ぼやきのてんこもり

2022年8月 1日 (月)

暑いぞ

暑いねえ。
部屋でテレビを観ながら、パソコンを使うと、この両者の熱量はハンパじゃないので、暖房フル回転のサウナに入っているようなものだ。
でも大丈夫。
わたしの団地は田舎にあって、まわりに緑が多いところだから、夜はベランダに出るとさわやかな夜風がほほをなでる。
こんな調子でエアコンなしでもすごせてしまうのだ。

今夜もそのつもりだった。
ここんところエアコンの調子が悪いので、エアコンを切って天然エアコンにまかせようとした。
夜の9時ごろで、外にはさわやかな夜風が・・・・

ところが、エアコンを切ってベランダに出てみたのに、まったく温度の変化が感じられない。
つまり屋内と屋外の温度がピッタリ一致していたということだ。
これはたまらん。
つい先日も団地のとなりの棟で、じいさんが死んで発見されたばかりで、わたしもそのうち熱中症で死ぬかもしれない。
やっぱりケチしないでエアコンを修理してもらおう。
アチチ・・・・だらだら(汗の流れ落ちる音)

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2022年7月 5日 (火)

ブログ

そろそろ炎上するんじゃないかとドキドキしていたのに、ぜんぜんそんなことがなくてガックリ。
あ、わたしのブログのこと。
世界でゆいいつロシアに理解をしめすという反社会的なブログなのに、このていたらく、ということはココログの影響力がいかに小さなものであるかの証明なのだろう。
もっと盛大に広告しなければダメだなというわけで、あまり積極的ではないけど、たまに写真を載せているフェイスブックのほうに、ブログのうたい文句とともにhttpアドレスを載せておいた。
今度こそ世界中から怒りの鉄槌が降りそそぐかと思ったら、てんでその気配なし。
ま、外国人にはわたしのブログ読めないからしょうがないけど、日本人だけだって1億人以上いるんだから、充分炎上してもおかしくないはずなのにね。

これ以上待ってもムダだということで、1カ月以上載せておいたアドレス入りのトップ写真を、また無難な環境写真に差し替えることにした。
ブログで世界を動かせると信じているみなさん、けっしてそんなことはないみたいですよ。

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2022年6月25日 (土)

あくどい

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iPad miniを買った。
これまで使った品がときどき不安定な反応を示すようになったので。
店で何年使いましたかと訊かれたので、8年と答えると、それはすごいですねという。
いまのこういう機器は5〜6年ぐらいが普通なんだそうだ。
そんなことをいわれると不安になってしまう。
もう寿命のみじかい年金暮らしのわたしは、これを最後にしたいのに。

わたしは新しいモデルが出るとすぐに飛びつく人間じゃない。
ゲームもやらず、調べものやブログ記事の制作など、きわめて実用的に使っていて、寝るときベッドの中でも使うし、海外旅行にも持っていった。
Miniのサイズはバックに放り込んで旅行に持っていくのに最適の大きさで、肌身離さずという言葉がぴったり、もはや女房同然なのである。
女房ならとっくに飽きていたかもしれないから、8年は確かによくもったほうだろう。

ペンシルもつけますかという。
持ってますと返事すると、古い型式はこれには使えませんという。
(・∀・)
まったくあくどい会社になったよな、アップルって・・・・
ペンシルは1万円以上するんだぜ。

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2022年6月22日 (水)

謀略

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今日は謀略の話だ。
いや、ウクライナとは関係がない。
この画像は昨日の、このブログのアクセスカウンターの推移をあらわしたグラフ。
7時と14時のところでぴーんと跳ね上がっている。
7時はブログを更新したときの時間だから、跳ね上がってもおかしくないのかもしれないけど、14時は特別になにかしたおぼえはない。
なんでこうなるのか。

うーん、つまり、これは、わたしのブログが人気を得ては具合が悪いというだれかの謀略だな。
そいつがカウンターを見張っていて、つねに数値を調整しているわけだ。
たまたま14時ごろ、彼が油断しているとき、カウンターが跳ね上がり、あわてて押さえ込んだ証拠がこのグラフだ。
ウクライナ政府や日本政府や、NHKが乗り出してきたわけじゃないだろうけど、そうとでも思わなけりゃ信じられんよ。
世界でゆいいつロシアに理解を示すわたしのブログが、1日たったの74だなんて。

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2022年5月20日 (金)

カウンター

ここんところアクセスカウンターが好調で、念願の毎日3桁が実現する勢いだけど、正直いってこんなおかしなものもないね。
たとえば世間に訴えようと、ブログにだいそれた意見記事を書く。
カウンターがばっちり100まで行ったとする。
しかし意見記事なんだからできるだけ大勢の人に読んでもらいたい。
記事はそのままだから、読もうと思えば3日まえでも1週間まえでも1カ月まえの記事でも読めるわけだ。
しかしカウンターはずうっと
100のままだよ。
これって時間制限があって、あくまで
24時間以内のカウントだけってことになってるのか。
ま、そうなんだろうなあ。
そうとしか思えないや。
すこしまえにひょっとすると新記録かもしれないと思った驚異のカウンター値、その後もこの記事の閲覧者はあとを断たず、じっさいにはいまごろは
10002000を超えているんだろうねえ。
それなら意見記事としては成功だから、それでもいいけど。
世間を煽ってよろこんでいるブログも条件は同じなんだし。

わたしがこんなことを思ったのは、YouTube などは視聴者が累積になっていて、100万だ、1000万だと視聴された映像があっても、それは過去に閲覧されたものの合計になっているからだ。
中にはすぐに評判を呼ばず、何日か何ヶ月かかけて、じわじわと人気を得る映像もあるだろう。
だから古い映像ほどカウンターの数値は大きいのが普通だ。
スポンサーを得てナンボのYouTubeでは、公開当初の視聴者がいくらいたって、そのまますぐにしぼんでしまう映像よりは、長いあいだ一定の視聴者を得てくれるほうがいい。
わたしはココログもそういうものかとカン違いしていたんだよね。

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2022年2月26日 (土)

免許の更新

昨日はわたしの誕生日(のちょうど1カ月まえの25日)。
免許証の更新に行かなちゃ。
高齢者講習も実習も済ませてあるし。
まだ頭は若者なみだって太鼓判を押してもらってあるし。

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2022年2月 5日 (土)

ボケぐあい

ああっ、ついに来たよ、ついに来た!
わたしの認知症も順調にそこまで来た。

今日はこのブログでお馴染みの財閥のO君と会う約束をして、ひさしぶりに列車で出かけたんだけどね。
待ち合わせの場所に、やっこさん、いつになっても来ないから電話してみた。
とっくに待ってるよと不満そう。
会って初めてわかったけど、わたしは待ち合わせの場所を、ぜんぜんおかしいとも思わずにカン違いしていたのだ。
いったいどうしてそうなるのか。
わたしが現役時代ならするはずのないカン違いだった。
うむむむ。
こんなわたしを見て、O君も薄気味わるかったに違いない。
彼は漏洩のプロだから、すぐに知り合いに電話をかけまくって、おいおい、大変だよ、とうとう李白がボケちゃったよと触れまわっているだろう。
これでは恥ずかしくて世間に顔向けできないぞ。

しみじみと来し方行く末を考える。
ボケについて考える。
これは部屋に閉じこもって、ひとりでパソコンにしがみついているのがイケナイのだ。
頭が一ヶ所に停滞し、臨機応変に対処することを忘れてしまっているのだ。
部屋の中ならまだ他人に負けない自信があるけど、ちょっと環境が変わるともうダメ。
考えてみると、最近そういうドジが多い。
認知症ってこうやってじわじわと悪化していくのだね。

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2022年1月24日 (月)

底流

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あああ、タノシイ事がないねえ。
特別にやることもなしに日々がむなしく過ぎていくよ。
ヒマつぶしに水中カメラで、水草の繁茂する川の底をのぞいてみたけど、川の中って上から見るほどきれいじゃないなあ。
こんなノーテンキなことばかり書いているから、世間の人はわたしのことをお気楽で平和な人と思っているかもしれない。
しかし人生の機微にくわしい人なら、こういうのは苦悶の裏返しだということを知っているだろう。
起き抜けにベッドのなかでいろんなことを考えるんだけど、思い出すのは思い出したくないことばかりだ。

たとえば今日思い出したのは、中、高校時代に同級生だったひとりの男のこと。
わたしと頭の出来はそう変わらなかったのに、まだ自家用車が珍しかったころ、家には車があり、本人も18歳になるとすぐに免許を取得していたから、恵まれた家庭の子だったのだろう。
高校を卒業して東京にある、そこそこ名門の大学に進学したことは知っていたものの、それっきり音信不通になったので、彼のその後についてはなにも知らない。
まわりを困惑させるほど変人ではなかったし、おそらくふつうに出世して、ふつうに家庭を持って、まあまあ幸せな生活をまっとうしたんじゃないか。
本人が幸せというのはそういうものだと信じているなら、彼ほど幸せな人間はいなかったといえる。

わたしの場合、むかしから性格がひねくれていたから、当然の帰結として、そんな幸せには縁も興味もなかった。
人生が不公平なのは、ひねくれたのが先か、幸せに生まれなかったのが先かと、若いころは哲学的に悩んだこともあり、それが神も仏もないという結論を導き出して、いまみたいな不神論者になってしまったのだろうと思う。
わたしだってノーテンキにスポーツに打ち込み、呑気にカラオケで歌をうたっていたかったけれど、生まれたときからそんな資質はまったくなかったのだ。

わが草木とならむ日に、と謳ったのは郷里の詩人・萩原朔太郎だけど、郷里が同じだと性格や考え方まで遺伝するってことがあるのかしら。
この詩の末尾は過失を父も許せかしという悲痛なもので、わたしにもその気持ちはよくわかる。
ただ、かろうじて救われたのは、わたしには世間への反発や不平不満を、皮肉と諧謔でまぎらわすという手段があったこと。
それが飽きもしないでブログを更新し続ける原動力になっているのだ。
わたしをノーテンキと思うのはみなさんの勝手だけど、その心境の底にはこんなアンダーカレントも流れているのだと、たまには思ってくれる?

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2022年1月10日 (月)

いい加減にしろ

もういい加減にせんか!
冬の孤独な夜をなぐさめてくれるYouTubeなんだけど、最近は中身とサムネイルの一致しないものが目立つよな。
なんとかファンや「いいね!」を増やそうと悪戦苦闘なのはわかるけど、若い女の子はサムネイルに下ネタを使うのが多すぎる。
お、これはと胸をときめかせて見てみるんだけど、中身はおもしろくもなんともないのが多い。
ケシカランじゃないか。
中身と関係ないサムネイルは誇大広告ということで、禁止にしろとYouTubeにハッシュタグ運動でもしてくれる人いないか。
え、そんなものにひっかかるほうが悪い?
わたしの想像では、これは全世界の男性がひとしく怒りを感じていることだと思う。

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2021年12月31日 (金)

大みそかの辞

次回分のP・セローのアフリカ紀行の原稿は出来上がってるんだけど、大晦日と正月1日にはべつに書きたいことがあるので、3が日まで掲載はしない。

今月はずらりと2桁が並んだ。
もちろんブログのアクセスのこと。
以前は月に2、3回は3桁に届いたもんだけどねえ、とぼやいても仕方がない。
それよりいまでもアクセス数を励みにやっている人がいるとしたら、アカデミー賞や芥川賞と同じくらい、信用できないのがブログのカウンターだといっておこう。

アクセス数を見るかぎり、あまり人気のないわたしのブログだけど、それでも奇特な固定ファンが50人くらいはいるらしい。
それを励みに来年も(さ来年も、死ぬまで)頑張るつもりである。
ココログにはねちねちとイヤミをいうつもりである。
乞うご期待ってところ。

わたしのブログを注意して読めば(イヤらしい記事もあるけど)、時事問題に関してはそこらへんの有名な評論家より的確なことがある。
今年はバイデンさんに右へならえで、中国叩きが激しかった年だった。
わたしはそんなもの一顧だにせず、自分の信念をつらぬいた。
中国は大国になることに専念しており、いま台湾に侵攻することなどゼッタイにあり得ないと断言する。
中国叩きも年末とともに沈静化して、いくら笛を吹いても踊らない国民にネトウヨ諸君もがっくりだろう。
日本は韓国やミャンマーのように、扇動で国民が鼻づらをひきまわされる国ではないのだ。

日本政府に文句ばかりいう病的な人は依然として多い。
今年開催されたオリンピックはその点で壮観だった。
最初からやめちまえなどという人もいたけど、結果はとっくに出た。
いまでもオリンピックが失敗だったといえる人がいるだろうか(いたってかまわないけど)。
今年は五輪とコロナ防疫と大谷翔平で日本が輝いた年だった。
イデオロギーに左右されることなく、自民党でも野党でも、誉めるべきはきちんと誉めるのがわたしのブログだ。
来年の抱負はアクセスが常時3桁に行くことなんだけど、ココログにねちねちじゃ難しいかなあ。

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