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2026年4月 7日 (火)

日本人の気質

司馬遼太郎の「街道をゆく」のどこかに日本人はなぜむかしから綺麗好きだったのかと考察する箇所があった。
そういわれると、銭湯だけで一冊の本が書けるくらい日本人はむかしから風呂が好きである。
作家も理由がわからないまま「日本は湿気が多くべとべとしてるから」などといい加減な返事ですませると、いあわせた中国人からそんな国はほかにいくらでもあると反論されていた。
けっきょく本のこの部分では結論が出なかったようだから、わたしも考えてみた。
なんで日本人はむかしから風呂が好きなのか。綺麗好きなのか。
例によってググッてみると、生成AIは日本には“禊ぎ”という宗教的慣習があったからなどとこむずかしい理屈をいう。
神代のむかしまでさかのぼってみればそうかも知れないけど、日本は地理的条件もあって、むかしから水はタダといっていいくらい豊富だったということが考えられる。
たとえば水の乏しい砂漠の国で風呂に入る文化が育つだろうか。
おまけに温泉もたくさんあったから入浴の効能もよく理解していたといえるんじゃないか。

近世になってからはこれに新たにひとつの要素が加わった。
徳川300年の治世である。
徳川幕府というのは当時の世界でも傑出して格差が少なく、治安のよい政府だった。
しかも神田上水、玉川上水の掘削に見られるように300年の治世を通じてつねに水はタダ当然だった。

貧しい人はどんな国にでもいると考え、全体的に見れば、江戸時代はだれでもゆとりを持って暮らせる社会だったのだ。
熊さん、八っつあんでも仕事を終えた後、吉原へ女郎をかまいに行けたのである。
女郎をかまいに行くのにひと汗流してからというのは誰でも考える。
この点でも江戸幕府は人口の割合に応じて銭湯いくつというふうに銭湯の普及にも努めた。
こんな国はほかにない。
ロシアや中国のような帝国や王朝では、権力者の欲望は止まることがなく、庶民は苛斂誅求のぼったくり政治に喘いでいた。
へたに金を儲ければ権力者に目をつけられて財産没収、当人は無実の罪で死罪なんてことがいくらでもあったのである。
庶民が明日の心配をせずに安心して暮らせる。
これが日本と外国の違いだ。

越後屋や白木屋のような大店もあったけど、ただ儲けるわけにはいかず、彼らは町内の祭りごとや火災防災に責任を持たされていたし、店の前はつねに掃き掃除を、これは自ら進んでやっただろう。
そういう費用を分担させることで、江戸幕府は格差の拡大を抑えることに熱心だった。
結論として、日本人の清潔好きというのは徳川300年の善政によるところが大きいと思わざるを得ない。
綺麗好きだけではなく、いま訪日外国人たちが感心する日本人の美徳のほとんどが、徳川幕府の治世時代に備わったといっていいだろう。

「街道をゆく」には、日本人のこの綺麗好きが他の民族への蔑視につながったとも書いてあった。
綺麗好きというのは生物学的な生まれつきの個性ではないのだから、同じモンゴロイドの中国人でも、お上が公正な政治をしさえすれば、やがて日本人と肩を並べる可能性がある。
自分のいい点だけを見て他人を評価すべきではない。
もうすこし謙虚になったほうがいいということで、最近のYouTubeなんかの日本スゴイ系の映像なんがを観るとつくづくそう思う。

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