またコメント禁止
また新手のコメント禁止機能が発動されたようだ。
コメントをつけようとすると(たぶんわたしの場合のみ)、スパム防止という画面になってしまってコメントが書き込めないのである。
しかもアクセスカウンターが昨日は800台、今日は10時の段階でまた2桁にぎゃくもどりの49だ。
何がなんでもわたしを敵視し、排除しようという姿勢がありあり。
なんたる卑劣なやりかたと思うけど、仕方ないからまたブログ記事として書く。
これは本来、OKCHANさんの5月16日付けの「同じものを見て」という記事のコメント欄に書くべきもの。
以下はそのコメント全文。
黙って聞いていられないので、また横から口をはさみます。
また同じレイシスト同士のやりとりですか。
いったい中国に「神がいない」「論理観ゼロの国」というのは何か根拠があることなのですか。
わたしは去年の10月に上海に行ってきて、静安寺という寺院を見てきましたが、けっこう参拝客でにぎわっていましたよ。
中国政府が宗教を禁じていることは事実でも、それはオウム真理教や統一教会のように国家を危うくする勢力に拡大するまえに抑え込もうという考えからで、けっして庶民に頭から宗教を禁じているわけてはありません。
この迷い多き時代に、神や仏を国民の頭から完全に拭い去るのは不可能でしょう。
「論理観ゼロの国」の国というのも、いかにもレイシストの考えらしい。
何を根拠にゼロというのか、それを示さずにいいたいことをいうのでは、おまえの母ちゃんおお出べそというふうな、子供のケンカの悪口といっしょです。
すべてこちら側が、こちら側に都合の良いことを一方的に並べているだけじゃありませんか。
ディストピアが絵空事でないとすれば、すべて不信感をあおる人間の姿勢にあるでしょう。
ロボット工学三原則はこれまでいちども国際的取り決めになったことがありません。
現代のようにAIを組み込んだ自律型ロボットが戦争で活用されるようになったことからすると、未来永劫にそんなものが取り決めになるとは思えません。
食い止められるのにそうしなかったというのは、核戦争による終末を予想した米国の科学者カール・セーガンの嘆きでしたけど、ディストピアを防ぐのは、ただひとえに、相手の立場を考えるという人類の叡智と、寛容の姿勢にかかっているのでしょう。
ああ、わたしもいちいちこんな下らないことにいちゃもんをつけるのに疲れた。
いつかわたしの正しさがまっとうに評価される時代が来るよう祈ってますよ。
酔いどれ李白という名もないじいさんだけど、ココログの陰湿ないじめにも屈することなく、あいつだけは最後までこの世界の融和と協調を説き続けたってね。
コメント禁止というのは、ひよっとすると、わたしにとって勲章かもしれない。
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