今日という日
今日は駅近くの床屋で散髪を済ませてきた。
じつはこれがひと苦労、足が弱っていて、バス停までの歩きが容易ではないし、天気がよかったら熱中症の心配もしなけりゃならん。
タクシーを使うことも考えたけど、さいわい今日は雨上がりで、わたしのためにあつらえたように涼しい日だったから無理を押して出かけることにしたのである。
脳梗塞の悩みを忘れるには、似たような病気を抱えた有名人を思い浮かべることだ。
彼も辛いんだ、わたしも負けちゃいられないと自分を鼓舞するために。
ところがわたしが以前取り上げた恨みシュランの神足裕司さん、彼はこの3月に亡くなっていたね。
くも膜下出血で要介護5のまま執筆生活を続けていたらしいけど、とうとう力尽きたか(合掌)。
これではわたしを鼓舞するどころか、ますます絶望に追いやるだけだな。
わたし?
お先まっ暗。
わたしの知っている不幸な人たちをつぎつぎと思い出してみたけど、たとえば若いころ野球部の部長をしてたコワモテ大先輩で、子分を引き連れて飲み歩いていたころが忘れられず、なんとかひとりで街まで出られらるくらいリハビリに励んだ人もいる。
前項に書いた元祖山ガールの知り合いも、若いころは美人でみんなにチヤホヤされていたから、あのころに戻りたいとリハビリに熱が入る。
わたしの場合は元気になれば、またつまらない人生を引き延ばすだけだと、ぜんぜんリハビリに熱が入らない。
もうひとり、人生の苦難を一身に引き受けたような「久美のNEWSな日記」の久美ちゃんを思い出してみたけど、彼女の本質はネアカらしく、またしても襲いかかった試練に往々しく立ち向かっていた。
わたしとしては彼女のブログの宣伝をして、そのアクセス数を増やすことしかできないのが申し訳ないないけど、ホント、いつも彼女の日記には励まされる。
それでも今日は床屋まで往復していくらか考えが変わった。
元気になれば、少しでも歩ける状態を維持しさえすれば、そのうち自然死のほうが先に来て、トイレにも行けない、風呂にもひとりで入れないという、最悪の状態をうしろに追いやれるかも知れないと。
そんなことを書いたら、今日のわたしのアクセスは、なんと1200じゃないか(夜の10時現在)。
油断したな、ココログ。
リンクを張っておいたから、わたしのブログの読者の大半が久美ちゃんにも流れただろう。
久美ちゃんも、なんで今夜はアクセスが跳ね上がったんだろうと驚いているかも。




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