(朝日)新聞より

2017年4月23日 (日)

今朝の新聞

今朝の新聞の1面トップはフランスの大統領選について。
これはまあ、外国の話だから、わたしがじたばたしてもどうにもならない。
ルペンさんが勝つと桶屋が儲かるで、円が高騰するらしいから、外国旅行が安くすむかしらと、つまんないことに期待感。

「日曜に想う」という大きなコラムで、編集委員さんが長い文章を書いていた。
リベラル系新聞としては、学校で教育勅語がおおっぴらになると、たちまち軍国主義が復活するのではないかと、時代錯誤的な心配をせずにはいられないらしい。

いろいろ並べてあるゴタクの中に、「勅語の徳目はいわば空箱だ」という文言がある。
安倍クンの意をすぐ忖度しちゃう議員がいるのは困ったことだけど、わたしも勅語に実質的な強制力はなにもなく、ただむかしの人の道徳教育はこんなものだったという、歴史の勉強の参考ぐらいにはなるんじゃないかという考え。
そんな空箱ていどのものに、長々とおかしな理屈をふりまわし、まるで危険思想みたいなことを書くのは、よっぽどヒマなんだなとしか思わない。

外国の政治学者の主張にもとずいて、4拍子のワルツなんてものをでっち上げているけど、これは編集委員さんとまったく正反対の内容にすることもできる。
たとえばこんな調子。
1拍目は「 挑発」。教育勅語はケシカランといって耳目を集める。
2拍目は「釈明」。批判をあびると、べつに教育の理念として復活させてはイケナイといってるわけじゃないと、日曜版でゴタクをならべる。
3拍目は「犠牲者のふり」。ウチはまっとうなことをいっているのに、いつも捏造よばわりされる。
4拍目は「勝利」。勅語にかかわらず、なんでもかんでも反対して、リベラル系の真髄はここにありとイバる。

「世のためになるといっても、どんな世の中になるかによる」という文言もあった。
どんな世の中になるかは、だれにも、この編集委員さんにも、わからないのだから、そんなものについて危険だと書くなんて、ほんと、ウチの新聞は日曜の朝に、いい頭の運動をさせてくれる。

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2017年4月19日 (水)

シリアと北朝鮮

今日の夕刊を読んだら、「時事小言」というコラムで、フジワラさんという、見た感じは頭脳明晰そうな人が長い文章を書いていた。
頭脳明晰そうと揶揄する調子になったのは、書いている内容が、もっといくらでもべつの視点で考えられそうなものなのに、やけに一方的なことしか書いてないからだ。

彼はシリアのアサド政権と北朝鮮のぼんぼんを同列にならべて、トランプさんがこれを転覆させるのはむずかしいだろうと書いている。
その理由がごたごたと書いてあるんだけど(長いから引用しない)、この両者はほんとうに条件がいっしょだろうか。

いちばん大きな違いは、アサド政権にはロシアやイランという巨大な支援国家がいることで、これが絶え間なく最新兵器を補充し、制裁に対して拒否権を発動してきたこと。
しかもシリアを取り巻く環境は複雑怪奇で、反体制組織に加え、ISのような第三の勢力まで加わって、それぞれに言い分があり、なにが正義なのかだれにもわからない状態だ。

ここまでいえばわかると思うけど、北朝鮮のほうはどうか。
なんだかわけのわからない理由で、中国と信頼関係を築いていた身内まで粛清して、最大の支援国になり得た中国にまで愛想をつかされる始末。
極東に軍拡競争を望まないロシアも傍観という立場だし、ぼんぼんの味方をしようという勢力が、いま周囲にひとつでもあるだろうか。
きつい制裁をくらって、燃料や新兵器の輸入もままならず、孤立無援のまま世界最強の軍隊を敵にまわさなければならないのだ。
だからこそミサイルや核兵器にこだわるんだろうけど、そんなものを持たせたらキチガイに刃物だ!

だいたい北の国民が本心から、ぼんぼんの体制維持を願っているんだろうか。
口先だけは勇ましいけど、いや、勇しければ勇ましいほどカラ元気で、内部は意外ともろく、戦争になれば内側からかんたんに崩壊するかもしれない。
でもまあ、そういうことはさておいて

わたしみたいなしろうとでさえ、シリアと北朝鮮を同列には置かないのに、フジワラさんの見立ては、朝日新聞の気持ちを、いまはやりの “忖度” したものだろうか。
どこへ飛ぶのかわからないミサイルも怖いけど、なぜか北を擁護する朝日新聞の考えもコワイ。

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2017年4月14日 (金)

似た者同士

寝ながら朝刊を読んでいたら、国際面は北朝鮮のぼんぼんと、アメリカのトランプさんの二大巨頭(二大虚頭?)の揃い踏みだ。
このふたり、似たもの同士で、ぼんぼんが身内だろうとなんだろうと、気にくわないという理由だけで粛清するならば、いっぽうのトランプさんは、娘婿と対立したってだけで腹心を更迭だ。

ウチの新聞はヒトのわるいところがあるから、意識して記事を並べたのか、たぶん偶然だろうけど、こういう乱暴なふたりがいま一触即発だ。
おたがいに後にひけない者同士だから、みんな固唾を飲んで見守っているところ。
でもトランプさんて朝令暮改の常習犯だからなあ。
そのうちぼんぼんとはひじょうに相性が合うなんて言い出さないともかぎらない。
相性が合うのは事実だろうから、世間があまりつまはじきにすると、いじけたトランプさんはぼんぼんと手を組んで、自分をいじめる世論に反旗をひるがえすかもしれない。
こんなトランプさんが早く失墜しないかと願う反面、ドンパチになったらおもしろいと、世間の大半の人たちが本音じゃそう思っているんじゃないか。

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2017年4月12日 (水)

ピュリッツァー賞

今朝のウチの新聞がウレしがっていた。
ピュリッツァー賞の片棒を担いだってことらしい。

今回ピュリッツァー賞を受賞したのは「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」というところのチームで、受賞理由は例の「パナマ文書」ってやつだ。
世界中の金持ちたちが租税回避のために、いかに不断の努力をしているかをあばいたアレである。
こういう仕事はその国の権力者を告発する場合が多いから、産経や読売ではまずいというので、日本からのメンバーにはリベラルの朝日(と共同通信)が選ばれて参加している。
ウチの新聞の役割がいまひとつ見えないのは残念だけど、権力者の犯罪行為をあばくのはジャーナリストとして当然のことだから、ひさしぶりに朝日新聞がいい気分になっても、ここはまあ褒めてあげよう。
冬の時代といっても、やっぱりリベラル新聞の存在価値もすこしは残っているのだ。
がんばってチョーダイ。

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2017年4月 2日 (日)

今朝のGLOBE

今朝の新聞のわりあい目立つところに、少女像、ニューヨークで人気者にという記事があった。
また例の少女像のことかと思ったら、こちらは牛に立ち向かう少女の像で、女性の地位向上を象徴するものだそうだ。
それでもアノ朝日新聞が載せると、だから慰安婦像も立てて問題はないんだといってるように思えてしまうのが気のドクなのか、本音なのか。

今日のGLOBE面は、時宜を得たというか、最近の韓国の事情が取り上げられていた。
でも反日候補ばかりが大統領選に立候補しているなんてことにはひとことも触れず、進学難、就職難や財閥の弊害などの国内問題がメインで、これだけでは韓国を冷静にながめているのか、非難をしてるのか、あるいは暗に肩を持っているのかわかりにくい。

これらのほかに、韓国人は新しモノ好きだとか、韓流が中東で人気だとかいうささやかな記事がある。
このふたつは無理にでっち上げた太鼓持ち記事のようである。
内容はよくにも悪くにもとれることなのに、結論は、だから韓国の未来は明るいということになっているからだ。

韓流が中東で人気があるといっても、それがどのくらいなのか、いちばんいいのは日本と比較してくれるとわかりやすいのに、ぜんぜん日本の数値が出てこない。
中東で韓国の化粧品が大人気で、輸出額が30億円だというんだけど、化粧品というとわたしには、日本の製品が途上国ではいちばん人気という認識があるから、日本の輸出額も知りたくなってしまう。
そういう誰でも知りたいことに触れないのだから、やっぱり朝日はということになってしまう。

でももっと大局的にながめてみよう。
今日のGLOBEを読むと、韓国がいろいろな問題をかかえているにもかかわらず、大統領選の候補者が、あいも変わらず日本叩きばかりをスローガンにかかげていることにへきえきしているとも受け取れる。
正義の味方、韓国の味方であるはずの日本の大新聞に愛想をつかされるなんて、韓国もいよいよ困った状況だ。
ほんと、朝日新聞は読み解くのがおもしろい。

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2017年3月31日 (金)

いちゃもん

今朝の新聞で池上彰さんが、パン屋を和菓子屋に変えろという文部科学省の方針はおかしいと噛みついている。
わたしもおかしいと思う。
だいたいクロワッサンやロールパンを売る店と、モナカや羊羹を売る店をどうしていっしょにできるのか。
これは、つまり役人の習性ってやつだな。
これまでのまんまでいいよというのでは、自分たちの存在感が薄れる(じっさいヒマなんだろうけど)。
どこかひとつでも変更させれば、自分たちも一生懸命仕事をしてるんですよと弁解できるわけだ。

考えてみると、こんなどうでもいい政策の変更は過去にも多かった。
ひとつ例をあげると、車のサイドミラー。
かってはドアミラーが禁止だった時代がある。
理由は、ドアミラーは視線の移動が大きくて危険だからというものだった。
それがドアミラーが隆盛になると、べつに人間の視線の動きに変化があったわけでもないのに、いつの間にかなしくずし的に許可ということになってしまった。
あれも、ようするになにかいちゃもんをつけないと、自分たちの仕事が認められないという役人根性のあらわれだったのだろう。

今朝の新聞によると、都知事のユリコさん、都議選で築地の移転を争点にしない方針だそうだ。
どうやらこの問題が自分に不利になることに気がついたらしい。
思い起こせばオリンピックもそうだった。
計画を見直すなんて大見得をきったものの、いつの間にかそんな問題はどっかに行っちゃった。

これはけっしてユリコさんがわるいわけではなく、そんなものに踊らされて、彼女を支持する人たちのほうがわるい。
ころりころりと争点を変える、つまり一貫した政策よりも、つねに話題を先行させる行き方に、いいかげん疑問をもってほしいものだ。
最近はNHKのニュースだって、大きな声でいわないだけで、微妙にユリコさんの政治に愛想をつかしているのがわかるのに。

それにしてもこんな綱渡りで、つぎのオリンピックまで知事の座を維持できるんだろうか。
オリンピックのまえにまた知事が交代なんてみっともないから、わたし個人的にはがまんするけど、どこかのお役人みたいにいちゃもんをつけてるヒマがあったら、もっと果敢に政策を遂行してほしい。

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2017年3月27日 (月)

「猫」の終わり

ネコがビールを飲み始めた。
彼の運命も明日かあさってで終わりだろう。
これだけじゃなんのことかわからない。
ウチの新聞に復刻連載中の「我輩は猫である」のこと。
漱石さんちのネコはビールを飲んで、酔っ払ってカメの中に落ち、そこで往生することになっているのだ。
つまり連載もいよいよ終わるということである。

ひじょうにおもしろいから読んでごらんなさいと勧めておいて、こんな言い方はないけど、今回の連載は、わたしにはあまりおもしろいと感じられなかった。
原因は若いころ、文庫本にして3、4冊を、文字どおりすり切れるくらい読んだことだろう。
内容を丸暗記したくらいだから、これじゃいくらなんでもマンネリだ。

でも、はじめてこれを読む人にとっては、あいかわらずおもしろい本じゃないかと思うけど、あいにく最近の若いもんて、とにかく本を読まないらしいからね。
刹那的に刺激を求めるゲーム世代には、どうみても合いそうもないし。
この本は明治時代に書かれた小説だけど、そういうわけでわたしには、またひとつ昭和は遠くなりにけりという感慨があるなあ。
文学青年たちが口角泡を飛ばしていた時代がなつかしい。

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2017年3月21日 (火)

また慰安婦

あいかわらず朝日新聞が慰安婦について取り上げている。
それも10面全部のでっかい扱いだ。
またかいというところだけど、今回は趣向を変えて、朝日新聞の肩を持つような書き方をしてみよう。
ひょっとすると朝日新聞も慰安婦捏造について謝罪したいのだが、リベラルを標榜している立場上なかなかそういうことができないので、苦心の末にひねくり出した記事かもしれない。

その記事は「慰安婦問題を考える」という特集である。
登場するのはウツミさんという名誉教授さんほか2名。
彼女は東京裁判の資料をまとめ、90年代に、もと慰安婦の証言を聞いて衝撃を受け、せっせと研究して、2011年にその成果をまとめたとある。
あとで出てくるスズキさんもそうだけど、こういう研究はもっとむかしにさかのぼってやらないと、虚実入り混じって、ほんとうのところはなかなかわからないものだ。

そもそも東京裁判は、戦勝国による私怨をはらすための裁判で、公平とはいえなかったと問題にされている裁判だ。
朝日新聞もつねづねそう考えていて、いまごろになってそれを暴露するために、今朝の記事を書いたのかもしれない。
東京裁判の資料と書いただけで、もうこれは本気にされては困るんですよと、読者に暗に警告しているようなものだから。

つぎの文章は、今朝の朝日新聞の記事からのもの。
東京裁判で検事から追及された日本軍の法務局長は、戦地で強姦が多発していたことを認めた。
陸軍部隊の戦友会報には、地区の婦女子の安全を守るために慰安所を開設したとある。
こんな文章を読むと、慰安所というのは、日本軍が性暴力の蔓延をふせぐために設置したものであることがわかる。
慰安所の設置でどれだけの女性が兵士の暴力から救われたことか。

ウダガワという大学講師さんは、裁判資料から性暴力の記述がたくさん見つかるのですかと訊かれ、いえ、むしろ逆ですと答えている。
ということは性暴力はあまりなかったと考えるのがフツーだけど、裁判の判決にはいきなり性暴力や残虐行為が出てきてしまう。
するとこれをもって、日本軍はいわれているとおりの暴力軍隊だったと結論づけてしまうのだから、裁判もウダガワさんも調子がよい。

朝鮮や台湾の被害が裁判でほとんど取り上げられなかったというけど、どんな時代にも侵略だ征服だを繰り返してきた西洋では、戦争で男が女を犯すのは当たりまえすぎて、問題にならなかったということかもしれない。
それがいいことだとはいわないけど、過去をほじくり返すには、その時代を正しく知ることが必要だ。
そういうことを認識させてくれたというだけで、今日の朝日は読みごたえがある。

インドネシアでオランダ人女性を慰安所で働かせていた件では、そのことを知った日本軍司令部はただちにそれを閉鎖させたという。
ただちに閉鎖させたと書くあたりに、朝日新聞の善意がよくあらわれている。
勝ちにおごる馬鹿はどこにでもいるもので、そういう馬鹿を例外とすれば、全体としては日本軍は規律にきびしい軍隊で、女性の尊厳を守るためにいろいろ気をつかっていたということではないか。
その馬鹿は現地の裁判でしばり首になったそうだから、戦争裁判の本質がどんなものだったかもよくわかってしまう。

スズキという講師さんは2013年から慰安婦の聞き取り調査をしているそうだけど、この年からとわざわざ書くところに朝日新聞の善意が感じられる。
いまから4、5年前では、もう慰安婦が話題になっていて、いろんなおもわくが交錯しているころだ。
これでは調査の結果を信用するのは危険ですよと、新聞がわざわざ警告してくれているようなものではないか。
読者は新聞のこうした隠れたヒントを読み解かなければいけない。

この特集にはドイツの研究者も出てくる。
ロシアに侵攻したドイツ軍にも慰安所はあったとかなんとか。
その仕返しなのかどうか知らないけど、ベルリンの女性(赤ちゃんとおばあさん以外)は敗戦時に、進駐してきたロシア兵に徹底的に蹂躙された。
ようするに基本的な問題として、男は女を欲する動物だということを理解しないかぎり、問題の解決にはならないのである。
慰安婦のことで日本やドイツをいくら責めたって、世界中で勃発する戦時下の性暴力をとめることはできっこないのだ。

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今朝の新聞

今朝のウチの新聞の1面の見出しが「豊洲移転解明されぬ経緯」だって。
しかも副見出しに、「石原氏『記憶にない』『部下に一任』」とある。
これじゃまるで慎太郎サンがなにか隠しているように思えてしまう。
都知事、もしくは都庁の役人が、築地の移転で業者から賄賂でももらったというんだろうか。
それとも東京ガスと癒着して、秘密取引でもあったというんだろうか。
現在はリークの時代だから、そういうことがあればとっくに共産党あたりが尻尾をつかんでると思うけど、それがぜんぜんおもてに出てこないっていうのはどうしてだろう。

この問題については、社会面にも記事がある。
経緯の全体像はそこに尽くされており、それ以上のものはないと思う。
ようするに当時は老朽化していた築地の移転が急務で、都庁全体が(鈴木都知事のころから)その方向に動いていた。
水面下の交渉だとか、東京ガスへの政治的圧力だとかいうことは、かりにそれがあったとしても、移転をすみやかに成就させたい都側の事情で出てきたことで、新聞ダネがせいぜい、責任を問えるような問題ではないだろう。

慎太郎サンの横柄な態度が、都知事のころからキライだったという人も多いかもしれない。
しかし今回の百条委員会では、脳梗塞の気のドクな老人は精一杯誠実に答えていたと思うし、この問題は気分や好き嫌いで判断すべきじゃない。

ここでもユリコさんは、これまでの検証も含めて総合的な判断が求められるだなんて、ひとごとのようなセリフ。
しかも石原都政が決めた基準が守られているかを確認するために延期を決めたなどと、また他人に責任を転化するしまつだ。

豊洲が気に入らないなら、さっさと新しい移転先を決めたらどうなのか。
東京湾周辺で汚染されてない土地なんてあるはずがないから、多摩川の上流にでも適地を探すんだな。
すると交通の便が悪すぎるとか、淡水魚を扱ってんじゃないぞとか、引越し費用がかさむとか、またかならず反対する人が出てくる。
やっぱり老朽化した築地にもどるしかないかしら。
みずからまいた種とはいえ、ユリコさんは、こじれたこの問題を解決するすべがなくて立ちすくんでいるようにみえる。

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2017年3月16日 (木)

全員一致

15人の裁判官が全員一致の意見だそうだ。
今朝の新聞の1面トップに「令状なしでGPS捜査違法」との見出し。
韓国の憲法裁判所が全員一致でクネちゃんを罷免したのが民主主義の理念に反してると書いたばかりだから、これをまともな判断なんていうとダブルスタンダードになってしまいそう。
でもとあちらの国とこちらの国では事情がだいぶ異なる。

こちらの国では司法が行政をとがめる判断であるのに対し、あちらの国では国民の気分が法律で、司法が率先してひとりの大統領を吊るしあげようというものだから、やっぱりどこか違うでしょ。
これ以上ごたごたいうと、わたしもネトウヨと思われそうなので、書きません。

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