日記・コラム・つぶやき

2026年6月15日 (月)

今日という日

20260615

今日は駅近くの床屋で散髪を済ませてきた。
じつはこれがひと苦労、足が弱っていて、バス停までの歩きが容易ではないし、天気がよかったら熱中症の心配もしなけりゃならん。
タクシーを使うことも考えたけど、さいわい今日は雨上がりで、わたしのためにあつらえたように涼しい日だったから無理を押して出かけることにしたのである。

脳梗塞の悩みを忘れるには、似たような病気を抱えた有名人を思い浮かべることだ。
彼も辛いんだ、わたしも負けちゃいられないと自分を鼓舞するために。
ところがわたしが以前取り上げた恨みシュランの神足裕司さん、彼はこの3月に亡くなっていたね。
くも膜下出血で要介護5のまま執筆生活を続けていたらしいけど、とうとう力尽きたか(合掌)。
これではわたしを鼓舞するどころか、ますます絶望に追いやるだけだな。
わたし?
お先まっ暗。

わたしの知っている不幸な人たちをつぎつぎと思い出してみたけど、たとえば若いころ野球部の部長をしてたコワモテ大先輩で、子分を引き連れて飲み歩いていたころが忘れられず、なんとかひとりで街まで出られらるくらいリハビリに励んだ人もいる。
前項に書いた元祖山ガールの知り合いも、若いころは美人でみんなにチヤホヤされていたから、あのころに戻りたいとリハビリに熱が入る。
わたしの場合は元気になれば、またつまらない人生を引き延ばすだけだと、ぜんぜんリハビリに熱が入らない。

もうひとり、人生の苦難を一身に引き受けたような「久美のNEWSな日記」の久美ちゃんを思い出してみたけど、彼女の本質はネアカらしく、またしても襲いかかった試練に往々しく立ち向かっていた。
わたしとしては彼女のブログの宣伝をして、そのアクセス数を増やすことしかできないのが申し訳ないないけど、ホント、いつも彼女の日記には励まされる。
それでも今日は床屋まで往復していくらか考えが変わった。
元気になれば、少しでも歩ける状態を維持しさえすれば、そのうち自然死のほうが先に来て、トイレにも行けない、風呂にもひとりで入れないという、最悪の状態をうしろに追いやれるかも知れないと。

そんなことを書いたら、今日のわたしのアクセスは、なんと1200じゃないか(夜の10時現在)。
油断したな、ココログ。
リンクを張っておいたから、わたしのブログの読者の大半が久美ちゃんにも流れただろう。
久美ちゃんも、なんで今夜はアクセスが跳ね上がったんだろうと驚いているかも。

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2026年6月14日 (日)

思い出の上高地

20260614b

ネコ大好きおばさんはどうなっただろう。
ひとの悪いわたしが、あまり冗談をかますのて、冗談の通じない女の典型であるおばさんは怒ってそれっきりだ。
しかし最後にメールをくれたときでさえ、彼女は定期的に透析が必要な病人で、足を鍛えるためにリハビリ施設に通っていた。
つまりわたしが早いか彼女が早いかという、危機迫る病人だったのだ。
それがずっと連絡なし。
ひよっとするとすでにと、不安になって息子さんに電話をしてみた。
かりにお亡くなりになっていたとすれば、今回のブログは彼女の一代記になるはずだった。
彼女は元祖山オンナで、わたしとの関係も八ヶ岳や北アルプスにまつわるものが多い。
わたしは彼女の山の原点は上高地の河童橋にあると信じてるので、できれば骨はその上から、梓川へ散骨してやりたいとロマンチックな考えを持っていた。

母ですか、元気です、今日は仲間達とカラオケに行ってますという息子さんの返事である。
そうなんだよな。
彼女はタフな女で、ロマンチックなわたしとは相容れない女なのだったよ。
忘れていた。

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2026年6月10日 (水)

眼科

脳梗塞というのは脳の一部が損傷するそうで、自立神経もとうぜん影響を受けるから、あちこちにモグラ叩きのようにおかしな箇所が頻発する。 
食事をすればよだれがタラタラなんてのはいいほうで、鼻水はたれるし、みっともないこと甚だしい。
最近目がかすむのも脳梗塞の影響らしい。
脳梗塞になるまえまではそんなことはなかった。
目だけはいいのが、わたしの取り柄だったのにねえ。

知り合いが白内障じゃないのと脅かすから、今日は眼科に検査に行ってきた。
眼科の待合室でしばし待機。
目の前に小学生くらいの男の子がいる。
へえ、あんな子供でも眼科に用事があるのかいと、子供ではなくその母親を見つめる。
わたしの悪いクセだ。
なにしろまだ若くて胸のあたりがふっくらした人妻だったから、ついギラギラした目で、といっても白内障じゃギラギラさせようがないか。
なにをしに行ったのだと叱責されそうだけど、白内障のほうは手術の必要なし、もうすこし経過を見ましょうとの見立て。
そんなこといわれても、目がしょぼしょぼではブログの更新がやりにくくて困るんだけど。
本日もどこかにミスタッチがあると思うけれど、それはこういう理由だ。
いろいろ問題かかえて、それでも今日はひさしぶりに外出したおかげでいくらか気分がよい。

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2026年6月 5日 (金)

やけにくっきりした夢を見た。
わたしがスーパーで買い物をして料金を払おうとしたら、財布は知り合いが持っていることがわかり、一文無しのわたしは途方にくれて周囲を見まわすという夢である。
夢からさめたあと、思わず自分が寝ていたベッドを振り返った。
ひょっとしたら自分のたましいが肉体から分離して、肉体だけはベッドに取り残されていやしないかと。
そんなことはなかった。
わたしのたましいはあい変わらずベッドの中にいて、肉体にしっかりとしがみついていた。
今日も不自由ないちにちが始まるようだった。

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2026年5月29日 (金)

大懺悔

わたしには悔やんでも悔やみきれない思い出がいくつもある。
今日はそのひとつについて書こう
書くことがわたしにとって懺悔でもあるのだから。

むかし、当時からわたしは驕慢な無神論者だったから、会う人ごとに、アナタが死んで散骨を望むなら、わたしが引き受けますよと大言壮語してまわっていた。
散骨を望む者にはありがたいことで、じっさいに散骨してほしくても、親類縁者に頼むとたいていイヤな顔をされる。
みんな慣習通りに坊さんを呼んで、しきたり通りに葬式をやりたがるもので、ヘタすれば暗いジメジメした場所にお骨を安置されてしまう。
ありがたい、ぜひお願いできますかといってきたのが。当時の勤務先の同僚だったSという男だった。
彼は近代医学でも、どうにもなりませんんという悪質のガンに冒され、余命1年を宣告されていたのである。

そこである日、わたしたちはハイキング気分で飯能に向かった。
飯能の裏に天覧山という山があって、そこがSの散骨希望地だった。
本人の案内で散骨場所の下見をしておこうというのである。
天覧山までの途次、Sはどんな小さな神社仏閣にも手を合わせていた。
気のドクに、彼はまだ当時のわたしより若かったのだ。
奥さんを残して死にたくはなかっただろう。
天覧山は登山コースのわきの岩に十六羅漢を刻んだ箇所があって、そこがSの散骨希望の場所だった。

冷酷な時間は止まらない。
この翌年の春、もう少しで桜が満開になる直前に死神はきっちりとSを迎えに来た。
しきたり通りの葬式がとり行われて、Sの骨はしばらく奥さんが手元に保存していた。

わたしはSとの約束を守らなければならない。
そこである日思い切って奥さんに話してみた。
そろそろいいんじゃないですか、飯能へ行きましょうよと。
ところがここでコミュニケーション障害というわたしの欠点がもろにでて、わたしは誠意ある言い方ができなかった。
いきなり散骨を持ち出されて、奥さんもとまどってしまったらしい。
イイデスという。
わたしとしてはまだ新緑のころ、山がいちばんきれいな時期に散骨してやろうと考えていたので、拒絶されてすっかりヘソを曲げてしまった。

ずっとあとになって奥さんのほうから、知人を介して飯能に行きたいといってきたとき、今度はわたしのほうが拒絶してしまったのである。
あとで、どうしてつまらないことでヘソをまげたのかと、つくづく後悔した。
そもそもはわたしが言い出したことではないか。
この件を思い出すたびに、いまでも針で心臓をチクチクされているような気分になる。
唾棄すべき男、それがわたしである。

2021年4月22日にわたしはひとりで天覧山に登った。
Sを偲んでいくつかの歌をつくったのはこのときである。
もちろんそんなことで気が晴れたわけでないし、この件はいまでもわたしのトラウマなのである。

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2026年5月27日 (水)

ポピュリストたちのB

前項でポピュリストとはこういうものだと書いた。
ようするに知識がないくせに感情論が先に立ってしまうような人たちのことをいう。
もう少し前には中国人には論理感がないという人にも反発して記事を書いたことがある。
中国にも「客家」という論理感を知る民族がいた。
この民族について知識があれば、安易に中国人には論理感が欠けているなどとはいえないはずだ。 
こういうポピュリストたちがウクライナ戦争でも、プーチンがどんな大統領なのか、ウクライナがどんな国かも知らずに感情論だけで反露、反中の意見を述べる。
世の中にはどうしてこんなにポピュリストが多いのだろう。
しかもポピュリストの大半が、ひとつの民族を頭からけなすレイシストでもある。
もっと知識を増やし、世界を公平客観的に見さえすれば、そうした偏見のほとんどは解消すると思えるのに、ポピュリストの罪は重い。
つまり知識がない人たちが多すぎるのだ。

むずかしいところだけど、世間の常識を信じて、それを肯定するだけが知識というわけではない。
たとえば現在はトクリュウ犯罪などを見ても異常としか思えないことが多すぎる。
眉をひそめるのは団塊の世代なら当然だろう。
だからわたしたちと同じ世代が、異常を異常というだけでは知識ではないのだ。

ああ。またややこしいことを考えちゃったよ。
ちっとは脳梗塞の治療に効果があればいいけど。

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2026年5月26日 (火)

ポピュリストたち

いまでも小泉もと首相の経済改革は失敗だった、日本経済が落ち目になったのは小泉が悪いという意見をよく目にする。
そういう人に聞きたいけど、それじゃあ彼は何もするべきではなかったといいたいのか。
どんな事業でも長くやってると腐敗するというのは、人間社会の普遍的な法則であるような気がする。
小泉首相がやったことは腐敗した事業にメスを入れ、いったん既得権益者たちを排除することじゃなかったのか。
小泉改革のまえまでは、たとえば建設業界に既得権益がまかり通っていた。
主導するのは地方の政治家であったり顔役だったりした。
彼らは政府から公共事業を引き出し、それを企業に配分すると同時に、自分も甘い汁をたっぷり吸っていた。
ここにわたしが新聞記事に目をとめて書いた2009年12月のブログ記事がある。
これは山口スティーブさんという、国際結婚をして日本で最初の建設会社社長になった冷静な第三者の意見だけど、だれが見たっての日本の建設業界の異常さは際立っていたのだ。ぁあ

建設業界だけではなく、当時の郵政省はチンピラギャングの巣窟だった。
わたしはアルバイトて郵便局の集配をしたことがあり、その実態を見聞きしたことがある。
当時の局員たちは組合運動だけに熱心であり、たまにまじめな局員がいると仲間はずれにしたり、大勢で吊し上げたりしていた。
小泉首相が危機感を持ち、こんな組織を放置していたら赤字はいつになってもなくならない、こんなガン細胞に蝕まれたような組織は大改造すべしと思ったとしたら、それは間違っていただろうか。
逃げるんじゃない、わたしはあなたに聞いてるんだよ。
小泉改革はするべきではなかったといいたいのかい。

小泉改革がなければ日本はもっとマシな国になっていたといいたいのかい。
現代の日本のていたらくは、見栄えがいいからというだけで、軍国主義まっしぐらのの早苗ちゃんを支持するポピュリストのせいとは考えないのか。
いったいポピュリストとはどんな人をいうのだろう。
自分の追い通りに政策が運ばないと、安直に政治家に責任を転嫁する。
これもポピュリストの特徴だと思うんだけど、政治はそんなに簡単なものではない。
Aに良かれとしたことがBには不満ということはよくあることだ。
小泉首相は既得権益者を排除した。
郵政族の反対を押し切ってまで改革を断行した彼の政策は、それだけでも称賛に値するじゃないか。

わたしは初期認知症で、ポピュリストの相手をしているほどヒマじゃないのだ。
ややこしいことを考えると頭がパンクしそうだ。
もうすこし政治家が相手でも、相手の立場を理解してやることは出来んもんかいね。

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2026年5月22日 (金)

論理観

OKCHANさんのブログのコメント欄に割って入り、中国人が倫理観ゼロというのは何を根拠にしてるのかと息巻いたことがある。
それ以来ずっとこの問題について考えていた。
なるほど、中国人は倫理観ゼロというにはそれなりの理由がある。
邱永漢さんの本には日本人商人と競合して、うまく日本人を出し抜く中国商人が出てくるし、台湾でも日本の統治はおおむね真面目なものであったのに、その後の中国の統治は汚職まみれ(文句をいったら大虐殺)というくらい酷いものがあった。
日中友好条約が結ばれたあと、安い労働力を求めて中国に進出した日系企業が、もののみごとに中国人にだまされたという話もたくさんある。
これでは中国人に倫理観が欠如しているというのも納得かも知れない。
それはいったいなぜなのか。

どうして中国人には倫理観が欠如してるのか。
ずばりいうけど、中国と日本の歴史が作用している。
日本では群雄が割拠する封建政治が続いたのに比べ、中国では強力な中央集権制の王朝政治が続いた。
これは例えていえば、いまの北朝鮮のような政治が続いたということだ。
考えてもみてくれ。
北朝鮮のような政治下で長い間(紀元前16世紀の殷の時代からだ)暮らさなければならない民族のことを。
真面目にやっても報われないとなったら、その民族がこすっからく生きようという性格に傾くのも当然じゃないか。
中国には、上に政策があれば、下に対策があるということわざがあるけど、これも中国人が置かれた環境を如実に物語っている。
同じ理由で西洋ではユダヤ人が嫌われている。
ユダヤ人も頼りになるのは金しかないという歴史を、数千年(出エジプト記以来)も続けてきたのである。
そうかといって中国人のすべてがこすっからいわけではない。

わたしは以前に高木圭蔵氏の「客家・中国の内なる異邦人」という本を読んだけど、中国にも裏切らないということで、同じ中国人から信頼を勝ち得ていた、まるで大和民族を体現したような中国人もいたのである。
最近のトクリュゥ犯罪を見てもわかるように、人間は生まれついて倫理観を持っているわけではなく、それはその後の環境によって醸成されていくものだ。
にもかかわらず、幸運な国に生まれた日本人が、不幸な国に生まれただけの中国人をけなすのはどうかと思う。
倫理観をいうなら、相手の境遇を理解し、相手に同情することもその一部だろう。

論理感ゼロというShinzeiさんの意見に、根拠はどこだと息巻いたことについては、彼の意見を汲んでここに書き改めた。
彼のほうも親中派の、わたしの気持ちを逆撫でするような意見は慎んでもらいたい。
今日ここで書いたひとことが、あとあとまであなたをレイシストの根拠にしてしまうかも知れないのだ。

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2026年5月20日 (水)

理想

これじゃ今年の夏は乗り切れないなと思わせられた今日の買い物。
足の運動はかねて近くのスーパーまで出かけたんだけど、いい天気だ、といってもまだ盛夏というほどでもない。
帰りにはほとんど半死半生、足が1歩も上がらないという状態で、ようやく部屋に転がり込んだ。

部屋ではちょっと前のめりになったら、そのまま畳の上に倒れ込んで起き上がれない。
まだスーパーでそんな醜態をさらけだしてないけど、それも近いなという感じである。
とにかく手足に力が入らないのだ。
部屋でせっせとリハビリのためにスクワットをしてるけど、どうもスクワットと歩行では使う筋肉がべつらしく、あまり歩行には役に立ってない感じである。

もしも今日が盛夏だったら確実に日射病だよ。
でもそれも悪くないか。
わたしの知り合いはむかし、真夏に開かれた沖縄の祭りエイサーを見に新宿まで出かけ、日射病で死にかけた。
本人にそのときの状況を尋ねると、暑いのでグロッキーになり、ベンチで休んでいるうち頭がポワーンとなって、あとのことは覚えてないそうだ。
あのまま気がつかれなかったらゼッタイに死んでいたねと本人の弁。
ポワーンとなってあの世行き。
まさに理想の死にかた。
今年の夏はその理想を目指すか。

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2026年5月17日 (日)

思い出

思い出というものがある。
そんなものにこだわるから女々しいといわれるのかも知れない。
女々しくない男というのは、思い出なんかさらりと捨てて、前だけを向いて生きているのかも知れない。
わたしの場合思い出はたくさんある。
いまのように脳梗塞で寝たきりになると、ほぼ朝から晩まで思い出にひたっている。
両手にいっぱいどころじゃない、わたしの場合4トントラックいっぱいはありそうだ。
若いころ奥多摩、奥秩父をひとりで歩きまわったことや、中国、ロシアを旅した記憶、日本各地をドライブしたこと、そういうアクティブな記憶だけではなく、たとえば初めて宮沢賢治の詩を知った瞬間なども、懐かしい思い出だ。
こうやってみると、わたしの過去は、人生のほとんどすべてがなつかしい思い出に満ちている。
もちろん思い出したくない思い出もトラックいっぱいはある。
いま毎日、そういうものに押しつぶされそう。
これでは女々しくなるのも当然かも知れない。
いつ死んでもいいと考えているくせに、自分で死ぬ勇気はないのだ。
最近知り合いの女の人が冷たくなったような気がする。

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