深読みの読書

2017年11月 7日 (火)

佐藤愛子さん

今朝の新聞に小さなかこみ記事。
作家の佐藤愛子さんのエッセイ集が100万部を突破して、本人もとまどっているそうだ。
愛子さんというと今年94歳で、もう寝たきりになってんじゃないかと思っていたけど、あいかわらず意気軒昂で、毒舌をぶん撒いているらしい。

若いころ彼女の本をよく読んだ。
そのころすでに彼女は離婚して独身で、ひとり娘を育てながら、旦那のこしらえた借金の返済に悪戦苦闘していたはず。
ひとり娘の名前は忘れたけど、まあ、ググればすぐにわかると思うけど、メンドくさいから調べないけど、まだ高校生だったかな、それとも大学生だったか、なかなか可愛い娘で、この親子によるヨーロッパ紀行記がとてもおもしろかった。

そんな娘もとっくにおばさんになって、結婚しているなら、そのへんも調べないけど、すでに孫のいる歳になっているはず。
いちいち調べないのは、愛子さんの娘はどうでもいいからだ。

彼女の本が100万部なら、わたしのブログはもうすぐ30万だ→アクセスが。
わたしだって94歳まで生きてりゃ、10年で30万だし、人間は高齢になるにしたがって、ますます性格がひねくれて、記事も辛辣になり、もの珍しさもあるから、カウンターが急上昇することが期待できるので、100万ぐらい行くと思う。
そんなに長く生きているつもりはないけど、タブレットさえあれば、この記事だって寝ながら更新したくらいだし、しぶとく書き続けられるはず。
それで金が儲かっても、90超のじいさんじゃ使い道がないのが残念だ。

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2017年10月30日 (月)

内陸水路での小さな出会い

ずっとむかしにテレビを点けたら、たまたま日本人と欧米人がなにか対談をしていた。
ふたりともどこかで見た顔だけど思い出せない。
ただ、ひじょうに知的な顔をした欧米人に比べると、日本人のほうはどうしても貧弱である。
そのうちこの日本人は大江健三郎であることを思い出した。
ノーベル賞作家を貧弱といっちゃ申し訳ないけど、もう30年も前のことで、当時はまだ健三郎サンも若く、いまほど貫禄がついていなかった。

健三郎サンのことはいい。
このときの対談相手がアメリカの作家カート・ヴォネガットで、知的で魅力的な風貌の人だったことを記憶している。
こんなのと対談させられた健三郎サンのほうが気のドク。

風貌のこともいい。
先日、ヴォネガット原作の「スローターハウス5」という映画が放映されたので録画しておいた。
映画はざっと早送りで観たけど、難解で、つまりわけのわからないものだったので、これもいい。

わたしはヴォネガットのファンである。
といっても彼の小説はほとんど読んだことがない。
読んだのはサンリオ(現在はハヤカワに移ったようだ)から発売された「ヴォネガット大いに語る」というエッセイ集だけ。
こころもとない読書歴だけど、これを読んだだけで作者がそうとうの皮肉屋、諦観主義者であることがわかった。
ヴォネガットは大戦中にドレスデンで捕虜生活を送り、そこで連合軍の爆撃で街が壊滅するのを目撃した。
すぐれた知性が悲惨なものを目撃すると、皮肉屋になるのは当然の帰結らしい。

エッセイ集のなかでいちばんおもしろかったのが、「内陸水路での小さな出会い」という、文庫本で16ページほどの短編だった。
知り合いのクルーザーの回送を手伝って、米国の東海岸にある水路を航海したときの紀行記だけど、ちょっとした海洋小説のおもむきがある。
わたしはこれに匹敵する海洋小説を、メルヴィルの「白鯨」や、ジャンルは異なるけどダーウィンの「ビーグル号航海記」、さらに別ジャンルで開高健の「オーパ!」ぐらいしか思いつかない。

小説の感想文に頭を使っても一文にもならないから、これ以上説明しないけど、おもしろい海洋小説を読みたかったら「内陸水路での」を読んでみたらいい。
分量をパーセントにしたらほんのわずかなので、新品の本を買ってまで読めとはいわない。
図書館か、オークションで古本を探すこと。

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2017年9月29日 (金)

武州公秘話

まだまだ残暑はきびしいけど、秋の夜長はなにしよう。
今夜はヒマつぶしにネットの青空文庫で、谷崎潤一郎の「武州公秘話」を読んでいた。
小説というのは縦書きという先入観のあるわたしには、横書きの青空文庫はひじょうに読みにくいんだけど、それでもさすがは大谷崎の小説で、一気呵成に読み終えて、退屈をまぎらわすには好適。

谷崎潤一郎の作品には、古い文献から説き起こして、いつのまにか小説世界に導かれるという作品が少なくない。
この作品も妙覚尼という尼さんが書いた「見し夜の夢」という文献と、武州公に仕えた坊主の「道阿弥話」というふたつの文献が下地になっている。
もっともこれは小説のテクニックで、このふたつの文献がじっさいに存在するのかどうか、いきなり読み始めたわたしにはわからない。
たぶん存在しないんだろうと思うけど、そんなことはさておいて。

読み始めた当初は、いくらか偏執狂ぎみの主人公を描いたまじめな小説かと思ったけど、読み進んでいくうち、これって作家はユーモア小説のつもりで書いたんじゃないかと思えてきた。
最後につけ足された解説は正宗白鳥で、シリアスな作品であるとほめている。
エラい作家がほめているものに異論をとなえるのは勇気がいるけど、わたしは物語の後半で、ひとりで笑ってしまった。
谷崎潤一郎がシリアスな作品であるとほめられて、嬉しかったかどうか知らない。
そのくらいこの小説には奇想天外で、人をくったところがある。
あんがい作者も読者をひっかけるつもりで、ニヤニヤしながら書いていたんじゃないだろうか。

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2017年8月24日 (木)

折口信夫

今朝の新聞に作家の折口信夫(しのぶ)のことが出ていた。
今年は彼の生誕130年だそうな。
ただ、今日の新聞を読んだかぎりでは、はじめて彼のことを知った若い人が、えらい堅苦しい学者であると解釈して、それ以上の興味を失ってしまうことはまちがいがない。

折口信夫のことを理解するためには、リョーシキあるうちの新聞は伏せていたけれど、彼が同性愛者であったということを知る必要がある。
そんなことは文学や民俗学の研究とは関係がないという人がいるかもしれない。
しかし彼は釈迢空というペンネームを持つ詩人でもある。
わたしは彼の詩(短歌)をはじめて読んだとき、ひじょうに面食らった。
そして難解な詩だと思った。
けっしていい詩だとは思わなかった。

しかしその後その見方が一変したのは、彼と教え子の藤井春洋(男である)との奇妙な恋愛について知ってからである。
よくあることだけど、文学というものは作家の人生や、その苦しみを知ったのちにはじめて理解できるということが多い。
早い話が、彼が体育会系人間で、倒錯したところのぜんぜんないカタブツの文学博士だったら、わたしがその詩に感心することは永遠になかったと思う。

おまえも同好の士かいと思われちゃ困るけど、彼の詩からは異端者の悲しみや、孤独者の苦しみが感じられてしまう。
自分が世間からはみだした人間であるという自覚は、本人を苦しめるし、知らず知らずのうちに同じ悩みをかかえた仲間を求めるものらしい。

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2017年8月 3日 (木)

保導連盟事件

「火山島」という本を読んでいる。
これは戦後すぐに、韓国の済州島であった虐殺事件をモチーフにした本だけど、いや、大変な仕事になりそう。
ぶ厚いハードカバーの本に、虫メガネが必要な活字がびっしり。
しかもこれが7巻まであるという。
はたして読み切るか、それまで寿命が続くかってなもん。
ほんとうにひさしぶりに読みごたえのある本に出会ったなって感じだ。

まだ1巻を飛ばし読みしているところなので、とても内容についてどうこういえないんだけど、この本の背景を調べているうち、「保導連盟事件」という言葉を知った。
なんでも済州島の虐殺事件より少しあと、朝鮮戦争の最中におきた、これも韓国人が韓国人を大量に殺戮した凄惨な事件だったそうだ。
歴史の勉強が好きなわたしとしてはウカツだけど、この言葉をいままで知らなかったのはなぜだろう。

理由のひとつは、これは韓国の恥部というべき事件であり、現在は日本とも友好的な関係のアメリカも深くかかわっていることなので、これまで公けにされることが少なかったかららしい。
ちなみに司馬遼太郎の「街道をゆく」の韓国編でも、朝鮮戦争のことは出てくるのに、この事件のことはひとことも触れていない。

かんたんに説明すると、「保導連盟事件」というのは、日本から独立した直後、自由主義陣営につくか共産主義がいいかとまだ韓国内がもめていたころ、米軍占領下の南朝鮮(韓国)では、共産主義者やそのシンパを逮捕して各地の矯正施設に送っていた。
そこへ朝鮮戦争の勃発だ。
施設の共産主義者が暴動を起こすのではないかと恐れた時の大統領李承晩(と米軍)は、もっともかんたんな方法で決着をはかった。

共産主義者、その気のあるやつ、旗幟のはっきりしないやつ、これすべて皆殺しだと、虐殺は北朝鮮だけの18番じゃなかったのだ。
朝鮮戦争では侵攻してきた北朝鮮も、いたるところで残忍な虐殺をしているから、これは儒教の国の救いがたい宿痾かもしれない。
南京事件と同様で、保導連盟事件で殺害された人々の数は、数万から百万以上まで諸説ありだから、いまさらわたしがそれをうんぬんしても仕方がない。
ただ慰安婦問題にしても徴用工にしても、自らの問題にはふれようともせずに、いつになっても反日教育にばかり熱心という韓国人の姿勢には納得がいかないのである。

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2017年7月26日 (水)

火山島

友人から済州島へ行かないかと誘いがあった。
あいにくわたしは筋金入りの嫌韓家とみなされている人間だ。
といっても口汚く相手をののしるだけのネトウヨじゃない。
公平客観的にみても韓国の反日感情は理解できないということである。

そういうわけで誘いは留保してあるけど、一方でわたしは部類の旅行好き。
たとえばキライという理由だけで、その国に見向きもしない輩とは明確な一線を画すのである。
韓国についてもいろいろいわれていることが本当なのかどうか、この眼で確かめてみたい気持ちもある。
そういうわけで、いまうじうじと考えているところ。

かりに行くことになったら、そのまえに読んでおきたい本がある。
在日朝鮮人作家・金石範の「火山島」である。
済州島というと、昨今の若者は、景色のきれいなリゾートとしか考えていないんじゃないか。
旅行会社のツアー案内にも、景色や料理のことしか書いてないからいけないんだけど、じつはこの島には慰安婦もぶっ飛ぶようないまわしい歴史があるのだ。

それは先の大戦が終わり、日本が韓国から撤退し、朝鮮が南北に分断された直後の1948年のこと。
韓国の大統領というと李承晩の時代で、いまの若者はこんな名前も知らんだろうけど、まだ国の足もとが定まらず、国民も南北のどっちにつくか迷っていたころで、済州島でも世論はまっぷたつに割れていた(まだ新興の共産主義にも人気があったのだ)。
意見の相違が蜂起というかたちで火を噴いたのが、この年の4月3日。
これに危機感をいだいた韓国政府と米軍は、済州島に鎮圧のための軍隊を送り込んだ。

この事件で島民の1/5にあたる6万人が殺されたというからハンパじゃない。
しかも同胞あい食む悲惨な殺し合いで、このあたりは台湾に逃げ込んだ中国国民党が、台湾人を大量虐殺したのとよく似ている。
6万人という数は、日本との抵抗運動で死んだ韓国人よりずっと多いんじゃないか(大戦中の韓国人は日本軍に所属していた者が多いので、正確な数字がわかりにくいけど)。

こんな悲惨な過去があるにもかかわらず、いろんないきさつがあって、韓国政府はこれを黙秘し、もっぱら日本叩きに精を出してきた。
済州島へ行くならこの事件のこともきちんとなぞっておきたい。
この事件が、「恨」という言葉で象徴される韓国人の特殊な性格を説明してくれるかもしれないし、このとき日本に脱出した韓国人もたくさんいたというから、在日朝鮮人の問題を考えるヒントになるかもしれないのだ。
金石範の「火山島」は、この事件に材をとった小説なのである。

ということで、図書館からこの本を借りてきたんだけど、その第1巻の冒頭をちょいと読んだだけで、これがとてつもない大仕事であることがわかった。
ま、本についてはおいおいと。

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2017年4月10日 (月)

夜桜

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いまはサクラの季節。
サクラって満開になると木のまわりに妖気がただようってのは、これは文学的修辞ではなく、ホントの話。
信じられない人は、満開になったサクラを、できるだけ枝をいっぱいに広げた古木がいいんだけど、ひと気のない夜に見に行ってごらんなさい。
闇の中の桜の木に、ぼうっとした雲気のようなものがまとわりついているでしょう?
こいつの正体はいったいなんなのか。

サクラというのは花期がみじかいから、短期間のあいだになんとか子孫を残したいという怨念が、こういうかたちであふれ出しちゃうんだろうと思っていることは、このブログでも書いたことがある。

こういう観念的な物質を感じられるのは、詩人か、あるいは古びたネコが猫又になるように、人生経験を積んだ年寄りだけの特権かもしれない。
わたしの場合、詩人というにはおこがましいから、やっぱり経験のほうだろうな。
むかし読んだ梶井基次郎の小説には、「桜の下には死人が埋まっている」というフレーズがあったけど、作家というものは詩人の要素もそなえている場合が多いから、彼は若くしてこういう空気を感じることができたのだろう。

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日本にはサクラの登場する文学作品が数え切れないくらいある。
むかしはウメのほうが多かったらしいけど、最近ではサクラのほうが多いのではないか。
女の子の名前だって、サクラというとモダーンだけど、おウメさんというと田舎のおばあさんになってしまう。
今回はそんなサクラのおぼろさを描いた小説で、わたしの記憶に残っているものを紹介してしまおう。
谷崎潤一郎の「少将滋幹の母」。
滋幹は"しげもと"と読むんだからね、え、お若いの。

さいわいいま谷崎文学は、ネット上の青空文庫でタダで読むことができる。
それを図々しくコピペしてしまうのだ。
ただし、近代文学ではあるものの、原文のままではわたしでも読みにくい部分があるので、すこしだけ、小説の情緒を失わないていどに改変してある。
ぜんぜんおもしろくないという人がいるだろうけど、そりゃ想像力の欠如だな。
文学というものはしょせん、たんなる文字の羅列で、人間を空想の世界にいざなう道しるべにすぎないものなのだから。

ふとむこうを見ると、谷川の岸の崖の上に、一本の大きな桜が、周囲にただよう夕闇をははじき返すようにして、爛漫と咲いているのであった。
あたかもそれは、路より少し高い所に生えているので、その一本だけが、ひとり離れてそびえつつ傘のように枝をひろげ、その立っている周辺を艶麗なほの明るさで照らしているのであった。

土の上はしっとりと湿っていて、空気の肌ざわりはつめたいのだけれども、空は弥生のものらしくうっすらと曇って、朧々とかすんだ月が花の雲をとおして照っているので、その夕桜のほの匂う谷あいの一角が、まぼろしじみた光線の中にあるのであった。

今宵こよいの月はそこらにあるものを、たとえば糸のような清水の流れ、風もないのに散りかかる桜の一片ひとひら二片、山吹の花の黄色などを、あるがままに見せていながら、それらのすべてを幻燈の絵のようにぼうっとした線で縁取っていて、何か現実ばなれのした、蜃気楼のようにほんの一時空中に描き出された、眼をしばだたくと消え失せてしまう世界のように感じさせる・・・・・

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この小説は平安時代が舞台なので、まだソメイヨシノは存在してなかったはずだけど、ここはやっぱりソメイヨシノでなくちゃ話にならないと、強引に主張しておく。
わたしの住む大沢村が、かくれたサクラの名所であることはこのブログで広報ずみで、ここに載せた写真は、いちばん上が基督教大学の校内のもの、あとの2枚はウチの近所のものである。

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2017年3月20日 (月)

朝鮮

詩人の丸山薫に「朝鮮」という詩がある。
いま本が手もとにないので、詳しいことは忘れたけど、内容はこんなふうだ。

魔物がお姫様を追いかけている。
あと少しで追いつかれるというとき、お姫様は髪に挿したかんざしをうしろに投げた。
かんざしは山になって魔物の行く手をさまたげた。
舌打ちしながらもようやく山を越えた魔物は、ふたたびお姫様においすがる。
お姫様は今度は身につけた帯を投げる。
帯は川となって魔物の行く手をはばんだ。
じゃぶじゃぶと、それでもようやく川を越えた魔物は、ふたたびお姫様においすがり、お姫様はつぎに・・・・という具合に、似たようなことが繰り返されたあと、とうとうお姫様はすっぽんぽんになってその場にうずくまるという、神話や伝説によくあるような物語詩だ。

これは強国日本に併合されようとしていた朝鮮の悲劇を描いた詩であるとされる。
丸山薫という人がとくに左翼作家というわけではなく、これは普遍的なヒューマニズムが原点になって書かれた詩だという。
戦前にも日本の大陸進出を冷静にながめていた日本人もいたってことだ。

韓国が迎撃ミサイルシステム(THAAD)の配備を決めたり、日本と軍事同盟を結んだというので、中国のいやがらせが起きている。
フィリピンだとか韓国のように、相手が格下だとみれば中国は強気である。
このままいくと、中国、ロシア、日本のいずれかに併合されるしかなかった朝鮮(韓国)の悲劇が、また繰り返されるような気がしてならない。
そのさい、なにがなんでも日本はキライという人と、一党独裁の中国よりはマシという人で、国民が2分されるかも。
はたして韓国の未来はどうなるのか。
わたしが愛国的韓国人だったら平然としていられない。

わたしのいちばん好きな丸山薫の詩は以下のものだ。
    破片は一つに寄り添はうとしてゐた。
    亀裂はまた微笑まうとしてゐた。
    砲身は起き上つて、ふたたび砲架に坐らうとしてゐた。
    みんな儚い原形を夢みてゐた。
    ひと風ごとに、砂に埋れて行つた。
    見えない海――候鳥の閃き。

「砲塁」という作品だけど、そこに感じられるのは孤独と絶望のみ。
徹底的反日主義者が大統領になるかもしれないいまの韓国人に、なにか未来の希望があるだろうか。

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2016年6月27日 (月)

ヒッピー精神

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はからずも読み始めた沢木耕太郎著「深夜特急」。
そもそもは、これからわたしが行こうとしているタイという国について、どんなことが書かれているかを読みたかったんだけど、バンコクの評価はあまりいいものてはなかった。

それでもどんどん読み進んで、香港からスタートしたこの旅は、マレーシア半島を経てインド、ネパールへ、そしてシルクロードへとさしかかった。
もうこのへんでタイと縁のない国ばかりになってしまうので、読むのをやめてもよかったけど、シルクロードというから、わたしも行ったことのある中国の西域がでてくるのではないかと思って、もののついでに読んでみた。
シルクロードはシルクロードでも、この本のそれはネパール、カザフスタン、イランを通るコースで、中国はぜんぜん出てこない。
カザフスタンなどは、現在ではひじょうに危険な国になってしまったので、そういう意味では貴重な旅行記かもしれない。
と思ったけど、このへんの記述はちょっとあっさりしていてもの足りなかった。

この本はヒッピーのバイブルといわれることもあるそうだ。
たしかに主人公の、できるだけ安いホテル、安い交通機関をというケチケチぶりをみると、同じような貧乏旅行をこころざす若者にとってガイドブックとなってもおかしくない。

道中のあちこちにヒッピー宿というものが出てくる。
貧乏旅行をする若者たちが、あそこへ行ったらこの宿屋が安いと、口コミで伝えた情報が評判になり、いつのまにかヒッピーのたまり場になったホテルのことだ。
この本の中にはそうした宿も実名で出てくるから、わずかな金で旅をする若者たちにとっては頼りになる本だったろう。
ただこの本からは、貧乏旅行のガイドというだけではなく、もうすこし突っ込んだものまで感じられる。

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主人公は旅の途中で、ロッテルダムから来た貧しいヒッピーと出会う。
バスの乗客がみな食事をしているのに彼だけは何も食べず、落ちたクラッカーをひろって食べたりしているところからして、貧乏なヒッピーの中でもとりわけ貧しい人間にちがいないけど、この彼が現地の子供たちにもの乞いをされると、なけなしの金を等分して分け与えてしまう。
いったいこの先どうする気だろうと心配になってしまうくらい。
主人公は自分なりの考えから、けっしてもの乞いに応じない決意だったのに、彼を見て貧しさや豊かさとはなんなのかと考える。

なんだかできすぎた話に思えるかもしれないけど、沢木耕太郎という人の文章には誇張や創作めいたものが感じられないし、いかにもありそうなことばかりだから、これも彼がじっさいに体験したことなのだろう。

イランのドミトリーでは、病気で宿屋にふせっているヒッピーに出会う。
同情した主人公は食べ物を差し入れたりするのだけど、相手は世捨て人のような拒絶を示して、なかなか打ち解けようとしない。
それでもじょじょに言葉を交わすようになり、主人公の出発する日になると、彼はいっしょに行こうかななどと、ちょっと弱気な発言をする。
しかし主人公もさすがにそれ以上面倒をみられないというので、ひとりでさっさと出発してしまうのである。
あとで後悔するのだけど、わたしにはこのあたりの描写が、ちょっとオーバーだけど、ヒッピー精神を象徴しているようで興味深かった。

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グループでにぎやかに旅をするヒッピーもたしかにいただろうけど、その反面、失恋や挫折、自責、迷いなどがきっかけで、孤独な旅に出た若者もけっして少なくなかったと思う。
旅先での出会いなんて一期一会で、頼りになるのは自分だけという強固な意志がなければ、ノミシラミのわくホテルに泊まり、おんぼろバスにゆられ、故国から遠くはなれたヒッピー宿で行き倒れになるかもしれない、そんな自虐的ともいえる旅なんぞできるはずがない。
他人の助けなど期待するほうがまちがっているのだ。
この本の主人公がわたしでも、やはり病気の彼を置いて出発したんじゃないか。
そして同じように後悔したんじゃないだろうか。

これは若者が自由に海外に飛躍できた景気のいい時代の物語だという人がいるかもしれないけど、最近のISに身を投ずる若者たちも、人生に投げやりになって旅に出たヒッピーと、遠いところでつながっているのではないかと、つい思ってしまう。

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2016年6月22日 (水)

インドの悲劇

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新刊を買ったり、図書館を利用したりして、タイ出発まえに全巻を読み終えてしまいそうな「深夜特急」という本。
現在はバンコクやマレー半島を読み終えて、インドあたりへ差しかかったところだ。

香港やバンコクあたりでは、主人公の旅がわたしのそれと似てるなんてうそぶいていたけど、このあたりにくると、わたしは愕然としないわけにいかなくなってきた。
いやはやね、ひどいもんだね。
この世で地獄を体験したかったらインドでカースト最下位の、さらに下にある “不可触民” とよばれる階層に生まれればよい。
そういいたくなるほど。

若いころ、わたしもインドに行ってみたいと思ったことがある。
若者たちが猫も杓子もインドにかぶれていた時代で、ビートルズもいちじインドの行者に帰依していたことがあるし、インドにはヒッピーたちの桃源郷があるって聞いていたもので。
でも知れば知るほど、この国が桃源郷どころか、目も当てられないひどい国ということがわかってきた。

現在のインドはIT先進国で、それなり域内の大国でもあるけど、これはすべて上流階級だけのハナシ。
不可触民と呼ばれる層の悲惨さは、いまでもほとんど変わってないようだ。
戦前の上海あたりがインドに似ていたようだけど、少なくともわたしが最初に出かけたころの中国でさえ、そんなにひどい国ではなかった。
インドに出かけたら、わたしは人間の残酷さ、業の深さをまっ正面からながめることになっていただろう。

沢木耕太郎さんがこの本のもとになった旅をしたのは70年代の始めらしい(まだパソコンもインターネットもないころだ)。
主人公が街を歩いていると、まだ10歳にもならない少女が体を買ってくれとつきまとってくる。
こればっかりはフィクションだろうと思ったけど、ずっとあとに作られた「スラムドック・ミリオネア(2008)」という映画にも、人身売買の犠牲になる子供たちが出てくるから、これはけっして創作ではなさそうなのだ。

悲劇に遭うまえに子供たちを救おうと、外国からの支援で浮浪児を保護する施設を経営している人々がいる。
「深夜特急」の主人公も、ボランティアと知り合って、ほんの束の間だけそんな施設で働いてみることになる。
彼は施設までトラックに乗って行くのだけど、たまたま保護されたばかりの幼い少女2人が、施設に入るためにいっしょに乗せられる。
身寄りがないわけではないのに、誰ひとり彼女たちの見送りにこない。
不可触民の親たちにとって、これは口べらしの方便なのだろうと、主人公は理解する。
この少女たちが、自分の運命に対して、絶望的なまでに無関心、無表情という描写には胸をうたれた。

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椎名誠さんの紀行記には、インドは神様がやたらに多いという記述がある。
日本でいえばお地蔵さんだとか、道祖神、台所の神様、厩の神様みたいな、あまりご利益のありそうもない神様が、街中のいたるところに飾られているらしい。
しかし救いようのないインドの状況を見ていると、神様は雁首さえそろえれば役に立つというものでもないようだし、むしろこの連中の存在が人々の無知を増大させているような気がしてならない。
わたしの無神論にますます拍車がかかりそうだ。

早朝の川べりで、大勢の人々が沐浴するすばらしい写真を見たことがある。
敬虔ということばがふさわしい感動的な写真だったけど、そこへ人間の死骸も流れてくるのだ。
わたしがけっきょくインドへ行かなかったのは、そんな景色を見たいと思わなかったからだ。

「深夜特急」を読むんじゃなかった。
タイで歓楽街を見て歩くぞというわたしは、これを読んだおかげで、自分がいかに下らない人間であるかをつくづく思い知らされることになってしまった。
自分は屑だ、ヘンタイだ、人間以下だ。
そうはいっても、いまから世界のためになにか貢献できそうもないわたしは、せめてタイでは品行方正な男でいるしかないようだ。

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