近所の野生たち

2018年4月12日 (木)

今年も

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今日見たのはフデリンドウだけじゃない。
ある場所で木の枝にシマヘビがなっているのを見た。
今年も期待できそう。

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いまの自然観察園

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リンドウというと、ふつうは秋の花。
でもこれは正真正銘、たったいま自然観察園で撮ったもの。
注意してないと気がつかない、せいぜい2センチくらいのフデリンドウ。
ほかにそろそろサクラソウが満開です。

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同じアングルの写真を以前にも載せてますが、季節が変わるとまったく別の世界。

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2018年3月31日 (土)

サクラの季節

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あー、サクラの季節だよ。
また今年もそれを見られたのはうれしいけど、毎年見ているものだからマンネリの気配もある。
うちの近所では、どこに行けばどんなサクラがあるか、わたしはみんな承知しているのだ。
そういうわけで、わざわざ見に行ったり、写真を撮ろうという気にもなれない。
どうしようか。

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うん、わたしのパソコンには、このアパートに越してきてからせっせと撮りためた、膨大なサクラ写真のストックがあるのだ。
そんな中から何枚か引っ張りだして披露しとこ。
それで今年のサクラは見納めだ。
とっとっと、ここに載せた写真は、かならずしも今年のサクラでないことをお断りしておく。

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2018年3月27日 (火)

いつものカタクリ

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ひさしぶりに自然観察園に来てみたら、やわらかに柳は青めるし、いつもの年のいつものスターたちの競演が始まっていた。
これはニリンソウの群落のあいだから、ひとつだけ顔を出したカタクリの花。

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2018年2月27日 (火)

今日の花

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わたしは鼻があまりよくない。
いつだったか、イヌのように嗅覚のいい友人がやってきて、あいつの目的は酒だったようだけど、勝手に冷蔵庫を開けて、変な臭いがするといいだした。
調べてみたら、奥のほうに賞味期限のとっくに切れた豚肉が入っていた。
万事がそんな調子だけど、そんなわたしでもこの季節に散歩をすると、ウメの甘い香りに気がつく。

今日はまた散歩。
自然観察園ではキクザキイチゲやミスミソウ、マンサクなどが咲き始めた。

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2018年2月19日 (月)

絶望

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やれやれ。
わが家の周囲に数本だけ残っていたケヤキやカエデが、凶悪な宇宙人にばっさり切り倒されているところ。
わたしはなすすべもなくそれを見守っているところ。
神も仏もないものか。
緑にかこまれていると癒されるなんてのは錯覚だといっていた女音恋音クンだって、砂漠のまん中に住みたいとは思わないだろう。

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2018年2月13日 (火)

殺戮と希望

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わが家のベランダから見下ろした隣家のあったあたり。
完璧に更地になって、ケヤキの古木も完全に根っこまで引き抜かれた。
そこに生えていた植物のジェノサイドは完了したようだ。
今年はもう、毎年隣家との境に咲いたヒメリュウキンカも見られまい。
庭におびただしく積もった枯葉ももう見られないし、その枯葉を養分にしていた小さな昆虫も行き場を失い、小さな昆虫を食べていた大きな昆虫も、大きな昆虫を捕食していた小鳥たちも、そんな小鳥を捕まえていたドラ猫も、みんなみんな困ってしまうわけだ。
人間よ、いったいいつまで地球の主のような顔をしているのか。
と、ぼやこうとしたけど、さしあたって天罰がくだりそうな気配はないから、こっちの分が悪いよな。

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自然観察園ではいまセツブンソウ(節分草)が花盛りだけど、これは白い小さな花なのであまりおもしろくない。
その近くではフクジュソウ(福寿草)も顔を出した。
こちらは黄色くて、花の少ないこの季節にはよく目立つきれいな花だ。
で、フクジュソウの写真を撮ってきてブログに載せようと思ったけど、この構図はどこかで見たおぼえがある。
調べてみたら3年前にもこの季節に、同じ場所で撮った同じような写真を載せていた(上が3年前、下が今年)。
ということは、これは3年前と同じ株から生じた花にちがいない。
植生の豊富な隣家を失ったわたしだけど、まだまだしぶとく咲く花もあるわけだ。

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2018年1月26日 (金)

生きとし生けるもの

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わが屋の庭で、ただいま無慈悲な殺戮が進行中。
庭のケヤキの古木が、情け容赦なく伐採されているところなのだ。
電動ノコギリの音がわたしの脳髄を切り裂くようだけど、地権者でもないわたしは、悲しい気持ちで傍観するのみ。

いったい植物というのは痛みを感じないのだろうか。
彼らに感情はないのだろうか。
べつに神経も脳みそもあるようには見えないから、そういうものはないんだろうという人が多いと思われる。
そんな心配をしていたら、お米もバナナもリンゴもナシも食えないではないか。

でも彼らもわたしたちと同じ地球型の、つまり炭素生物だ。
人間とは伝達速度やスタイルが異なるから、意志の疎通ができないだけで、とにかく彼らも呼吸をし、養分を吸収し、子孫を残すために努力をしていることはまちがいない。
痛みは知らないかもしれないけど、樹木も切られれば、自分がまもなく死んでいくことぐらいは察知しているだろう。

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ずっとむかし、建材屋さんと話をしたときは、天然建材ってのは生きているんだよと、人工建材と天然建材のちがいを教えられたことがある。
生きるということはいったいナンダ。
たんに繁殖する、子孫を残すということではなく、その人生を通して、喜びや悲しみを知るってことじゃないか。
建材の生きるスピードはわたしたちより極端に遅いから、彼らが愛を知るスピードは何千年もかかるかもしれないけど、植物の生きるスピードはもっと人間に近い。
わたしたちはもうすこしで彼らと会話できたかもしれないのに。

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このケヤキがなくなったら、あとに新しいマンションか、建売住宅ができるらしい。
最近の地主は金儲け第一主義って人が多いから、植木なんか要らん、土地を目いっぱい使おうと考えるかもしれない。
よそ様の計画にいちゃもんをつけるわけじゃないけど、おかげでわたしの部屋から、手をのばせばとどく場所に生えていた樹木がみんななくなってしまった。
ここへ越してきたときは、その豊かな緑こそが魅力だったんだけどねえ。

こうやってわたしの生存できる範囲はますますせばまる。
ええ、死ねばいいんでしょ、年寄りは、さっさと。

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2018年1月16日 (火)

またシマアジ

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また近所にシマアジが来ている。
去年の3月にも、このブログで紹介した渡り鳥だ。
去年とほとんど同じ場所に1羽だけでいるから、たぶん同じ個体だと思う。
写真はそれをバズーカ砲みたいなカメラでねらうカメラマン。
わたしはそんなレンズを持ってないから、鳥の写真はムリ。

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2018年1月 6日 (土)

寂しい季節

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暖かくていい天気だ。
ただいま自然観察園のまえだけど、花を見るには最悪の季節かもしれない。
咲いているのは、例年まっ先に咲くロウバイと、水仙がちらほらのみ。
そして例によって自然観察センターのまえのベンチに座り、タブレットでいま撮ってきたばかりのロウバイを鑑賞中。

わたしにはぜんぜん関心のない人だけど、星野仙一サンが亡くなったんだってね。
歳が70だそうだ。
こんな話を聞くたび、わたしもいよいよ最後の周回にさしかかったなって気がする。
あるいは最後の周のバックストレッチにさしかかってるのかも。

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