ああー、来ないねえ。
手前ミソになるけど、わたしが開発したバーチャル旅行記に対して、講談社あたりから開高健ノンフィクション賞受賞のお知らせが。
わたしは2016年ごろ、グーグルのストリートビューを使えば部屋にいながら世界を旅することができることに気がついて、以来ものにした紀行記がポール・セローとの「地中海」や「アフリカ」、日本の明治時代の笹森義助の「沖縄」など3本以上に上る。
わたし以前にこうしたネット情報だけで書かれた紀行記は見当たらないから、SV(ストリートビュー)紀行というのはわたしをもって嚆矢とするだろう。
これは新しい文学を提案したということで、充分になにかの文学賞に値するのではないか。
アホ言ってんじゃないという抗議のつぶてがばらばらと降り注ぐのは承知のうえだ。
おまえのやったことはポール・セローや笹森儀助の紀行記という元ネタがあって、それにネットて見つけた写真や地図を貼りつけただのものじゃないか、あんなものは神聖な創作物とはいえんよという人がいるかも知れない。
そんなことをいってたら翻訳小説なんて全部まとめて否定されてしまう。
文学賞をもらうのにはひとつ大きな問題がある。
わたしのSV紀行はネット上の他人の画像に頼ること大なので、わたしたちの世代からすると著作権にもろに引っかかるということ。
しかしこれもどこかで書いたけど、時間が解決してくれる問題のような気がする。
YouTubeを観てもわかるように、いまや著作権などあってないようなもの。
むしろネット上にあふれる情報をだれでも自由に使えないなら、そっちの弊害のほうが大きいだろう。
この問題は将来人類の叡智でもって、なんらかの解決策が図られるだろうと思ってるんだけどね。
もちろん、現地に行って美味しいものを食べたいとか、買春をしたいという即物的な楽しみを求める人には、ヴァーチャル旅行なんて絵に描いた餅でしかない。
それはわかっている。
しかしあいにくわたしは新しい土地を見たいという好奇心に突き動かされて、それを最大の目標とする旅人なのだ。
好奇心から現地を見るだけなら、いまやストリートビューでなんの問題があるだろうか。
ちなみに「バーチャル」をググると、「現実には存在しないが、パソコンなどを通じて本物と同じ体感を得られること」とある。
本物と同じ体感が得られるものかどうか、最初にやってみたのがアンコールワットへのSV紀行だった。
わたしは(どうせバーチャルなんだから)豪華なパークハイアット・シュムリアップに泊まり、そこからアンコールワットまでの徒歩旅行に挑戦してみたのである。
おかげでいちどもカンボジアに行ったことがないにもかかわらず、道中どんな景色が見られるのか、みんなわかってしまった。
SV紀行行というものも決して馬鹿にはできない
そういうわけで、わたしは開高健ノンフィクション賞のお知らせを、首を長くして待っているのである。
開高健には「オーパ!」という、もはや伝説になった紀行記がある。
謙虚なわたしは、学職やバイタリティ、胃袋の大きさ等で開高健に匹敵するとは思っちゃいない。
「オーパ!」は、わたしの愛読書でもあるけど、これは釣り紀行記であると同時に一種の博物記になっている。
わたしはダーウィンの「ビーグル号航海記」に代表される博物記というものも好きである。
だからわたしは自分のSV紀行でもそういう点にこだわった。
可能なかぎり市場や、その国の自慢にならない貧困地区、たまに名所旧跡ものぞくし、そして珍しい動植物を見のがさないようにした。
おそらくわたしのSV紀行で、初めてそんなことを知ったという人も多いに違いない。
とはいえ、博物記なんて書くとそれだけでビビっちやう人がいるかも知れない。
わたしが書きたいのは学術の本ではなく、もっとくだけた楽しい紀行記であって、理想をいえば筒井康隆や椎名誠と同じタイプの読み物である(ご安心を)。
SV紀行に入れ込んだおかげで、わたしでさえ想像もしてなかった場所を見たこともある。
ポール・セローといっしよにまわった地中海では、イタリアのアリアーノという小さな村を紹介した。
正直いってこんな村のことはまったく知らなかったんだけど、ここは戦前にムッソリーニに抵抗して島流しになった医師が幽閉されていたところだそうだ。
ストリートビューをたんねんに調べているうち、アリアーノ村の全体像や、医師の幽閉されていた家までも発見してビジュアルで紹介することができた。
ストリートビュー恐るべしである。
ほかにもわたしのブログが、望外の僥倖に役立ったこともある。
笹森儀助の沖縄紀行を書いているとき、記事中に登場する岸三郎という人の玄孫という人から、曽祖父について知識を得ることができましたとお礼のコメントを頂いたのだ。
わたしの努力が報われた一瞬である。
これてもまだ不満げな人にいうけど、「オーパ!」を読む人だって、みんな書斎で文字を読んで満足しているのであって、じっさいアマゾンまで出かけられる人は多くないはずだ。
だからSV紀行も、これが新しい形式の紀行文学であることを信じて疑わない。
生きているうちは無理でも、死んだあとで有名になることを疑わないのである。
未来の大作家というこんな壮大な夢を持ってるじいさんて、ほかにいるかしら。
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