ネットをめぐる

2018年4月24日 (火)

韓国ギャラップ

わたしが愛読しているネット掲示板「カイカイ反応通信」に、とんでもない記事が出ていた。
韓国ギャラップという世論調査会社が、じつはアメリカにあるギャラップ本社とはまったく関係ないインチキ会社だったというのである。
この会社の調査はあまりに偏りすぎているので、わたしも以前このブログで疑問を呈したことがある。
それが本当だったというわけだ。

ただカイカイ反応通信は、いわゆる嫌韓サイトのひとつだから、ここの記事ばかりを信用するのも危険だ。
そう思ってもっと名の知れた大手の新聞社の記事をながめてみたけど、ふつうなら真っ先に取り上げるはずの産経にも、現時点でこのことはひとつも出ていない。
だからわたしの記事もあまり信頼されちゃ困るんだけど。

なんとなくアメリカの世論調査機関というと信頼してしまう人が多い。
しかしこういうところの調査ってあまり信頼できないことも事実。
グーグルでギャラップについて調べてみたら、この会社(アメリカ本社)の調査で、日本はやる気のある社員の割合が、139カ国中132番目だったという結果が引用されていた。
いったいなにを根拠に結果を導き出しているのか知らないけど、これで信用しろっていうほうが無理。
日本の新聞社が韓国ギャラップのインチキ問題に触れてないのも、最初からそんなものアテにしてないからかもしれない。
もしかしたら、この程度のことを知らなかったのはわたしだけかも。
ただ韓国ではそういうものに扇動されてしまう人が多いのが問題だな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月 5日 (木)

カイカイの記事

ネットニュースに、北朝鮮の米朝首脳会談の提案を、トランプさんがあまりあっけなく受け入れたので、北のほうがめんくらっているというものがあった。
これについてはわたしの愛読するネット掲示板 「カイカイ反応通信」に、ユーモアで皮肉った記事が出ていたことがある。
今年の3月12日の記事だから、先見の明ありってところ。
おもしろいから読んでみて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 6日 (火)

友達リクエスト

Mnb_edited1

フェイスブックにロシアから友達リクエストがひとつ。
もちろん無視。
と思ったけど、写真を見るとまだあどけない顔をした少年だ。
むみやたらに友達を増やして喜んでいる、あまり感心しない手合いのひとりだろうと思ったら、彼の友達はまだ4人しか登録されていなかった。
察するに、フェイスブックを始めたばかりで、おずおずと友達を増やしたがっている純情な青少年なのではないか。
気のドクだからリクエストに応じておいた。
彼がみさかいなく友達を増やしたがっているなら、わたしなんぞ、そのうちその他大勢のなかに埋もれてしまうだろうし、真摯に極東アジアの友人を求めているなら、文通しないでもない。
ロシア語はわからないけど、ネット翻訳という手があるのだ。

ところで彼がわたしにリクエストを求めてきたのは、わたしのアパートに住んでいた金髪クンのつてをたどってである。
金髪クンが新境地と新天地を求めて、アパートを出ていってからだいぶ日にちが経つ。
いったいどうしているのやら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 5日 (月)

どこのはなし?

わたしの愛読するネット掲示板 「海外の万国反応記」 は、ときどきアニメの話題が出てくるのが欠点だ。
つい最近も、アメリカ各州でもっとも人気のある今期アニメなんて話題が出ていた。
ぜんぶ日本のアニメらしいけど、下に載せたのがそのランク。
  オーバーロードII
  デスマーチから始まる異世界狂想曲
  ダーリンインザフランキス
  グランクレスト戦記
  Citrus
  カードキャプターさくら
  ポプテピピック
  ラーメン大好き小泉さん
わたしはこんな作品、見たことも聞いたこともない。
だいたいどこのチャンネルで放映されているのかも知らない。
これにかぎらず、話題になっているアニメというのは、そのほとんどがわたしの知らない異次元の国の作品みたいだ。
アニメ大国日本て、どこの惑星の話なのさ。

Dog

すこし前には 「海外の万国反応記」 に、動物病院に連れていかれたことに気がついたイヌの画像を貼ろうという話題が出ていて、こういうのはおもしろいんだけど。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年1月23日 (火)

やらせ

インドネシアのどこかの町で、イスラム教徒に酒を売った罪で、鞭打ち刑に処されているおじさんの映像を見た。
これが厳格なイランやサウジあたりなら命がいくつあっても足りないけど、東南アジアのイスラム国はどこかのんびりしている。
これはみせしめだからな、うんと痛そうな顔をするんだぞと、初めからやらせの傾向があるみたいだった。
ピシリと鞭が背中に当たると、おじさんは苦痛に顔をしかめる。
でも鞭打ち人に力が入っているようにはぜんぜん見えないし、ほんとに痛いとしたら、何度も打たれているうちに、白い囚人服に血でもにじみそうなもんだけど。

見ていたらこの処刑の背後にドローンが飛んでいた。
みせしめだから、この光景を撮影してYouTubeに上げて、全国民に見せようってつもりかもしれない。
夕食の合間に、家族がそろってこの映像をながめている平和な光景が、つい目に浮かんでしまうんだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月22日 (月)

この世界

今夜の大雪が早くも「海外の万国反応記」で話題になっている。
ことわっておくけど、これは日本国内限定の掲示板ではない。
日本の現在のようすがあっという間に世界に拡散しているということだ。
わたしたちは机のまえでぼんやりしているだけで、世界のようすをたちどころに知ることができる世界に住んでるのである。
この世界をもうすこし先まで見たい気持ちはあるけど、この世界を作ったのはわたしたちなのだという自己満足で納得しておこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月19日 (金)

勉学

Sa

わたしが愛読しているネット掲示板の「海外の万国反応記」に、日本のセンター試験で満点をとった高校生の参考書の写真が出ていた。
ご覧の写真がそうだけど、すごい徹底的に勉強したことが見て取れる。
ネット住人というのはあまり勉強するのが好きでないらしく、これを見てクレージーだと感心したり、役に立たない知識をつめこんだ小学校教師になりそうなどと揶揄する反応が多い。

わたしの学生時代をふりかえってみた。
わたしの教科書も汚かったけど、それは勉強のせいではなく、マンガが好きで、余白に落書きばかりするせいだった。
もちろん勉強は大キライで、いつもぼんやり空想にふけるのが好きという少年だった。
いくら熱心に勉強したって、その一方ですいすいと忘れるバランスのいい脳みそを持っていたから、こんな子供が勉学でよその子に勝てるわけがない。
やはりスタートの時点でわたしはハンディを背負わされていたのだと自覚し、その後の人生は努力や勤勉という言葉を放棄して生きてきたから、いまのわたしがこういう状態であっても文句はいわないのだ。

どうも自分について書くと、たいていは自虐的なことになってしまう。
もっと自慢話でも書けばいいんだろうけど、わたしの過去には、ほんと、ロクな記憶がない。
ほかの人はどうなんだろうと気になる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月11日 (月)

2045年問題

000001_edited1

ネットに2045年問題という言葉が出ていた。
それまで生きているはずのないわたしが関心を持っても仕方がないんだけど、いったいなんのことだ。
つまり、人工知能が人間を超えるターニングポイントのことらしい。

ご存知のとおり人間の体は、水やタンパク質やアミノ酸などのさまざまな分子、それを構成する酸素、炭素、水素などのありふれた原子でできている。
人間の構成要素をこのへんまで細分化すると、ひとつひとつが生きている物体であるとはとても思えない。
思えないくせに、それが天文学的な数で集まって、複雑に組み合わさると、見たり聞いたり話したり、笑ったり怒ったり、さらに思考するという、これ以上ない複雑な反応をするようになる。

こういう反応は、すべてコンピューター内部の、切ったり流れたりする電気の変化と変わらない、分子間を流れる極微小な電気信号のせいだという。
そうか。
それだけのものがこれほど複雑な反応を示すのか。

000000

ここに掲げたのはロシアの美術館にあるヴァシリー・ポレノフという画家の絵だ。
それを見て、酸素、炭素、水素などの化合物(わたしのことです)が、なにかを感じとる。
それは静謐さであることは間違いないけど、さらに加えて、うまく説明するのがむずかしい寂しさや孤独のようなものである。
しかも後世の人間であるわたしにとって、画家が描いたつもりのない、過ぎ去りし時代への郷愁のようなものまで。
つまりそんなふうな曖昧模糊としたものを感じるわけだ。

ありふれた原子がそんなことをと、信じられないあなた。
信じなければ、あなたは自分自身と、この世界の基本的原理を否定することになってしまうのである(じつはわたしにも信じられない部分があるんだけど、それをいうとオカルトになってしまうので、青少年に与える影響を考慮して、わたしという化合物はこれ以上いわないのだ)。

囲碁将棋の世界では、すでにコンピューターは人間を超えた、あるいは超えようとしている。
しかし曖昧模糊とした部分に関しては、はたしてあと30年足らずで超えられるだろうか。
ウイン95がパソコン元年とすれば、それから現在まで22年。
この期間のパソコンの進化をじっとにらんで、この先の30年でどのへん までいくかと考えると・・・・
うーん、将来はパソコンのことを考えるパソコンが登場して、進化が複利計算方式で加速するかもしれないから、ちょっと微妙なところだな。
やっぱりそれまでに死んじまうわたしにはどうでもいい問題か。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 2日 (土)

焼きイカ屋の娘

おどろいたことにその店がまだあった。
屋台よりいくらか立派な店になっていたけど、海を見下ろす街道沿いということで、まちがいがない。
おばあさんはとっくに亡くなっただろうけど、あのときの娘はどうなっただろうと、今回の旅でゆいいつ感動らしいものがあったのはココだけ。

これは今年10月の青森の旅のとき書いたブログ記事の一部で、鯵ヶ沢という町へ行ったとき、むかしの思い出に触れた箇所である。

0x6

わたしは若いころ仕事でこの町に行ったことがあり、そのとき街道沿いにならぶ屋台で焼きイカを食ったんだけど、見ると片方の店には若い娘、もう一方の店ではおばあさんがイカを売っていた。
はにかみ屋のわたしはおばあさんの店に入ったというのがその顛末で、あのときの娘はどうなっただろうと、一瞬だけ思った。
ところが今日のネットニュースにその消息が。

鯵ヶ沢でブサかわ(不細工でカワイイ)秋田犬のわさおクンを飼っていたおばあさんが、73歳で亡くなったそうだ。
ニュースによるとこのおばあさんは、海沿いで焼きイカを売っていたとある。
これってあのときの娘じゃないか。
思い出のほうは40数年前の話だから、年令的に合わないような気もするけど、モテなかったわたしには、30くらいの女性もまぶしい娘に見えたかもしれない。
焼きイカ屋なんて、当時もいまも2軒しかなかったし。

もちろんその後、この娘に会ったことは一度もない。
あのときの娘だとしたら、人生の終わりごろにその消息を聞くなんて、奇しき因縁としかいいようがないな。
まあ、あの世で会いましょうと、こういうときはわたしもしっかり来世を信じておくのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月17日 (金)

ニートじゃない!

ネットを閲覧していると、ときどきニートの独白や体験談のようなものにぶつかることがある。
先日読んだあるニートの1日をみると、わたしとあまり大差がないようだ。
夜のおかしな時間に起きて、ネットにしがみつき、想像していたほどゲームは熱心にやっておらず、朝の半端な時間に就寝するということの繰り返しだ。
ニートになった原因は学校でのいじめなどであった場合が多いようである。

わたしの世代ではそれほど陰湿ないじめはなかったけど、わたしは運動神経がにぶく、ひどい音痴でもあったので、ふつうなら子供たちが楽しめるはずの体育や音楽の時間が好きではなかった。
子供の側からみれば、これは毎日いじめにあっているようなものだ。
つまりわたしは子供のころから、苦痛に満ちた人生を選択するしかなかったわけで、これではニートになってもおかしくなかった。

ただわたしの場合、そういう環境は自分の家に対しても嫌悪感を感じさせ、家にいたくないという独立願望が強かった。
そういうわけで高校を卒業すると同時に家を出ることになったんだけど、家が貧しかったから、食い扶持は自分で稼ぐしかなかった。

いまはニートみたいな生活をしているけど、わたしは人生の大半を、イヤイヤながらも、なんとか外の世界と交わって暮らしてきたのである。
いまでも完全に外の世界を遮断しているわけじゃない。
明日は月にいちどのパソコン同好会の日だし、たまには知り合いと美術館に行ったり、飯能の天覧山に登ったりする。
現在のわたしがニートというのは、無駄な金を使わないようにという、世間をしのぶ仮の姿であるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧