深読みの読書

2018年1月 3日 (水)

書斎派グルメ

夏目漱石は正月が苦手だったそうである。
正月になると頼みもしないのに年始の客がくる。
そういう客の酒の相手をしなければいけないのが苦痛だったそうだ。
その点、わたしみたいな偏屈は、年始に来ようっていう客もいないから気が楽だ。
好きなときにメシを食い、酒を飲み、あとは平和に読書三昧。
正月まえに図書館で借りてきた開高健の「眼(まなこ)ある花々」というエッセイ集を読んでいるんだけど、おもしろいし、いろいろ示唆される本である。

この本のなかに越前岬にある古い旅館のことが出てくる。
なんでも作者が『旅』という雑誌に、観光ズレしていない旅館を紹介してくれと頼んだら、教えてくれたところだそうで、座敷わらしでも出そうな雰囲気が、ひと目で気に入ってしまった宿だそうだ。
最初のエッセイでは宿の名前が出てないけど、時代をこえて作家のいろんな時代のエッセイを集めた本なので、あとのほうのエッセイに、たぶん同じ宿であろうという旅館が、こちらはちゃんと名前入りで出てくる。

なにしろグルメで有名な作家だから、宿のご馳走の描写がハンパない。
思わず生つばゴックンというくらい、越前ガニやらツブ貝やら北の海の幸のてんこ盛りだ。

それにしても、わたしは少食かつ偏食なので、山盛りの珍味を出されても困ってしまう人間なのに、グルメ紀行がおもしろいというのはなぜだろう。
でもよく書かれた本なら、むかし読んだ邱永漢さんの本もおもしろかったし、こういうのを書斎派グルメというんだろうな。
「日本百名山」を書いた深田久弥が、書斎で山に関する文献をあさっている人も立派に山男の資格があるといってるけど、わたしの場合、食べものも釣りもみんな部屋の読書ですませてしまう。
安上がりでいいいかもしれない。

でも、こういう本を読むと、ひとつ出かけてみようかと、費用のことは考えもしないで、すぐその気になるのがわたしのわるいクセだ。
旅館の名前はわかっているのだから、ググッてみた。
残念ながら、作家がこのエッセイを書いたのは、いまでは遠くなりにけりの昭和のことなので、その旅館はとっくに今ふうに改築されていた。
でも越前ガニの味が昭和と平成で変わるわけもあるまい。
ひとつ強靭な胃をもっている人間を誘ってみるか。
でもねえ。
わたしの知り合いには、胃袋だけは相撲取りなみの人間もいるけど、あいつ、糖尿の薬飲んでるもんな。
やっぱりひとりで行くしかないか。

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2017年12月25日 (月)

1Q84のその後

沖縄からの帰りに飛行機の中で、村上春樹の「1Q84」を読んでみたということは、このブログに書いたことがある。
先日、図書館に行ったとき、べつに読みたい本もなかったので、文庫のこの本を取り上げてみた。
ちらりと目を通してびっくり仰天。
以前読んだものとまったく内容が異なっていたのだ。
これはいったいどうしたことか。
なにかのまちがいなら、以前の、あまり好意的でなかった書評を書き直さなければならないかもしれない。

調べてみたら原因がわかった。
わたしはこの本が、文庫本にしてせいぜい2冊ていどの本かと思っていたけど、じつは全部で6冊あり、それが2冊ずつペアで1部、2部、3部に分かれ、それぞれに前編後編があったのだ。
つまり前編だけで3冊あるわけで、そそっかしいわたしが借りてみたのは2部の前編、沖縄の帰りに読んだのは1部の前編だったというわけだ。

だからべつに書評を書き直す必要もなく、好意的に思えないのは以前のまま。
ちらりと目を通して思ったのは、場所や時間などの具体的な固有名詞が出てこないのが現代小説なのかなということ。
こういう点では時代小説というのはエライ。
文化文政の江戸小伝馬町というように、具体的な名詞が出てこない時代小説があるはずがなく、そのへんでいいかげんなことを書けば、歴史マニアからすぐにつっこまれる。
三谷幸喜クンの歴史ドラマでは、坂本龍馬と新撰組の近藤勇が、同時に黒船を見物するという場面があって、そんなバカな設定があるかと物議をかもしていたけど、彼のドラマはSFみたいなものと覚悟していれば腹も立たない。

「1Q84」にはつっこみどころがない。
ほめているわけではなく、現実に存在する固有名詞がほとんど出てこないのだから、つっこみようがないのである。
こういう点では三谷幸喜クンのほうが、不真面目であっても、いちおう歴史に立脚しているということで、作家としては大変な仕事をしているといえる。

森鴎外の歴史小説を読んでみよ(金がないならネット上の青空文庫で読め)。
「阿部一族」にしても「護持院原の敵討」や「堺事件」などにしても、冒頭に当時の歴史的背景、登場人物の官職名、屋敷の配置などが不必要なくらい詳細に書き込まれ、それだけで小説の立体感をぐんと増している。
当代の作家にそれを望むのはムリだけど、いつのどこだか曖昧な場所で、生まれも育ちも知れない人物が活躍する話なんて、SF小説よりひどい。
これをもって清閑なリリシズムとか、奇妙なユーモア感覚などと屁理屈をつけるのは勝手だけど、やっぱりわたしは村上春樹を読む気がしない。

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2017年12月 5日 (火)

盲目物語

昨夜は青空文庫で、谷崎潤一郎の「盲目物語」を読んでみた。
ひらがな多用で、ひじょうに読みにくい文章だ。
新人類のわたしにはちとまだるっこしいけど、ひらがなが多いというのは、平安時代の女流作家の文章みたいである。
そういえば全体的に女性的な文章で、作者の意図もそのへんにあったのかも。

内容は戦国時代のお話で、織田信長の妹で、そのころ絶世の美女とうたわれたお市の方に仕えたあんまのひとり語りである。
お市の方は最初は備前の浅井長政に嫁ぎ、彼が信長に滅ぼされると、つぎに越前の柴田勝家のもとに嫁ぎ、最後は豊臣秀吉に攻められて亭主とともに死んだ、ということはこのブログに書いたことがある。
歴史小説として読むとおもしろいけど、ここでは視点を変えて、失恋した男の悲哀ということに的をしぼってみよう。
わたしも恋愛戦線に屍累々というタイプなので、その男の気持ちがよくわかるのだ。

男というのは、若いころ木下藤吉郎といった豊臣秀吉のことで、彼は織田信長の部下だったから、とうぜんお市の方のことを知っていた。
しかし彼は自分がイイ男でないことを自覚していたから、信長が生きているあいだは、とても主君に向かってその妹を嫁にくれとはいえなかった。
信長が本能寺で殺されると、なにしろ殿の仇討ちにいちばん功績のあった部下ということで、ようやく彼の出番が来る。
彼にも未亡人になっていたお市の方に求婚する権利ができたわけだけど、ここで秀吉の前に立ちふさがったのが、やはり信長旗下の猛将柴田勝家。
こうなるとどっちを選ぶかという権利は未亡人のほうにある。
イケメンでなかったことはどっちもどっちだったようだけど、それまでのいきさつもあり、お市の方は勝家のほうを選ぶ。
秀吉はお市の方の亭主だった浅井長政を滅ぼすのに功があり、なおかつ信長の命令で彼女の幼い息子を誅殺しているのだ。

いかに主君の命令とはいえ、自分が愛している女性の息子を手にかけるなんて。
いや、そればっかりは誰かほかの人間におおせくだされと、秀吉もいちどは命令を拒否するんだけど、しかし相手は北朝鮮の正恩クンにひけをとらない短気な暴君の信長だ。
そうか、そうか、おまえもエラくなったもんだなと信長にへそを曲げられ、とうとう彼はお市の方の恨みをかうのを承知の上で、泣く泣く子供を処分する。
あまり世間から同情されない秀吉であるけど、この部分にかぎってはわたしは彼に同情してしまう。

秀吉はジャパニーズ・ドリームを体現したひじょうに優秀な男である。
そんな男が、上記の理由で、自分が好きでたまらない相手をほかの男にとられる。
ああ、いまこの瞬間に、彼女はあの男に抱かれているのかと妄想する苦しみ。
わたしにとっては、このあたりが小説のハイライトだ。

それでも秀吉はじっと耐えた。
見ていろ、オレはあいつを滅ぼして、いつかかならずお市の方を手に入れてやる。
その言葉どおり、まもなく彼は勝家を攻め滅ぼしてしまう。
もっともお市の方までいっしょに死んだのは彼の誤算だったけど。

「盲目物語」では、あんまの口を借りて、このあたりの心理描写がねちねちと描かれる。
ご存知のとおり、秀吉は母親と瓜二つのその娘茶々を嫁にして、積年の思いを遂げるのだけど、げに男の執念は恐ろしい。
わたしの場合は、一方的にふられておしまいで、執念を発揮するヒマもなかったワ。

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2017年12月 1日 (金)

日本その日その日

昨夜は風呂の中でSFを読んでいた。
本のタイトルは「日本その日その日」である。
これは明治時代に異惑星に上陸した、ある博物学者の冒険をつづったものでというと、ふざけるな、このバカといわれてしまいそう。

じつはこれは、明治10年に新政府に招かれて来日し、東京大学で教鞭をとったエドワード・S・モース博士の、はじめて見た日本の見聞記である。
なにしろ明治の初期だ。
そこに見られる風物、特異な文化は、現代の日本人が見たって異質なものだっただろうから、猿の惑星なんかよりずっとおもしろい。
この本のすべてのページがおもしろいけど、とりあえず冒頭あたりを重点にしたブログのネタ。

夜間に横浜港に上陸して宿屋に入ったモースは、夜が明けるのをじりじりして待った。
この新しい土地でいったいどんなめずらしいものが見られるかという期待感からで、わたしが初めて大陸中国へ乗り込んだときといっしょ。
あのころはまだ中国の改革開放政策が始まったばかりで、日本と中国との格差は、ひょっとするとモースのころのアメリカと日本と同じようなものだったかもしれない。

朝になって付近を散策したモースは、さっそく人間杭打ち機を発見した。
わたしも子供のころ見たおぼえがあるけど、大勢の人間が輪になって、真ん中にある重りを引っ張り、歌をうたいながらドーンとそれを落とす。
“おっとちゃんのためならエーンヤコラ、おっかちゃんのためならエーンヤコラ” というのがその歌の歌詞で、美輪(旧姓丸山)明宏さんの「ヨイトマケの歌」に出てくる。

この機械を見てモースは、なんて不経済なことよとつぶやいている。
歌をうたっている時間ばかり長く、じっさいに重りが落下するのはその1/10にすぎないというのである。
でも日本にはむかしから、こういう悠長な仕事はたくさんあった。
日本に住んでいる外国人が植木屋を頼むと、お茶ばかり飲んでいてぜんぜん仕事をしているように見えないので、金を払わないと揉めることもあるそうだけど、これはまだまだ日本人が、時間や効率だけを労働の目標にしてなかった時代の習慣が残っているのだ。
ART的仕事には思索が欠かせないし、仕事をしているのは人間であって、仕事が人間を使っているわけではないということを、植木屋さんでも知っているのである。

こんなことを書いたのは、今朝のウチの新聞のオピニオン面にインスパイアされた部分もある。
そこで佐伯京都大学名誉教授さんが、社会主義のぼっ興と凋落について書いてるけど、現代ではそれが崩壊して、個人も企業も国家も、果てしない競争にのめり込んでしまったという。
わたしは古い社会の敗残兵なので、そういう社会は苦手だ。
まだ競争なんてなかった時代、日本はロシアや欧米とはまったく異なるアプローチで、人間中心の社会民主主義を実践していたんじゃないか。
そんないい時代を食い逃げするようで申し訳ないけど、老兵は消え去るのみ、グローバルな競争社会はつぎの世代におまかせする。

のんびりした社会だったけど、モースの本によると、ペリー提督がまた5カ月後に来るからなと日本を恫喝して去ったあと、日本人はそのあいだに大急ぎでお台場を構築し、大砲を備えた要塞を作ってしまったそうだ。
うん、やる気さえあればできるんだね。

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2017年11月 7日 (火)

佐藤愛子さん

今朝の新聞に小さなかこみ記事。
作家の佐藤愛子さんのエッセイ集が100万部を突破して、本人もとまどっているそうだ。
愛子さんというと今年94歳で、もう寝たきりになってんじゃないかと思っていたけど、あいかわらず意気軒昂で、毒舌をぶん撒いているらしい。

若いころ彼女の本をよく読んだ。
そのころすでに彼女は離婚して独身で、ひとり娘を育てながら、旦那のこしらえた借金の返済に悪戦苦闘していたはず。
ひとり娘の名前は忘れたけど、まあ、ググればすぐにわかると思うけど、メンドくさいから調べないけど、まだ高校生だったかな、それとも大学生だったか、なかなか可愛い娘で、この親子によるヨーロッパ紀行記がとてもおもしろかった。

そんな娘もとっくにおばさんになって、結婚しているなら、そのへんも調べないけど、すでに孫のいる歳になっているはず。
いちいち調べないのは、愛子さんの娘はどうでもいいからだ。

彼女の本が100万部なら、わたしのブログはもうすぐ30万だ→アクセスが。
わたしだって94歳まで生きてりゃ、10年で30万だし、人間は高齢になるにしたがって、ますます性格がひねくれて、記事も辛辣になり、もの珍しさもあるから、カウンターが急上昇することが期待できるので、100万ぐらい行くと思う。
そんなに長く生きているつもりはないけど、タブレットさえあれば、この記事だって寝ながら更新したくらいだし、しぶとく書き続けられるはず。
それで金が儲かっても、90超のじいさんじゃ使い道がないのが残念だ。

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2017年10月30日 (月)

内陸水路での小さな出会い

ずっとむかしにテレビを点けたら、たまたま日本人と欧米人がなにか対談をしていた。
ふたりともどこかで見た顔だけど思い出せない。
ただ、ひじょうに知的な顔をした欧米人に比べると、日本人のほうはどうしても貧弱である。
そのうちこの日本人は大江健三郎であることを思い出した。
ノーベル賞作家を貧弱といっちゃ申し訳ないけど、もう30年も前のことで、当時はまだ健三郎サンも若く、いまほど貫禄がついていなかった。

健三郎サンのことはいい。
このときの対談相手がアメリカの作家カート・ヴォネガットで、知的で魅力的な風貌の人だったことを記憶している。
こんなのと対談させられた健三郎サンのほうが気のドク。

風貌のこともいい。
先日、ヴォネガット原作の「スローターハウス5」という映画が放映されたので録画しておいた。
映画はざっと早送りで観たけど、難解で、つまりわけのわからないものだったので、これもいい。

わたしはヴォネガットのファンである。
といっても彼の小説はほとんど読んだことがない。
読んだのはサンリオ(現在はハヤカワに移ったようだ)から発売された「ヴォネガット大いに語る」というエッセイ集だけ。
こころもとない読書歴だけど、これを読んだだけで作者がそうとうの皮肉屋、諦観主義者であることがわかった。
ヴォネガットは大戦中にドレスデンで捕虜生活を送り、そこで連合軍の爆撃で街が壊滅するのを目撃した。
すぐれた知性が悲惨なものを目撃すると、皮肉屋になるのは当然の帰結らしい。

エッセイ集のなかでいちばんおもしろかったのが、「内陸水路での小さな出会い」という、文庫本で16ページほどの短編だった。
知り合いのクルーザーの回送を手伝って、米国の東海岸にある水路を航海したときの紀行記だけど、ちょっとした海洋小説のおもむきがある。
わたしはこれに匹敵する海洋小説を、メルヴィルの「白鯨」や、ジャンルは異なるけどダーウィンの「ビーグル号航海記」、さらに別ジャンルで開高健の「オーパ!」ぐらいしか思いつかない。

小説の感想文に頭を使っても一文にもならないから、これ以上説明しないけど、おもしろい海洋小説を読みたかったら「内陸水路での」を読んでみたらいい。
分量をパーセントにしたらほんのわずかなので、新品の本を買ってまで読めとはいわない。
図書館か、オークションで古本を探すこと。

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2017年9月29日 (金)

武州公秘話

まだまだ残暑はきびしいけど、秋の夜長はなにしよう。
今夜はヒマつぶしにネットの青空文庫で、谷崎潤一郎の「武州公秘話」を読んでいた。
小説というのは縦書きという先入観のあるわたしには、横書きの青空文庫はひじょうに読みにくいんだけど、それでもさすがは大谷崎の小説で、一気呵成に読み終えて、退屈をまぎらわすには好適。

谷崎潤一郎の作品には、古い文献から説き起こして、いつのまにか小説世界に導かれるという作品が少なくない。
この作品も妙覚尼という尼さんが書いた「見し夜の夢」という文献と、武州公に仕えた坊主の「道阿弥話」というふたつの文献が下地になっている。
もっともこれは小説のテクニックで、このふたつの文献がじっさいに存在するのかどうか、いきなり読み始めたわたしにはわからない。
たぶん存在しないんだろうと思うけど、そんなことはさておいて。

読み始めた当初は、いくらか偏執狂ぎみの主人公を描いたまじめな小説かと思ったけど、読み進んでいくうち、これって作家はユーモア小説のつもりで書いたんじゃないかと思えてきた。
最後につけ足された解説は正宗白鳥で、シリアスな作品であるとほめている。
エラい作家がほめているものに異論をとなえるのは勇気がいるけど、わたしは物語の後半で、ひとりで笑ってしまった。
谷崎潤一郎がシリアスな作品であるとほめられて、嬉しかったかどうか知らない。
そのくらいこの小説には奇想天外で、人をくったところがある。
あんがい作者も読者をひっかけるつもりで、ニヤニヤしながら書いていたんじゃないだろうか。

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2017年8月24日 (木)

折口信夫

今朝の新聞に作家の折口信夫(しのぶ)のことが出ていた。
今年は彼の生誕130年だそうな。
ただ、今日の新聞を読んだかぎりでは、はじめて彼のことを知った若い人が、えらい堅苦しい学者であると解釈して、それ以上の興味を失ってしまうことはまちがいがない。

折口信夫のことを理解するためには、リョーシキあるうちの新聞は伏せていたけれど、彼が同性愛者であったということを知る必要がある。
そんなことは文学や民俗学の研究とは関係がないという人がいるかもしれない。
しかし彼は釈迢空というペンネームを持つ詩人でもある。
わたしは彼の詩(短歌)をはじめて読んだとき、ひじょうに面食らった。
そして難解な詩だと思った。
けっしていい詩だとは思わなかった。

しかしその後その見方が一変したのは、彼と教え子の藤井春洋(男である)との奇妙な恋愛について知ってからである。
よくあることだけど、文学というものは作家の人生や、その苦しみを知ったのちにはじめて理解できるということが多い。
早い話が、彼が体育会系人間で、倒錯したところのぜんぜんないカタブツの文学博士だったら、わたしがその詩に感心することは永遠になかったと思う。

おまえも同好の士かいと思われちゃ困るけど、彼の詩からは異端者の悲しみや、孤独者の苦しみが感じられてしまう。
自分が世間からはみだした人間であるという自覚は、本人を苦しめるし、知らず知らずのうちに同じ悩みをかかえた仲間を求めるものらしい。

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2017年8月 3日 (木)

保導連盟事件

「火山島」という本を読んでいる。
これは戦後すぐに、韓国の済州島であった虐殺事件をモチーフにした本だけど、いや、大変な仕事になりそう。
ぶ厚いハードカバーの本に、虫メガネが必要な活字がびっしり。
しかもこれが7巻まであるという。
はたして読み切るか、それまで寿命が続くかってなもん。
ほんとうにひさしぶりに読みごたえのある本に出会ったなって感じだ。

まだ1巻を飛ばし読みしているところなので、とても内容についてどうこういえないんだけど、この本の背景を調べているうち、「保導連盟事件」という言葉を知った。
なんでも済州島の虐殺事件より少しあと、朝鮮戦争の最中におきた、これも韓国人が韓国人を大量に殺戮した凄惨な事件だったそうだ。
歴史の勉強が好きなわたしとしてはウカツだけど、この言葉をいままで知らなかったのはなぜだろう。

理由のひとつは、これは韓国の恥部というべき事件であり、現在は日本とも友好的な関係のアメリカも深くかかわっていることなので、これまで公けにされることが少なかったかららしい。
ちなみに司馬遼太郎の「街道をゆく」の韓国編でも、朝鮮戦争のことは出てくるのに、この事件のことはひとことも触れていない。

かんたんに説明すると、「保導連盟事件」というのは、日本から独立した直後、自由主義陣営につくか共産主義がいいかとまだ韓国内がもめていたころ、米軍占領下の南朝鮮(韓国)では、共産主義者やそのシンパを逮捕して各地の矯正施設に送っていた。
そこへ朝鮮戦争の勃発だ。
施設の共産主義者が暴動を起こすのではないかと恐れた時の大統領李承晩(と米軍)は、もっともかんたんな方法で決着をはかった。

共産主義者、その気のあるやつ、旗幟のはっきりしないやつ、これすべて皆殺しだと、虐殺は北朝鮮だけの18番じゃなかったのだ。
朝鮮戦争では侵攻してきた北朝鮮も、いたるところで残忍な虐殺をしているから、これは儒教の国の救いがたい宿痾かもしれない。
南京事件と同様で、保導連盟事件で殺害された人々の数は、数万から百万以上まで諸説ありだから、いまさらわたしがそれをうんぬんしても仕方がない。
ただ慰安婦問題にしても徴用工にしても、自らの問題にはふれようともせずに、いつになっても反日教育にばかり熱心という韓国人の姿勢には納得がいかないのである。

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2017年7月26日 (水)

火山島

友人から済州島へ行かないかと誘いがあった。
あいにくわたしは筋金入りの嫌韓家とみなされている人間だ。
といっても口汚く相手をののしるだけのネトウヨじゃない。
公平客観的にみても韓国の反日感情は理解できないということである。

そういうわけで誘いは留保してあるけど、一方でわたしは部類の旅行好き。
たとえばキライという理由だけで、その国に見向きもしない輩とは明確な一線を画すのである。
韓国についてもいろいろいわれていることが本当なのかどうか、この眼で確かめてみたい気持ちもある。
そういうわけで、いまうじうじと考えているところ。

かりに行くことになったら、そのまえに読んでおきたい本がある。
在日朝鮮人作家・金石範の「火山島」である。
済州島というと、昨今の若者は、景色のきれいなリゾートとしか考えていないんじゃないか。
旅行会社のツアー案内にも、景色や料理のことしか書いてないからいけないんだけど、じつはこの島には慰安婦もぶっ飛ぶようないまわしい歴史があるのだ。

それは先の大戦が終わり、日本が韓国から撤退し、朝鮮が南北に分断された直後の1948年のこと。
韓国の大統領というと李承晩の時代で、いまの若者はこんな名前も知らんだろうけど、まだ国の足もとが定まらず、国民も南北のどっちにつくか迷っていたころで、済州島でも世論はまっぷたつに割れていた(まだ新興の共産主義にも人気があったのだ)。
意見の相違が蜂起というかたちで火を噴いたのが、この年の4月3日。
これに危機感をいだいた韓国政府と米軍は、済州島に鎮圧のための軍隊を送り込んだ。

この事件で島民の1/5にあたる6万人が殺されたというからハンパじゃない。
しかも同胞あい食む悲惨な殺し合いで、このあたりは台湾に逃げ込んだ中国国民党が、台湾人を大量虐殺したのとよく似ている。
6万人という数は、日本との抵抗運動で死んだ韓国人よりずっと多いんじゃないか(大戦中の韓国人は日本軍に所属していた者が多いので、正確な数字がわかりにくいけど)。

こんな悲惨な過去があるにもかかわらず、いろんないきさつがあって、韓国政府はこれを黙秘し、もっぱら日本叩きに精を出してきた。
済州島へ行くならこの事件のこともきちんとなぞっておきたい。
この事件が、「恨」という言葉で象徴される韓国人の特殊な性格を説明してくれるかもしれないし、このとき日本に脱出した韓国人もたくさんいたというから、在日朝鮮人の問題を考えるヒントになるかもしれないのだ。
金石範の「火山島」は、この事件に材をとった小説なのである。

ということで、図書館からこの本を借りてきたんだけど、その第1巻の冒頭をちょいと読んだだけで、これがとてつもない大仕事であることがわかった。
ま、本についてはおいおいと。

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