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2026年6月

2026年6月15日 (月)

今日という日

20260615

今日は駅近くの床屋で散髪を済ませてきた。
じつはこれがひと苦労、足が弱っていて、バス停までの歩きが容易ではないし、天気がよかったら熱中症の心配もしなけりゃならん。
タクシーを使うことも考えたけど、さいわい今日は雨上がりで、わたしのためにあつらえたように涼しい日だったから無理を押して出かけることにしたのである。

脳梗塞の悩みを忘れるには、似たような病気を抱えた有名人を思い浮かべることだ。
彼も辛いんだ、わたしも負けちゃいられないと自分を鼓舞するために。
ところがわたしが以前取り上げた恨みシュランの神足裕司さん、彼はこの3月に亡くなっていたね。
くも膜下出血で要介護5のまま執筆生活を続けていたらしいけど、とうとう力尽きたか(合掌)。
これではわたしを鼓舞するどころか、ますます絶望に追いやるだけだな。
わたし?
お先まっ暗。

わたしの知っている不幸な人たちをつぎつぎと思い出してみたけど、たとえば若いころ野球部の部長をしてたコワモテ大先輩で、子分を引き連れて飲み歩いていたころが忘れられず、なんとかひとりで街まで出られらるくらいリハビリに励んだ人もいる。
前項に書いた元祖山ガールの知り合いも、若いころは美人でみんなにチヤホヤされていたから、あのころに戻りたいとリハビリに熱が入る。
わたしの場合は元気になれば、またつまらない人生を引き延ばすだけだと、ぜんぜんリハビリに熱が入らない。

もうひとり、人生の苦難を一身に引き受けたような「久美のNEWSな日記」の久美ちゃんを思い出してみたけど、彼女の本質はネアカらしく、またしても襲いかかった試練に往々しく立ち向かっていた。
わたしとしては彼女のブログの宣伝をして、そのアクセス数を増やすことしかできないのが申し訳ないないけど、ホント、いつも彼女の日記には励まされる。
それでも今日は床屋まで往復していくらか考えが変わった。
元気になれば、少しでも歩ける状態を維持しさえすれば、そのうち自然死のほうが先に来て、トイレにも行けない、風呂にもひとりで入れないという、最悪の状態をうしろに追いやれるかも知れないと。

そんなことを書いたら、今日のわたしのアクセスは、なんと1200じゃないか(夜の10時現在)。
油断したな、ココログ。
リンクを張っておいたから、わたしのブログの読者の大半が久美ちゃんにも流れただろう。
久美ちゃんも、なんで今夜はアクセスが跳ね上がったんだろうと驚いているかも。

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2026年6月14日 (日)

思い出の上高地

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ネコ大好きおばさんはどうなっただろう。
ひとの悪いわたしが、あまり冗談をかますのて、冗談の通じない女の典型であるおばさんは怒ってそれっきりだ。
しかし最後にメールをくれたときでさえ、彼女は定期的に透析が必要な病人で、足を鍛えるためにリハビリ施設に通っていた。
つまりわたしが早いか彼女が早いかという、危機迫る病人だったのだ。
それがずっと連絡なし。
ひよっとするとすでにと、不安になって息子さんに電話をしてみた。
かりにお亡くなりになっていたとすれば、今回のブログは彼女の一代記になるはずだった。
彼女は元祖山オンナで、わたしとの関係も八ヶ岳や北アルプスにまつわるものが多い。
わたしは彼女の山の原点は上高地の河童橋にあると信じてるので、できれば骨はその上から、梓川へ散骨してやりたいとロマンチックな考えを持っていた。

母ですか、元気です、今日は仲間達とカラオケに行ってますという息子さんの返事である。
そうなんだよな。
彼女はタフな女で、ロマンチックなわたしとは相容れない女なのだったよ。
忘れていた。

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2026年6月13日 (土)

G7

早苗ちゃんがG7に参加だそうだ。
さあて、わたしたちは注意しなければいけない。
ヨーロッパにとっては極東の戦争なんて痛くもカユくもない。
むしろ数が多すぎる中華民族同士(と生意気な日本)が殺し合ってくれれば好都合だ、
そこでひたすら早苗ちゃんを持ち上げて、台湾有事をあおる。
早苗ちゃんもああいう性格だから、おだてられて木に登りゃしないか。
わたしたちはヨーロッパの発言や、出方に注目する必要があるんだよ。

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2026年6月12日 (金)

世界残酷物語の2

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ひさしぶりに(18年ぶりだ)映画コレクションの中から「世界残酷物語」を引っ張り出して、観た。
前回このブログで取り上げたのは2008年1月のこと。
そのときこのゲテモノ映画の主題歌が、アカデミー歌曲賞にノミネートされたと書いた。
ところがあらためて観てみると、映画の中に、あの聞き覚えのある美しい旋律がぜんぜん出てこない。
いや、出てこないわけではなく、映画のなかのほんの一部にかすかに聴こえるだけなのである。
それで思ったけど、歌曲賞にノミネートされたといっても、おそらくこの年に公開された映画の中のスコア(楽譜)で審査されたのだろう。
審査員を務めるようなプロの音楽家なら楽譜を見ただけで、これはいい音楽だと気がつくはずだし、かならずしも映画の中で全曲が流される必要はないわけだ。

映画はあいかわらず、わたしは一抹の悲しみを感じさせる。
映画の中にシンガポールの“死者の家”というものが出てきた.
これは歳をとったり、不治のの病いなどで、先行きの見込みのない病人を収容する家のことだという。
死が間近の老人たちのわきで親族たちはどんちゃん騒ぎだ。
でも、これでいいんじゃないか。
もしかしてまわりが静まりかえっていたら、死にゆく老人はどんなに心細いことだろう。
さすがに中国人はわかっている。
じつはわたしも最近では考えを改めた。
孤独で生きてきて、死ぬ時は誰でもひとりさなどと豪語してきたわたしだけど、その瞬間だけはにぎやかなほうが楽しそうだ。
ひとつわたしの場合は、打ち上げ花火で盛大にやってもらおうかなどと。

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絶滅危惧言葉

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ここんところOKCHANさんは中国の古典や名言ばかり取り上げているね。
もしかするとレイシストはやめたのかしら。
いいや、カルト信者といっしょで、自分の信ずる道からそう簡単には転向しないよね。
そのうちまたなんかの拍子にポロリと本音がこぼれるだろうから、楽しみにしてるんだけど。
OKCHANさんばかり槍玉に挙げて申し訳ないけど、彼は頭の体操が必要なわたしのよき協力者なのだ。

中国の古典や名言もいいけど、大切なのはそれをどれだけ咀嚼できるかだ(何度もいってきた)。
古代の中国と現代はちがうというなら、それこそ詭弁である。
右翼が問題視する“中華思想”というのは古代の中国で発生した言葉だし、じっさいに秦や漢の時代には周辺国と侵略戦争ばかりしていたのに比べ、現代の中国は月ロケットまで打ち上げ、国民のひとりひとりがトランプさんの横暴だって知ってるし、周辺国ともトラブルは起こしてないグローバル先進国なのだ。
中国に対するレイシズムは絶滅する運命にある。
考えてみれば、日本人のだれもが自由に上海にでも出かけて、またピリ辛サトイモを食えるほうがいいではないか。

いまのわたしはウクライナ戦争で正義と信じるロシアが劣勢に立たされているので怒り狂っているのだ。
わたしの近くには寄らないほうがエエ。
どうして世界にはこんなにわからず屋が多いのだろう。

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2026年6月11日 (木)

長編小説

またいちゃもん。
ある人がブログで曽野綾子の「無名碑」という書物について書いていた。
なんでもダムや高速道路の建設に従事する土木技師を描いた長編小説だそうだ。

かって「黒部の太陽」という日本映画があった。
滝沢修や辰巳柳太郎ら名優の演技が素晴らしく、それだけでも記憶に残る映画だったけど、これもダム(黒部ダム)建設にまつわる話である。
こちらの原作は木本正次という人で、この人はもともと新聞記者で、企業と人間の関わりを取材してきた人だから納得できるけど、良家のお嬢さんにしか見えない曽野綾子さんは、いったい人生のどのあたりで小説が書けるくらい土木の勉強をしたんだろう。
作家というのはスーパーマンなのか。
そう考えると、いちゃもん居士のわたしは、たちまち読む気が失せるし、なにやら出版界の裏の事情まで憶測したくなってしまう。
体が元気ならすぐにでも図書館に行って自分でも読んでみるんだけど、残念なことにいまは図書館の往復さえ簡単ではない。
だから今回のいちゃもんは“有名作家だからと、あまり安直に飛びつくのは感心しませんよ”ということぐらい。

ついでにいわせてもらうと、普通に生活している人にとって、長編小説を1冊読むのは大変なことである。
わたしがブログをよく読むのは、それがお手軽に読めるていどの分量だからだ。
昨夜は「平家物語」のいたさかのおぱちゃまのブログを読んでいたら、そこに木下尚江の「火の柱」という書物名が出てきた(そのブログを読みたい人は「板坂耀子」「火の柱」というキーワードで検索のこと)。
おばちゃまにいわせるとヒロインがてごめにされかかるシーンがあるらしいから、その部分だけを読んでみることにした(木下のほうは青空文庫で読める)。
ところがいくらか古文調であるところへ持ってきて、これが長編で長いのなんの。
とうとう肝心の部分が見つからないまま、途中で放り出した。
このように、ブログのネタにする程度の理由で長編を読み通すのは楽じゃないのだ。
曽野綾子の本を話題にしたブロガーも普段は呑んだり食ったり、親戚と普通につきあう生活をしてるらしいから、スーパーマンかいと聞きたくなってしまう。

 

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2026年6月10日 (水)

眼科

脳梗塞というのは脳の一部が損傷するそうで、自立神経もとうぜん影響を受けるから、あちこちにモグラ叩きのようにおかしな箇所が頻発する。 
食事をすればよだれがタラタラなんてのはいいほうで、鼻水はたれるし、みっともないこと甚だしい。
最近目がかすむのも脳梗塞の影響らしい。
脳梗塞になるまえまではそんなことはなかった。
目だけはいいのが、わたしの取り柄だったのにねえ。

知り合いが白内障じゃないのと脅かすから、今日は眼科に検査に行ってきた。
眼科の待合室でしばし待機。
目の前に小学生くらいの男の子がいる。
へえ、あんな子供でも眼科に用事があるのかいと、子供ではなくその母親を見つめる。
わたしの悪いクセだ。
なにしろまだ若くて胸のあたりがふっくらした人妻だったから、ついギラギラした目で、といっても白内障じゃギラギラさせようがないか。
なにをしに行ったのだと叱責されそうだけど、白内障のほうは手術の必要なし、もうすこし経過を見ましょうとの見立て。
そんなこといわれても、目がしょぼしょぼではブログの更新がやりにくくて困るんだけど。
本日もどこかにミスタッチがあると思うけれど、それはこういう理由だ。
いろいろ問題かかえて、それでも今日はひさしぶりに外出したおかげでいくらか気分がよい。

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2026年6月 9日 (火)

またまたお節介

またOKCHANさんというと、またけなすんだろうと思われそうだけど、今日はほめるぞ。
今日のコメント欄に例によってShinzeiさんがコメントをつけているけど、それに対して、珍しく異をとなえる発言だ。
読んでもらえばわかるけど、皇位継承問題でもなんでも、皇室に当事者の意見を言う資格(権利?)はないのである。
太平洋戦争のときも、昭和天皇は戦争に反対だったかも知れないけど、そんなことを公言する自由はなかった。
戦後になってから藤田侍従長の談話などで、天皇の本意のようなものが洩れ聞こえたこともあるけど、これも天皇を弁護するための政治問題化していて、真相はわからない。
それだけ当事者の意見に重みがあるということだけど、考えてみれば皇室というのは、役者やスポーツ選手の好き嫌いていどのことでも自分の意見をいえない気のドクな人々といえるだろう。
日本がファシズム化すれば、それに追従しなければならないのが皇室というものだ。

それはともかくとして、こんなコメントのやりとりばかりだと読み応えがあっておもしろい。
皇室の意見が日本人の総意であると、諸外国から思われないためにも、日本人ひとりひとりの聡明さが必要なんだよと、わたしの嘆きはつねにそこへ帰っていく。

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2026年6月 8日 (月)

お節介

脳梗塞のわたしに、ヘルパーさんの1カ月分の請求書が来たよ。
内訳のところに一万五千円ナンボという金額が出ていたけど、わたしの支払額はその10%で1500円くらいだって。
安いのに感心した。
思わずヘルパーさんに、これとっておきなと、チップでもはずみそうになったくらい。
やっぱり日本は障害者にやさしい国。
それだけいまや障害者が多いということか、これならなんとか乗りきれそうだ。

世間から隔絶してるあいだに、ケア・マネージャーさんが包丁で刺されたってね。
こういう事件があるたび、わたしみたいなおとなしい老人が迷惑を被る。
ここんところ出入りのケアマネさんが寄り付きゃしないじゃないか。

いつも読んでいるブログの中に、今日は書かずもがなというものが2件。
本人は書くのが義務だと思っているようだけど、特に書きたいことがないときに無理に書くと、ついつまらないことを書いて、痛くもない腹を探られることがある。
書きたいことがない場合、無理せず休むことだ。
だれもあなたのブログに期待してるわけじゃない。
今日はわたしも特に書くことがあるわけじゃないので、介護保険の内幕と、また他人へのいらぬお節介でお茶を濁すのだ。

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ココログとわたし

涼しくていいね。
今年も猛暑なら、もうすでに布団の中で熱中症でお亡くなりになっていたかも。

6日からココログをけなす記事を載せっぱなししておいたら、ココログの怒りを買ったらしく、昨日のアクセスは17時半の時点でやっと85だ。
このままではふた桁で終了かも知れないと心配になってしまったワ。
そればかりかまたコメント禁治産者に逆もどりかも。

以下の3つの但し書きはココログのアクセス欄についていたもの。
※システム上数値の反映には、タイムラグが発生したする場合があります
※引き継ぎのフォーマット変更により、数値の累計に誤差が出ている場合があります
※ブログのアクセス解析とランキングは異なるサーバーによる集計になるため、誤差が生じます
最初からマユツバを認めてんじゃないか。

え、わたし?
まじめくさったつまらないブログの中で、わたしのブログは意表をつく視点と、歯に衣着せぬ正直なものいいでさんぜんと輝いているし、わたしの書いた紀行記は、ただで読める筒井康隆あるいは椎名誠としてファンを惹きつけるし、書いているわたしの名は、著名ないちゃもん居士として、よそのプロバイダーにまで鳴り響いているのだよ。
それなのに、昨夜のアクセスはとうとう135で時間切れだ。
ここ数ヶ月のアクセス推移をみると上は800から下は135と、通常では考えられない乱高下じゃないか。
わたしのブログが、どれだけココログの経営に貢献してると思ってるんだ。
まあ、好き嫌いがはっきりしているところは正直でいいけど。
いったい公器と言っていい天下のプロバイダーであるココログが、有料会員である顧客を、そんなにあからさまにえこひいきしていいと思ってんのか。
そうはいっても、えこひいきの被害者であるわたしも、ココログが閉鎖になったりしたら困るのはいっしょ。
ひよとすると、わたしとココログのバトルがおもしろいと、こちらにも目を離せない熱心な読者もいるかも知れない。
うん、やっぱりわたしがココログの収益増のためにひと肌ぬがなきゃいけんようだねえ。
これからもわたしは、自分とココログのバトルを名物記事にすべく頑張るつもりだ。
乞うご期待。

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2026年6月 7日 (日)

iPad復活

お、iPadをリセットしたらもとの状態にもどったよ。
先日の夜中に自動的にOSのバーションアップがされて、それ以来いちいち電源を入れるたびにパスコードを記入しろという画面が出てうっとうしかったのに、それがなくなった。
パスコードぐらいという人がいるかもしれないけど、省エネモードにしてあると、すぐに電源が切れる。
そのたびにパスコードといわれると、うっとうしさもハンパじゃない。

リセットしたら、また電源をいれたとたんにトップ画面が表示されるようになった。
ひとつ玄関の敷居が減ってすっきりした感じ。
わたしと同じ悩みをかかえているじいさんがもしもいたとしたら、わたしだけの秘密にしておくのはもったいないので、ここに対応策を公開いたしませう。
ひとつ注意をしなければいけないのはWI-FI設定もリセットされてしまうので、これのユーザー名とパスワードをあらかじめ控えておくことだ。

この程度でもアップルはまともな会社になったなと安堵。
おーい、Hiroshiさん、読んでるかーい。

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2026年6月 6日 (土)

卑劣なやり方

またOKCHANさんがわたしが反発しそうなことを書いている。
もちろんわたしは反発した。
そこでコメントをつけようとしたら
コメントの確認
スパム・コメント防止のために、以下の画像の文字を入力してください。20260606
という画面が現れた(添付した画像)。
またココログの卑劣なやり方らしい。
つまりココログまでいっしよになって、当然あるであろうというわたしのコメントを阻止しようとしているわけだ。
ほかのだれでもいいけど、他人のブログにコメントをつけようとしたら同じ画面が出るかどうか試してほしい。

以下はわたしがつける予定だったコメントの全文
いったいどこが国連を脱退した頃の日本と、現在の中国が似てるのですか。
あなたは最初から関東軍と現在の中国のトップを結びつけようとしているしか思えません。
それともわたし(酔いどれ李白)を挑発しようとしてこんなことを書いているのですか。
またShinzeiさんがコメントをつけてるようですが彼はあなたの同類です。
同じ意見同士でどこまで傷をなめあっていれば満足なのですか。
お望みならいつでもレイシストのあなたたちと討論しますけど。

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2026年6月 5日 (金)

やけにくっきりした夢を見た。
わたしがスーパーで買い物をして料金を払おうとしたら、財布は知り合いが持っていることがわかり、一文無しのわたしは途方にくれて周囲を見まわすという夢である。
夢からさめたあと、思わず自分が寝ていたベッドを振り返った。
ひょっとしたら自分のたましいが肉体から分離して、肉体だけはベッドに取り残されていやしないかと。
そんなことはなかった。
わたしのたましいはあい変わらずベッドの中にいて、肉体にしっかりとしがみついていた。
今日も不自由ないちにちが始まるようだった。

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2026年6月 4日 (木)

SV紀行

ああー、来ないねえ。
手前ミソになるけど、わたしが開発したバーチャル旅行記に対して、講談社あたりから開高健ノンフィクション賞受賞のお知らせが。
わたしは2016年ごろ、グーグルのストリートビューを使えば部屋にいながら世界を旅することができることに気がついて、以来ものにした紀行記がポール・セローとの「地中海」や「アフリカ」、日本の明治時代の笹森義助の「沖縄」など3本以上に上る。
わたし以前にこうしたネット情報だけで書かれた紀行記は見当たらないから、SV(ストリートビュー)紀行というのはわたしをもって嚆矢とするだろう。
これは新しい文学を提案したということで、充分になにかの文学賞に値するのではないか。
アホ言ってんじゃないという抗議のつぶてがばらばらと降り注ぐのは承知のうえだ。
おまえのやったことはポール・セローや笹森儀助の紀行記という元ネタがあって、それにネットて見つけた写真や地図を貼りつけただのものじゃないか、あんなものは神聖な創作物とはいえんよという人がいるかも知れない。
そんなことをいってたら翻訳小説なんて全部まとめて否定されてしまう。

文学賞をもらうのにはひとつ大きな問題がある。
わたしのSV紀行はネット上の他人の画像に頼ること大なので、わたしたちの世代からすると著作権にもろに引っかかるということ。
しかしこれもどこかで書いたけど、時間が解決してくれる問題のような気がする。
YouTubeを観てもわかるように、いまや著作権などあってないようなもの。
むしろネット上にあふれる情報をだれでも自由に使えないなら、そっちの弊害のほうが大きいだろう。
この問題は将来人類の叡智でもって、なんらかの解決策が図られるだろうと思ってるんだけどね。

もちろん、現地に行って美味しいものを食べたいとか、買春をしたいという即物的な楽しみを求める人には、ヴァーチャル旅行なんて絵に描いた餅でしかない。
それはわかっている。
しかしあいにくわたしは新しい土地を見たいという好奇心に突き動かされて、それを最大の目標とする旅人なのだ。
好奇心から現地を見るだけなら、いまやストリートビューでなんの問題があるだろうか。
ちなみに「バーチャル」をググると、「現実には存在しないが、パソコンなどを通じて本物と同じ体感を得られること」とある。

本物と同じ体感が得られるものかどうか、最初にやってみたのがアンコールワットへのSV紀行だった。
わたしは(どうせバーチャルなんだから)豪華なパークハイアット・シュムリアップに泊まり、そこからアンコールワットまでの徒歩旅行に挑戦してみたのである。
おかげでいちどもカンボジアに行ったことがないにもかかわらず、道中どんな景色が見られるのか、みんなわかってしまった。
SV紀行行というものも決して馬鹿にはできない
そういうわけで、わたしは開高健ノンフィクション賞のお知らせを、首を長くして待っているのである。

開高健には「オーパ!」という、もはや伝説になった紀行記がある。
謙虚なわたしは、学職やバイタリティ、胃袋の大きさ等で開高健に匹敵するとは思っちゃいない。
「オーパ!」は、わたしの愛読書でもあるけど、これは釣り紀行記であると同時に一種の博物記になっている。
わたしはダーウィンの「ビーグル号航海記」に代表される博物記というものも好きである。
だからわたしは自分のSV紀行でもそういう点にこだわった。
可能なかぎり市場や、その国の自慢にならない貧困地区、たまに名所旧跡ものぞくし、そして珍しい動植物を見のがさないようにした。
おそらくわたしのSV紀行で、初めてそんなことを知ったという人も多いに違いない。
とはいえ、博物記なんて書くとそれだけでビビっちやう人がいるかも知れない。
わたしが書きたいのは学術の本ではなく、もっとくだけた楽しい紀行記であって、理想をいえば筒井康隆や椎名誠と同じタイプの読み物である(ご安心を)。

SV紀行に入れ込んだおかげで、わたしでさえ想像もしてなかった場所を見たこともある。
ポール・セローといっしよにまわった地中海では、イタリアのアリアーノという小さな村を紹介した。
正直いってこんな村のことはまったく知らなかったんだけど、ここは戦前にムッソリーニに抵抗して島流しになった医師が幽閉されていたところだそうだ。
ストリートビューをたんねんに調べているうち、アリアーノ村の全体像や、医師の幽閉されていた家までも発見してビジュアルで紹介することができた。
ストリートビュー恐るべしである。

ほかにもわたしのブログが、望外の僥倖に役立ったこともある。
笹森儀助の沖縄紀行を書いているとき、記事中に登場する岸三郎という人の玄孫という人から、曽祖父について知識を得ることができましたとお礼のコメントを頂いたのだ。
わたしの努力が報われた一瞬である。

これてもまだ不満げな人にいうけど、「オーパ!」を読む人だって、みんな書斎で文字を読んで満足しているのであって、じっさいアマゾンまで出かけられる人は多くないはずだ。
だからSV紀行も、これが新しい形式の紀行文学であることを信じて疑わない。
生きているうちは無理でも、死んだあとで有名になることを疑わないのである。
未来の大作家というこんな壮大な夢を持ってるじいさんて、ほかにいるかしら。

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2026年6月 3日 (水)

代替空港さん

おお、いつのまにか大石英司の「代替空港」さんが復活してたね、
しかも復活したとたんに、ココログの人気ブログで5位あたりの定位置にランクアップだよ。
それに引き換えわたしのブロは、また不人気ブログの定位置にもどりつつある。
なんか謀略みたいなものを感じるけど、いまさらココログに文句をいっても始まらない。
あのカルト宗教もどきの占い師さんのブログも、あいかわらず上位の定位置だから、これがココログがいかにいいかげんかの目安になる。
ブログを生きがいにして、割り増し料金まで払っている年寄りにははなはだ不人情なことだ。

さて、本日の脳梗塞日記。
寝ている時だけは健常者と変わらないので、どうしも寝ていることが多い。
すると筋肉がますます衰えていく。
最近はみっともないくらい腕や足が細くなってきた。
リハビリに精を出せばいいけど、人生をなかば放り投げた人間にそれは無理。

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2026年6月 2日 (火)

テイムクリ君

とあるブログにティムクリという、これはクリスチャンの宣教師らしいけど.そんな若者のYouTubeチャンネルのことが出ていた。
なんでもパレスチナ問題についてごたごたいってるらしいので、参考のために映像を探してみた。
すぐに見つかったのが代々木のモスクまでかけてイスラム教の信者にインタビューするという映像。
最近は相手のこともよく知らず一方的に意見を並べる輩も多いから、そのかぎりにおいては感心だ。
と思ったのはここまで。

もうひとつティムクリ君の映像で見つかったのが、“重大発表です”と銘打った映像。
これはどうでもいいことを大騒ぎして、なんとかして視聴者を増やそうというユーチューバがよく使う手である。
案の定ティムクリ君が結婚をするんだそうだ。
そんなわたくしごとが、どうして重大発表になるんだい。
勝手にやればいいだろうというだけではなく、これ自体がティムクリ君の軽薄さを物語っている。
だいたい宣教師が公けの場で結婚しますと公言したら、彼はもう離婚もできやしないぞ。
えらそうなことをいってすぐに離婚じゃ、彼の宣教師という信頼も一瞬で失われるだろう。
映像を観た限りじゃ新婦も、いまどきの派手な娘のようで、これじゃ先が心配だ。
だれかわたしと賭けをしないか。
わたしはティムクリ君が別れるほうに賭ける。

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2026年6月 1日 (月)

病膏肓

ブログをしている人の中には、わたしもそうだけど、文章を書くことをやめられない人がいる。
理由はいろいろあるけど、まさかこれで文壇にデビューしようというわけではなく、ただひたすら外部との接点を求めてという人もいる。
文章を書いてそれに他人から反応があれば、それによって自分も外部との接点を見出し、社会の一員であるという保証を得られるというわけだ。
そういうわけで、ひたすら文章を書き続ける。
書いているときだけ、生きがいを見出しているのだ。

具体的にいおう。
わたしのブログにときどき名前の出てくるShinzeiさんだ。
彼も病的に書かずにはいられないタイプ。
そんな彼のブログが2日間ほど、お知らせもなしに更新がストップした。
わたしは過去に彼の記事やコメントを引用したことがあるので、こうなると心配になってしまう。
わたしと彼では政治姿勢はま逆といっていいほど違うのに、安楽死法案成立を願うという共通点があって、おそらく不遇な人生を背負ってきたという点では共通しているのだろう。
ひょっとすると急病にでもなって、寝込んでいるのではないか。(なにしろわたしにも前科がある)。
だからいてもたってもいられなかった。
今朝見るとようやく新しい更新がされていたからひと安心。
たかが2日か3日更新が止まっただけでうろたえてしまうのだから、わたしもそそっかしい。
Shinzeiさん、人生に悩むのはあなただけじゃないんだよ。

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