壮絶の映画人生

2019年10月 2日 (水)

ウエスタン

Wes

録画してあったセルジオ・レオーネ監督の西部劇「ウエスタン」を観た。
これまでにも何度か放映されていて、なにをいまごろという映画だけど、今回もまたとちゅうで放り出した。
そんなに大騒ぎするような映画じゃない。
あのヘンリー・フォンダが悪役なのはいいとして、主役のマンダム男チャールズ・ブロンソンはいくらなんでも小粒すぎる。

ただ冒頭の部分を観て思ったこと。
やたらに脂ぎった顔のアップが出てくるところはマカロニ・ウエスタンだけど、これって米国で撮影された本物の西部劇のようだ。
なにしろウディ・ストロードとジャック・イーラムという、脇役でおもて看板を張れる有名な役者が出ていて、これが二人ともタイトル・クレジットの直後に、あっという間に撃たれておダブツ。
もったいない。
二人とも、たまたま撮影所のまえを通りかかって、ちょうどいいや、ちょっと出てくんないかと頼まれたちゃったんじゃないか。

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2019年9月13日 (金)

映画「東京裁判」の3

Ts05

公判中に被告同士の対立もあったそうだから、中には生きのびるために、工作や裏切りをした者もいた。
その甚だしいのが右翼の論客とされた小川周明で、彼は狂人をよそおって裁判を免れた。
映画のなかに、彼が東條英機の頭をうしろからペタンと叩く場面がある。
ホントに狂言だったのか意見の分かれるところらしいけど、ウィキペディアによると、彼はほとぼりの冷めたころ、ぬけぬけと翻訳や農村復興運動に励んだとある。

東京裁判から逃げおおせたのは石原莞爾や大川周明だけじゃない。
辻政信という、本来なら東京裁判で極刑に処されて不思議でない人物がいた。
彼は戦争が終わったあと国内外に潜伏し、戦犯裁判が終了してから姿をあらわして、体験談を書いてベストセラー作家になり、ついには政治家にまでなったという、波乱万丈を絵に描いたような人物である。
最後は東南アジア訪問中に行方不明になったけど、こういう要領のいい人間には、おそらく戦争中の恨みをもつ人間に、ジャングルの奥で殺されたんだろうと考えて、せめてものウサを晴らすしかない。

Ts17

アメリカの裁判では、よく司法取引ということがある。
たとえば被告のなかから特定の人物を選んで、罪に問わないから他の被告について証言しろというもので、ようするに仲間をチクらせて、裁判を検察側に有利に運ぼうというものだ。
日中戦争の初期に謀略家として名をはせた、陸軍の田中隆吉なんかこのケースだったかもしれない。
彼はかっての仲間たちの罪をあばくのに大きな貢献をして、世間からだいぶ後ろ指さされたようだけど、それが保身のためだったか、あるいはなんらかの使命感にもとづいたものか、わたしにはわからない。

この裁判で被告たちの内輪もめがあったのは、ほかに海軍大将だった嶋田繁太郎と文官の東郷茂徳や、天皇の側近だった木戸幸一と軍人たちのいがみ合いがある。
しかしもちろん戦後生まれのわたしに、どっちが正しいのかシロクロがつけられるわけがない。

Ts10

もしもこの映画が、東京裁判の直後に作られていれば、連合国側を激怒させていただろう。
じっさいには映画製作は、裁判の40年近くあとで、敵も味方も冷静になったころだ。
わたしはそれからまたさらに、30年以上あとにそれを観ているのだから、戦争当事者とも、映画製作者ともちがった感慨があっておかしくない。

かってそこに戦争があった。
いろんな人の いろんな人生があった。
いまはみんな死んで、みんな死んで、苔むした墓石が残るだけ。
罪びとなんかいるはずがない。
みんなそれぞれ、自らに科せられた人生を生きただけではないか。
いったいだれが彼らを責められようか。

Ts11

最後に天皇の責任追及がどうなったのかという点について書いておこう。
映画のなかに、昭和天皇がマッカーサーを訪問し、その真摯な姿勢に米国の最高司令官は感銘を受けたとある。
疑い深いわたしはそればかりじゃないだろうと思う。
映画「ニュールンベルグ裁判」では、東西冷戦の勃発で、被告たちは、ドイツを味方につけたいアメリカから手ごころを加えられることになる。

東京裁判でも同じこと、日本を味方につけたいアメリカは、天皇を利用することの利点に早くから気がついていた。
映画のなかに、天皇の戦争責任を問いたいウエッブ裁判長と、それを回避したい首席検事のキーナンの対立がある。
戦勝国同士で意見が食い違うなんて、話がややこしいけど、天皇の無罪は最初から既定のコースだったのだ。

人間を生かすも殺すも、そのときの政治情勢次第だなんて、やっぱりわたしたちは歴史に翻弄される木っ葉みたいなもんじゃないか。
戦争を知らないわたしの、「東京裁判」を観ての感想はこんなものである。

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2019年9月12日 (木)

映画「東京裁判」の2

Ts14

映画を観るまえに思ったのは、生きて虜囚のはずかしめを受けずと力説していた軍人たちが、なぜおめおめ生きのびて裁判にのぞんだかということだった。
もちろん、中には東條英機のように自殺未遂や、逮捕されるまえに自決した者もいるけど、ほとんどの被告は生きて裁判にのぞみ、彼らの全員が無罪を主張した。
しかしこれは日本人が初めて経験する、米国方式の裁判の慣例に従ったにすぎない。
すなおに有罪を認めようとして弁護士に押しとどめられた被告もいたのだ。

Ts15

興味があったので、わたしは映画を観ながらグーグルと首っぴきで、東京裁判の被告たちの運命をなぞってみた。

荒木貞夫 = この人は作家の司馬遼太郎に、大将の器ではないと評価されている人だけど、この裁判では罪状認否のさいに余計な自説までとうとうと述べていた(余分な部分はあとで削除されてしまったらしい)。
これも当時の日本人が米国式の裁判になれてなかったせいだろう。

板垣征四郎 = 満州関連の戦犯というと、わたしは彼と石原莞爾、土肥原賢二らの名前がすぐ浮かぶ。
ところで板垣と土肥原は訴追されたのに(両名とも死刑)石原の名前は戦犯名簿になかった。
ウィキペディアによると、なんかずいぶんいいかげんな理由で石原は訴追をまぬがれたそうである(ホントなのかしら)。
戦争責任の多くは日本陸軍にあったというのが戦勝国の見方で、陸軍軍人であり、満州事変にも深く関わった石原が戦犯指名を受けていたら、彼も極刑をいいわたされていた可能性がある。

Ts16

「落日燃ゆ」の広田弘毅 = 彼は東京裁判の被告のなかで、ゆいいつの文官とされているけど、ひとことの弁解もせずにしゅくしゅくと死刑台に登った。
彼の死刑判決には疑問をもつ者も多かったようで、ようするにひとりぐらい文官からも出さないとまずいんでねえかと、そういうふざけた理由で死刑になってしまった人のようである。
わたしは城山三郎の小説を読んでないんだけど、彼の妻も裁判中に自決したというから、ほかのおおかたの軍人よりもいさぎよいくらいで、これはあるいは、バカ正直な人ほど損をするという典型的な見本かも。

重光葵 = 戦艦ミズーリ上で降伏文書に、日本代表として調印したことで知られているけど、彼も文官で、それ以前に外交官を勤め、外国に友人知人が多く、なんで戦犯に指名されたのかだれにもわからからなかったそうだ。
ということで懲役7年(とちゅう恩赦)という、冗談みたいな判決になった人。

Ts13

東條英機 = この裁判で最初から非難の矢面に立たされ、いまだに中国や韓国から鬼だ悪魔だとののしられている人。
おかげで他の被告からも敬遠され、映画のなかでも孤独感がしみじみ。
これじゃスタンリー・クレイマー監督の映画「ニュールンベルグ裁判」の、パート・ランカスター扮する法務大臣ヤニングの役割だな。
いっておくけど、日本はドイツほど(そしてソ連や中国ほど)個人に権力が集中する国じゃなかった。
軍部のなかに東條英機を毛嫌いする者もいたし、けっきょくみんなの意見を四捨五入して、まあ、ほかにいないからなと消去法で首相に推挙されたようなものじゃないか。
戦後70年の日本人からすると、彼ひとりに全責任を負わせるのはひどすぎるような気もする。

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2019年9月11日 (水)

映画「東京裁判」の1

今年の終戦の日あたりに「東京裁判」という古い映画を観て、そのとき感想文を書こうとしたものの、なにしろ4時間半もある映画だし、うかつなことを書いて右翼や左翼から攻撃されてもつまらない。
それでそのままほっぽらかしにしてあったんだけど、その後、ときどき思い出したように書きつづっていた駄文が、ようやくまとまったので公開する。
あいかわらずヒマね、わたしって。

Ts01

「東京裁判」を観るまえに心配だったのは、監督の小林正樹という人が、ちょっと左翼がかった人だと思い込んでいたので、映画も朝日新聞あたりが喜びそうなものになっているのではないかということ。
しかし結論を先にいうと、偏向を問題にするような映画ではなかった。
このていどなら、いまでもNHKがよくやっている、戦争ドキュメンタリーとたいして変わらない。
ただ、戦争の記録映像はテレビなどでよく見かけるけど、ほとんどがあちらこちらの戦場から集めた断片的なもので、この映画のように一貫した主題にそって並べたものを見られるのは貴重だった。

Ts02

わたしは戦後生まれで、戦争とはまったく関係なく生きてきた人間だから、70年もまえの裁判の結果に文句をいったり、是非を論じる資格がない。
この映画にはたくさんの証人が登場するけど、たとえばかって満州帝国の皇帝だった溥儀、彼が何か証言しても、すでに戦争は決着して戦勝国による裁判が始まっているのだ。
彼が正直に事実を述べたという確証はない。
バターン半島で虐待を受けたという米兵の証言は、それを実際以上に誇張していたと考えてもおかしくない。
証拠も証人も疑えばキリがないし、とにかくいまとなっては何もわからないのだ。
だからここでは裁判の結果や、個々の被告の罪についてはいわないことにして、東京裁判をもうすこしべつの視点からながめてみよう。

Ts03

東京裁判については、いまだに勝者が敗者を裁く不公平なものだったという人がいる。
しかしこの裁判にかぎれば、起訴された者が21人。
そのうち死刑の判決を受けた者が7人。
だれかが責任を取らなければいけないとしたら、この数は多いか少ないか。
かりに東京裁判がソ連の主導で行われていたら、死刑はもっと増えていたかもしれない。

Ts04

裁判全体をながめると、最初の陳述、まず裁判の正当性を問う日本側の質問は、ハナっから無視しようという意図があったようである。
裁判長はウェッブというオーストラリア人だけど、あとで述べるように、最終的に東京裁判から逃げおおせた被告も何人かいた。
それがけっきょくうやむやになったのだから、多少の不備や不満は無視して、さっさと仕事を片付けようという裁判だったように感じてしまう。
しかしそんな裁判長を罵倒して退席をくらうアメリカ人弁護士もいたくらいだから、弁護団は被告たちの弁護に全力を尽くしたといっていい。

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2019年8月18日 (日)

東京裁判

Ts00

終戦の日に新聞に「東京裁判」という映画の記事が出た。
監督が小林正樹で、終戦のおりの天皇の玉音放送を、そっくり5分間も流すかどうかで揉めた映画だそうだ。
1983年の映画だけど、わたしはこの作品を観たことがない。

小林正樹というと、「人間の条件」や「上意討ち」などの作品で知られる、まあ、日本の基準では巨匠といっていい人である。
確たる証拠はないものの、わたしはいくぶんか左翼思想をもった人だったと思っていた。
そういう人が作った映画だと、朝日新聞が喜びそうな映画になっているのではないか。

そのあたりに興味があったので調べてみたら、うまいことにこれが YouTube にまるごとアップされていることがわかった。

「東京裁判」と聞くとまっ先に思い浮かぶのが、スタンリー・クレイマー監督の「ニュールンベルグ裁判」だ。
どちらも先の大戦終結後の戦争裁判を描いているけど、決定的に異なるのは、「ニュールンベルグ」のほうは事実をもとにしたドラマであるのに対し、「東京」のほうは記録映像を集めた純然たるドキュメンタリーであることだ。

ほかにも「ニュールンベルグ」のほうで裁かれるのは、戦争当事者ではなく、ナチス・ドイツを背後からささえた法律家たちであり、「東京」のほうは、東條英機を筆頭とするA級戦犯たちであることなどがちがう。
なかなか気骨のある映画らしいので、じっくり観てブログのネタにしようと思ったけど、なにしろこの映画、ぶっ通して観ると4時間半もかかるのだ。

そういうわけで、感想は明日かあさってになりそう。
請う、お楽しみに。

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2019年7月18日 (木)

またまた2001

2001

夕刊の1面に「2001年宇宙の旅」の大きな文字。
またあの映画についてなにか新事実かいと思ったら、よく見ると
2001年ではなく2019年になっていて、現在の宇宙旅行の進捗度がどのへんまで来たかという話題だった。

そんなことはどうでもいいことだ。
民間のシャトルが宇宙ステーションまで往復する時代がもうすぐ現実のものになるとしても、わたしがそれを見ることができないのはほぼ確実。
わたしはスペースチャイルドになって、あの世から地球と宇宙船をながめよう。

終活中のわたしのこと、そろそろ生涯最高の映画を1本選んでもいいかもしれない。
となれば「
2001年宇宙の旅」が真っ先の候補であることは間違いがない。
現代の映画事情では、これをしのぐ映画が出てくるとは思えないし、わたしの感受性もだいぶ乾いてカサカサになってきてしまったので。

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2019年6月 1日 (土)

スィート・チャリティ

Sc01

じつはわたしのバレエに対する興味は、昨日今日に始まったわけじゃない。
若いころ「スィート・チャリティ」という映画が封切られて、たまたまテレビでその予告編を見たことがある。
これはシャーリー・マクレーン主演の、よく出来たミュージカルで、この映画の中に劇中劇のようなかたちで、一風変わったダンス場面が出てきた。

当時はまだ田舎者のおもかげを色濃く残した青少年だったから、なにも知らなかったけど、これはこの映画の監督でもあったボブ・フォッシーが振り付けた、コンテンポラリー・ダンスだったのだ。
このころすでに隆盛を極めていたMGMのミュージカルについては、若いころのわたしはそういうものが苦手で、映画のダンスシーンというと、せいぜいアン・マーグレットやプレスリーの映画を観たくらい。
そういう奥手の少年にとって「スィート・チャリティ」のダンス・シーンは衝撃的で、あわてて劇場まで本番を観に行ったくらいだ。
このダンスシーンはいま観てもまったく古びてない(YouTubeに上がっているから興味のあるお方はこちらから)。

ひとつ不思議なのは、ボブ・フォッシーという振付師、ほかにも「キャバレー」「シカゴ」などの振り付けを担当していて、その方面ではかなり有名な人であるのに、わたしが集中して読んだバレエに関する本にほとんど名前が出てこないこと。
分野が違うのかもしれないけど、「ウエストサイド物語」のジェローム・ロビンスの名前は何度か目にしたことがあるのだ。

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2019年5月 6日 (月)

いま鑑賞中

Gw

いま「風と共に去りぬ」を観てるんだけど、これも古きよき時代の映画だよなあ。
といっても褒めているわけじゃない。
むかしはこのていどの映画でも大騒ぎしたのかって、へんな意味で感心しているだけ。
監督のヴィクター・フレミングもそれほど大監督ってわけじゃないし、ヒロインのヴィヴィアン・リーの演技もやたらにオーバー。

でもこの映画に古くささしか感じないからといって、最近のアホらしいハリウッド映画に感心しているわけでもアリマセン。
やっぱり青春時代にキューブリックやジョン・ヒューストン、ハワード・ホークス、デヴィッド・リーン、エリア・カザン、ビリー・ワイルダーなどの傑作を観られたわたしが幸運なのかってトコ。

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2019年2月22日 (金)

ハッド

Hud1

昨日はテレビで映画「ハッド」を観た。
いい映画だとは聞いていたけど、観るのはなぜか初めて。
やはり生きている観られてよかったという映画だったねえ。

まだ理想主義が生きていたころのアメリカで、その見本のような生き方をする牧場主の親父と、それに反旗をひるがえす息子、両者のあいだに立って右往左往する孫。
この3人にきれいな家政婦がからむ物語なんだけど、苦心して育ててきた家畜を、親父がすべて口蹄疫で失うと、家族はばらばらになっていく。
うん、これはいいと、ブログ記事にまとめようとしたけど、わたしの頭のなかには観終わったあとの茫然自失のようなものが、まだ渦巻いているのだ。
なにか書くのはまたそのうちに。

ここはとうぜん、ネットから見つけた「ハッド」の写真を添付すべきところ、新しいパソコンがまだ届かないので困っている(その後ようやく来た)。
来週になったら、こっちから問い合わせなくちゃ。

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2018年12月27日 (木)

いちご白書

St04

わたしがジャンルにこだわらず、いろんな映画に興味があるという証明のために、わたしのライブラリーの中から、「いちご白書」 を取り出してみた。
これは1968年に起こった米国の大学紛争を扱った映画だけど、考えてみたら、この映画に登場する若者たちはわたしとほとんど同じ世代といっていい。
わたしは彼らと同時代を共有したわけだけど、それはいったいどんな時代だったのだろう。

1968年というと、米国の大学紛争が各国に飛び火し、日本も例外ではなかったころだ。
東大や日大で、ストだ団交だ内ゲバだと暴力が荒れ狂い、新宿駅では毎週のように投石デモが繰り広げられていた。
当時のわたしは東京に住み始めたばかりで、とある私塾の寮生だったから、幸か不幸か、そういう事件をリアルタイムで体験した。
友人のなかにも新宿駅へ石を投げに行って、機動隊にメガネをかち割られて帰ってきたのがいる。

ある日、わたしも新宿駅までデモの見物に行ってみた。
そのへんの路地から30人ほどの、ヘルメットにマスクのデモ隊があらわれると、周囲の大群衆から、いよっ、待ってました、ガンバレ!と声援が飛んで、ほんと、お祭り騒ぎ。
これっぽっちの人数じゃとても機動隊にかなわないと思ったけど、アホらしくなってとちゅうで帰ってきたから、彼らがその後どうなったのかわからない。
タノシイ時代だったよなあ。

ただわたしみたいな名門校でもないそのへんの私塾の学生からすると、大学生そのものが一種の特権階級に見えてしまい、学生デモに共感なんか感じられなかった。
しかもアメリカの学生ならベトナム戦争という、ヘタすりゃそのまま地獄行き、ヘタしなくても当時から格差というものは、いやおうなしに目に飛び込んできただろうから、校内でピケを張りたくなる気持ちも理解できるけど、日本の学生になに世間に文句をいう必要があるのか、まして革マルだ、中核だと激しいセクト争いをくりひろげるに至っては、わたしは完全に傍観者だった。

それから半世紀、そのころの騒ぎの結果はもう出た。
あの当時に大学生だった人たちは、死者さえ出した当時の混乱についてどう思っているのだろう。

St02

さて映画のハナシ。
見ているだけで楽しい女優さんがいると、たいていの映画は、それだけで最後まで観られてしまうという不真面目なわたし。
「いちご白書」 でわたしを惹きつけたのは、キム・ダービーという、むっちり肉体にあどけない顔がアンバランスな女優さん。
この映画の中ではミニスカートで登場し、パンチラがわたしのこころをときめかした、なんてことはどうでもいいか。

彼女は活動家であり、それにオルグされちゃうのがまじめなボート部の学生で、アメリカでも日本でも、体育会は保守的で右寄りという証明みたい。
彼は大学の学生寮にいるんだけど、部屋に女をひっばりこむえらい進歩的?な学生もいて、このへんは坪内逍遥の 「当世書生気質」 のころから、日本でも変わってないなあと思ってしまう。

St01_2

そんなことはべつにして、この映画がこの時代の空気をよく伝えていることも事実だ。
大学のなかにはアジ演説をする者、カルト宗教にかぶれたような学生もいて、まじめなんだかふざけているのかわからない。
こういう連中を一掃するために機動隊が導入される。
学生のほうはジョン・レノンの Give Peace a Chance なんか歌っちゃって、無抵抗主義。
そんな彼らに催涙ガス弾や警棒が容赦なくおそいかかる。
ラストシーンでの機動隊導入の混乱のなか、ストップモーションで静止した画面に、バフィ・セント=メリーの 「サークル・ゲーム」 がかぶさると、もうわたしって、いたずらに胸がじーんとしてしまうのよね。
あのころはわたしも人間が純粋だったって、しみじみ実感したワ。

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