(朝日)新聞より

2018年12月11日 (火)

強欲

今朝の新聞の1面トップは、「革新機構、社長ら9人辞任」というもの。
高額の報酬を払うからやってくれといって募集した官民ファンドの役員が、ゴーンさんの件もあって、やっぱり払いすぎだなと途中から給料を値下げすることにしたら、約束が違うじゃん、1億円でもくれるっていったのにと、みんなそろって辞めるといいだしたらしい。

経済面にも関連記事があって、「法治国家なのか」だって。
あとから約束をくつがえすのは、まるで韓国みたいで、法治国家ではないといいたいらしい。
しかし国際条約をくつがえすわけじゃない。
給料を払いすぎるから是正するというていどのことなら、世間一般の企業だってしょっちゅうやっていることでしょ。
社員の首切りに大ナタをふるうなんて、そんな荒っぽいことさえやった会社もあるぞ(日産のように)。

辞任する役員らは経産省の責任にしているけど、みんなぬれ手に粟で、捕らぬタヌキの皮算用をしてたんだろうね。
どうみても強欲としか思えないな。
こういう人たちには辞めてもらってよかったというのが、わたしの感想。
ウチの新聞(朝日)は、例によって政府のやり方がまずいという立場だけど、さすがに歯切れがわるい。

それにしても強欲な人たちがかならずいうのが、グローバル標準では、有能な人はもっとたくさんもらっていいはずだということ。
そして引き合いに出すのがアメリカだ。
地位も教養もある人たちが、どうしてアメリカは参考にならないということに気がつかないのだろう。
格差を野放しにして繁栄をしている国は、米国と、目下発展中の中国ぐらいなものだし、中国は格差拡大がアダになって、そのうちずっこける可能性がある。
米国だって発展の恩恵を受けるのはひとにぎりで、未来永劫に発展できるとはかぎらない。
いまのフランスが揉めているのも、格差の拡大に不満をもった人々の反乱じゃないか。

日本は格差を抑えたままで、現在進行形の、世界でも有数の発展国だ。
そういう国もあるという格好の見本なのに、どうしてよその国、それも異常な国ばかりを参考にしたがるのだろう。
法治の精神は下々の者、たとえば安月給の警察官によって守られているのだ。
強欲な人たちに富を独占させることしか、繁栄の方法を思いつかないのだろうか。
国民全体が公平な気分をわかちあって、未来に備えるほうが、よっぽど堅実な発展方法に思えるんだけどね。
そのへんを考えられない人間が、官民ファンドから排除されるとしたら、やはり日本は見どころがある国だといっていい。

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2018年12月 4日 (火)

贅沢いってりゃ

人類に貢献するような崇高なブログネタがないかと、新聞をすみずみまで読む(株式欄や生活面はあまり関係ないので読まない)。
1面トップの沖縄の記事については、すくなくともウチの新聞の意見は聞きあきた。
どうしてもいいネタがないときは、オピニオン面や読者投稿欄を読めば、たいてい二つか三つのいちゃもんのネタは見つかるものだ。
でも今日のオピニオン面は、例の秋篠宮の発言だし、投稿欄のボケ老人たちの意見にいちいち噛みついても仕方がない。

国際面にこんな記事があった。
来年は日本がG20の議長国だという件に関しての記事なんだけど、そこに
『20世紀の初頭にアルゼンチンは、貿易で繁栄した世界でも屈指の富裕国だった。
しかしその後、過度の自国産業保護などで富を失った。
列強の分断やブロック化は二つの世界大戦を招いた。
新興国経済の減速、止まらない移民、難民、異常気象などの取り組むべき危機は広がり・・・・』

20世紀の初頭に富裕国だったというなら、日本もけっして貧困国というわけではなかった。
しかしその後の経過をながめてみると、アルゼンチンは失墜し、日本は世界大不況や大戦にまきこまれたりしたものの、まあまあ順調に発展してきた。
いやいや、発展したばかりか、いまや日本は世界のキーパーソンだ。
これは日本の政治が、マスコミからぼろくそにいわれるほどひどくはないってことの証明じゃないだろうか。
教訓=贅沢いってりゃきりがない。

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2018年11月21日 (水)

自己責任論

いま伊良湖岬へ行ってるあいだ止めておいた新聞のまとめ読みをしている。
留守中にあったいちばん大きな事件は、日産のゴーンさんの逮捕だけど、それについてはもうブログに書いた。
ただそれとはべつに感心したのは、自動車業界はしょっちゅう不景気だ、赤字だ、競争が激しくて大変だなんていってるくせに、会長に数十億円を払い、海外に別荘まで造ってやるほど儲かるのかということ。
そのぶん車を値下げすれば、そっちのほうが売り上げ向上によっぽど効果があったんじゃあないか。
ま、資本主義には貧乏人のうかがい知れぬカラクリがあるんだろうね。

20日のオピニオン面に「冷たい自己責任論」という記事があって、3人の識者がなんかいっている。
このうち精神科医さんの意見だけは謹聴に値する。
なんとなれば、わたし自身が意志の強い人間ではないし、努力が足りないからだとつまはじきにされかねない人間だからだ。
こういう部分は日本人全員に考えてほしい問題だ。

あとのふたりの意見については、価値がないとはいわないけど、シリアで解放された安田純平サンを引き合いに出したのはまずかった。
カン違いされちゃ困るんだけど、たとえばわたしだって過去には、世界が見たいという理由で、あちこちをだらしなくさまよったことのある人間である。
途上国では、どこへ行っても日本人とわかると尊敬の目で見られることで、つくづく日本政府の(しばしば軟弱だと責められる)全方位外交に感謝したものだ。

しかるに純平サンの場合、どこでなにに影響されたのか知らんけど、出発のさいに日本政府を、罵詈雑言でボロクソにけなして行った。
そこが問題、というより、そこだけが問題なのである。
おそらく自己責任論をいう人の大半が、彼のこういう部分に眉をひそめたのだろう。
海外で邦人が難に遭った場合、日本政府が救出に全力をあげるのは当然のことで、純平サンの場合も政府はよくやったと思う。
彼の一件だけを取り上げて、個人に責任を押しつけるのは問題だとか、日本社会が冷たいというのは言い過ぎだ。

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2018年10月26日 (金)

またまた純平さん

もう純平さんのことは書かないことにしようと思っていたけど、今朝の新聞を読んでいたら猛烈に腹が立ってきた。
どうしてウチの新聞は真実を書かないのか。
朝日新聞が反体制側の肩をもつ記事しか書けない理由はわかるけど、どうしてしろうとにでもわかるような馬鹿げたことを書くのか。

今朝の朝刊では解放された純平さんが、拉致されているあいだにいかにひどい虐待にあったか、苦労したかなどということを強調しているけど、髪をぼうぼうにしていることをのぞけば、本人の体のどこにも傷やアザが残っておらず、体調も3年間せまいところに押し込められていたにしては、いたって健康そうに見える。
朝日新聞に不信感を持ってない人でもそう思うだろう。

これはマズイと思ったのか、本人の発言もしくは新聞の書き方が、体に痕跡を残さない虐待方法に微妙に変わってきた。
身代金も本人にいわせると、日本政府もカタール政府も支払ってないということだけど、これだっておかしいということは誰にでもわかる。
安易に身代金を払えば、真似をする組織があらわれて、けっきょく兵士やジャーナリスト、観光客が危険にさらされることになるから、身代金は払わないというのが国際的な合意になっている。
これはひっくり返せば武装勢力の側にもいえることだ。
身代金を払わないのに無事に解放することがあるなら、どこの国もそんなものは払わなくなり、連中の商売は上がったりだ。
他へのみせしめのためにも、殺して砂漠に放り出すほうが簡単なのに、なぜ連中はそうしなかったのだろう。

勝手な想像だけど、オレは金づるだぜ、オレをネタにして日本政府から金を脅し取ったほうがいいんじゃないかと、純平さんが武装組織と取引をしたというほうが、ずっと現実味がある。
ヤラセの可能性までは踏み込まないけど、命乞いのために、彼のほうからそう持ちかけたということは考えられないだろうか。

新聞には、日本政府の対応が不鮮明だとある(朝日新聞の常套句だ)けど、あとあとのためにも、人質事件の対応をこと細かく説明できるものではない。
むしろ純平さんのほうになにか隠し事があるんじゃないかという気がしてしまう。
拉致されているあいだの状況について、饒舌すぎるくらいぺらぺらと話しているのは、さすがはジャーナリストというべきか。
あらかじめ自分の都合のいい返事を用意していたんじゃないかという疑念が晴れないけど、それならそのうちボロが出るだろうから、ほうっておくか。

どうも純平さんは、日本政府にすなおに感謝するつもりがないらしい。
感謝するのは本人だから、本人がしたくないというなら勝手だけど、わたしが腹を立てているのはウチの新聞の書きようだ。
国外で邦人が危険にさらされた場合は、救出に全力を上げるのが政府の仕事だなんていっておきながら、出発するとき危険だからやめろと引き止めたことにはぜんぜん触れようとしない。
ぬけぬけと帰国する純平さんを、きのどくな被害者のように書く今朝の新聞を読んで、あ、また血圧が上がった。

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2018年10月25日 (木)

また純平さん

今日の新聞も純平さんがでっかい記事だ。
少しづつ情報が入ってきているようで、なぜ解放されたのかということについて、憶測もまじえて、いろんな人がいろんなことをいっている。
ずけずけいっちゃ申し訳ないけど、わたしにはなぜ解放されたのかではなく、なぜ殺されなかったのかというほうに関心がある。

トルコで殺されたサウジの記者を例に出すまでもなく、あのへんの国では人間の命なんて飼われているヒツジの命より軽いのだから、武装勢力が本気なら、解放するより殺して砂漠に放り出すほうが簡単だ。
にもかかわらず3年間も宙ぶらりんで生きていたということは、武装勢力のほうには、あまりやる気がなかったということになる。
新聞には識者の意見として、純平さんと武装勢力のあいだで、コミュニケーションが取れていたのではないかというものがあった。
これはなかなか意味深長な意見だ。

深長な意味はとりあえずさておいて、無事解放というのだから、やはりいくらかでも身代金を払ったと思うほうが納得しやすい。
たぶん、いやぜったいに払っているだろう。
じっさいの交渉はカタール政府がやったとして、国際情勢がシリア政府軍に有利な現状のままでは、反体制側の武装勢力に分はないから、おそらく連中はそうとうに値切られたんじゃないか。
いくらに値切ったのか、またそれを日本政府が出したかどうか知らないけど、日本がカタールに大きな借りを作ったことは事実である。

問題は帰国したあと、純平さんがまた性懲りもなく、外国に取材に行くなんて言い出さないかということだ。
いいかげんにしろ、今度拉致されたらもう日本政府は面倒みないからなと、これは一般の人もおそらく同じ考えだろう。
じつは彼は過去にも何度か拉致されている。
今回の拉致のまえにも同じことをいわれていたはずなのに、現地の状況をじっさいに見て報道するのは、ジャーナリストの務めだとかなんとかいって、強引に出発した。
そこまでなら見上げたこころざしで賞賛に値するんだけど、ついでに日本政府はいらぬ口出しをするなとか、取材のじゃまをするのが安倍政権なんて余計なことをほざいていった。

国民が危険な国へ行こうというのを、日本政府が強引に止めようとするのは、そんなに非難されることだろうか。
制止をふりきって、勝手に出て行くのはかまわない。
そのかわりとうぜん自己責任であるべきなのに、結果は今回のざまである。
命乞いをしているときのみじめな自分を肝に銘じ、また行きたいなら余計なことはいわずに行ってほしいやね。

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2018年10月24日 (水)

純平さん

今朝の新聞の一面トップに、でかでかと安田純平さん解放のニュース。
なにもウチの新聞のおかげで解放されたわけじゃあるまいに。
また日本政府がポイントを稼いだわけだから、どっちかというと朝日新聞にはおもしろくない事件だったんじゃないか。

それにしても不可解な事件だよな。
日本政府は身代金を払ってないといってるけど、それならどうして無事に解放されたのか。
そもそも安田純平という人は、危険だから行くなという政府の言い分を無視して、無視するだけではなく、いいたい放題に日本政府をののしって出発したという経緯がある。
このときの発言をみるかぎり、ジャーナリストというより、筋金入りの左翼主義者であるとしか思えなかった。
しかもISならとっくに首を切られているはずが、殺すぞ、殺すぞと脅かすだけで、だらだらといつまでも殺さない。
おかげでネットには、身代金ををテロリストと山分けにするためのヤラセじゃないかというような、ひどい意見まで飛び交ったくらいだ。

中東ではこれまでに文民警察官や記者など、多くの人がテロの犠牲になっている。
だから純平さんが殺されたとしても、おおかたの人はやっぱりと思うだけで、これが政府批判につながるとも思えない。
日本政府が無理して救出する理由もないわけで、それなのに五体満足のまま解放されたということは、あせったテロリストの側が、身代金を大幅にダンピングしたってことだろうか。
ここまで値下げするなら、まあ政府のポイントにもなるわけだから、よし払ってやろうということかしら。
もちろん身代金を払ったなんてことが知られると、国際的にも外聞がわるいので、そのへんは内密にってことで。

どっちにしても純平さんがどんな顔をして帰ってくるか、けだし見もの。
喉もと過ぎれば熱さを忘れるというやつで、彼が日本政府に感謝の意をあらわすとは思えないんだけど、幽囚記でも書けば彼にはいい稼ぎになるわけだから、ぜひ書いてくれ。
わたしは真実を知りたい。

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2018年10月22日 (月)

今日の新聞

Tr01

トランプさんが暴れまくっている。
今度はINFから脱退だって。
もうそんなもんに付き合っちゃいられんよと、極東の島国の一庶民であり、未来のことを心配しなくちゃいけないほど若くもない当方は、勝手にやっとくれのスタンス。

ほかになにかニュースはないかと、今朝の新聞をながめる。
1面にはトランプさん以外に、外国人抜きでは仕事がまわらないという見出し。
そうか、だから先日散歩に行ったとき、公園のなかで道路工事をしていて、その入口に立っていたのが金髪の外国人だったのかと思う。
どこの国の人だったのか聞いてみなかったけど、ラテン系なら、こんな楽な仕事はないと幸せを感じているんじゃないか。
交通整理のガードマンなら、会話能力も必要ないし、日本に永住したい外国人の、とりあえずの仕事に好適だ。
そうやって食い代を稼いで、そのうち日本の娘でもひっかければ、彼もめでたく日本移籍が完了だ。

文句をいう人もいるだろうけど、もはや移民の大攻勢は、とどのつまりの世界的な民族大移動は、だれにも止められやせんよ。
アメリカだって、とっくに純粋白人なんていなくなっているんだし、トランプさんも一過性のあだ花で終わるに決まっている。
米国の富裕層に冷水でも浴びせられれば、彼の存在にも意義があったということになるけれど。

ほかに新聞のかたすみに、キューバの歌姫オマーラ・ポルトーンドさんの記事。
映画「ブエナ・ビスタ」で日本でも人気が出て、来日が17回、熱烈な日本ファンだそうだ。
なるほどねと、それは嬉しいことだけど、わたしのまわりに彼女の話をできる知り合い皆無というのがつまらないね。

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2018年10月15日 (月)

今日の新聞

気のドクな朝日新聞が、今朝の朝刊で取材と検証、浮かぶ真相なんて特集をしている。
特集でもなんでもやってもらっていいけど、アンタにだけはいわれたくないって意見が殺到してるんだろうなあ。
この特集で、キャスターと映画監督がいっていることは当たり障りのない意見で、いちゃもんをつけようって気にならないものだけど、その下と裏側の見開きをいっぱい使って、あ、またモリカケだ。
政府が隠し事をするからイケナイって論調はもう聞きあきた。
そりゃ平和が続けば役人も怠慢になる。
権力者におもねるのが習性の彼らにしてみれば、トップのご意向をあらかじめ忖度することもありうる。
それをあばくのが新聞の役割といわれればそのとおり。

しかしそうした役人がクビにし、反省させれば、それでもう終わりでいいではないか。
いくら追求したって、首相のクビまでは飛ばせそうにない案件にこだわって、ほかの問題を扱うべき紙面をムダに費やし、挙げ句の果てに朝日の記事は信用できないと思われて、いったいなにを考えてんのか。

PS, 今日は忙しいので、また安直にウチの新聞をネタにしました。

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2018年10月12日 (金)

特異さ

べつに嫌韓してるわけじゃないんだけど、なぜか韓国に関する話題が多くなってしまうこのブログ。
それだけ隣国であるあの国の特異さが目立っているということなんだろうな。

旭日旗が問題化されて日本は韓国の観艦式に不参加を決めたけど、ではほかの国はどうしたのかって、これはどうしても気になる。
今日のウチの新聞だけではそのへんが不得要領だ。
でもネット記事を集約すれば、それが嫌韓サイトである場合を考慮しても、おおよその見当はつく。
自国の軍艦旗をひっこめた国は少なく、おおかたの国は軍艦旗と、韓国の太極旗を同時掲揚したらしい。

気になることは書いてないくせに、ウチの新聞には、韓国が日本に対抗して、日本がイージス艦や大型輸送艦を導入するたびに、あちらも同じ装備を整えてきたなんて書いてある。
イージス艦はメンツだけで揃えられるもんじゃないってことがわからんかねえ。
日本に対する恐怖は、左傾がかっている文さんにはとくに強いんだろうけど、無理に無理を重ねて、韓国は自ら国力を消耗しているようにみえてしまう。

この記事のすぐとなりには、中国人の対日感情、大幅に改善という記事があった。
訪日経験のある人ほど、日本に好印象をもつ人が増えているんだそうだ。
ちなみに訪日外国人の数で、中国と1、2位をあらそうのが韓国である。
やっぱりあの国の特異さが・・・・

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2018年10月10日 (水)

今日の夕刊

本日の夕刊の文芸・批評欄に、國分功一郎サンという人がムズカシイことを書いている。
こんなムズカシイことに反論するのはむずかしいけど、認知症予防のためと考えて、あえて反論してみよう。
なに、わたしの文章はそんなにむずかしくない。

國分サンは、民主主義は平等が原則だけど、これに加えて同等という原則が必要なのだという。
平等という原則を通すためには、それを履行する者、つまり政治家は民衆と同等の存在でなければいけないという。
ここまでは、わたしもそんなものかなと思ってしまうけど、この先がウチの新聞の論調になってしまうのがキライ。

國分サンは、「生産性がない」なんて発言する国会議員は、平等という概念からほど遠い、ようするに民衆と同等ではないという。
ものの考え方が民衆と一致しなければ、同等とは認めないらしい。
誰もかれもが同じ考えを持たなければいけないというのは、わたしみたいな変人には耐えられないことだ。

国会議員なんて、しょせんわたしたちの成り上りである。
わたしたちと同じレベルの人間にそんな御大層なことを求めたって。
日本の社会はわたしたちと同等の人でも平等に政治家になれるし、雲の上ではなく、わたしたちの目線で政治をしてもらえればいいというのが、国民のコンセンサスではないか。
「生産性がない」というのも、(一個人の発言としては)わかりやすくていい。
政治家がみんな民主主義の内在的欠陥なんてことをいいだしたら、ちょうどいまの世の中といっしょで、屁理屈ばかり、なーんにもことが運ばないということになりゃせんか。

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