孤独のつぶやき

2018年5月23日 (水)

古い写真

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また一文にもならないことを始めてと、わたしに女房がいたら家庭争議になっていたかも。
先日、田舎の親戚で古い本をもらってきたばかりだけど、そのときついでに古いアルバムも預かってきた。
セピア色に変色した写真を、パソコンで修復して、あわせて自分の子供のころ、あるいはそれ以前の風景をよみがえらそうという試み。
そんなことをしたって、感心してくれるのはわたしより年上の親戚の未亡人だけで、その下の世代になると、もうそんな古い先祖に興味もないというのがほとんどだから、これは純粋にわたしの好奇心がなせるわざ。

ここに載せたのはその1枚だけど、親戚総出の田植えのようす。
場所は特定できないけど、わたしの郷里に決まっている(正面奥に見えるかやぶき屋根の農家が、戦前からある親戚の家らしい)。
まだ江戸時代あたりから連綿と続く田園風景が健在だ。

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2018年5月22日 (火)

発掘

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わたしの親戚で3月に訃報があったことはこのブログに書いたけど、先日の日曜日は、その親戚からお宝を見せるから帰ってこいといわれて、郷里までとんぼ返りをしてきた。
わたしの田舎ではそれなりの名家だった親戚なので、先祖伝来の書画骨董の類が多いと聞いていたから、好奇心がわたしをつき動かしたのである。
亡くなったわたしの母親によると、じっさいに江戸時代の絵師・谷文晁の掛け軸なんかがあったというし、探せばもっとめずらしいものが出てくるかもしれない。

なるほど。
大きな円筒形の金属容器にぐるぐると丸められた掛け軸が10数本。
1本1本を確認してみたけど、わたしのアテにならない審美眼でしても、あまり傑作とよべるものはなかった。
聞いてみると過去に他人に贈呈したものもあるそうで、めぼしいものはそのときに散逸したのかもしれない。
おまけに大切に扱われていたわけではないから、ほとんどの作品にシミや汚れが目立って、ちょっと売り物にはなりそうもない。

べつの場所から糸で綴じられた和本がたくさん出てきた。
漢文の本が多かったけど、読み書きの教科書として使われたものらしく、「十八史略」や「大日本史」など、奇書とはいえないものばかりだった。
むかしの人はこんなに勉強したのかと感心したものの、こちらも商品にするには粗末に扱われたものばかり。

それでもカビくさい本の中からわたしが拾い出したのは、まずポケット版サイズの「満州国全図」という本で、広げると大きくなる8枚の地図が折り込まれていた。
本の状態はまずまず。
ここに載せた画像は地図の一部を拡大したものだけど、佳木斯(ジャムス)という街が中心になっているのは、そこが亡くなったわたしの母親にゆかりのある地だから。
わたくしごとはさておいて、戦前の満州国に興味のある人には貴重なものではないか。
出版は昭和14年で、東京の伊林書店というところから発行されていた。

もうひとつは、これも文庫本より小さな本で、「支那事変・戦跡の栞(しおり)」という本。
内容は、支那事変のさいの日本軍の進軍ぶりと、あわせて途中で見た支那の風物を描写した、と前書きにある。
昭和13年の本にしては、生意気にも写真やイラスト、地図などが挿入されている。
本が小さいから活字も小さく、虫メガネでちらりと検分したかぎりでは、戦闘部分の記述は詳細で血なまぐさいけど、風物の部分もかなりくわしいから、紀行記として読んでもおもしろそう。

ほかにも表紙のとれた文芸誌などがあり、おさめられた有名作家の作品の中には、ヘタすると未発表の作品が眠っているかもしれない。
ということで、これからときどき、これらの本について書くことにする。
うん、いいヒマつぶしができた。

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2018年5月17日 (木)

散歩中の花

なんか体力のおとろえを感じるねえ。
昼間部屋にいるとすぐにベッドに横になってしまう。
重力にさからわなくていいから、このほうが楽だ。
おかげで足がどんどんヘナヘナになる。
たまに街に出ると杖が欲しくなる。

これではいけない。
もっと散歩でもしなくちゃいけないと思うんだけど、なにしろ規則正しいこと、とくに運動と名のつく行為の大キライなわたしのことだ。
それじゃ不健康で病床に伏しているのではないかと思う人がいるかもしれないけど、あいかわらずニクラシイくらいに健康だ。
つくづく呪われてんな、わたしって。

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目下の運動といえば散歩ぐらいだけど、ただの散歩ではすぐに飽きる。
さいわいなことにカメラと自然観察が好きなもんだから、なにかめずらしい花でも咲いてないかと、そういうことを励みにして、これまではわりあい熱心に出かけていた。
しかし現在地に住んでもう20年ちかく、家の近所は歩きつくした感があり、もはや人為的に植えられた園芸種でもないかぎり、めずらしい花なんてありようがない。

そんなことをぼやいているうち、今日は近所で見かけない花をみた。
こんな花が勝手に咲くはずはないから、例によって、最初は園芸種の花の種が乙女の手からこぼれたというものらしいけど、それっきり人間が面倒をみなくても毎年咲く花は、わたしは野生種とみなしてしまうのだ。
そう思わなければ、わたしがこれまでこのブログで紹介してきた花の多くが、野生でないということになってしまう。

買い物に行く途中に見た花なので、カメラを持ってなかったから写真がない。
帰宅してから、記憶を頼りに名前を調べてみた。
名前だけはわかったけど、紹介するのはそのうち写真を撮ってから。
認知症みたいだから、来年になる可能性もある。

約束どおり1日おくれでその花を紹介する。
名前は ヒメヒオウギ
ヒオウギに似ているけど、サイズはもっと小さい。
名前がわかれば、ナーンダという花で、園芸に興味のある人にはけっしてめずらしい花ではなさそうだ。

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2018年5月16日 (水)

ひさしぶり

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ひさしぶりにワンちゃんの話題。
もうトシだから、わたしが散歩させているとき、ポックリ逝かれても困るんで、しばらく近づかなかったんだけどね。
昨夜飼い主の部屋へ飲みにいって、ついでにワンちゃんのご機嫌を伺ってきた。
かわいそうに、白内障で目が見えなくなっているらしい。
イヌだから鼻さえ利けば人間ほどには不自由してないみたいだけど、わたしが抱きあげようとするとキャンキャンなく。
なんでも関節の病気もあって、持ち上げるとき注意しないと痛むんだそうだ。
もうぼろぼろだな。

今年はほんとうに訃報が多かった。
ワンちゃんの場合、飼い主に恵まれるかどうかで、その運命はがらりと変わる。
彼の人生、いえ、犬生は、幸せだったかいと聞いてみたい。

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2018年5月14日 (月)

また訃報

やっぱりというか、わたしの知り合いのひとりが亡くなっていたそうだ。
最近訃報が多いけど、彼のことはまだこのブログで触れてないから、わたしの点鬼簿に追加された新しい仏さまというわけだ。
彼とわたしは、今の仕事につくまえからのくされ縁だから、気になっていた。

ああ、死ね、死ね、みんな死んじまえ。
と叫びたくなるのは、もう終わりに近いわたしの周辺が、どんどん一掃されて、わたしが死ぬころには、きれいサッパリという按配になっているような気がするからだ。
父も母も兄弟も友人たちも、みんな死に絶えているとしたら、この世になんの未練があるものか。
わたしが心おきなくあの世に行けるようにと、その準備はちゃくちゃくと整えられているのだ。

でも、こんなことを書くと、なにしろわたしも敵の多い男だから、わたしの発言の一部分だけを強調して、あいつはみんな死んじまえっていってましたよと、告げ口する人間がいそうで心配。

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2018年5月12日 (土)

仁義なき闘い

市という行政単位は、階層的には県という行政単位のひとつ下だ。
つまり県が親分とすれば、市はその子分といえる。
子分が獣医大学を誘致したくて政治家に働きかけ、ようやく実現のめどがたった。
ところが無理なお願いをしたものだから、そのへんを新聞社にかぎつかれ、いまごたごたしていることはご存知のとおり。
すると親分は手のひらを返したように、オレはそんなことは知らん、政治家はケシカランと言い出す。

愛媛県の知事さんが首相の足を引っぱっているのは、たぶんそんなことだと思うけど、県という行政単位は国という行政単位の下にあたる。
つまり県が親分なら、国は大親分というわけだ。
親分が大親分にさからうなんて、なかなかいい度胸をしているなと思い、親分の出自を調べてみたら、うん、やっぱり大親分に刃向かうだけの因縁をもった人のようだ。
これはもう仁義なき抗争だな。

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2018年5月11日 (金)

遠謀

ずっと以前にネット掲示板「海外の万国反応記」に、「日本より隣国に恵まれてない国ってあるの」というスレッドが立ったことがある。
これに対する世界中からの反応が、島国のくせに贅沢いうなよというもの。
考えてみればイスラエルやポーランド、トルコ、インドもパキスタンも、ロシア、中国だってまわりは敵対国ばかりといえるし、韓国なんかそうとうに悲惨だよな。
となり同士の国の場合、仲が悪いというほうがフツーらしく、これに関しては地続きの国のほうが深刻なようだ。
じっさいに同じ万国反応記に「近くに友好国がないという気持ちを外国人はわかるだろうか」という韓国人からのスレッドが立ったこともある。

ネット上の嫌韓サイトでは、韓国をあげつらう記事が多いんだけど、ここは韓国の立場でものを考えてみよう。
韓国の隣国というと、日本、中国、ロシア、そしてあの北朝鮮だ。
日本人の中には、中国は韓国と仲がいいではないかという人がいるかも知れないけど、中国が力をつけたいまでは、韓国のほうが必死で媚びを売ってるだけで、とても日本と中国のような対等の関係とはいえない。
だいたい韓国人は中国が大きらいである。

韓国はまわり中を非友好国でかこまれているけど、日本は太平洋側には気をつかう必要がない。
日本とアメリカは友好国であると断言していいかどうかわからないけど、少なくとも韓国と中国の関係よりはいい。
だから現在の北の正恩クンの悩みは韓国の悩みでもある。
いつどこから侵略されるかわからないという恐怖は、とても日本の比ではないはずだ。

そんならどうして日本と手を組もうとしないのか。
しかし日本はいちばん最近まで、じっさいに韓国を侵略併合していた国であり、ずっと仮想敵国として、国民にもそう教育してきた相手である。
かりに手を組んだとしても、最近の日本をみると韓国に対してはっきりものをいう右翼政権が続きそうだ。
これではいつ豹変するかわかったものではない。
やはり韓国のまわりには、ほんとうにこころを許せる友好国はひとつもないということになる。

こうなると同じ民族として、頼りにしていいのはむしろ北朝鮮だけということになってしまう。
日本と同じように核兵器やミサイル開発に制約のある韓国としては、北が代理でそういうものを開発してくれているようなものだ。
さいわい通常兵器による戦争では、もう北に負けるはずがない。
ここはひとつ、他国に口を出させず、いつか北が崩壊したら、その技術をまるごといただいたほうが得策だ。
そうすればもう敵対国の谷間にあっても、だれにも文句はいわせないし、核やミサイル技術で負ける日本だって一気に追い越すことができる。

そう考えているんじゃないか。
文在寅大統領があの非人道国家の北朝鮮と仲良くしようというのは。
中国に媚を売りまくるのも、また北朝鮮の応援をして38度線を越えられては困るということかもしれない。
でも歴史の明日はだれにもわからない。
文さんが明日を見るまえに、弾劾されていないという保証はぜんぜんないのだ。

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2018年5月10日 (木)

え、安倍クン

韓国の大統領っていいよな。
安倍クンはそう思っているかもしれない。
なにせ向こうは挙国一致内閣で、森友だ、加計だって、重箱のすみをつつくような野党もマスコミもいない。
文大統領が日本のマスコミからインタビューを受けたとき、それについて韓国のマスコミは、韓国の拉致被害者について質問された部分を、まるっきりふせたまま報道したそうだ。
日本だったらいつまでもしつこく追及されるぞ。
どうも忖度について、韓国は日本にひけをとらないようだ。
でも待てしばし。

そうやってマスコミの攻撃を免れている韓国の大統領は、一朝ことあれば、たちまち刑務所入りか、ヘタすれば自殺に追い込まれるのだ。
やっぱり日本の首相をしているほうがよござんすよ、安倍クン。

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2018年5月 7日 (月)

今日の更新

なんか書こうとして、いくつか下書きしてみたけど、ボケきった頭じゃなかなかまとめきらんね。
新聞でも読んでなにかネタをひねくり出そうと思ったら、今日は新聞休刊日じゃないか。
ならば夕刊はというと、いま熊本のKさんが上京中で、今夜は歓迎会だ。
飲んで帰ってくるとたいていはベッドにころりだから、今日のブログ更新はこんな調子で終わると思う。

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2018年5月 4日 (金)

せまい考え

先日、法事のために田舎に帰省したけど、そのおり親戚の娘に、これからは地球はますます狭くなるんだから、広い視野をもって生きなさいとおじさん風を吹かせた。
ところがどうも反応がイマイチ。
なぜかと考えて、思い当たったこと。

わたしの郷里は、とりたててへんてつのない日本の地方都市としては、意外なことに、居住している外国人の数が多いところである。
バブルはなやかなりしころ、地元企業の人出不足をおぎなうために、政府が音頭をとって日系移民たちの子孫をたくさん受け入れた。
そうやって南米あたりからやってきた人々が居つき、いまではそれなりのコロニーを形成している。
日系移民の子孫といっても、言葉は通じないし、外見は外国人そのまんまという人が多い。

その後の景気の後退で、彼らは仕事を失うこととなった。
それでも日本の快適な生活になれ、家族も呼び寄せた彼らは、日本に居続ける。
そして言葉の問題で、なかなか新しい仕事が見つからないから(いちばん最近はまた事情が変わったかもしれないけど)生活保護を受ける。
べつに彼らに罪があるわけじゃない。

まずいことにわたしの郷里というのは、日本でも有数の保守の牙城だ。
若い人はそうでなくても、年寄りの中には、ライフスタイルの異なる、こういう外国人に対して抵抗のある人が多いんじゃないか。
そんなことはないといわれるかもしれないけど、田舎の人の心理は理解しにくいところがある。
ああいう連中とは付き合うんじゃないよと、親戚の娘もいわれているのかもしれない。
べつに無理に外国人と付き合えといってるわけじゃないけど、美人で健康的な彼女を、そんな理由で田舎に埋もれさせるとしたら、そりゃ罪である。

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