ネットをめぐる

2019年11月 8日 (金)

身内批判

今日は新聞を読んでも適切な韓国ネタはない。
それで先日思ったことを書く。
ほかならぬ身内批判てことになるのかもしれないけど。

いろいろ韓国との情報を得るのに役立つというので、News .U.S というサイトを参考にしていることは、このブログに書いたことがある。
専門用語や数値にはめっぽう詳しいくせに、これがじつは、かなり強烈な嫌韓サイトであることも間違いがない。
まず、いまのアメリカ大統領が韓国を毛嫌いしているというので、やたら彼の肩を持つこと。
トランプさんが弾劾されて、その地位を追われたらどうする気だろう。
新しいアメリカ大統領が、いきなり韓国に親和的な態度をとるとも思えないけど、そのうち交代するかもしれない人の肩を持ちすぎると、あとで整合性が取れなくなりゃしないか。

つい先日も韓国を貶めるために、ヒュンダイの輸出が下がりぎみということを嬉しそうに書いていた。
それは事実だとしても、ついでに車のかたちからロゴまで、日本車のそれをパクっているなどと言いたい放題。
しかし途上国が先進国に似せた製品を作って、売り上げのおこぼれにあずかろうとするのはめずらしいことじゃない。
かっては日本の車も欧米の物真似だと嘲笑されていた時代があったくらいだから、これは途上国が先進国になるために、いちどは通過しなければならない関門なのだろう。

News .U.S が書かなければいけないのはこの先なのだ。
猿真似だのなんだのといわれながらも、日本人は製品の改良・改善に心血をそそいで、かって仰ぎみた西欧の車に追いつき、ついにはそれを凌駕するに至った。
さて、はたして同じことが韓国にできるだろうか。

できるわけがない。
儒教の悪しき伝統だかなんだか知らないけど、韓国は職人を軽視し、労働の現場を軽んじる国である。
日本を追い越したいと考えるなら、不買運動なんぞより、そういう意識を改革しなければいけないはずなのに、むしろ日本の後塵を拝することに汲々としている。

サムスン?
パイオニアとして先頭を突き進む日本には、山あり谷ありの困難な歴史があった。
サムスンは日本が下がり目のときに、うまく間隙をついて成功したに過ぎない。
現在の危機を乗り越えられるかどうかで、彼らの栄光が本物かどうかわかるはず。
News .U.S は本来、書くならこういうことを書くべきなのだ。

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2019年10月31日 (木)

未来の展望

今日の新聞に、国立図書館にブログを保存するという記事。
おお、ひょっとするとと思ったけど、わたしのみたいな泡沫ブログは対象外らしく、保存されるのは市川海老蔵サンやプロ野球選手のものだけらしい。
残念だな、とりたてて財産のないわたしにとって、未来に残せるものとしたらブログぐらいしかないのにと思う。
ヒエラルキーはこういうところにも存在するんだなって、平凡な庶民のわたしはガックリきちゃうけど、でも、これを読んでひとつの展望が開けてきた。

親類縁者からも疎遠で、墓もいらないという偏屈なわたしは、死んだあと二世代か三世代を経れば、もう完璧にこの世から忘れられているだろう。
わたしの親戚の子供が、風変わりなおじさんがいたらしいと、わたしに興味を持ったとしても、どんな人だったのかという証拠すら探しようがない。
しかしブログが残っていればそうではない。

たとえば、宮沢賢治という人はとっくのむかしに亡くなって、もはや生前の彼のことを知ってる人はひとりも残っていない。
しかし彼の詩や童話があるかぎり、彼の人格は永遠に不滅だ。
彼がどんな人であったかということは、彼の文章を読めば、いつでも誰にでもわかるのである。

おまえのアホなブログがと嘲笑の声が聞こえてきそう。
しかし、いまは有名人のブログ限定でも、将来もそうとはかぎらない。
コンピューターがいままさに生まれつつある巨大な生命体であるとすれば、その脳はありとあらゆる知識を欲しているはずで、将来的には森羅万象のことごとくを収集しようとするだろう。
量子コンピューターの出現でもわかるように、その処理能力は飛躍的に高まり、その容量は爆発的に増え続けている。
無限に増殖しようとするこの脳を止めるすべはもうないのだ。

YouTube には膨大な数の映像が集められている。
中にはとるに足りない映像もあるだろうけど、そうしたものもすべて、機械が感情というものを理解するのに必要なものだとしたら。
わたしのブログだって保存の対象にゼッタイならないという保証はないはずだ。

ネットで沖縄について調べたら、つぎからはパソコン画面に沖縄旅行の宣伝ばかりが出てくるようになった。
Googleマップのストリートビューには、すでに消滅したうちの近所の景色のデータも残っているだろう。
些細なことだけど、ネットを使って旅行の手続きをしたわたしの個人データは、米国のお役所のコンピューターにファイルとして綴じられているはず。

こんな具合で、どんなつまらなそうなデータでも、将来はコンピューターの中に効率的に保存される可能性があるのだ。
50年100年後に、わたしの親戚のガキが、コンピューターでわたしのことを検索して、このブログを発見するかもしれない。
おじさんて、引きこもりでイヤらしくて、誇大妄想を持つ人だったんだなと思われても仕方ないけど。

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2019年10月24日 (木)

ネットニュース

韓国の首相が来日して、新大久保駅にある、転落した日本人を救おうとして死亡した韓国人の追悼をしたそうである。
この時期だから、日本人のために亡くなった韓国人をひきあいに出して、なんとか日本と韓国の融和を図りたいという気持ちらしい。
このブログに書いたように、謝りたいけど謝れないんです、わかってわかってという心境がにじみ出ているな。

でも写真でみると、新大久保駅には亡くなった韓国人を顕彰するためのプレートが埋め込んであった。
心配しなくても、日本人はそういうことを忘れていません。
日本で嫌韓というのは、国を挙げての運動にはなってないことも、韓国首相にあわせて提言したい。

ネットニュースには、香港のデモ騒動の発端となった当事者の顔写真も、どうどうとさらされていた。
台湾で妊娠した恋人を殺して、香港に逃げ延びた香港人の写真である。
そんな事件が発端であることを初めて知った。
これじゃ犯人を裁くのに、中国本土に引き渡せという大陸の言い分も納得できないこともないぞ。
いまこの犯人は香港と台湾のあいだで宙ぶらりんになって、処罰を免れているそうだ。
どの国でもいいけど、まず犯人を厳罰にしてほしい。

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2019年10月18日 (金)

YouTube考

ひとつ YouTube でもやって儲けようかと思う。
最近の世論調査では、将来は何になりたいですかと訊くと、ユーチューバーという子供が増えているそうだ。
たしかに
YouTube を観ると、テレビの馬鹿馬鹿しいバラエティ番組みたいで、こんならオレにも作れるといいたくなる安直な映像が多い。
それで何十万、何百万も稼げるなら、こんな割りのいい仕事はない。
と考える人がいても不思議じゃない。

もっともあんまり安直な考えは危険だ。
来日して日本をさんざんからかおうとしたローガン・ポールは、良識派から非難されて、けっきょく尻尾をまかざるを得なかった。
ざまみろってなもんだけど、そういうことをきっちり理解したうえで、今日は
YouTube 考。

ネコにキュウリのような、たまに思いもかけない映像がヒットしているのを見ることもあるけど、偶然の産物をアテにしていたのでは長期的な稼ぎは見込めない。
恒久的に稼ごうとしたらべつの方法を考えなければならない。
この場合、若くてきれいな女の子が有利なのはいうまでもないけど、自分の容姿をあてにするのでは、体を切り売りするようなものだ。
ここはもうすこし地道で堅実な方法を考えよう。

ひとつ問題があって、よい映像を作ることが、かならずしもアクセスの向上につながらないということ。
このブログでもほめたことのある
Only in Japan というチャンネル、ひじょうに丁寧に作られた映像ばかりだけど、どうもそのへんの素人が金をかけずに作った番組でも、アクセスが高い(たくさん稼げる)ということがわかって、ジョン・ドーブ君も考えをあらためたみたいだ。
最近は同じチャンネルに、末尾に
go をつけたお手軽な映像も載るようになった。

ドーブ君のように、外国人の中には日本で生活して、その異文化ぶりを世界に発信する者がたくさんいる。
しかし大勢の外国人がみんな、たとえば回転寿司や奈良のシカの映像をアップすれば、異文化も無尽蔵でないからやがて飽きられる。
逆に日本人がパリやローマに住み込んで、そこから発信しようと思っても、これはムズカシイ。
世界を相手にするなら、日本のように極端に清潔な国だとか、自動販売機がどこにでもあるような、外国人から見て風変わりな文化を持った国でないとダメである。

いっそのこと、インドやフィリピンのような、インターネットの普及が遅れている国(のできるだけ田舎)に住み込んで、その現状を報告するなんてのはどうだろう。
ネットがないくらいならまだまだ伸びしろはあるはずだ。
わたしはそういう国に興味があるんだけど、残念なことに若い娘のアクセスは期待できそうにないし、そもそも生半可な根性では自分がそういう国で生きていけるかどうかも疑わしい。

先進国の文化にどっぷりつかった人なら、たとえばめずらしい動物を飼って、その生育記録の映像をアップする手もある。
ネコやイヌでは飼い主の自己満足になってしまう場合が多いようだから、ここはカワウソだとかヘビ、トカゲ、カエルなんかを飼うといいようだ。
世間には動物を飼いたいけど、面倒を見るのはどうもというわたしみたいな人間がたくさんいるのだから、動物モノはあるていどのアクセスが見込まれる。
気をつけないといけないのは、あまりめずらしい動物を飼おうとすると、WWFあたりから横槍が入ることだ。

まだまだアイディアはたくさんあるけど、きりがないからこのへんでやめておこう。
くれぐれもいっておくけど、世間にはマンガ家のように、自分の創造力で食っている人がたくさんいる。
そういうものが皆無の人が、安直に始めても長続きはしない。
と書こうとしたけど、でも
YouTube 上には、あいかわらず馬鹿馬鹿しい映像もたくさんあり、アクセスも決して少ないわけではなさそうだ。
やっぱりわたしのほうがアナクロ(時代おくれ)人間なのか。

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2019年10月10日 (木)

ダーウィン賞

日本がまたノーベル賞をもらったというので、さぞかし韓国がくやしがってるんだろうと思いつつ、ネットで関連する記事をひろっていたら、日本が受賞せず韓国だけが受賞したのはダーウィン賞だけであるという記事を見つけた。
イグノーベル賞なら知っているけど、そんな賞があったかい。
でも名前からするとなかなか権威のある賞みたいだ。

で、ググッてみたら、これこそわたし好み、学術的貢献よりも皮肉がてんこ盛りの賞だった。

簡単に説明すると、劣悪な遺伝子を後世に伝えないために、できるだけアホらしい死に方をした人に与えられる賞だそうだ。
ウィキペディアにじっさいの受賞例が列挙してあるけど、たとえば井戸に落ちたニワトリを助けようとして溺死した男女(ニワトリは助かった)、夏時間と通常時間をまちがえて時限爆弾で爆死したテロリスト、ポルノを見ながら車を運転中に事故死した男など、ほんとアホらしい事例ばかり。

そんななかに、閉まってしまったエレベーターのドアに腹を立て、車椅子のまま体当たりして墜落死した男というものがあった。
これはいまでもときおり YouTube で映像を見かけるけど、落ちたのはたしか韓国人だったはず。
残念ながら?ほんとうに、まだ日本人はひとりも受賞してないようだった。

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2019年9月10日 (火)

PHL農園だより

Ph06

いまYouTube で「フィリピン農園だより」という映像にハマっている。
これはNPOの海外協力事業の一環らしく、これを公開しているユーチューバーは、じっさいにフィリピンの貧しい農村に住み込んで、現地の人と同じ釜のメシを食いながら、仕事の合間に撮影した映像を公開しているらしい。

最初はたまたまイヌやネコ、サル、ヘビ、トカゲなどがうじゃうじゃいる原始的な田舎の生活が、自称ナチュラリストにとって理想郷みたいな感じがしたので見始めたんだけど、だんだん熱が入って、この映像についてもっと詳しく知りたくなった。
詳しく知るための第一歩は、まず公開されている映像をひとつ残らず集めることだ。
といってもそれは簡単じゃない。

「PHL農園」の映像が初めて公開されたのは2009年だそうで、その後事情があって100回分ほどを削除したという。
それでも、最近になってわたしが集めたものだけでも
70回分ぐらいあり、これで全部というわけではないのだ。
毎晩映像の蒐集に熱中しているので、現在のわたしはボケるひまもない。

ひとつひとつの映像は、せいぜい数分ていどの他愛ないものだけど、集めた映像を公開された順番に並べてみると、長尺のドキュメンタリーを見るようで、現地の生活がありありと目のまえに浮かび上がってくる。
日本に比べればインフラも整っておらず、生活は極貧というくらい貧しいものだけど、その自然の豊かなこと、まるで子供のころのわたしの郷里、いやそれ以上である。

まずたくさんのネコが出てくるけど、飼いネコなのか野良なのかわからないくらい、みんな自由奔放に生きていて、もちろん去勢なんて非道な仕打ちを受けているものは一匹もいない。
彼らは野山を自由に走りまわり、ネズミやヘビを捕まえて、自給自足も可能な生き方をしている。

ヘビもたくさん出てくるけど、フィリピンの田舎では小さな女の子まで、ご馳走だといってそれを追いかける。
ヘビだけじゃない。
川にはスッポンやナマズが手づかみできるくらいたくさんいて、やはり人間の食事に供される。
ここでは人間も自然界の弱肉強食の輪のなかにいる。
そんな日常がじつに興味深い。

わたしはこんな生活にあこがれるけど、ニワトリをしめて羽をむしったり、でっかいヘビの皮をはいだりすることはできそうにないから、そこで暮らすのはとても無理だ。
しかしわたしの友人に、フィリピン人の奥さんを嫁にもらい、奥さんの故郷に移住した人間がいる。
彼はわたしより若くてハンサムで、スポーツマンだし、日本にいるとき本職のあい間に園芸をしていたくらいだから、適応力はありそうだ。
彼の住んでいるフィリピンの田舎とやらに行ってみたいものである。

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2019年8月31日 (土)

障害発生

ネット障害発生。

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2019年8月27日 (火)

翻訳

わたしぐらい疑り深い人間はいない。
たとえば韓国とのゴタゴタで、いまあちこちのウェブページをながめると、韓国ではこういっている、こんな状況になっているという記事がやたらに多い。
たいていが日本人にとって気持ちのいい記事になっているのはいいんだけど、気持ちよすぎると、コレって本当かいと疑念がわく。
嫌韓サイトが自分たちに都合のいいことだけを選んで載せているんじゃないか。

そういうときは自分でちょくせつ、韓国の新聞を読んでみればいいんだけど、わたしは朝鮮語(ハングル)なんて知らない。

ところが最近、グーグル翻訳を使えば、全部ハングルのウェブページでも、丸ごと翻訳できることがわかった。
試しにやってみたら、完璧とはいえないものの、あとは自分の脳ミソで補完することで、ほぼ完全に意味がわかる。
今日の朝鮮日報に、韓国政界をゆるがすスキャンダルが載っていることも、その内容もイッパツだ。
わはは、これからはフェイクにだまされないぞ。

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2019年8月20日 (火)

大きな矛盾

あいかわらず後期高齢者の寝言みたいなことをほざいてウレシがっているわたし。
でもこれがボケ防止の良薬だと思うとやめられへんのよと、またいつもの言い訳を繰り返して、さあ、今日のブログに行こう。

ときどきウチの新聞に(よその新聞のことは知らない)、最近は言いたいこともいえない社会になったとぼやく著名人、文化人の発言が載る。
どうしてこんな社会になったのかと、怒りはたいてい政府に向く(ウチの新聞の場合)。
しかしなんでもかんでも日本政府に責任を負わせるのはおかしいと思う。
朝日新聞が未だに存続していることからわかるように、政府が言論統制をしているわけではない。

冷静に考えれば、なにもいえない社会になったのはインターネットの普及が大きい。
自分の気に入らないことはケシカランと思っても、かっては新聞に投書するぐらいしか方法がなかったのに、いまや一億総ネット時代で、誰もが公けに発言できる時代だ。
みんなで寄ってたかって、気にくわない意見や行為を攻撃する。
これでは世間の常識からはずれるような発言は、ぜんぜんできないことになってしまう。
なにもいえない社会というのはこういうことだろう。

だからといって、インターネットを禁止しろとはだれもいわない。
禁止したらなにもいえない社会になってしまう。
便利なようで便利ではない、不便なようで不便ではない。
この大きな矛盾。
わたしたちは行方の定かでない船に乗り、多すぎる航海士にみちびかれて、手探りで未来へ向かって航海しているところなのだ。
座礁したら、航海士を自認していた自分に文句をいえ。

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2019年8月16日 (金)

勉強をする

ネット掲示板の「海外の万国通信」をみたら、英国BBCが、日本では20世紀前半の歴史をほとんど教えないと書いていたそうだ。
ホントかよと思い、わたしの高校時代はどうだったかと考えてみた。

高校時代の教科書なんてほとんど覚えてないけど、まあ、これはわたしがぼんやりした学生だったせいかもしれない。
わたしの歴史についての知識は、そのほとんどが教科書以外の、たとえば小説や映画から得たものと、それをもっと詳しく知りたいという好奇心のたまものである。

学校で歴史を上っつらしか教えないのは、なにも日本だけではなく、英国も含めて、多くの国でいっしょじゃないか。
大切なのは個人的に勉強したい場合、自由な情報入手が可能で、社会のなかに制約や強制がないかどうかだ。

BBCの記事のコメントのなかには、ナチス・ドイツと日本軍のやったことでは、どっちがひどかったかというものもある。
そういうことをきちんと教えないのは問題だというつもりのようだけど、これだけでこのコメント氏の国もたいしたことを教えてないことがわかる。

国家のなかにはある種の目的のために、特定のイデオロギーは禁止で、一切国民の目に触れさせない国もある。
しかし日本ではさいわいなことに、左翼から右翼まで、ありとあらゆる情報が入手可能だ(朝日と産経が両立しているのを見よ)。

気になる事件があれば自分で徹底的に調べればよい。
日本の本屋、図書館にはありとあらゆる書籍が並んでおり、それを妨害するものはなにもない。
学校で教える授業量が多いか少ないかということは、あまり重要でないと思う。

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