わたしは書物をたくさん所有していたけど、インターネットの時代が来て、そのほとんどを処分した。
書物も大半はネットで読める時代だし、音楽にしてもしかり。
せまい部屋を、本やレコードで埋もれさせておくことはないのである。
こういう点では、わたしくらいデジタル時代の恩恵を受けている人間はいないかも知れない。

あるときわたしは考えた。
本ではなく、映像で図書館を作ろうと。
つまり、インターネット上に氾濫している映像や、NHKの番組のなかの有益と思えるものを、かたっぱしから録画して保存するのだ。
最初は映画好きが高じて始めた道楽だったけど、しだいにエスカレートして、いまでは旅、音楽、サイエンス、ドキュメントなどの、多くの分野が含まれることになった。

じっさいの書物を収集するのに比べたら、保存用ディスク1枚の値段なんて、せいぜい100円だから、ずっと安い。
むしろバカにできないのは、インクジェット・ディスクにプリントするためのインク代のほうだけど、これのデザインをするのも楽しみのうちだからやむを得ない。
DVDはそのうちブルーレイに変わったけど、1枚のディスクの中に3時間、もしくは4時間の映像が収まるから、データ量としてはそうとうの分量になる。
これなら丸くて平べったいディスクが溜まるだけで、スペースはたかが知れている。



ここに挙げたのはわたしのコレクションのほんの一部だけど、ディスクの表面の図柄は、ネットに氾濫する画像から見つけて、自分でデザインしたものだ。
ロックグループ、クリームのディスクの図柄なんて、レコードジャケットではお馴染みだけど、ディスクとしては世界にたった1枚しかないものである。
著作権はどうなってんだという人がいるかも知れないけど、これはまったくわたし個人の楽しみのために作ったディスクだから、なにも問題はないのである。
冬の夜中に、こんな個人ディスクのデザインを考えているのも楽しい。

もちろん録画保存したものをすぺて観ている時間はない。
しかし図書館というものは、そもそもすべてを読むためにあるわけではなく、知りたいときに知りたいことを調べるためという目的も大きいのだ。
部屋にあるおおよそのディスクの内容を把握しておけば、わたしは、たとえばあの映画のあのシーン、あのコンサートのあの場面、外国旅行に行く場合は、あらかじめその国はどんなところなのかとチェックできるわけだ。
中にはトランプさんが復活した2024年の大統領選挙の映像もある。
刻一刻と変わる選挙結果のようす、あわてふためく日本の公共放送という歴史的な騒動を、いつでももういちど観られるのである。

というわけで、いまわたしの部屋にはさまざまな分野を録画したディスクがブルーレイだけで600枚近くはある(これ以外にDVD時代のものもあるんだけど、それはまとめて箱に詰めて、押入れの中に積んであるので、メンドくさいから数えてない)。
90パーセント以上がNHKが放映したもので、民放番組はよっぽど貴重な映像でないかぎり、録画する必要も余裕もなかった。
録画した番組がこれほど膨大なものになると、過去にいちど録画したものを、もう一度録画するというミスがしょっちゅう起きる。
わたしはそうならないように、エクセルで簡単なデータベースを作って管理している。
おかしいと思ったら、念のためこのデータベースを調べて、過去に録画したことがないか調べるわけだ。
そんなものは個人で保存しなくても、現在ではYouTubeやアーカイブなどで、いつでも過去の映像を観られるじゃないかという人がいるかも知れない。
たとえばここに挙げたクリームの再結成コンサートなど、YouTubeでいつでも視聴が可能なのだ。
しかしあのバンドの演奏を自分のものにして、いつでも好きなときに観られるという、コレクターの気持ちはわかるまい。
これらのディスクが、生きているわたしのこころをどれだけ豊かにしてくれたかということも。
いっておくけど、わたしは決して書物の大切さも忘れてないよ。
いまでもよく図書館に顔を出して、リサイクル本におもしろそうなものがないか漁ってくるくらいだ。
ただ、買ってまで欲しい新刊本は、最近はほとんどないけどね。
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