旅から旅へ

2020年8月 5日 (水)

橋立鍾乳洞

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列車でもバスでも船でもそうだけど、自分はどっかと椅子に座り、景色のほうが流れていくという状態が好きである。
むかしシルクロードを旅したときは、長距離列車にいすわって、それこそ6時間でも12時間でも飽きずに景色を眺めていた。
ときどき別の乗客がやってきて、日本人とわかるとうるさく話しかけてくる。
せっかく景色を楽しんでいるのに、クソがあと思ったものである。

最近はひきこもりが多く、精神的にも内向するばかりだから、昨日はひさしぶりに西武線で秩父まで往復してきた。
もよりの駅から秩父まで片道
780円なので、リフレッシュするための費用だと思えば高くない。
とちゅうに景色のいいところがあったら、気のむくままに下車して散策してもいいんだけど、この沿線に詳しくないので、乗り鉄、もしくは撮り鉄専門で終わっても、部屋にいるよりは気分転換になるはず。

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というつもりで出かけたものの、やはりぜんぜん目的がないのもつまらない。
調べてみたら、秩父からすこし先にに浦山ダムというものがあり、その近くに鍾乳洞があるという。
ついでに歩くていどなら問題ない距離らしいので、そこへ行ってみることにした。

秩父市内で秩父線に乗り換え、浦山口というローカル色いっぱいの駅で列車を降りる。
秩父は
34ケ所の札所めぐりでも知られているところだから、この近くにもいくつかの札所があるらしかったけど、この駅から歩き出したのはわたしひとりだ。
これならステキに孤独な山歩きが楽しめるかもしれない。

集落をはずれると墓地があって、お墓分譲中の看板が出ていた。
墓なんか欲しいと思ってないくせに、あたりの環境が静かな点が気にいって、こういうところに葬られるなら悪くないと思う。

墓地を過ぎるとほんとうにひとりぼっちの林道歩きになる。
右下に渓流が流れているのが見える。
そういえば駅を出てすぐに◯◯キャンプ場という看板も出ていたから、休日ならこのあたりは混雑するのかも。
しかし平日では人っこひとりいるでもなし、鍾乳洞までは近いらしいけど、このようすじゃ飲み物の自動販売機もないかもしれない。
水筒も用意してないからしくじったかなと思った。

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しかしまもなく車も通れる道路に出て、なんと道ばたに、営業中というカフェの看板まで出ていた。
到着してわかったけど、目的地は秩父
28番札所の「石龍山橋立堂」というお堂になっていて、平日でも参拝者がけっこう多く、茶屋やカフェまであるところだった。
お堂の背後は見上げるような絶壁になっていて、なかなかご利益がありそうである。
鍾乳洞にも入ってみたけど、ただのせまい洞窟で、天井からぶら下がった石筍もあるわけでなし、腰をまげて登ったり降りたりするのは、運動不足のじいさんにはちと辛かった。

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洞内の撮影は禁止である。
ここに載せたのは、たまたまつまづいて、ショックでシャッターが切れてしまったのだと言い訳しておく。
幸いなことにストロボは点灯しない設定にしてあったから、光をきらう生き物に影響はないと思う。
よい子のみなさんは、むやみにつまづいてはいけませんですよ。

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腹が減っていたので、堂のまえの広場にある茶屋で手打ちソバを食った。
店は古民家のような建物で、ススぼけた茅葺きの天井を、内側から見上げられるユニークな造りだった。
客もけっこういたけど、車で来られるのだから、歩いてきたのはヒマ人のわたしだけのようだった。
お堂のまえにはほかにも数軒の茶屋があり、なかには「JURIN`s GEO」という、名物コーヒーや、美味しそうなアイスクリームを出す店もある。

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ふたたびローカル線の駅にもどる。
列車は1時間に1本だから注意すること。
最後の写真はローカル線駅のすぐ裏にあった祠で、最新こんなふうに鳥居のならんだ景色は外国人に人気があるのだから、もうちっと手入れをすればいいのにと思う。

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2020年7月15日 (水)

旅へのあこがれ

ロシア人美人ユーチューバーの安凉奈(アリョーナ )さんが、山梨や栃木のほうへひとり旅をして、えらく感動していた。
彼女のなかでは、旅先の風物の美しさもさることながら、若い娘がひとりで安全に旅ができるという、日本の治安のよさに感動する部分もあるようだ。
旅好きな女の子にとって、日本はほんとにうれしい奇跡の国だよな。

ところで、わたしのブログを振り返ってみたら、最近は「旅から旅へ」というカテゴリーに属する話題がとんとないねえ。
そりゃ仕事をリタイアして年金暮らしのじいさんが、旅ばかりってわけにはいかんけど、それでもまだ温泉旅行に行くくらいの予算はとってあるのだ。

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目下西武線沿線の案内をながめて思案投げ首。
これまでは中央線や京王線の沿線に住んでいたから、奥多摩や高尾山なんかにはわりあい縁があったものの、秩父方面というと記憶に残るのは、死んだら散骨してくれという知り合いと飯能に行ったこと、それ以前には秩父のシバザクラを見に行ったこと、さらにさかのぼれば、もと同僚の山登り仲間と西吾野の高山不動に行ったことぐらいだ。
もっともっとさかのぼれば、むかし四駆のジムニーに乗っていたころ、奥多摩、奥秩父をぜんぶ踏破してやるといういきごみで、秩父方面にも来たこともあるはずだけど、それは車だったし、記憶が混乱してかえってあやふやだ。

現在の住まいは西武線の沿線といっていいところなので、ひとつ秩父方面へ列車で日帰り旅行をしてみるか。
ただし、ここんところ天気がイマイチだ。
はやく梅雨が終わって、平日に鈍行でふらりと出かけ、気に入ったところでぽいと列車を下りる。
そんな旅がしてみたい。
まだまだあの世に持っていく思い出を、ため込む時間は残っているはずだ。

添付した写真は高山不動にて、わたしのもと同僚のひとり。

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2020年2月16日 (日)

中国の娘

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この子はだーれ、だれでしょね。
なんなんなつめの花の下・・・・

いつのまにかわたしのもうひとつのブログが見られなくなっちゃって、原因は最近絶不調の孫正義サンが、ヤフーのブログを廃止しちゃったせいだけど、ま、そちらに載せていた中国紀行記はもう役割を終えたようなもので、最近はぜんぜん更新をしてないから、わたしもあまり未練はない。
でもそちらの紀行記に載せていた、たとえばこの女の子の写真が見られなくなるのは悲しい(でしょ・・・・ ですといって!)。

仕事をリタイヤしたすぐあと、ブログのひとつが整理だなんて、これもなにかの縁かもしれないから、今度は現在進行形のこっちのブログで、たまに中国の思い出をなぞっていくことにする。
わたしの人生に、もし輝いた瞬間があるとしたら、若いころの中国の旅しかないのだから。

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ところでこの女の子は、中国の西域、新彊ウイグル自治区にあるクチャという街で、遺跡の説明係をしていた漢族の娘だ。
遺跡というのは砂漠のまん中にあるキジル千仏洞のことで、漢族というのはいま世界中からきらわれているきっすいの中国人のこと。
漢族の娘がどうしてこんな辺境で仕事してんのとおどろいたけど、出身地を尋ねたら、なんと東北の黒竜江省(かっての満州)だというので、さらにおどろいた。

その後、だんだんにわかってくるけど、新疆で働く漢族の数はひじょうに多い。
これは占領した土地に自国民を送り込んで、占領を確固たるものにしようという国の方針かもしれず、だとしたら侵略だなんて騒ぐ人がいるかもしれないけれど、列車のなかでは逆に、北京に出稼ぎに行ってきたというウイグル人の踊り子に出会ったこともある。
わたしは大陸の人たちの行動範囲の広さに、どぎもを抜かれたというのが正直なところだった。

思い出をなぞるといっても、そのままでは内容がいちど書いたものと重複してしまうだけだから、可能なかぎり、わたしが行った土地の現在の状況を交えよう。
わたしがクチャという街に行ったのは西暦2000年のことだから、それからすでに20年が経過した。
発展いちじるしい中国のこと、新疆も大幅に景色が変わったのではないか。

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気になるのは、わたしがクチャを訪問したあと、2007年に新疆でウイグル人の大規模な暴動があったこと。
あの娘もゴタゴタにまきこまれて、首でも切断されていやしないかと心配になり、その後のキジル千仏洞について調べてみた。
ネットで見つけたこの写真は
2010815日のもので、日本人の坊さんをまじえて、ウイグル人たちも笑顔を浮かべているから、それほどひどい事件はなかったようだ。
安心して、ときどき思い出をなぞることにする。

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2020年2月12日 (水)

田舎の京劇

コロナのおかげで自室に幽囚状態の、中国人の知り合いが不憫である。
そこでヒマつぶしに観たらどうだと、わたしの知っている中国映画を何本か紹介してやった。
中国ではわりあい気前よくネットで映画が観られ、紹介した映画もほとんどネットで公開されているのである。
日本からでも観られるけど、日本語の字幕はついてないから、それなりの覚悟は必要だ。

中国人に中国の映画を紹介するってのもいい根性である。
じつはわたしがいかに中国映画にも造詣が深いかという、わたしの知識をひけらかす意味もあったというのが本音。

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そんな一本に、陳凱歌監督の「覇王別姫(ハオウベッキ)」があった。
ついでというかなんというか、わたしの中国旅行をつづったヤフー・ブログが、孫正義サンの都合で勝手に終了して見られなくなってしまったので、公開できずにいたちょっと変わった写真も紹介してしまおうと思う。

「覇王別姫」が製作されたのは1993年で、これは改革開放政策が軌道に乗ったころだ。
ということは、わたしが中国へ通い始めたばかりのころである。
映画は3時間ちかい大作で、傑作といっていいものだけど、内容は男同士の愛情(友情ではない)を描いたものなので、そういう世界に興味のないわたしにはなんとも批評しにくい映画だ。
最近、世間ではこういうのもブームらしくって、いつだったか、夜中にテレビを点けたら、NHKでも男同士が濃厚なキッスシーンを繰り広げていた。
え、おい、天下の公器が。

映画のはじめのほうに指が6本ある男の子が出てくる。
めずらしくない。
むかし、わたしが乗った香港のタクシー運転手にもそういう人がいた。
公害や枯葉剤の影響かもしれないけど、戦乱や内乱に明け暮れた中国では、彼もまたあたふたと大陸を脱出するのに忙しく、手術する機会もないまま大人になってしまったのだろう。

じつは日本でも病院で出産があると、医師はまず新生児の指の数をかぞえるそうである。
余計な指や、お尻に尻尾がはえていた場合、生まれてすぐに切断してしまうから公けにならないだけで、そういう子供は一定数いるらしい。

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映画の話にもどるけど、この男の子は母親によぶんな指を切断されたあと、京劇の劇団に役者のたまごとして売られてしまう。
いまでこそ役者といえば花形だけど、当時の中国では食い扶持を減らすための方便にしかすぎず、同じような悲惨な境遇の子供を描いた映画では、「變臉 この櫂に手をそえて」という秀作があった。
今はそんなことはないと思うけど、こういう映画で過去にさかのぼってみるかぎり、芸をしこまれる子供の境遇は、サルやイヌとたいして変わらなかったようだ。

わたしは上海で雑技団のサーカスを見たことがある。
小さな子供が椅子を
7つも8つも重ねたうえで逆立ちするのに度肝を抜かれたけど、あれも、できなきゃ晩メシは食わせないという、非人間的な訓練のたまものだったかもしれない。
そういう子供が日本の、ピアノやバレエを習わせられるような、幸せな家庭の子供だったとは思えないのである。

1999年にわたしが鄭州という街に行ったとき、郊外で野原に天幕をはったお粗末な京劇の舞台を見た。
めずらしい写真というのはこれで、日本の田舎芝居みたいにおおらかで、けっこう人気のあるもののようだった。
急速に発展する中国では、田舎芝居も廃れゆく運命だろうけど、それでもこっちからは上記のような悲劇性を感じないのはよかった。

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2018年11月29日 (木)

伊良湖岬/伊勢神宮

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不承不承みんなにくっついていった伊勢神宮だけど、参道まで行ってちょっと奇妙な感じがした。
20年まえに来たはずだけど、あたりの景色に見覚えがない。
参道の両側には古風な造りのみやげもの家やレストランが軒を接しているのに、以前にはそんなものはなかった。
おかしいじゃないかと、帰宅してから調べてみた。

20年まえに来たときは串本に行くつもりが、急遽予定を変更して、たまたまバスを降りたら目の前に見えた伊勢神宮に飛び込んだんだけど、同じお伊勢様でもこれは外宮のほうで、今回わたしたちが参拝したのは本宮だったのだ。
徒然草の “すこしのことにも先達はあらまほしきことなり” を地でゆくわたしのうかつさだ。
でもまあ、生きているうちに真相がわかってよかったと、負けおしみをいっておく。

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参道に参拝者は多かった。
人間ぎらいの当方としては、まず人混みにへきえきしてしまう。
こんなところで家内安全、無病息災を祈ったり、宝くじが当たるようにと念じたって、競争相手も多いのだ。
わたしみたいなバチ当たりは、ご利益の優先順位もずっと後ろのほうに決まっているし、この歳までとくに不満のない人生をおくってきた人間に、いまさらなにを祈願しろというのか。

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それでもなんとか本殿までやってきた。
ここで伊勢神宮についてなにか書かなくてはならない。
しかし外宮が本宮であっても、興味がないのはいっしょだから書きようがない。
そもそも伊勢神宮が日本の神社の総元締めだなんてことも、帰宅してから初めて知ったのだ。
おまえはそれでも日本人かといわれてしまいそう。
仕方がない。
興味のないことには徹底的に興味がないのがわたしの性分なのだ。
ヘビだとかトカゲ、カエル、魚、昆虫なんかには興味があるんだけどね。

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だからまた参道の写真をならべてごまかす。
参道ではなく、肝心の伊勢神宮の本殿の写真はないのかとお怒りのアナタ。
本殿は撮影禁止だし、雨がぱらついていて、とてもそんな余裕はなかったんだよ。
こんな無気力でアホらしい旅の記事はさっさと終えて、ほかに書きたいこともあるし。

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2018年11月26日 (月)

伊良湖岬/フェリー

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伊良湖岬に見るところが少ないことを知った旅行の幹事が、ある考えを提案した。
2日目はフェリーに乗って紀伊半島へ押し渡り、伊勢神宮に参拝して行こうという。
余計なことを思いつきやがってと、わたしはひそかに舌打ちをする。

じつは伊良湖岬に先立つこと数週間まえに、わたしが所属する団体の支部旅行があって、わたしも誘われたんだけど、目的地が伊勢神宮と聞いて、興味がないから行きませんとことわったばかりなのだ。
興味がないところへ、ひょんないきさつから連れていかれることになっちゃったわけ。
わたしみたいな無神論者がうっかり行って、祟られなけりゃいいが。

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わたしは伊勢神宮に行ったことがある。
それはいまからもう20年ちかく前のことだ。
会社の同僚とふたりで、紀伊半島の先端にある串本へ行ってみようと、池袋から伊勢行きの高速バスに乗ったのである。
ところが伊勢に着いてみると、そこから串本まで予想以上に距離があって、同僚は路銀が足りないといいだした。
仕方がないですね、それじゃ目的地を変更しましょうということになり、わたしたちは志摩湾にある賢島というところへ行くことにした。

すると時間があまったので、そのときついでに伊勢神宮を見ていくことにしたのである。
なんだかすごくつまらなかったという記憶しかない。
しかしみんなが行くというのを止めるほど、わたしはヘソ曲がりじゃない。
いや、しょっちゅう会っている仲間ならそのくらいのことはいいかねないけど、たまにしか会わない連中にそんな文句をいっても仕方がない。

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そういうわけで、2日目は朝からみんなで車ごとフェリーに乗り込んだ。
伊良湖岬から紀伊半島の伊勢志摩まで、地図を見てもらえばわかるけど、東京湾の久里浜〜木更津と同じていどの距離で、時間はおよそ50分。

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このフェリーには階上に展望デッキつきの特別席があって、通常の料金に330円をプラスするとそちらに座ることができる。
メンバーのなかのいちばん若手が、先輩をさしおいて、ボクそっちに乗りますという。
わたしも負けずに展望デッキのチケットを買ったけど、せっかくの展望が、窓ガラスが汚れていて写真を撮るのに不都合なので、すぐに吹きっさらしの甲板に降りてしまった。

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伊勢参りはともかく、フェリーに乗るのは楽しい。
わたしはかっての海上自衛官なので、船の上から海をながめていると、なつかしい思い出がよみがえってくる。
たまたま若手のひとりがそこにいたから、わたしはむかし海上自衛隊にいてね、よく艦橋見張りに立たされたもんさなどと話す。
春の暖かな日であれば、それはわたしにとって天国みたいな場所だったけど、あいにくこの日は、見張りに立つにはちょっと風の冷たすぎる日だった。

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2018年11月25日 (日)

伊良湖岬/最近の傾向

この晩の部屋割りは喫煙者と非喫煙者でふたつに別れ、夕食をすませたあとの飲み会は喫煙者の部屋ですることになった。
喫煙者と呑んべえはたいていそれ以外の人間に迷惑をかけることになっているから、部屋を分けるのは当然のことだけど、それでわかったのはメンバーの中にタバコを吸わない人間が4人いること。
わたしもそのひとりで、わたしの肺は生まれたときのまま、ニコチンのニの字も知らないのである。

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わたしがこの山登りクラブに熱心に参加していたのは過去の話で、もう20年近くもまえに職場が変わったから、最近では納会や飲み会に誘われたとき以外は、ほとんどメンバーとの交流がない。
今回の参加者のうち、古参メンバー2人はよく知っているけど、若手の4人については、わたしが職場を変わったあとに参加した者ばかりだから、その私生活についてはろくに知らない。
若手といっても、ひとりだけ20代後半がいるだけで、あとは40代ばかりだ。

若手のほうもわたしの私生活はよく知らないはずだから、飲んでいるときいってみた。
肩身がせまいねえ、この中に結婚してないのはわたしだけかい。
すると、えっ、先輩は独身なんですかとおどろきの声。
続いて若手全員が、わたしらもみんな独り者ですという。
そんなことはないだろう。
彼らのうちの、すくなくともひとりには奥さんがいることを知っていた。
逃げられたんだよと古参メンバーのひとりがいう。
やれやれ。

奥さんがいるはずの男がそんなありさまじゃ、若手の全員が独り者というのは本当かもしれない。
ことわっておくけど、彼らのなかにとくべつ容姿がわるいとか、どこか体に異常がある者はひとりもいない。
平均以上のイケメンもいるし、本人にその気があればふつうに結婚できないわけのない男ばかりだ。
世間の女はなにをしてるのかといいたくなってしまう。

これが最近の風潮というやつか。
この若手らは、いい相手がいれば結婚したくないわけでもないけど、そうでなければ積極的に結婚したくないという、最近の煮え切らない風潮に染まっているらしい。
いいトシこいて独身という男女が世間に増えているのは事実で、最近も3人家族のひとりが焼死という火災のニュースがあったけど、死んだのは両親といっしょに住んでいた40歳の息子だった。

いろいろ考えてみる。
若いうちならどうしたって若さゆえの衝動に負けて、女の魔手にからめとられるということも考えられる。
しかしうちの若手らはそこまで若くないし、すでに危険な年齢を通過している。
ずるずるだらだらと、彼らがわたしと同じ運命をたどるのはまちがいないんじゃないか。

そんな若手のひとりがわたしに、ロシアに行ってきたんですってねと聞く。
どうやらわたしは彼らの輝くヒーローになっているらしい。
わたしのことを、独身主義をつらぬいて、海外を飛び歩く、知的で活動的な男と思っているようだ。
ぜんぜんそんなことはないんだけど、わたしの存在が彼らを勇気づけているとしたら罪つくりな話だ。

日本の未来を案じつつ、酔っぱらったわたしは自分の部屋に帰ってさっさと寝た。

今回の記事は旅の報告だけど写真がない。
部屋で浴衣を着てだらしなく飲んでいる写真ならあるけど、そんなものを載せても仕様がない。

ということで写真は貼らないつもりだったけど、その後気が変わった。
ただしここに載せたのは昔の写真で、1998年の上高地・徳澤園。
まだまだメンバー全員が若かったころだけど、わたしはシャッター押し係なので、写っておりません。

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2018年11月24日 (土)

伊良湖岬/灯台への道

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今回はもともと山登りクラブの納会ということだから、やっぱり散策ぐらいはしなくちゃまずいだろうと、宿に着いたあと、全員で伊良湖岬灯台を見物に行くことにした。
半島の先にあるフェリー乗り場の駐車場に車を放り込み、目のまえにある樹木の繁茂した小山にとりつく。
山頂に大きな塔のある建物が見えるけど、それがどうやら灯台らしい。
そこまでお粗末な舗装道路が続いている。

道ばたに黄色い花が咲いていた。
アレなんですかと若手のメンバーのひとりが訊く。
ツワブキだよとわたしは答える。
そのくらいはわかるのである。
その先にまた黄色い花が咲いている。
こちらは名前がわからない。
スマホでググれよとわたし。
植物にせよ、魚、昆虫にせよ、もはや分厚い本形式の図鑑なんて要らない世界を生きているのだ、わたしたちって。

山頂の大きな塔の直下まで来た。
先に着いたメンバーが、これは伊勢湾海洋交通センターという施設ですよ、灯台じゃありませんという。
塔の側面には羽根をひろげた鳥(じつは後述するサシバだけど、うかつなわたしは気がつかなかった)の絵が刻まれていて、お子様向きの楽しそうな施設に見えるけど、どっちにしてもこの時間には門が閉まっていて入れなかった。
そういえば写真で見た伊良湖岬灯台は、山の上ではなく波打ちぎわあったっけ。

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ぼやきながらみんなでまた山を下り、とちゅうにあった標識にしたがって海岸に出た。
岬のとったんを一周するように遊歩道ができていて、灯台はその途中にあった。
ごろた石の波打ちぎわにある無人灯台で、ふきんに芭蕉の句碑などがあり、観光客の数は多い。
でもそれっきりで、とくに目的のないわたしたちにはやることがない。

なんでこんなところへ来たのかと聞いてみたら、伊良湖岬というのはサシバの渡りで有名なんだそうだ。
サシバというのは小型の猛禽類で、冬になるまえに集団で南方へ移動することが知られており、伊良湖岬はその通過コースなのである。
それなら自称ナチュラリストのわたしの領分ではないか。
もうすこし早くいってくれれば、双眼鏡でも持参したものを。

あれサシバじゃありませんかというだれかの声に上空を見上げると、黒い鳥がたった一羽だけひょろひょろと高いところを旋回していた。
べつに南の方へ急ぐようすもなかったから、カラスかトンビのようだった。
わたしはホタルイカの身投げを見にいって、みごとに空振りに終わった2年前の富山行きを思い出した。
自然観察というのは運まかせになる場合が多いものだ。

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このあとは恋路ケ浜という、おじさんたちには縁のなくなった名前の海水浴場をだらしなくながめて宿にもどった。

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2018年11月22日 (木)

伊良湖岬/悲劇的な話

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今回の伊良湖岬行きは8人乗りのレンタカーで、参加者は7人、最年長はまもなく80歳に手のとどくSさんだ。
わたしともうひとりが前期高齢者で、あとの4人は若手である。
これだけ若手がいると、年寄りは運転をしないですむからありがたい。

ただ運ばれるだけだから、どこをどう走っているのかサッパリだけど、東名に乗ったのはまちがいないから、下りたのはおそらく豊川インターだろう。
沿線に車の販売店や郊外型レストランのならぶゴテゴテした市街地をぬけると、どこか漁村のにおいのするおだやかな農村風景がひろがった。
からっとした温暖な土地という予想は的中したようで、渥美半島も先端ちかくまで行くと、なんだか沖縄に似た雰囲気すらある。
しかし伊良湖岬が近づいてきたころ、車のなかでちょっとショッキングな事件が。

車中で最年長のSさんが、オレくらいの年になると免許証の更新時に認知症テストをやらされるよといいだした。
へえ、どんなことをするんですかと訊くと、たいしたことじゃないけどね、たとえば、今日は何日だっけと、これはわたしへの質問。
いきなり聞かれたのでわたしは面食らった。
ええ? 17日でしょと答えると、それみろという。
この日は18日だった。
間髪をいれず、何曜日だっけと質問が続く。
月曜日でしょうと答えると、日曜日だよとの返事。
オイオイ。

最近のわたしはマンネリぎみの、メリハリのない毎日を過ごしてますからね、日にちがわからなくなるなんてしょっちゅうですよと弁解しておいたけど、さすがにわたしも不安になってきた。
いずれも冷静に考えればかんたんにわかる質問だと思うけど、聞かれてとっさに即答できないなんて、これが認知症というものかもしれない。
本人はぜんぜんそうだとは思ってないんだけど、自分で意識できないところが認知症の認知症たる所以かも。

自殺した友人の顔がちらついてきた。
認知症ではなく初期の脳梗塞だったけど、それだけで人生を放り投げ、奥多摩で投身自殺をした友人は、まさにこの日のメンバー、つまり山登りクラブの仲間の一人だったのである。
ひとり者のわたしも、認知症になったら、いや、なるまえに身の振り方を考えなければいけないのである。

そんな憂鬱な気分も、宿に着くころにはなんとか消え失せた。
あらかじめストリートビューで調べておいたとおり、ほんとうにまわりに何もない、畑のなかの一軒家といった宿だった。
添付した画像は宿のまわりの、これはセロリの畑。

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2018年11月19日 (月)

ふざけやがって

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先日、わたしの同僚たちは伊勢神宮に行ってきた。
わたしも誘われたけど、興味がないから行きませんと断ってしまった。
今回の伊良湖岬行き、あまり何もないところなのに閉口した幹事が、海の向こうに見える紀伊半島に目をつけた。
伊良湖岬から伊勢志摩までフェリーで50分だ。
それで、伊勢湾を押し渡って、伊勢神宮を参拝するという。

いまぐったりつかれて、東名高速の静岡あたり。
添付画像は伊勢神宮境内のニワトリ(烏骨鶏)。

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