日記・コラム・つぶやき

2017年11月19日 (日)

わたしの秘密

今日は調布に新しい映画館ができたというので、視察に行ってきた。
前売り券はありますかと訊くと、つぎの日曜日の分は2日前にならないと発売しませんという。
がっかりしてもどってきたので、ブログのネタがない。
仕方がないからわたしの秘密でもバラしてお茶をにごす。

わたしのところには旅行会社からたくさんのメールが来る。
中でもいちばん多いのが「じゃらん」で、安い宿があります、お得なツアーがあります、ポイントがこれだけ貯まってますとうるさいくらい。
ほかにも旅行サイトはたくさんあるのに、なんで「じゃらん」なのか。
これがわたしの秘密なのである。

「じゃらん」を英語で書くとJALANだ(違うかも知れないけど、わたしはそう解釈した)。
この最初のアルファベット3文字はJALで、これはひよっとすると日本航空の関連会社ではないか。
そうカン違いしたわたしは、その後何回かこの旅行サイトを利用したことがあり、うちに「じゃらん」からメールがたくさん来るのは、ただそれだけの理由なのだ。

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2017年11月18日 (土)

お手軽

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今日は仲間うちでやっているパソコン同好会の日。
終わるとかならず飲み会になっちゃうから、わたしにとって酒とバラの日々だ。
飲むと眠くなり、帰宅すると頭がぼうっとしちゃって、ヘタすりゃ深夜まで目が覚めない。
だからブログの更新も途切れてしまうかもしれない。
最近のわたしは連続更新という無益な責任感に迫られていて、それはとっても一大事。
だからこの記事は飲み会の始まるまえに書いておいた。
あとは飲み会の写真を貼るだけで、今日の更新は終わりだ。

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2017年11月14日 (火)

恥ずべきハナシ

冷静に考えると、わたしが将来有名人になることは考えられない。
わたしは自他共に認める変人なので、若いころは常識はずれの行いが多かった。
かりにわたしが過去に泥棒をして捕まったことがあるとしよう。
そんなわたしが有名人になれば、あっ、こいつはあの時の泥棒じゃないかということが、白日のもとにさらけ出される。
それはとっても耐えられないことだ。

泥棒ほどひどくはないけど、わたしにはとても公けにできない恥ずかしい過去がいくつかあるのだ。
そのときは泣き寝入りした女の子も、わたしが有名人になれば、あんときの慰謝料を払ってよと言い出さないともかぎらない。
うん、やっぱり有名人なんかなるべきじゃないな。

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2017年11月11日 (土)

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雲のむこうに永遠が見える
なんとなく意味のない言葉をつぶやいてみたくなる空
今日の午後2時半ごろ

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2017年11月10日 (金)

日本のミライ

たしかユリコさんの希望の党の、共同代表を選ぶ選挙が今日じゃなかったっけ。
いまのところ玉木サンと大串サンが有力候補らしい。
このうち玉木サンのほうはユリコさん肝いりの議員で、彼が勝てばユリコさん路線を引き継ぐことになり、大串サンのほうは民進党からの転身組だから、彼が勝てば民進路線を引き継ぐことになるだろう。

民進路線を引き継いだのでは、とうぜん民進と同じようにジリ貧になるだけ。
希望の未来としては、玉木サンのほうがいくらかマシのように思えるんだけど、先日の国政選挙で負けてがっくりきたユリコさんが、あとは勝手にしてよと党を投げ出したもんで、将来の予測が不透明だ。
どっちに転んでも不満分子をかかえたままで、分裂の可能性すらあるから、そうなると泡沫政党のまんまであることは確実だし、代表の選挙ごときで騒いでも仕方がないんだけどね。

それではこのまま自民党が我が世の春を謳歌するかっていうと、実績や政策よりも、長くやっているからもう飽きた、辞めさせようという単細胞の国民ばかりでは、こっちの未来も予測不可能。
思い切った話題作り、サプライズをかまさないと、自民党だって勝つことはむずかしいかもしれない。
それでも自民党が有利なのは、総裁候補に聖子チャンや進次郎クン、河野クンを担ぎ出すような、話題づくりのネタに事欠かないからだ。
そ、いまは話題づくり選挙の時代である。

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2017年11月 9日 (木)

仕事ぎらい

意味もなく体調がいいってんで、今日は鼻歌まじりで吉祥寺まで出向く。
ヨドバシカメラで録画保存用のブルーレイ・ディスクを買って、帰りは行きつけの居酒屋でコスパ満点のランチを食う。
どうもここのところ、わたしの気分は秋の天気のようにめまぐるしいけど、今日ノーテンキな理由は、仕事を休むぞと決心したからに違いない。

とにかく若いころから、わたしぐらい仕事のキライな人間はいなかったね。
仕事の好きな人間はいないといわれるかもしれないけど、でもわたしの周辺にも、そんなにお金を儲けてどうするんだというくらい、朝から晩まで家族のために働き続けている人がいる。
そこまで熱心でなくても、たいていの人は社会人の義務だとあきらめて、毎日いやいやながらでも定時におきて職場に向かうものだ。

わたしの人生が暗かった原因は、この仕事ぎらいにある。
ああ、今日も仕事かとおもったら、そのまま布団の中で首でも吊りたかったくらい。
そんなにイヤならほかの仕事を探せばいいようなものだけど、しかしこれまでいろんな仕事をしたくせに、ひとつだってわたしがこころから打ち込めた仕事はなかった。
ようするに仕事うんぬんではなく、時間にしばられるのがイヤだったらしい。
若いころなら、つねに自由にあこがれているんだなんて粋がっていられたけど、これってようするにニートの、つまり怠け者の言い訳だよな。

わたしはそんな苦渋に満ちた人生を、ン十年も続けてきたのだ。
そんな人生にもようやく先が見えてきた。
わたしは残りの人生をおもしろおかしく過ごすことにした。
え、先立つもの?
家族のいない人間は貯金をゼロにしてもいっこうかまわんのだよ。

ああ、また反社会的なことを書いちゃった。
でも死にたいと考える若者たちには、こういう生き方もあるという参考にはなるかも。
キミはひとりじゃない。
死ぬのは貯金をゼロにしてからで遅くはないのだ。

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2017年11月 8日 (水)

人生の裏側

あー、死にたいよーとつぶやいて、ほんとに殺されちゃったうら若き乙女がいたらしいけど、同じことをわたしがつぶやいても、いっしょに死んでくれる乙女はいないだろうな。
もうさんざん生きたくせに、医療費のムダだ、さっさと死んじまえって、最近の若者ならいいかねない。

でもわたしだって、若いころ、しょっちゅう死にたいと思っていた。
安いアパートで売れないマンガを描いていて、そのうち眠くなる。
せんべい布団でひと眠りして目を覚ますと、窓に西日がかんかんとあたって、時刻はもう夕方だ。
その瞬間の恐怖がわかるだろうか。
自分ひとりを置いて、世間はまったくふだん通りに動いている。
手持ちの金は少ないし、頼りになる人もいない。
そんなときしみじみと死にたくなったもんだよね。

それでもわたしはこの歳まで生きてきた。
優柔不断で、だらしなくだらだらと生きてきただけだけど、さて、死ななかったことは正しかったのか。
わたしは無神論者だから、これはキリスト教的道徳観でいってるわけじゃない。
ただ生きることに価値があるなんて、もっともらしいお説教はやめてくれ。

生きながらえても、有意義な人生を送れたわけじゃない。
意味のない人生はいまでもまだ続いているのだ。
だからときどき自殺を、いやこのトシじゃもう老衰死といってもおかしくないけど、考える。
神さまなんてものがいるのなら、なんでわたしみいな人間をこんなに長生きさせておくんですかと聞いてみたい。
無数に生まれる生命の中で、わたしが長生きしているのは、ただの偶然なんだろうか。

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2017年11月 6日 (月)

スポーツカイト

0760

3連休なんてものがあると、さすがに出不精のわたしでもずっとひきこもりってわけにはいかない。
昨日は葛西臨海公園まで出かけて、海を見てきた。
家からいちばん近くて、海らしい海を見られるのは、こことお台場くらいである。
海らしいというのは海水浴のできる砂浜があるということ。

天気がよかったので、まあ、えらい人混みだった。
しかしもともと敷地の広いところだから、混雑のキライなわたしにも、あまり気にはならない。
善男善女にまじってぶらぶら散策。

わたしのお目当は水族館だ。
この水族館では、いちじ飼育されていたマグロが謎の全滅をしたってことだけど、昨日見たかぎりではまた以前のように盛大に泳いでいた。
青森県の大間でマグロを食べてきたばかりのわたしには、たまたま昼メシがまだだったせいもあって、つばがゴックン。

Sk

海岸では奇妙なものを見た。
凧上げの凧なんだけど、一本の糸で操るのではなく、4、5本の糸を使い、上がったり下りたり旋回したりと、動きを曲芸のようにコントロールできるらしい。
この日は7、8人のグループが、各々の凧を、上下左右にみごとに編隊飛行させていた。
調べてみたら、スポーツカイト (もしくはスタントカイト) というものらしく、外国ではこれをいかにコントロールするかという競技大会まであるそうだ。
これもまたひとつ、外国からやってきたカッコいい遊びらしい。

競技はさておいても、ドローンが欲しいと考えている映像青年たちには、さらに廉価で、免許のいらない俯瞰撮影用の道具になるかもしれない。
たまに外出すると便利なものを発見するものだ。

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2017年11月 5日 (日)

お医者さんゴッコ

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これ、なにをしているところかというと、お医者さんゴッコ。
ちょっとまえに飯能にある天覧山に登ってきたことは、このブログに書いたけど、そのおりに古い知り合いに再会した。
おお、キミも老けたなあといって、親切なわたしが脈をとり、舌の健康ぐあいをチェックしているところ。

知り合いはいいオンナなんだけど、やはりいいいオトコのわたし同様、ひとり者だ。
世の中まちがっとるよ。

最近自分の写真の露出が多いみたいだけど、そろそろわたしもトシですからね。
ブログの原則も無視して、なんといわれようと大きなお世話。
けっしてオンナ狂いの手始めに彼女を選んだわけではありません。

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2017年10月27日 (金)

昨日と今日

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昨日はめずらしくグループで山登りに行ってきた。
山というのが飯能にある標高195メートルの天覧山と、271メートルの多峯主山(とうのすやま)。
ひと桁まちがえているわけじゃない。
わはは、これなら楽勝だと、怠惰な生活におぼれている高齢者が6人ばかり参加。
それで腰が抜けたとはいわないけど、日本アルプスに登ったこともあるわたしも、けっこうくたびれた。

添付した写真は、帰りに入間川にかかる堰堤の上で。
傘のようにおおいかぶさっているのはレンズのハレーションで、撮られたのはくたびれたメンバーのひとり。

ところで今日の夕刊で慰安婦の資料が、ユネスコの「世界の記録」への登録が見送られたとか。
べつの箇所には韓国の大学教授が書いた「帝国の慰安婦」という本が、名誉毀損で有罪だそうだ。
同じ夕刊にはまたしつこくモリカケ問題が載っているけど、それほど執拗な朝日新聞が、どうしてこういう問題が起きた場合、慰安婦はうちの誤報でしたと説明しないのだろう。
彼らにはその義務があるはずだ。

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