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2026年5月29日 (金)

大懺悔

わたしには悔やんでも悔やみきれない思い出がいくつもある。
今日はそのひとつについて書こう
書くことがわたしにとって懺悔でもあるのだから。

むかし、当時からわたしは驕慢な無神論者だったから、会う人ごとに、アナタが死んで散骨を望むなら、わたしが引き受けますよと大言壮語してまわっていた。
散骨を望む者にはありがたいことで、じっさいに散骨してほしくても、親類縁者に頼むとたいていイヤな顔をされる。
みんな慣習通りに坊さんを呼んで、しきたり通りに葬式をやりたがるもので、ヘタすれば暗いジメジメした場所にお骨を安置されてしまう。
ありがたい、ぜひお願いできますかといってきたのが。当時の勤務先の同僚だったSという男だった。
彼は近代医学でも、どうにもなりませんんという悪質のガンに冒され、余命1年を宣告されていたのである。

そこである日、わたしたちはハイキング気分で飯能に向かった。
飯能の裏に天覧山という山があって、そこがSの散骨希望地だった。
本人の案内で散骨場所の下見をしておこうというのである。
天覧山までの途次、Sはどんな小さな神社仏閣にも手を合わせていた。
気のドクに、彼はまだ当時のわたしより若かったのだ。
奥さんを残して死にたくはなかっただろう。
天覧山は登山コースのわきの岩に十六羅漢を刻んだ箇所があって、そこがSの散骨希望の場所だった。

冷酷な時間は止まらない。
この翌年の春、もう少しで桜が満開になる直前に死神はきっちりとSを迎えに来た。
しきたり通りの葬式がとり行われて、Sの骨はしばらく奥さんが手元に保存していた。

わたしはSとの約束を守らなければならない。
そこである日思い切って奥さんに話してみた。
そろそろいいんじゃないですか、飯能へ行きましょうよと。
ところがここでコミュニケーション障害というわたしの欠点がもろにでて、わたしは誠意ある言い方ができなかった。
いきなり散骨を持ち出されて、奥さんもとまどってしまったらしい。
イイデスという。
わたしとしてはまだ新緑のころ、山がいちばんきれいな時期に散骨してやろうと考えていたので、拒絶されてすっかりヘソを曲げてしまった。

ずっとあとになって奥さんのほうから、知人を介して飯能に行きたいといってきたとき、今度はわたしのほうが拒絶してしまったのである。
あとで、どうしてつまらないことでヘソをまげたのかと、つくづく後悔した。
そもそもはわたしが言い出したことではないか。
この件を思い出すたびに、いまでも針で心臓をチクチクされているような気分になる。
唾棄すべき男、それがわたしである。

2021年4月22日にわたしはひとりで天覧山に登った。
Sを偲んでいくつかの歌をつくったのはこのときである。
もちろんそんなことで気が晴れたわけでないし、この件はいまでもわたしのトラウマなのである。

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