ネットをめぐる

2020年9月30日 (水)

あくまでテスト

このブログに動画が載るのは初めてだと思うけど、ヒマなもんで、なんかおもしろい映像をYouTubeに載せられないかと、いろいろテストしてる。
わたしもホント、退屈しないじいさんだこと。

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2020年9月10日 (木)

ご注意なすって

au-peyからスマホに、なんとか銀行が利用可能になりましたというお知らせが来ていた。
ばっかやろう。
わたしはスマホがauというだけで、au-peyなんか使ったことがないし、ちょっとまえにもNTTドコモが不祥事を起こしたばかりじゃないか。

怒り狂って画面の表示を消そうとしたら、「続行」と「管理」のボタンしかないばかりか、消去ボタンがどこにもない。
なにがなんでも自分の領域に引っ張り込む気とみえる。
こっちも意地になって、ぜったいに相手の手の内に入らないぞと、もうそのまま放置して買い物に行く。
店に着いたらサイフを忘れていた。
なんの、どうせ運動のつもりだいと、部屋まで引き返して、今日もいい運動になった。

NTTドコモの件もそうだけど、マスコミが大きく騒ぐのは、ネットを利用するさいは気をつけなさいと、警告を広報する意味合いが大きい。
気をつけたほうがいいですよと知り合いにいうと、オレはドコモ口座なんか利用してないから大丈夫という返事。
そういう特定の事案にかぎった問題じゃないんだけどね。
ドコモにかぎらず、あらゆる場面に危険がいっぱいなのだ、ネットを利用するということは。
現代がネットをぜんぜん利用しないでは生きられない時代であることはよくわかっているけど。

そういえば先日返品したアマゾンの買い物、ようやく返金の手続きが済みましたって。
ウィキペディアのキャサリン嬢からは、
300円の寄付ありがとうございましたって。
注意はしてるつもりだけど、わたしもけっこう利用しちゃってるんだよね。

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2020年9月 7日 (月)

老婆心

すこしは知られたユーチューバーに「かねこあや」という女の子がいる。
若い美人のくせにだらしない性格らしく、部屋のなかではしたない格好でごろごろしてるから、若い女の子の私生活に縁のない当方としては、のぞき見感覚でいちじはよく閲覧したものだ。
彼女の友人に「てんちむ」という、これも可愛い娘がいて、ふたりはYouTubeでよく共演したりしていた。

そのうちけろりと忘れていたけど、最近になってこのふたりがケンカ別れをしたという情報を見つけた。
ケンカぐらいよくある話だし、まして若い娘同士じゃ犬も食わないと放っておいたら、
YouTubeにはユーチューバー同士の揉め事をシンセツに解説してくれるユーチューバーまでいて、ことの詳細がわかった。
ケンカの原因は、かねこあやの飼っていたネコをてんちむが死なせたとかなんとか。
いまどきにわかに信じにくい原因だけど、それとは別にして、わたしにも似たようなイヤな思い出がある。

まえのアパートに住んでいたころ、階下にロシア人の金髪クンという若者が住んでいて、毛の長いロシア産みたいなネコを飼っていた。
高いんだろうねと訊くと、そんなことはありません、グランドのわきに捨てられていたのを拾ってきたんですという。
だいぶ態度のでかいネコだったけど、事実は意外とお粗末なものだ。

ある朝、まだ早朝に、わたしがゴミ出しに行こうと部屋のドアを開けたら、駐車場の先の道路っぱたになにやら動物の毛皮のようなものが。
じつはこのことは
2016年6月27日の、このブログに書いたことがある。
この朝、金髪クンの家のネコは、車にはねられて昇天しちゃっていたのだ。

わたしがそれを発見したのは早朝の4時半ごろだった。
まだ金髪クンは寝ているだろう。
朝からネコぐらいで叩き起こすのも気のドクだ。
そう考えて、とりあえずネコの遺骸を、道路っぱたに転がしておくにしのびないから、金髪クンの部屋のまえまで移し、5時になってから電話をした。
わたしの行為には、ペット愛好家からすると理解に苦しむ点があったようだけど、そのときはぜんぜんそんなことに考えが及ばなかった。

金髪クンはパンツひとつで飛び出してきた。
死んだネコを抱きしめて茫然自失である。
どこで死んでたんですかと訊くから、あそこだよと場所を教えてやる。
どんなふうに死んでましたかと訊くから、頭をこっちにして、こんな具合に、すぐに電話すると迷惑だから、5時になってから連絡したんだと事情を説明した。
車にはねられたといっても外傷はないから、おそらく走ってくる車に飛び出して、はじかれて、脳挫傷かなんかで死んだものだろう。
こういうことはよくあるから、ネコはけっして屋外に放し飼いにしちゃいけないと、わたしは彼にお説教まで垂れておいた。

、3日すると金髪クンがやってきて、ほんとうはあなたが車で轢いたんでしょうという。
なにバカなことをいってるんだと否定すると、それじゃなぜ発見してすぐに電話をしなかったんですかという。
なるほど、それがペット愛好家の心理か。
わたしは動物好きだけど、ペットに服を着せたり、死んだら立派な葬式をするような、いわゆる猫っ可愛がりする人間じゃない。
ペットにはペットの分際があると考え、最近の過激なペットブームを苦々しく眺める人間なのだ。
たかが飼い猫が死んだくらいで朝から叩き起こされてたまるかと、話がだんだん世間の常識からかけ離れてくるけど、これがわたしのペットに対する一貫したスタンスである。

その後、金髪クンは証拠をつかもうと、わたしの車の下を覗き込んだりしたようだけど、そんなものがあるはずがない。
疑惑はあっても、わたしの説明に矛盾はないということで、この件はそのうちうやむやになった。
ネコは庭のケヤキの大木の下に葬られ、さらにその後大木は切り倒され、庭そのものが更地になって、この件は記憶の彼方に消え失せた。

なんらかのわだかまりは残ったかもしれないけど、わたしと金髪クンはケンカしたわけでもなく、もっとあとで、彼は女の子と富士山に登るといって、わたしから登山用具を借りていったことがある。
彼はわたしの忠告を聞かず、薄着のまま富士山頂まで登り、あまり寒かったものだから、サイズの合わないわたしのレインコートを無理やり着込み、高価なゴアテックスを台無しにしてしまった。
恨むとしたらわたしのほうだ。

ところでかねこあやのネコだけど、ここに書いたとおり、ネコは不測の事故で死ぬこともある。
漱石さんちのネコだって、最後は溺死だった。
つまんないことで(この発言が炎上しないよう祈る)こころの安定を失わないよう、老婆心ながら忠告申し上げる。

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2020年9月 5日 (土)

評価

あああ、アマゾンから脅迫だ。
品物を購入したらその評価をしろって。
わたしゃ品物が買えればなんだっていいんだけど。
まして今回は自分のミスで、品物は返品した。
だからいいもわるいもないし、出品者に罪はないので、いちおう星五つをつけたけどね。
それだけじゃ気に入らないらしく、感想を書けって。
無視して送信しようとしたら、文章が短すぎるって。

ふざけるな、ばかやろう。
オレは泣く子もだまる消費者だ。
そんなことよりアマゾンの電話番号を、わかりやすいところに載せろお。
困ったときの対応に不満があるって、これはアマゾンに対する評価。

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2020年8月30日 (日)

マストゥラちゃんねる

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またユーチューパーの話題だけど、今回はロシア人じゃない。
マレーシア人で、あっけらかんとして楽しい性格のマストゥラという娘がいる。
YouTubeを始めてまだ1年も経ってないらしいから、この世界では新人といっていい。

この娘が最近は、日露戦争のことや太平洋戦争中の日本軍のこと、また靖国神社を訪問したりして、いかに日本が素晴らしい国であるかを吹聴している。
わたしも日本人だから、自分の国をほめられて嬉しくないわけがないけど、あまり日本を持ち上げるものだから、それが気にくわない勢力から、余計なことをするなと脅迫めいたことをいわれたこともあるらしい。

それはべつにしても、彼女のような若い外国人の娘が、あまり政治的なことに首をつっこむのはどうかと思う。
もちろん彼女がしっかり勉強して、自分の判断でそうしたいならかまわないけど、彼女の話し方を聞いていると、ちょっとこころもとないところがあるのだ。

いちばん新しい映像では、戦争中にマレーのハリマオと呼ばれた日本人の谷豊(たにゆたか)を取り上げていた。
正直いって、わたしもウィキペディアに当たってみなければわからないほどめずらしい人物で、マストゥラも日本に来るまで知らなかったと言う。
いくら彼女がマレーシア人で、谷豊がマレーと関係のあった日本人だとしても、戦後半世紀もあとの生まれである若い娘が話題にするほど重要な人物とは思えない。

マレーシアにはマハティールという大の日本びいきの首相がいた。
彼は老練な政治家だし、歴史や各国の実情に詳しいおとなだから、政治的な発言も当然だけど、マストゥラはまだ若すぎる。
いまでも日本とマレーシアとの関係はわるくないんだし、彼女のような娘は、寿司が美味しいとか、治安がいい、イスラムを差別しないというような平凡なことを吹聴してくれるだけで、じゅうぶん日本とマレーシアの友好に寄与できるはず。

歴史に埋もれたようなことまでほじくりだして、無理にほめる必要があるだろうか。
人間ならどこかに欠点があるのが普通だと考えるべきで、ウンコもセックスもしない清廉潔癖な人間であるというようなほめ言葉は、かえって信用できないのといっしょ。
最近のマストゥラを見ていると、だれかに利用されているんじゃないかと心配になる。
本人が自分の意思でやってることだとしても、だとしたらまわりがひとこと言ってやるべきじゃないか。
やりすぎは逆効果の場合もありますよって。

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2020年8月24日 (月)

満州のむかし

夜になるとYouTubeで音楽三昧だ。
昨夜はまた「満州の丘の上で」というロシアのワルツが聴きたくなって、
YouTubeを探してみたら、この曲を愛する人は多いとみえて、あるわあるわ。
全部聴いていたら朝までかかるんじゃないかと思えるくらい、いろんな歌手、楽団による演奏がアップされていた。

A001a

そんな中に、演奏の背後になにかの映画から引っぱってきたような映像が流れるものがあった。
ロシアの戦争映画らしいけど、音楽のために制作したにしては手が混んでいるから、ちゃんとしたもとの映画があるらしい。
満州の丘といえばだれだって日露戦争を思い浮かべる。
ロシア側から見た日露戦争の映画があるなら見てみたい。

そこでネットのリレー検索機能を活用して、いろいろ調べてみたら、この映画はロシアのテレビ番組として制作された、2017年の「アンナ・カレーニナ」であることがわかった。
「アンナ・カレーニナ」といえばトルストイの、超有名な小説である(読んでないけど)。

YouTubeにはこの映画がそっくりアップされていた。
テレビシリーズだから5時間半もある。
しかしラブシーンをみたいわけじゃないから、いくら長くても早送りで見ればいい。
早くても遅くても、どうせ字幕がないから意味はわからんのだ。
それじゃあなんのために見るかと訊く人がいるかもしれぬ。
そりゃ好奇心だね。
満州の丘、つまり日露戦争が出てくるロシア映画があるなら、満州の部分だけでも見てみたいのだ。

それにしても「アンナ・カレーニナ」と満州の丘は結びつけにくい。
小説はまだ帝政時代のロシアが舞台で、浮気の好きなロシアのオンナの人が浮気をする話のはず。
時代的には合ってるけど、日露戦争なんか出てきたっけか。

ウィキペディアに当たってみた。
わかったことは、小説のほうは日本と戦った戦争ではなく、トルコとの戦争が背景になっているらしい。
それがどうして日露戦争になってしまったのか。
最近ロシアの若い娘がみんな日本に行きたがって困るから、ラブロフさんが釘を刺すために、日本はコワイ国だぞと国策映画のつもりで作ったのかしら。

A001c

わたしが見たかったのは満州が出てくる場面だ。
映画ではサンクトペテルブルクの豪奢な貴族の生活と、満州に送り込まれた兵士たちの悲惨な生活が交互に描かれる。
あちらの映画は時代考証がしっかりしているから、ここに描かれた満州の田舎は、かっての農村風景が忠実に再現されているようだった。
じつはわたしの両親は満蒙開拓団のメンバーだった人で、わたしは母親に当時の生活について聞いたことがある。
この映画に描かれた風景は、でたらめでも誇張でもないようだ。
粗末なワラ葺き屋根や、土で固めてひび割れたた壁など、当時の日本人が見たって貧しいとしかいえない生活である。

この映画ではロシアの軍人と中国人の少女の交情も描かれていたけど、少女の衣服といったら、動物の皮をつなぎ合わせた粗末なコートに、腰にヒモを巻いただけという格好だった。
わたしには中国人をさげすもうという意識はないつもりだけど、自分たちより貧しい人間をバカにする人間はどこにでもいるものだから、こんな光景を見て、ひどい生活をしてやがんなと思った日本人は多かったのではないか。
しかし、現実は現実として、当時の中国や朝鮮の農村が、こういう状態であったことは銘記しておいてほしい。

この映画に日本軍は、最後にほんのすこし出てくるだけである。
軍旗である旭日旗を押し立てて襲撃してきて、ロシア人はあわてて退避するんだけど、史実どおりならここはロシアの機関銃が火を吹き、日本兵はばたばたとなぎ倒されなければいけない。
そういう点ではこの映画の満州の部分は、騎兵隊とインディアンの戦争を描いた荒唐無稽な西部劇とたいして変わらない。
でも、そんなことはどうでもいいのだ。
わたしに興味があったのは、あくまで満州の部分、その背景
だけなので。

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2020年8月 9日 (日)

ポスターの比較

しつこいけど、守鍬刈雄(スグワカルオ)クンのYouTubeチャンネルについて、もう1回だけ書かせてもらう。
彼は「
2001年」の映画ポスターについても考察しているんだけど、これを見てわたしはますます迷った。
この人はほんとうにふざけているだけなんじゃないか。
じつは彼はひじょうに優秀な地球外生物で、いまだヒトザルの状態にある人類をからかっているだけじゃないかと、そう思える節があるのだ。

とにかくその考察というのが、ヘタな漫画よりずっとおもしろく、ヒマなときに読むとおおいに楽しめる。
こんなおもしろいものを知らない人がいたらもったいない。
で、わたしは彼のサイトをユーモアチャンネルとみなして、おおいにプッシュしてしまうのだ。

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2001年」のポスターは、米国版と日本版では構図が異なる。
まずアメリカ版のポスター(右側)の考察だけど、守鍬クンのそれは微にいり細をうがつというくらいで、考察するまでもないようなことまで考察しているのがもう抱腹絶倒。

でも、やっぱり最初にことわっておくけど、ここで彼は映画タイトルの Odysseyという言葉に触れている。
とうぜんギリシア神話が出てくるかと思ったら、ただ冒険とか旅とかしか訳さないのは物足りなかった。
しかしそれはわたしの知能が特別に優秀というわけじゃない。
わたしは彼より(たぶん)数十年以上は、余分に本を読む時間があったのだ。

ポスターに描かれている宇宙ステーションは、これはたぶん映画の初めのほうに出てくるものじゃないかと守鍬クンはいう。
じゃないかって、アノネ。
そのかたちや、スペースシャトルが出入りしているのを見て、そうではないという人がひとりでもいるだろうか。
宇宙ステーションの背後に描かれている巨大な半円形の星については、これはおそらく地球でしょうともいう。
おそらくじゃないでしょう、アンタ。
この映画を観れば、だれだって地球以外の星であるとは思わないはず。

2001x

映画を見ればわかるけど、この宇宙ステーションはまだ部分的に建造中である。
ポスターでは建設中のステーションの一部も見えるんだけど、それについても、これはなんだろうと考える。
車輪がふたつ並んだかたちをべつな方向から眺めれば、ステーションの一部があんなふうに見えることもあるって、これは子供の知能テストだな。

宇宙では反射の要素がないから、光は直線的になるので、宇宙ステーションにこれこれこういう影ができなければおかしいと科学的なことをいう。
まちがいとはいえないけど、地球がこれだけ近ければ、その反射光は満月とは比較にならないくらい大きい。
こうなると光が一方向から来るとはいえないし、宇宙ステーションの乗客は、地球の反射光だけで、新聞ぐらい読めるんじゃないか。

いちばんおかしかったのはアメリカ版と日本版のポスターの比較だ。
ご丁寧にモニターに二つのポスターを同時に表示させて、比較しながら彼はうーんと考える。
ちょっと絵を見慣れた人なら、両方とも同じ原画を好きにトリミングして、構図を変えただけということがすぐわかるのに、彼は反転させたのかな、でも色がすこし違うな、べつにまた描いたのかしらと悩む。
ようやく日本版は米国版を、90度傾けただけという結論を出すころには、宇宙船なら行程の半分くらい行ってしまってるワ。
このへんはチャプリン映画顔負けにおかしくて、ほんとうに冗談でやっているのかと思ったけど、考察しながらいちいち小さな声でつぶやいているところをみると、本気で悩んでいるらしい。

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ここでわたしは思った。
守鍬クンというのは若いころのわたしそのものじゃないか。
自分の趣味の範囲内にはめっぽう強いところがあるくせに、余計なことばかりに頭を使って、どこか抜けている。
自分の描いたイラストを動画として活用するのはいいアイディアだけど、これをひんぱんに
YouTubeに上げるのはけっこう大変だ。
そんな大変な仕事をひとりでこつこつやるというのも、わたしの若いころにそっくりだ。
ただ、いくら凝ってもわたしの時代には、それが出版社にでも売れないかぎり、お金を稼ぐ方法がなかった。
守鍬クンが
YouTubeでいくらかでも稼いでいるとしたら、彼は幸運な男である。

ということで、彼のYouTube映像に対するいちゃもんは終わり。
これはいちゃもんというより、補足説明と思ってほしい。
つまり漫才のボケとつっこみ役の分担だな。
わたしは彼とコラボをしたつもりで、それはとっても楽しいことだった。

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2020年8月 8日 (土)

【すぐわかる2001年】

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わたしのパソコンは優秀というのかアホというのか、わたしの興味あることをいち早く悟って、わたしの気に入りそうなものを優先的に提示してくれる機能をそなえている。
こないだYouTubeでヘビがカエルを呑む映像にはまったら、それからはのべつまくなしにヘビばっかりだ。
呑まれるカエルが気のドクだから、またバレエにでもせっせと観て、ほんとうに好きなのは美女であることを学習させなくちゃ。

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昨日はYouTube上に「2001年宇宙の旅」の新しい解説が出たらしくて、守鍬刈雄(スグワカルオと読むらしい)なる人のサイトが表示された。
わたしがこの映画の盲目的信者であることを知っているパソコンが、また気を利かせたらしい。
むろん、のぞいてみた。

なんだなんだなんだ、この解説は、と書こうとして思いとどまったのは、これを見ればあの難解なストーリーがすべてわかりますという、えらい自信たっぷりなセリフを聞いて、ひょっとすると守鍬サンという人は、わたしと同じように世間の常識に反抗して、わざと有名な作品をコケにしているのてはないかと思ったからだ。
それなら、手前味噌になっちゃうけど、彼はそうとうに優秀な知的生命体といっていいから、ヘタに文句をつけるのはキケンである。

2001c

だからまず、守鍬サンがどんな人なのか推測してみた。
文章よりも話し言葉優先で進行するところをみるとと、かなり若い人らしい。
彼の言い分はかなり理屈っぽいところがあるので、わたしの年代なら、これだけの理屈を叙述するのに、普通は文章を使う。
そうしないということは、まだ
20代の若者ではないか。
若い人が「
2001年」に関心を持ってくれるなら歓迎すべきだけど、ちょっと聞くにたえない部分もある。

わたしはキューブリックという監督を尊敬することでは人後に落ちない人間なので、あまり暴言を吐いてほしくない。
神の目を持つキューブリック監督はなんて、揶揄するような言い方をされると気にさわる。
編集のヘタクソな監督が完成まえに公開してしまった映画とは、いくらなんでも言い過ぎだ。

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そこで例によっていちゃもんということになるけど、あらかじめ断っておこう。
守鍬クンのこの「
2001年」の解説は、調べてみたらもう3年もまえに公開されたものだった。
だからそれ以降に、誰かがわたしと同じいちゃもんをすでにつけたかもしれない。
すると二番煎じの可能性もあるけど、しかし彼のサイトはいまでもだれでも読むことができるのだから、それについて読者が異論をはさむ権利はまだ持続中と考えられる。
このサイトについては、なかなか興味深い点も見出せるのだ。

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重箱のすみをつっつくようなことはしたくないけど、守鍬クンの説明にはおかしなところがある。
彼は「
2001年」をドキュメンタリーのような映画と決めつけており、だからナレーションが入らなければおかしいという。
このへんはちと納得しかねる説明だ。
わたしはBSでよくドローンによる空撮紀行や、トラムに乗って移動するだけという番組を観るけど、セリフもナレーションもほとんどないにもかかわらず、あれだって立派にドキュメンタリーである。

だいたい世間にはやたらにナレーションの入った映画が多すぎる。
ということは、わたしの世代ならだれでも感じていることだ。
そういうものを徹底的に排除して、観る人に勝手に想像させようというのが「
2001年」で、最後の結末はさておいて、そこまでのストーリーはちょっとしたSFファンなら誰にでもわかる。
子供じゃあるまいし、余計な説明はないほうがいい。
この映画の傑作たる所以は、だからこそ、なんだけどね。

2001f

最初のほうで、フロイド博士が月の表面で発見された物体を秘密にしておくのは、守鍬クンにいわせると、いきなり発表すると人々がパニックになるからということである。
そうではなくて、この映画の制作当時はまだ米ソ冷戦の時代だったということを考えなければいけない。
米国が先に発見したものを、ソ連の科学者にべらべらしゃべるわけにはいかなかったのだ。
いまどきの若者には、米ソ冷戦といっても理解しにくいだろうけど、現在ではボイジャーやニューホライゾンズの発見した外惑星の情報も、早いうちに公開されているではないか。
いま月で謎のモノリスが発見されれば、世界中の科学者が即座にその情報を手にすることは間違いがない。

2001a

ずいぶん科学に詳しいつもりらしいけど、逆に無知をさらけ出している部分もある。
映画は惑星直列から始まるというんだけど、これは月と地球がならんだその向こうから、太陽が登ってくるタイトルバックのことをいっているのだろう。
しかしこれは月食のシーンであって、惑星が直列しているかどうかは、このシーンだけではわからない。
しいていえばボーマン船長が木星に到達して、探査機で異次元空間に迷い込む直前に、木製の衛星とモノリスが十字架状にならぶシーンがあり、それを神秘的な意味にとりたくなるけど、あそこもそれだけでは惑星が直列してるかどうかはわからないのである。

2001h 2001i

さらに大きなカン違いもある。
彼はこの映画は小説と併せて読むべきだというんだけど、アーサー・C・クラークの原作は「前哨」という短編だけで、月を見るモノという名前のサル、あるいはビッグブラザーというモノリス、そこに異次元空間への入口があるなんて設定は、これすべて映画が完成したあとで、世間の要望に応じてクラークが新たに執筆した「
2001年」なのである。
映画と同時に読むわけにはいかない小説だし、これを参照しながら話を進めるというのがそもそもおかしいのだ。

2001j

もうこのくらいにしておこう。
彼の
YouTubeサイトは、手描きのイラストを動画にするというおもしろい試みがされており、いいアイディアだなと感心した。
むかしはわたしもマンガ青年だったので、もっと若ければぜひこういうことをしてみたかった。
だからこういう映画の解説があってもいいと思うけど、しかしキューブリック作品の解説は、彼の手にはあまるようだ。

2001k

わたしのブログは月のモノリスのように巨力な磁場を発生させているわけじゃないから、彼がこのブログを、ネット砂漠から首尾よく発見するかどうかわからない。
発見したとしても、わたしはご高説を垂れようってわけじゃない。
わたしは彼より、おそらく
40年は長く生きているだろう。
つまり歳の功というやつで、じいさんがなんか言ってらあでケッコウ、気をわるくしないでこれからも精進してほしい。
彼はほんとうに若いころのわたしによく似ているようだ。
その理由を次項で述べる。

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2020年7月30日 (木)

猛女ふたり

最近はお得意様登録でもされたのか、YouTubeのほうからお知らせが来るね。
今夜はマリアランドのマリアちゃんと、晩酌チャンネルのLANAさんというロシア人ユーチューバーふたりがコラボをしてるって。
飾らないことではいずれおとらぬ猛女ふたりだから、こういう対話は楽しいにちがいない。
NHKの胆汁パワーよりおもしろそうなので、これから観てみようってとこ。

ps. 観てみたら予想に反してつまらなかった。
なぜかと思ったら、撮影のために男の担当が来たせいで、ふたりともカッコつけちゃったらしい。

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2020年7月28日 (火)

ご注意

ネットを閲覧していると、最近はまともと思えるソースでもかなりいいかげんな記事が目につく。
今日目についたのは、作家の黒木なにがしサンの投稿で、「BBCの英首相会見で痛感、日本メディアの情けなさ」というもの。
こんな文章でいくらもらっているか知らないけど、この作家も、なにがなんでも日本の政治をけなすことを使命と考えている左翼作家らしい。

ただ、作家としてはあまり聞いたことのない名前だから、ウィキペディアで経歴を調べてみた。
その結果からすると、どうもわたしの感じでは、基本的には右翼(保守)に属する人ではないかという気がする。
ようするに便利屋さんで、左右どちらから頼まれても、原稿料さえ保証すれば、ご期待通りの文章が書ける作家ではないだろうか。
そうとでも考えないと、こんな中身のない、わたしみたいなしろうとにも反論できる、左翼に迎合したような文章はなかなか書けないぞ。

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