聴きまくりの音楽

2020年10月16日 (金)

エリカさん

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すこしまえにアメリカの「チューバ・スキニー」というバンドについて書いたけど、彼らの映像を蒐集しているうちに、ニューオーリンズの路上で演奏する似たようなバンドで、「シェイク・エム・アップ・ジャズバンド」というバンドを見つけた。
女ばかり6人のグループである。
さまざまな人種が混在するアメリカだから、最初はとくに気にしなかったけど、メンバーのプロフィールを調べてみたら、トロンボーンの女の子は菊池ハルカという日本人だった。
チューバ・スキニーのシェイ・コーンも日本人の特徴をよく備えているし、大和撫子もけっこう頑張っているようだ。

ところでスキニーの歌手で、美貌のエリカって子、今年に入ってからほとんど演奏活動に参加してないね。
何年かまえに大きなお腹をかかえたまま太鼓を叩いていたから、あのときのベビーがそろそろ手のかかる年頃になって、子育てに専念することにしたのかもしれない。
わたしはなんとなくだらしない彼女の熱烈なファンだから、早くグループに復帰してほしいと思ってんだけど。

こんなことを書いて今日の更新は終わり。
これじゃアクセスが伸びないのはあたりまえみたいな気がするけど、こっちは素人だい。
一文にもならないことに、毎日せっせと励んじゃいられんよ。

添付したのは、なんとなくだらしないエリカ。

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2020年10月13日 (火)

ホフマンの舟歌

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録画したオペラ「ホフマン物語」を観た。
最初にことわっておくけど、わたしはオペラ初心者だから、このオペラをむかしから知っていたと思われちゃ迷惑だ。
わたしが知っていたのは、このオペラに挿入されている「ホフマンの舟歌」という曲のタイトルくらいだった。
教養のあるなしはこういうときにわかるのかもしれない。

オペラそのものは3時間もあるので、とりあえずその有名な歌の部分だけを聴いてみた。
「ホフマンの舟歌」は4幕目の冒頭でうたわれる。
聴くまえは、素朴な、どっちかというと男性的な歌だろうと思っていた。
「船頭小唄」みたいに、孤独な男の生きざまを切々とうたったものかもしれない。

ぜんぜんちがっていた。
これはレズっぽい女性ふたりが、妖しくからみあいながらうたう、じつに官能的な歌だった。

この舞台のヒロインはパトリシア・プティボンさんといって、けっして若い人じゃないけど、お人形さんのオランピアから、うたわない歌手のアントニア、高級娼婦のジュリエッタまで、ひとりで3役をつとめる。
お人形さんでは好奇心いっぱいのローティーンのようであり、娼婦ではベッドの上でウブな若者をやさしくリードする。
この人はじっさいにアルバイトで娼婦の経験があるんじゃないかと思ったくらいの名演技だ。

「舟歌」がすてきな曲だったので、わたしはリピートを繰り返して5回もぶっ続けに聴いてしまった。
それだけではもの足りず、YouTubeで同じ歌を探してみた。
アンナ・ネトレプコとエリーナ・ガランチャがうたっている映像が見つかったけど、それはオペラの舞台ではなく、演奏会のものだったから、女ふたりが並んでうたうだけで、ぜんぜん官能的ではない。
演技が加味されるだけで、魅力が倍増される歌というものも、この世のなかにはあるらしい。
オペラが品行方正なものだと信じている人が、いまでもいたら、認識を改めるべきだと、そんなことをわたしがいっても仕方ないけど。

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2020年9月27日 (日)

A Day in the Life

朝早く目がさめて、ベッドのなかでビートルズの「A Day in the Life」を聴く。
いつぽっくり逝ってもいいように、身のまわりの整理はしてあるつもりだけど、これを聴いて思ったのは、わたしの人生にもいろんなことがあったなあということ。
ジョン・レノンが死んでからどれだけ経っただろう。
初めてこの曲を聴いたのは、わたしがいくつのときだっただろう。
どうしてわたしの人生はビートルズと重なったのだろう。
と、さまざまな思いが去来するくらい、この1曲から受ける感銘は大きい。
じっと天井をながめる年寄りがひとり。

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2020年9月13日 (日)

またスキニー

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また米国の路上パフォーマー集団である「チューバ・スキニー」の話題で、できれば前回の記事と通して読んでもらえるとうれしい。

このグループにはまって、いませっせと彼らの映像を集めているんだけど、2009年ごろから始まって、YouTubeにアップされているその数はそうとうなものになるから、きちんと整理するのも大変だ。
そんな中にユニークな演奏があった。

例によって路上で自分たちのCDを売りながら、聴衆の投げ銭頼りの貧乏くさい演奏をしてるんだけど、たまたま通りかかったメキシコ人の楽団と、即興でコラボをするのだ。
日ごろディキシー風の演奏をしている、半分日本人のシェイ・コーンが、ここではスローなマリアッチを演奏して、聴衆からやんやの喝采をあびると、恥ずかしそうに顔をかくしている。
テクニックがどうのというまえに、こういう行き当たりばったりでも演奏してしまえるのが、ジャズ本来の楽しさなんだよね。
あらためてコーンの実力と、女の子っぽいしぐさ
を見た感じ。

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2020年8月29日 (土)

チューバ・スキニー

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深夜にYouTubeを閲覧していて、たまたま見つけた「チューバ・スキニー(Tuba Skinny)」というバンド。
むかしなつかしいディキシーみたいな演奏をする8人編成(メンバー数に変動あり)のバンドだけど、メンバーの年令もまちまちなら、服装もそのへんのおじさん、お姉さんみたいな垢抜けないファッションで、楽器もメッキのはげたコルネットや年季の入ったギターなど、貧乏な路上パフォーマーの集団みたい。
いちおうプロとしての活動もしてるみたいだけど、路上での演奏のあい間に自分たちのCDを売ったりしているから、音楽家もはたから見るほど儲からないのねと同情したくなる。

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むかしニューオーリンズあたりでは、葬式があるとそれっとばかりに素人の楽団が編成されて、威勢よく行進曲なんかを流して歩いたそうだけど、そういう伝統と雰囲気をよく感じさせるバンドだ。
メンバーのなかに紅二点の女性もまじっていて、ボーカルを受け持つ女の子はまあまあ美人だけど、太鼓に腰を下ろして、歌いながらドスンドスンとだらしなく太鼓を叩く。
コルネットを吹くころころした女の子は、モダンジャズ時代に知られたサックス奏者アル・コーンの孫娘で、なんと母親は日本人だそうだ。

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目下、このバンドにはまっている。
YouTube
には彼らの演奏がたくさんアップされているけど、ほとんどは路上演奏をファンが勝手に撮影したもので、見物人は自由に踊り出し、かたわらをどこかの赤犬がのそのそとうろつきまわる。
どうもやる気があるのかないのか、そのゆるい演奏がひじょうにおもしろい。

そんな野暮ったいバンドの彼らがフランスのジャズ祭で、別のバンドとコラボをしている映像があった。
別のバンドには、クラリネットやトランペットなど、スキニーとだぶる楽器があって、スキニーの奏者と共演をしたり、ふだんいないはずのベース奏者(これは本格的なプロ)がいて、スキニーのチューバと掛け合いをしたりする。
これぞジャズの醍醐味と、わたしは楽しければ見た目はどうでもいい主義だ。

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2020年6月 2日 (火)

マタイ受難曲

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「マタイ受難曲」という有名なクラシック曲がある。
ぶっ通しで聴くと、68ものパートに分かれて、3時間ぐらいかかる壮大な曲なので、わたしが聴くのはそのうちの2曲か3曲。
よく聴くのはオープニングの合唱曲と、
39番目のアリア。
このアリアはタルコフスキーの映画に使われていて知ったんだけど、彼女にふられてひとり畳をかきむしるような悲痛な曲である。

最近これをまた聴きたくなって、CDも持ってるんだけど、たまにはほかの歌手の歌で聴きたいというんで、YouTubeを当たってみた。
できればまだ最近アップされた画質の良いものがよい。
そうやって探して、1年ぐらいまえに公開されたオランダのバッハ協会による演奏を見つけた。
これをダウンロードして、さて、
39番のアリアを聴こうとすると

わたしが過去に聴いたものは、すべて女性のアルト歌手によって歌われている。
だからこのパートは女性によって歌われることになっているんだろうと、前述したように長い曲だから、早送りで、女性歌手が歌っているシーンばかりを探してみた。
ない。ない。

おかしいと思って、今度はこのへんだろうと思える部分を重点的に探してみた。
あった。
あったけど、歌っているのは男だった。
ティム・ミードさんといって、なかなかハンサムな男性歌手である。
女といわれてもわからない中性的な声なので、男が女のパートを歌ってもべつにかまわんけど、クラシックではこういうこともあるんだね。
初めて知ったワ。

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2020年5月 6日 (水)

廃墟とピアノ

SNSに悲鳴が飛び交っているという。
コロナで仕事もできず、出かけることもできず、パチンコ屋も休み、学校も幼稚園も休業じゃ、暗い家のなかで、家族全員でにらめっこをしてろというようなものだ。
困っているのはみんな同じだといったって、ハイ、そうですかと、かんたんに納得できない奥さんたちもたくさんいるだろう。
わたしみたいに普段から人付き合いのよくない人間だけが我が世の春だな。

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そういうわたしでも、テレビは再放送ばかりだし、YouTubeもさすがに見飽きた。
で、今日は部屋にクラシック音楽を流して、やらなくてもいい整理や飾り付けをしていた。
そんな状態で気がついたこと。
ベートーベンの好きでないわたしだけど、なぜか録画しておいたアレクサンドル・タローさんの、廃墟のなかで弾くピアノ演奏があって、こういうどうしようもなくヒマなときに聴くのに最適。
こんなご時世に、廃墟のなかってのがじつにいいねえ。

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2020年3月 8日 (日)

デジタル化

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YouTube で音楽映像を漁っているうち、たまたま以前このブログでも取り上げたことのある、レイ・チャールズのライブ映像に行き当たった。
スタジオでテレビ番組のために収録された
What'd I Say で、わたしは以前のときには画質は最悪だけどと書いた。
ところが同じ映像をまた観て、いっしゅん目を疑った。
画質がはっきりわかるくらい鮮明になっているのである。

これはダビングを何度も繰り返して劣化した映像と、オリジナル映像の差だろうという人がいるかもしれない。
そういうことを否定はしないけど、それよりもわたしは最新のデジタル技術で加工復元された映像なんじゃないかと思う。
オリジナルといっても、もともとは
1960年代半ばごろの、未熟なテレビカメラで撮影された映像のようだし、きれいな映像が存在するなら、もっと早くわたしの目にとまっていただろう。

現在のデジタル技術というのは、もはやわたしの世代をおいてけぼりにするほどめざましい。
それが映画の世界で初めて活用されはじめたころ、これでは俳優は失業するという悲鳴が聞こえたけど、もうすでにCGで描かれた俳優が、ぜんぜん違和感なしに活躍する映画もあるくらいだ。
ぼけた映像をシャープにするくらいお手のものにちがいない。

まあ、デジタルかアナログかの問題はどうでもよくて、過去の不鮮明な映像を現在の技術でよみがえらすというのはいいことだ。
それが歴史的な映像であれば、個人的アーカイブスとして、だれでも自分のパソコンに保存できるというのもうれしい。

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2020年2月10日 (月)

アラバマ・ソング

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昨夜のBSプレミアムシアターは「マホゴニー市の興亡」というオペラ。
録画するべきかどうか迷ったので、放映まえにいささか調べてみた。
なんでも娼婦やアル中が入り乱れる、まるっきり現代アメリカみたいな架空の都市を舞台にしたオペラだそうだ。
アメリカが舞台の古典オペラというだけでめずらしいけど、ソドムの市みたいに堕落した人間たちを描いたものらしいので、ある種の期待をいだいて早送りで観た。
なんで早送りかというと、ある種の期待の部分をとりあえず確認したかったから。

たまげたのは出てくる女に美人がいないこと。
男の裸が二ヶ所くらい出てきたけど、いずれも肉のたるんだおっさんであったこと。
そういう登場人物に、カメラをかかえたテレビクルーまで右往左往して、もうなにがなんだかわからないコンテンポラリー・オペラの一種。
あまりのおぞましさに視聴を放棄しようかと思ったけど、じつはもうひとつ確認したいことがあったのだ。

すでに団塊の世代にとって伝説になってしまったロック・グループのドアーズ。
早世したジム・モリソンのことを思うといまでも無念に思うけど、いや、おかげで彼はわたしのこころのうちで神格化されたから、それでもいいかなと思うけど、彼の歌に「アラバマ・ソング」というものがある。
月夜の晩にお月さんを見上げながら独唱すると、なかなかいい調子の歌なので、わたしはカリマンタンに行ったとき、夜のボートの中でひとり口ずさんだことがある。

これってじつはドアーズの歌ではなく、クルト・ワイルというオペラ畑の有名な作曲家が作曲したものだ。
どんな歌か、いちいちオペラを通さずに聴きたければ、ロッテ・レーニヤが歌っている単独のこの歌が YouTube で聴ける(もちろんドアーズの歌も)。
レーニヤさんはクルト・ワイルの奥さんだった人で、どんな顔をしてるかというと、「
007ロシアより愛をこめて」の、靴に匕首をしのばせたコワイおばさんだ。
うん、わたしの知識はとどまるところを知らないな。

「マホゴニー市」こそ、オリジナルのこの「アラバマ・ソング」がうたわれるオペラなのだ。
このオペラとドアーズの歌ではだいぶ雰囲気がちがうけど、おかげでひさしぶりにジム・モリソンを思い出したのはよかった。

あとから追記/正直いってドアーズの歌をじかに聴いたのでは、意味がよくわからなかったけど、アラバマ・ソングは新開地に集結した娼婦たちが、新たに商売を始める場面でうたわれる歌だった。
どおりで女たちが卑猥ですさんだ風体なのも納得。
反体制を売り物にし、反社会的行動をいとわなかったドアーズが、この歌を取り上げたのも当然かもしれない。

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2019年12月25日 (水)

満州の丘の上

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先日、翻訳エンジンに触れたとき、顔見知りのロシア人がリンクを張った「満州の丘の上」というワルツについて書いた。
いい曲なのでわたしが独り占めするのはもったいない。
そこでこのブログでももういちどリンクを張っておくから、思う存分聴いてほしい(前回もリンクを張ったけど、今回はわたしの好きな別バージョン)。

これは日露戦争で死んだ兵士をうたった曲だというから、それを承知で聴けば感慨はまた特別だ。
この戦争では日本の兵隊もたくさんの屍を荒野にさらした。
歴史に詳しい人なら、満州の丘といえばまっ先に203高地の激戦を思い浮かべるだろう。
だからロシアを憎めといってるわけじゃない。
これが歴史というものだと、えりをただして聴いてほしいのだ。

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