不条理たる由縁だ。
じっさいにはカフカを取り囲む環境はかなり厳しいものがあり、孤独や閉塞感などの重圧から逃れるために彼に変身願望が生じたとすればその点もわたしに似ている。
わたしも最近のキチガイじみた世相から逃れたいとつねづね感じているのだ。
だからといって、この社会の介護システムの恩恵を無視してまでは生きられない。
そういう矛盾を内蔵したまま、わたしのこのブログ記事は終末になだれ込む。
もだえ苦しむわたしを放っておいたまま、世間のほうはいままで通りにゆったりと時間が流れていくのである。
わたしの花壇ではチューリップが花盛りで、近所の保育園の子供たちが歓声を上げながら見とれて行く。
あのなかの少女もやがてはおとなになり、きれいな娘になるだろう。
世間はなにも変わらず“変身”したわたしだけが、不条理文学の主人公のように忘れられていくのだ。
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