(朝日)新聞より

2019年8月15日 (木)

うんざり

ああ、また今日の新聞だよ。
重箱のすみを突っついているみたいで、いいかげんこっちもイヤ気がさすけど、ボケ防止にいいことだからやめられないね。

今朝の天声人語にたとえ話が載っている。
戦争中、日本政府が反中、嫌中をあおるために、短歌や造語まで引用したと書いてある。
小さな子供まで 「ぼくは、わるいしなのくにに生まれないでよかったと思いました」 と作文に書いたそうだ。
これではまるで現在の韓国や北朝鮮みたいではないか。

政府が敵対心をあおり、こういう敵対心が戦争の燃料になる。
現在韓国とのあいだで互いに中傷合戦みたくなっているけど、こういうことは危険だからやめましょうだって。
なんだよ、なんだよ。
こないだまで慰安婦だ植民地支配だと、いちばん反日をあおっていた朝日新聞がいうことかい。

恥ずかしくないのか。
ないんだろうな。
恥辱心というものが少しでもあれば、こんなにみごとに自分の意見を棚に上げることはできない。
ウチの新聞を読むたびに、怒りで血わき肉おどる状態だから、ボケるひまもないワ。

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2019年8月14日 (水)

トリエンナーレのその後

今日のウチの新聞(朝日)の文化文芸面に、中止になったあいちトリエンナーレの「表現の不自由展」について、そんな社会に誰がしたとご意見が載っている。
これは新聞ならではの意見だ。
もはや新聞を読むのはパソコンと縁のないじいさんばっかりで、SNSを駆使するような若者はあまり読まないだろうから、影響力はほとんどないと思われる。
そういうものにいちいち反論しても仕方ないんだけど、ヒマつぶしとボケ予防のために、わたしはまた頭の体操をしてしまうのだ。
迷惑であろうことは重々承知しておりますが。

この記事によると、現代はSNSの時代なので、情報が急速に広まり、時代の閉塞感、不遇感などにつき動かされたそのへんの一般市民による脅迫や非難が殺到する。
ここまではわかる。
SMSを使って物事を拡散させ、自分のうさ晴らしをしているバカはどこにでもいて、わたしも眉をひそめているほうだ。
でもこれってじつは両刃の剣だよな。

自分たちがネットで攻撃されていると思ったら、同じ方法でやり返せばいいではないか。
SNSはリベラル、保守のどちらにも門戸を開いているのだから、新聞にちまちまと意見なんか載せず、美術館から作品が消える社会に誰がしたとハッシュタグをつけて、広く世間に訴えればよい。

しかし今回はなぜか、不自由展ケシカランの声のほうが大きく、不自由展を中止にするのはケシカランというは声は大勢になり得なかった。
こうなると、けっきょくは、日本人全体の意見をどっちか代表しているかという問題ではないか。

そして残念ながら、朝日新聞の読者はじいさんばかりで、ネットを利用する勝負では勝ち目がない。
だからウチの新聞は自分の土俵の上、つまり新聞紙面でうさを晴らすしかないのではないか。
ま、朝日新聞がこういうことをブウたれているかぎり、日本の表現の自由に問題はないと思われるから安心だ。

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2019年8月10日 (土)

今朝の新聞

今朝の新聞のオピニオン面に、ゴタゴタのあった「あいちトリエンナーレ」について、3人の識者の意見。
芸術に関してはうるさいを自認するわたしなので、じっくりと読んでみた。
どうせ慰安婦像などの展示を中止したのがケシカランという、ウチの新聞の主張にそった内容になっているんだろうと思ったら、意外とそうでもなかった。

まず美術批評家さんの意見。
冒頭に政治家が美術展の開催に口を出すのは論外という文章がある。
なんのために芸術監督がいるんだというんだけど、今回はその芸術監督が大多数の日本人の神経をさかなでるようなことをした。
こうなると政治家の意見もひとつの見解として聞いておくことは大切だ。
現にトリエンナーレをめぐって、県知事と市長の意見は衝突しているではないか。
政治家にもいろんな意見がある。

このあと批評家さんは、騒いでいる人たちは作品のメッセージを理解していないし、しようともしないと書いて、それ以上慰安婦像に踏み込まず、ややこしい芸術論を述べたあと、そのためにはどんな芸術祭にすべきだったのかという常識的な結論に持っていってしまう。
このあとの文章もきわめて常識的なもので、ウチの新聞の期待に添えているとは思えない。

もうひとりの識者、首都大学の教授さんは、トリエンナーレへの反発は3つあるという。
一に市民や政治家による抗議、二に脅迫、三が補助金カットなどをほのめかす権力の恫喝だそうだ。
そのうちの暴力による脅迫は言語道断で、わたしもガソリンで火をつけてもいいなどといったおぼえはないから、まあ、これも常識的な意見だ。
補助金をカットするぞと脅かされて止めるくらいなら、最初からやらなければよい。

ただ今回の問題は、税金が使われて公共の場で展示されるパブリックアートの矛盾ですという。
この教授さんの見解では、歴史的にタブーの連続だったエログロ表現のほうが、慰安婦なんぞより表現の不自由展にふさわしいようである。
このへんは芸術論でわかりにくいけど、この教授さんも慰安婦像を擁護するわけではなく、政治的な文脈を利用するのは間違いであると、むしろ主催者や芸術監督を非難する論調だ。

最後は弁護士さんだけど、この人はあっという間に騒ぎが拡散するネット社会の危険性を説く。
彼は自分の経験にてらしてと、かって自分が弁護を担当した事件を引き合いに出して、最近はそういう付和雷同型のアホが多いと説く。
わたしも同感である。

彼は慰安婦についても、資料に当たり、事実関係をきちんと把握した人がどのくらいいたか疑問だという。
このへんはいただけない。
一部のアホをのぞけば、これだけ話題になっている事件だから、たいていの人はどこに問題があるか、ちゃんと理解していると思う。

全体的にみると、具体的に慰安婦像を取り上げて問題視した意見は少なく、それほど気になる内容ではない。
これは識者たちの自己判断か、朝日新聞がそれに触れないようにと注意したのか知らないけど、いずれにしたって、いま慰安婦を取り上げたのではマズイという判断があったのかも。
朝日新聞がいつもの朝日ではないため、今日のオピニオン面はなにがいいたいのかさっぱりわからないものになった。

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2019年8月 6日 (火)

表現の自由

0867

飼い主の夫婦が、ひとりはロシアに帰国、もうひとりは病気で入院して、またワンちゃんの散歩と食事を仰せつかった。
ウレシイ。

「あいちトリエンナーレ」の展示物が途中で展示中止になったことについて、朝日新聞が総力を挙げて苦情をいっている(今日の朝刊を見ると)。
わたしも表現の自由についてはやかましいつもりだけど、今回の場合は(今回の場合も)とてもウチの新聞の味方はできない。
だいたい国が公開を禁止したりすると、かならず表現の自由をふりまわす個人・団体がいるけど、中身を精査しないで文句をいうのはやめてほしいやね。

なにがそんな騒ぎになっているんだと思ったら、問題の展示物というのが、そもそも朝日新聞が火をつけた慰安婦の像だという。
ほかの新聞はともかく、朝日新聞は“慰安婦”という言葉を禁句と考えて、いっさいこの件には関わらないでもらいたいね。
それが捏造についての真摯な謝罪だと思うし、表現の自由が侵されていないことは、この新聞がいまだに存続しているだけで、立派に証明できるではないか。

わたしは芸術について厳格な人間であると、勝手に自称しているけど、慰安婦像というのは具象化すぎて、しかも手作りではなく、型押しした大量生産品のようだから、ぜんぜん芸術だとは思わない。
それでも、たとえばこれが広い野原に整然と並べられていたら、これはコワイ。
反日国の同じプロパガンダとしてやるなら、そうしてみたらどうだろう、ただし国の補助なんかもらわずに。

もうひとつの問題の展示物というのは、昭和天皇の顔写真に火をつけるものだそうだ。
これはちょっとひどすぎる。
たとえばアメリカの公共施設が、アメリカ国旗に火をつけるパフォーマンスをしても、米国民がだまっているだろうか。
その国の象徴に火をつけるというのは、れっきとした挑発行為であり、とても芸術だのなんのという詭弁でごまかせるものではない。
とにかく朝日新聞が擁護するものは、ハナっから逆の見方をするのが正解だという法則の、みごとな適用例だ。

それでもわたしはかろうじて表現の自由のために発言しようと思う。
やりたければ自分の金で、どこかの広場か、海岸でも借り切ってやればよい。
それならわたしもヒマがあれば観に行くかもしれない。

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2019年7月27日 (土)

沈壽官さん

今日の夕刊には訃報欄がある。
いちばん大きく取り上げられていたのは陶芸家の沈壽官さん。
ふつうならあまりこころあたりのない人だけど、この人のことは司馬遼太郎の「街道をゆく」の中に、いくつものエピソードが出ているので知っていた。

こういうときに「街道」シリーズをまた読んでみたくなるのだけど、残念ながら全巻がそろっていたこの文庫本は、いま一冊も残ってない。
終活中だというので、ぜんぶゴミに出してしまったのだ。
部屋になければ図書館にあるさってわけで、べつに痛痒を感じることはないんだけど、やはり思い立ってその場で読めないというのはツライね。

日韓関係がバタバタしているので、最近のウチの新聞には、日本と韓国に関連のある人が取り上げられることが多いようだ。
そういう朝日新聞のおもわくは別にして、日本と韓国はもともと親しい国なのだという見本のために沈壽官さんを取り上げたのはいいことだ。
彼は秀吉の朝鮮侵略のさいに日本に拉致され、日本に来てみたら、こっちのほうが朝鮮にいるよりよっぽど待遇がいいというので、そのまま日本に居ついた陶芸家の子孫なのである。
もって銘すべし、あ、これはすべての韓国人に。

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2019年7月26日 (金)

今朝の新聞

今日のウチの新聞にはおどろいた。
社説で日韓の対立を取り上げ、日本政府は貿易をめぐる一連の措置を取り下げるべきだとはっきり言い切っている。
そりゃひとつぐらい韓国の味方をする新聞があってもいいけど、ここまではっきりいわれると、朝日新聞のためにも大丈夫かいと尋ねたくなってしまう。
社説のタイトルは『舌戦より理性の外交を』だって。

わたしは日本人だから日本の側から見ているのかもしれないけど、ひいき目にみても韓国の言い分にどこか理があるだろうか。
細かいことは無視しても、いまやまえの大戦のことで文句をいってるのは、世界中で韓国だけ。
しかもその後に起こった朝鮮戦争の加害者である北朝鮮や中国には、なにひとつ文句をいうわけじゃない。

わたし個人的には、現在の輸出規制を制裁と解釈されてもかまわんけど、それを科せられて以後の韓国のドタバタをみれば、これまでどれだけ日本が韓国を優遇してきたかがわかるだろう。
そんな上からの目線が気にくわないのなら、お互いウィンウィンの関係で歩んできた同盟国と言い換えてもいい。
日本としてはこれまで通りでなにも文句はないし、こちらからケンカをふっかける理由もない。
それでもイヤだというなら関係を断つしかないではないか。

今日のネット情報によると、領空侵犯なんてやってない、むしろ韓国が威嚇飛行をしたと、ロシアが完全否定だそうだ。
どこかで聞いたような話で、なんだかレーダー照射のかたきを、日本に代わってロシアがやってくれているみたい。
もちろんロシアが日本の肩をもつ理由はないけど、韓国は中露から完全になめられている。
朝日新聞は韓国の代弁をするより、このままじゃまずいですよと、親切に忠告してあげるべきではないか。

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2019年7月25日 (木)

今日の新聞

韓国では、とうとう朝鮮日報まで親日新聞だってことで、攻撃されているらしい。
この新聞は、たとえば日本の嫌韓サイトNews U.S. あたりからは、韓国政府の御用新聞だとしょっちゅうボロくそにいわれているから、踏んだり蹴ったりというところ。
事実をそのまま報道するのはなかなかむずかしいものだ。

なんにせよ、ある国で発行されている新聞が、その国の国民にとって都合のいいものだけになるというのはオソロシイことである。
ウチの新聞(朝日)にも、そういう点では存在価値がある。
日本が報道の自由を遵守している国だという証明のためにも、朝日新聞には存続してもらわなくちゃ。

その朝日新聞の今日の紙面だけど、必死になって韓国の肩を持とうという姿勢は涙ぐましいほどだ。
オピニオン面にジャーナリストの津田大介という人が書いているけど、よく見たら、これすべて他人の文章を引き合いにして、自分は最初と最後にもっともらしいことをつけ加えただけ。

他人の文章というのは、長期的にはブーメラン効果で日本企業に痛みを強いる愚策とか、日韓以外の第三国からどう見られるかが問題だとか、自国の利益を即興的に追求するトランプ流外交だとか、日本の対韓政策に反対する意見ばかり。
よく読むと、その大半はこれからも日韓が親密な関係であるべきだということを前提にしている。
あまりいじめるとあとの修復が大変ですよってことらしい。

しかしこれはもう交渉ごとではないような気がする。
謝ればすむとか、大統領がやめれば勘弁するというわけではなく、日本はもう未来永劫に、特別待遇をやめて、韓国をふつうの国として扱うことを決意したってことじゃないか。
そうだとすればなにも、ことさら日韓の未来を憂うる必要はないわけだ。

おりしもまた北朝鮮がミサイルをぶっ放したとか。
こんなことが繰り返されるたびに、世界は、朝鮮人というのは声ばかり大きくて、理性的な判断のできない民族だと認識を新たにし、こういう人たちに食いつかれた日本に同情するだろう。
日本に都合のいい結果を導き出す正恩クンて、ほんとうは最強の親日家なのかもしれない。

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2019年7月18日 (木)

またまた2001

2001

夕刊の1面に「2001年宇宙の旅」の大きな文字。
またあの映画についてなにか新事実かいと思ったら、よく見ると
2001年ではなく2019年になっていて、現在の宇宙旅行の進捗度がどのへんまで来たかという話題だった。

そんなことはどうでもいいことだ。
民間のシャトルが宇宙ステーションまで往復する時代がもうすぐ現実のものになるとしても、わたしがそれを見ることができないのはほぼ確実。
わたしはスペースチャイルドになって、あの世から地球と宇宙船をながめよう。

終活中のわたしのこと、そろそろ生涯最高の映画を1本選んでもいいかもしれない。
となれば「
2001年宇宙の旅」が真っ先の候補であることは間違いがない。
現代の映画事情では、これをしのぐ映画が出てくるとは思えないし、わたしの感受性もだいぶ乾いてカサカサになってきてしまったので。

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2019年7月 8日 (月)

北京ビキニ

今朝の新聞に “北京ビキニ” という話題が載っていた。
昨夜は
YouTube で米国の釣りの映像を観ていて、あちらで釣りをするにも若い女性がビキニであることに感心していたところだから、これもそういうものかと思ったら、そうではなかった。
わたしも何度も見たことがあるけど、暑い日には、中国の男性はすぐにシャツのまえをオープンにして、お腹を出す習性がある。
それがみっともないというので、当局が取り締まりに乗り出したのだそうだ。
日本でもかっては暑い日に、すぐステテコのまま徘徊するおっさんがいて、世間がグローバル化するにつれ、国際的恥さらしだというので禁止になった経緯がある。
中国の場合、シャツというのがたいてい薄汚れたものだから、よけいみっともないのかもしれない。

当局の取り締まりに対する反論が、地球に優しい冷却方法だというもので、これはけっこう説得力がある。
日本だってみんながエアコンを使い、排気熱で大気を温める結果になって、さらにエアコンを使う悪循環だ。
これではプラスチック公害に続く、新しい環境問題といって過言じゃない。
だからいちがいに取り締まればいいというものでもないような気がするけど、いっそのこと女性だけはビキニに寛容という政策はどうだろう。

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2019年7月 4日 (木)

今朝の川柳

今朝の新聞の川柳欄を見たら、7つばかり入選句が載っていた。
最近の世相を反映した、機知に富んだおもしろい句ばかりだ。

たとえば 『嫌なこと見ない聞かない民主主義』 という句がある。
これは韓国の文在寅サンのことをいっているのだろう。
ネット掲示板には、彼が難問をまえにするとだんまりを決め込むという書き込みがあふれている。

前回の公約も見せてくれないか
公約に明るい未来キラッキラ』 という句もある。
これも文サンにあてはまりそう。
大統領になったとき、わたしの胸は見たことのない国を作るという情熱で熱くなっていますと抱負を語って、いまでもしょっちゅうネットでからかわれている大統領だ。

ひとの口借りて釈明ずるい人』 という句もある。
わるいことはなんでも他人のせいにし、対応策は部下や企業に丸投げというのは文サンの常套手段である。
なかなかイタイところをついているなと感心してしまう。

理不尽を強いて隣人失う愚
決定的なのはコレだな。
外交部長官の康おばさんが、不合理で常識に反する報復措置だ、日本は最小限の礼儀も尽くしてない、両国の長く続く産業関係も失われたと金切り声を上げているけど、この句の重さをかみしめてみればよい。
朝日新聞もすみに置けないねえ。

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