日記・コラム・つぶやき

2016年12月31日 (土)

イルミネーション

679a

昨夜はまた読売ランドのイルミネーションを見物に行ってきた。
わたしの家から散歩気分で出かけられるところなので、出不精になっているわたしにも気が楽なのだ。

679b 679e 679j

たまたま最寄りの京王線の駅と、読売ランドを結ぶロープウエイが渋滞していたので、行きも帰りも徒歩で山を上下して、いい足の運動にもなったし。
でも観覧車も大渋滞、もうジェットコースターや絶叫マシーンに乗れるほど若くもないし、ただイルミネーションのあいだをぶらぶらしてきただけ。
そういう点ではつまらない。

さて今日はなにをするか。
夜中に初詣にでも行ってみるか。
バチ当たりのわたしだけど、足の運動は急務だ。
せっせと歩いておかないと、歩けなくなったら旅行をする楽しみもない。
まだまだわたしはしぶといのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月29日 (木)

この時期のスーパー

スーパーで刺身を買おうとして、一瞬うろたえた。
わたしがいつも買うマグロのブツ切りが、ふだんなら500〜600円のはずが、年末のこの時期はゆうに倍の値段ではないか。

けしからん。
公正取引委員会に訴えてやる。
なにも脂ののったトロを買おうってわけじゃない。
ひとり暮らしの年寄りが、ささやかに楽しもうという酒のつまみだぞ。
えっ、スーパーも世間の常識を忠実になぞるのではなく、たまには正月のほうが刺身が安いという、常識にあらがう商売をしてみたらどうだ。

正月は品物の供給量が少ないのです。
需要が供給を上まわれば値段が高騰するのはやむを得ません。
おお、よくぞいうた。
消費者を人と思わないスーパーのおごりがこういうときに露呈するのだ。
いいから思い切って安売りをしてみろ。
このスーパーは常識が通じない。
そのうちまた驚くべき安売り特売をするかもしれないってんで、近隣の奥さん連中が四六時中通いつめることは間違いがない。
この地域の勝ち組はアンタのところで決まりよ、アーン。

とまあ、ゴタクをほざいてみたけど、頑迷な世間の常識にさからうすべはなく、仕方がないから、いま買ってきたマグロの代用品のナマコで一杯やってるとこ。
いったいナマコに栄養があるのかという、また年末恒例のナマコの経済学でもぶつか。

年金基金も解散しちゃったし、人生も最後の下り坂で、いろいろ悩みは多いけど、今日からしばらく仕事は休みで、ああ、開放感がいっぱいだ。
風呂でも入ろ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月26日 (月)

ロシア式

678

ウラジオストック出身のロシア人サーシャさんと呑んだ。
それはいいんだけど、彼が酒のつまみに持ってきたのがこれだ。
煮干しに似ていて、それよりずっと大きい。
わたしも魚には詳しいつもりだけど、燻製になって、もともとの魚よりスリムになっているので、いったいなんの魚だったのかわからない。
これは◯◯であるとロシア語でいわれても、わかるはずがない。
なんでもカムチャッカ方面で獲れる魚だそうだ。
あのへんは寒いところだから、そこで獲れるということは温帯、熱帯の魚ではないだろう。

なんとなく氷魚とか氷下魚と書いてコマイという魚を連想したけど、コマイというのはタラのことをいうらしく、念のためタブレットで検索して写真を彼に見せると、背びれのかたちがちがうという。
つぎにサケの写真を見せたけど、やはりちがうという。
ニシンの写真を見せたら、オオッといって身をのり出した。
どうやら正体はニシンのようだった。
カズノコの母親ではないかといってみたけど、イクラはロシア語なのにカズノコはそうではないらしく、今度は彼のほうが首をかしげる。

酒の好きなサーシャさんはいつもこういうもので呑んでいるらしい。
これを食べるには、ナイフで強引に刻んで、皮をはぎ、肉の部分をひっぺがす必要がある。
ハワイ土産にもらったビーフジャーキーみたいで、ひじょうに歯ごたえがあり、塩気が効いているからビールのつまみにはいける。
しかしロシア人はいつもこんなもので呑んでいるのかと気のドクになってしまう。
カムチャッカのあたりは美味の宝庫で、カニやニシンやサケのみならず、ウニやホヤなどわたしの好みがたくさん獲れるところだから、彼らは海産物を日本人のように有効活用する方法を知らないとしかいいようがない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月25日 (日)

クリスマス・プレゼント

昨日のクリスマス・イヴに、わたしのところへも特大のプレゼントだ。
青い封筒で、なにかと思ったら、わたしも加入していた年金基金が解散しましただって。
しますではなく、しましたってのがニクイねえ。
知り合いからさっぱり連絡がないのも、熊本のKさんがウツになっちゃったのも、これが原因かもしれない。

でも、でも、考えてみればやっぱりわたしは幸運だったのだ。
若いころ道楽をしたものだから、死ぬまで働くのはやむを得ないと、いまだに現役だ。
仕事を続けているのだから、ちょっとがんばれば消滅した年金基金の分ぐらいは稼げるのだ。
しかも、どうすんのよとうるさくいう連れあいもない。
しかもしかも、もう十分に生きてしまって、やりたいこともほとんどやってしまって、いつお迎えが来てもいいぞの気分。

だからヤケッパチで海外旅行にでも行くかと、まだ余裕がある。
考えるのは、わたしと同世代ですでにリタイアした友人たち。
たとえばわたしと2人だけでよく山登りに行った、もと同僚の糸ッパラ、まじめに生きて、奥さんと子どものために人生を費やした彼はいったいどうなるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月24日 (土)

空気清浄機

677

わたしの部屋がホコリっぽいというので、知り合いがこれを使ってみろといって、空気清浄機なるものをかつぎこんできた。
マイナスイオンがどうのこうのといって、殺菌効果もあるのだそうだ。
アホらしい。

この機械を見て、むかしのエピソードを思い出した。
わたしの知り合いに新しい機械が出るとすぐ飛びつくおばさんがいて、ある日得意そうに、こんど布団の湿気を吸い取ってくれる装置を買ったわという。
これを布団といっしょに押入れに入れておくと、どんどん布団の湿気を吸い取ってくれるのだそうだ。
じっさいに見せてもらったら、装置に付随したプラスチックの容器に、もうじゃぼんじゃぼんいうくらい水が溜まっていた。
ほんとに布団の水分を吸い取ったのなら効果は抜群だ。

でも、ちょっと待て。
そう思ったのは、布団の湿気だけにしては、溜まった水が多すぎるような気がしたからだ。
電気器具ではないからなにか吸湿剤を使っているらしいけど、こういうのって、空気中の水分も吸い取ってんじゃないのか。
だとしたら押入れを密封でもしないかぎり、湿気は外からいくらでも入ってくるだろう。
梅雨のころなら容器に水なんてすぐいっぱいになるのとちゃう?
アホらしい。
でも得意満面なおばさんに、そんないちゃもんはつけられなかった。

空気清浄機なんていらん!
こちらはコードを引っ張っているからあきらかな電化製品で、しかもそれを24時間フル稼動しろという。
電気はタダじゃない。
なにより持ち込んできた当人は虚弱体質で、そんなものを必要としていないわたしが、病気ひとつしない頑丈体質ってのはどういうことなのさ。
平和に安逸に生活しているわたしの日常を壊すな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月22日 (木)

百合子サン

百合子サンが迷走している。
これはわたしだけがそう思っているのかもしれないけど、どうも最近の彼女は、振り上げた手の持って行き場に困惑しているように見えてしまう。
かっての民主党が、埋蔵金があるはずだといって威勢よくその発掘に乗り出したものの、けっきょくそんなものはなかったように、百合子サンも大幅に予算を削減できるはずだと勢い込んで都知事になったものの、がんじがらめのしがらみの中では、けっきょく誰がやっても結果はそれほど変わらないことを自覚しただけじゃなかったのか。

ヨシロウさんみたいなのにまかせておくのもナンだけど、日本の政治というのはこういうものだ。
役人はみんなことなかれ主義で、上がオリンピックを開催するといえば、もうウソをついてでもその方向に猪突猛進だ。
いまになっていちばん控えめな見積もりを出してましたなんていってる役人もいるらしい。
どうせ始まってしまえば、経費がかさむのは当たり前と、国民も納得すると思っていたのだろう。

だから経費の削減ができるはずだというのも素人の考え。
とちゅうから加わった者が、すでにゴーの出た計画を変更するのはたいていではない。
築地の市場にしたって、すでにそのつもりになってしまった関係者には、待たせているあいだにも違約金という名の税金を払わなければならないのだ。
記者会見で目をパチクリさせている百合子サンをみると、頼りないことこの上ない。
新党立ち上げだなんて調子に乗っている場合じゃないでしょ。

当初は、あまりの人気ぶりに協力を模索していたように見えた自民党が、旗色を鮮明にして敵対関係にまわったのも、これはそのうちポロを出すなと見切ったのだろうし、最初のうち支持していた週刊文春、新潮も、ぼちぼちイジメてやろうかという方針に変わりつつあるようにみえる。
百合子サン、お気をつけなすって。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月20日 (火)

剣南春

676

知り合いが上海に行ってきた。
行くまえになにか買ってきてほしいものがあるかと聞かれたから、そうさなと考え、むかし中国に入り浸っていたころ知った「剣南春」という酒を頼んだ。

中国では紹興酒が有名だけど、それは醸造酒で、本来は茅台酒などに代表される蒸留酒王国である。
値段をみればわかる。
紹興酒は庶民的な値段で呑めるけど、茅台酒の高級なやつになると、日本人でさえビビるような値段だ。
しかもわたしが中国によく行っていたのは、まだ改革開放政策がようやく軌道に乗ったころで、酒造メーカーが女や下戸に気を使わない時代だったから、その本来の味と香りは濃厚に輝いていた。
いまでもそうかもしれないけど、酒の原点というべき魅力を楽しみたければ、手近なところでは中国に行けばよい。

ところで上海に行った知り合いだけど、2泊3日で蘇州まで行ってくるというから、安いだけが取り柄の忙しいツアーに違いない。
たぶん街の酒屋で「剣南春」を求める時間はないだろう。
すると彼女は帰りの空港で買おうとするにちがいない。
そう思って調べてみた。

あるサイトの情報によると、空港の免税店では度数が40度以上の酒は置いてないそうである。
「剣南春」は50度以上あるのだ。
だから彼女から、やっと買ってきたよといわれてもあまり期待していなかった。

家に持ってかえって箱を開封してみた。
やけに軽いのが気になったけど、パッケージは頑丈だし、箱からボトルを取り出した瞬間、「剣南春」特有のあまい香りが部屋中に立ち込めたから、これは本物だと確信した。
でも同時に、なんだ、これはと失望したのも事実。
わたしの知っている「剣南春」のボトルは500mlだったけど、みやげにもらったのは、なんと100ml 。
ボトルの容量はテーブル用の醤油の小瓶より少ないくせに、これで5千円ちかくするのだ。

ちくしょう、こういう手があったかと怒り狂ったけど、でもと思い直した。
これはメーカーだけの責任ではあるまい。
おそらく値段の半分くらいに、空港の免税店に置かせてもらうための、役人や役所への賄賂が含まれているんじゃないか。
中国というのはそういう国であると自分を納得させ、これがどうしても飲みたいなら、やっぱり自分で現地におもむき、街の酒屋で購入しなくちゃいけないなと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月19日 (月)

衰退

ちょっとまえにこのブログで、近所の小さな個人商店が集まったスーパーから、八百屋と乾物屋がつぶれてなくなったということを書いた。
それに続いて、近所の住宅街にあった八百屋もなくなった。
その店は、近所の八百屋としては、わたしがここに越してきてから2軒目の八百屋である。
以前の店にはちょっといなせな旦那がいたけど、不景気だなあなんてこぼしながら、蕎麦屋で一杯やっているのをよく見かけたものだ。
その八百屋がつぶれ、不便になったなと思っていたら、その近くにまた新しい八百屋ができた。
わたしの部屋から徒歩で4、5分のところなので、コンビニ帰りに果物や野菜を買ったりしたこともある。
それが今回つぶれた店だ。

まことに個人商店にはきびしい時代になったものだ。
わたしにかぎれば、不便になったかというとそうでもない。
最近はコンビニでも果物も野菜も売っている。
そしてコンビニだけは近所に、雨後のタケノコのようにたくさんあるのだ。
しかもほんのちょっと遠出をする気があれば、もっと大規模なスーパーもデパートもある。
だから個人商店がなくなったからといって、 いちいち政府の政策がわるいと文句をいったりはしない。

でも考えるのは、つぶれた店の主人はいまどうやって生計を立てているのかってこと。
どの店の主人もわたしと同じくらいか、もっと若そうだった。
彼らがいまさらコンビニで働くわけにもいくまいし、熟年にちかい人間においそれと仕事が見つかるとは思えない。
個人商店主が年金をたくさんもらえるって話も聞かないし、ひょっとすると生活保護のお世話になるのかもしれない。

こんな悲惨な現象は日本だけのものではなく、世界的な傾向なのだ。
いったいこの社会はこれからどうなるのだろう。
わたしは無能の人だけど、こんな世相を見るたび、いまでもかろうじて自分の食い扶持ぐらいは稼げている自分の幸運を、つくづく感じないわけにはいかない。
世間に顔向けできないので、ええ、自分だけはゼッタイに生活保護を申請しないで生きていく所存であります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月18日 (日)

ネコ好きおばさん

ネコ大好きおばさんと呑んできた。
このおばさんはいちばん多いときには5匹もネコを飼っていて、現在は1匹だけだけど、血統書つきの、耳の寝た、なんとかいう舶来のネコを飼っている人である。
わたしはネコが欲しくて仕方ないところだから、あなたが死んだら、あなたのうちのネコ引き取りますからねといってみた。
うちのネコは贅沢だけどいいの?という。
なんでもネコ缶を与えると、牛肉だけほじくって食べるのだそうだ。
しかも食事のあと、かならずデザートとして牛乳を要求し、それを飲み干してようやく満足するネコらしい。
最近はトイレにオカラを敷き詰めているそうで、とにかく維持費のかかるネコだというから、やっぱり引き取るのは断念した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月17日 (土)

寝ぼける

ドアのチャイムが鳴ったような気がした。
おおかた朝刊が届いたのだろう。
そう思って、寝ぼけまなこでドアまで新聞を取りにいく。
ついでにドアを開けて外をながめてみた。
ちょうど配達員がバイクで帰るところだった。
空はまだまっ暗だ。

なんだか新聞がずいぶん薄くなったような気がする。
おおかた安倍プーチン会談の特集でもあって、ほかの記事が手薄になったものだろう。
新聞も斜陽産業だからなと納得する。

べつに不審にも思わず、新聞をつかんでベッドにもどると、またドアのチャイムが鳴った。
出てみると新聞の配達員だ。
わたしがドアを開けたのを見てもどってきたらしい。
今月分の集金をいいですかという。
おい、何時だと思ってるんだよ。
こんな夜中に来るやつがあるかと不満顔をしてみせたものの、せっかくだし、払わなければならないものは払ってしまうほうがいい。

彼が帰ったあと、寝っころがって新聞を読む。
やけに映画の記事が多いなと、まだこのときまで異常に気がついてない。
そのうち眠くなってまた寝てしまった。

うとうとして、1時間か2時間後に目をさました。
ふつうならもう明るくなっているはずなのに、まだ外はまっ暗だ。
さすがにおかしいと気づき、時計を見ると7時である。
朝の7時なら明るくなっていないはずがない。
つまり寝ぼけて昼夜が逆転していたわけだ。
新聞の集金人は暗くなった直後の夕方にやってきて、わたしが読んだのは夕刊だったというわけだ。

こんなことは初めてである。
ボケが始まったんじゃないか。
「シャイニング」という映画の中に、小説家の書く文章を彼の奥さんがのぞいてみたら、意味のない単語の繰り返しで、奥さん愕然というシーンがあった。
わたしのこの文章もそうなっていないだろうか。
近所で殺人があったら、あの新聞の集金人は警察に、わたしのことをヤク中毒みたいですよと証言するな、きっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧