(NHK)テレビより

2020年11月16日 (月)

江戸数学

BSの Cool Japan という番組が好きでよく観ているけど、これは外国人を数名スタジオに招いて、日本のいいとこ悪いとこを議論してもらう番組だ。
昨日のテーマは「日本の江戸文化」というもの。
江戸文化といえば、たいてい浮世絵や歌舞伎、または寿司やテンプラや蕎麦などの食べものがくるのは当然だ。
しかし、そういうものはよく知られすぎて、この番組でも過去に何度も取り上げられており、なにをいまさらという感じである。

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江戸文化のひとつに「江戸数学」というものがあった。
日本人もあまり知らないと思うけど、これは方程式、関数、幾何などの数学の問題とその答えを、絵馬として神社や寺院に奉納したものだそうだ。
江戸時代には絵馬を使った、頭の体操ゲームのようなものまであったという。

ある人がこの問題が解けるかという絵馬をかける。
それを見た人々は答えを考えて、わかれば、その答えをまた絵馬にしてかける。
おどろくのはこれが庶民の流行だったということだ。
田畑の面積を割り出したり、年貢米の容器の体積を測ったり、庶民にも数学が必要だったこともあるけど、ギリシャ時代の哲学者の問答のようなことを、江戸時代の日本では農民までがしていたことになる。

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これじゃあ日本人の頭がよくなるのは当然だ、というと手前ミソになってしまうからいわないけど、庶民のあいだでこんなことが流行した国は、世界的にもほとんど例がない。
庶民はだまって税金だけ払っていればいい、勉強なんてケシカランというのが中国やおとなりの国の伝統で、日本の浮世絵が絵画の歴史に果たした役割を、ぜったいに教えない国がいまでもあるそうだ。

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知識を求めるのは人間にとって自然な欲求かもしれないのに、頭がいいとうるさくて仕方がないと、政府による愚民化政策がいまでも続いているとしたら、その国の国民は悲劇である。
朝鮮半島の人たちは抑圧されるのが当然なのだろうか。
北を見ても南を見ても。

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2020年10月25日 (日)

非情の世界

昨夜はNHKスペシャルを観ていた。
ああ、またあいつがエラそうなことをいうなと思われてしまいそう。
昨夜のそれは「追いつめられるシリア難民」というものだったけど、さて、なんといえばいいだろう。
わたしごときが、世界中で繰り広げられている悲劇について、悩んでいるような顔をしてもどうにもならないと、さっさとあきらめてひきこもりを続行すればいいか。

番組のなかに、仕事もなく、家族のためにパン一個も買えないと、絶望して焼身自殺をはかる父親が出てきた。
上半身を炎につつまれ、それでもロボットのように一歩二歩と歩く自殺者の映像は悲惨だった。
これはいったいだれが悪いのだろう。
いったい難民はどうして生まれたのだろう。

難民は内戦状態のシリアから逃れてきた人々だ。
それでは、なぜ内戦になったのか。
独裁者アサドがケシカランからと、反体制側ではいうだろう。
それではアサドを排除すればいいだろうか。
世界が一致団結して、この独裁者を放逐したとしても、またすぐに新しい独裁者があらわれるだけで、ヘタすれば混乱に拍車をかけるだけ。
あのへんの国に、公明正大な民主的指導者があらわれる可能性はひくいのである。

身から出たサビだと、見て見ぬふりをすればいいか。
難民を日本もどしどし受け入れればいいか。
同情はしますけど、それはちょっとという気持ちが、わたしにさえある。
ああ、もう考えれば考えるほど、頭がイタイ。
あ、やっぱり自分だけが悩んでいるみたいなことをいってと、まわりからそんな声が聞こえてきそう。
ええ、わたしももうすぐ、そんな悲惨な世界を見ることのない世界におさらばしますといって、せいぜい自分をなぐさめるしかないのか。

朝起きたら、テレビに日本の災害難民が出ていた。
地すべりで家も田畑も流されて、帰る故郷もないんですという。
そうですか。
同情はしますけど、日本政府がなんとかしてくれるでしょうと、今朝のわたしは非情な男である。

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2020年10月19日 (月)

香港の問題

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昨夜は香港の民主化運動をあつかったNHK特集を見ていた。
一時は中国の横暴だって盛り上がった騒動だけど、ここんところ沈静化しちゃって、これではイカンとNHKは、無理やり問題を深刻化しているように感じた。

そもそもは、中国が香港の民主化を認めないというので、怒った若者たちが立ち上がった運動なんだけど、肝心の香港人がかならずしも一枚岩であるようには思えなかった。
とくに年寄りと若者の断絶がはげしいようだ。
わたしなんかからしたって、現在の中国がそれほどひどい国には見えないんだけど・・・・
と、ここまで書いて、ふと気になって調べてみたら、天安門事件て、もう30年もまえのこと、香港返還もすでに20数年まえのことだった。
これでは韓国のように、歴史に無知な若者がどんどん増えてもおかしくない。

香港人というのはそのほとんどが、大陸からの亡命者といっていい。
だから、毛沢東時代の中国を知っている年寄りからすれば、香港は十分に民主化されているじゃないかということになり、最近の国際情勢しか知らない若者からすれば、いや、共産党は一党独裁でケシカラン体制だということになる。

番組の最初のほうに、棍棒や盾でデモ隊に暴力をふるう警官隊が出てきた。
これはヒドイ、やっぱり中国政府の暴力団的体質はなおってないのかと思ってしまう。
しかしよく見ると、この警官の制服はかなりいいかげんで、これはまだ大陸の機動隊が乗り出してくるまえの、香港警察だけの鎮圧隊だったようだ。
とりあえずボコボコににしちまえというのはかっての中国のやり方だったけど、現在はネットはあるし、暴力もほどほどにしないと世界中が注目しているのだ。
やりたくってもそう簡単に実力行使のできない時代なのである。

これでは歯がゆいと思ったがどうか、そのうち共産党政府は大陸から大量の機動隊を送り込んできた。
こちらは装備も本格的で、ひじょうに統制がとれている印象。
たちまち機関銃が火を吹き、戦車が乗り出して、現場は血の海かと思ったら、うーん、どうも中国の機動隊って日本のそれを見習ったのではないか。
アメリカなんかと比べてもずっとソフトな印象で、すみません、コロナが危険なので、4人以上で集会は禁止ですって、これがあの中国警察かってなもん。
しょっぴくさいの言葉遣いも丁寧だし、周りにマスコミの記者、カメラマンもうろうろしているのだ。

香港人を敵にまわしたくない中国政府は、徹底的に日本式でいけと厳命したのもしれない。
なかには本気でやっているデモ隊もいたみたいだけど、日本だって沖縄の基地周辺に行けば、デモ隊なのか暴力団なのかわからんのがウヨウヨいるらしいし、どっちが先に手を出したのか迷うところもある。
処刑された逮捕者がいないばかりか、民主の女神とされた周庭ちゃんだって、わたしの見立てどおり、逮捕の翌日には釈放だ。
彼女はまだこりずに運動を続けるといっているくらいだから、とても拷問や洗脳をされたとは思えない。
NHKのナレーションは必死で香港の悲劇を強調し、同情をあおっていたけど、疑り深いわたしには、みんな和気あいあいとやっているみたいで、緊迫感皆無の、なんか脱力しちゃう番組だったなあ。

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2020年9月18日 (金)

残照

録画してあったドキュメンタリー「残照・芸術家の家」を観ている。
フランスには芸術家だけが入れる国立の老人ホームがあるそうで、これはそうした家に住むもと芸術家たちを捉えたドキュメント。
もはや腰が曲がり、目はかすんで、創作活動もままならなくなった老人たちが、支え合って生きている家だそうだ。

いいなあと思ってしまう。
カン違いされちゃ困るけど、わたしもそんな老人ホームに入りたいわけじゃない。
この番組で観るかぎり、ホームに飾ってあるのは住人たちの絵であり、もとピアニストのおばあさんは、いまでも小さな女の子にピアノを教えている。
いくらフランスでも自称芸術家まで受け入れていたらきりがないので、芸術家として多少でも実績のある人でないと入居できないのである。
わたしがフランス人だとしても入れるわけがないのだ。

いいなあと思ったのはべつの理由で、たとえばフジ子・ヘミングみたいなおばあさんが、娯楽室でみんなにベートーベンを弾いて聴かせる場面がある。
演奏のあい間の会話に、さりげなくクラシックの曲名が出てくる。
わたしも老後はさりげなくそういう会話がしてみたい。
そういう会話のできる相手と暮らしたい。

部屋のなかでおばあさんが、もと彫刻家のおじいさんにCDを聴かせる。
足がへなへなになったおじいさんが、椅子にすわってそれを聴く。
おばあさんの杖が床に落ちる。
おじいさんがよろよろとしながら、それを拾い、よろよろとしながらおばあさんに渡すと、おばあさんはよろよろとしながら・・・・
笑いごとじゃない。

つい先日、わたしは脳梗塞で倒れた大先輩に会ってきたばかりだ。
先輩はまたみんなと酒が飲みたい一心で、リハビリに専念し、ようやく杖をついて歩けるていどに回復して、バスで街まで出てきたのだ。
しかし現実はきびしい。
かって大勢のとりまきを連れて、夜のちまたを闊歩した先輩だけど、この日に集まったのはわたしと、もうひとりの古馴染みだけだった。
考えてみれば彼の友人もどんどん衰えていて、いつでも好きなときに飲みに行ける仲間は少なくなっているのかもしれない。
かって野球部の部長までやった頑健な人が、杖なしでは歩けないほど老人化しているのを見るのは辛かった。

テレビのドキュメントにもどるけど、床に落ちた杖を一方がひろってもう一方に渡す場面の続き。
一本の杖に両側からふるえる手がのびる。
ふたりとももう歩くのさえ不自由している老人なので、これは感動的な場面だった。

さて、わたしの足が彼らほど衰えるのにあと何年かかるだろう。
さいわいわたしはまだ歩ける。
しかし彼らと同じようになる日は遠くない。
いまのわたしは深夜になると、
YouTubeで音楽三昧だけど、考えてみるとそれはとっても幸せなことだ。
最後の瞬間まで、この時間を大切にしようと思う。

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2020年9月 2日 (水)

科学の話

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自然科学の番組が好きで、「ダーウィンが来た!」や「ワイルドライフ」なんて番組をよく観る。
すこしまえの海外ドキュメンタリーで、進化論がどうのこうのといっていたから、それも観た。
この番組は「都会の中の進化論」というもので、なんでも、進化というものはひじょうにゆっくりしたものなので、ふつうの人間には動物が進化するさまをその目で見ることはできないということだった。
つまりいくら熱心に動物園に通っても、昨日はチンパンジーだったものが、今日は人間になっていたということを、目撃することはできないってことらしい。

それだけではべつにおもしろくもなんともない。
この番組では例外として、都会に棲む野生動物を取り上げていた。
たとえばニューョークの公園に棲む野ネズミは、ここ数十年のあいだに環境の変化に適応した、また化学物質に汚染された湖でも平気で生存できる魚も出現しているとか、ほんの短期間のうちに進化してしまった動物がいるということである。

いつか観た「ワイルドライフ」には、単独で暮らすはずのチータが、必要にせまられてライオンのように徒党を組むようになったという映像もあった。
進化というのはわたしたちが生きているあいだに見られる場合もあるらしい。
これなら昨日のチンパンジーが今日の人間というのも、あながち、と書こうとして思いとどまった。

わたしは最近、時間の経つのが早いなあとぼやいているんだけど、これは進化よりむしろ絶滅が近づいているということだろう。
人間の場合、これ以上進化するよりも、三葉虫や恐竜のあとを追うほうがふさわしく思われる。
いまより進化した人間て、どんなふうになるのか想像できる人います?

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2020年7月25日 (土)

長篠の合戦

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テレビを点けたら、たまたまNHKのBSで大歴史実験という番組をやっていた。
有名な織田信長と武田勝頼の、長篠の合戦を検証しようということで、じっさいに合戦のあった長篠の古戦場まで出かけて、地元の乗馬クラブや火縄銃愛好会の人たちの協力のもとに、信長が勝利をおさめることが可能かどうかという実験をしてみせる。
可能かどうかといったって、現実に信長は勝っているんだからあまり意味がなさそう。
でもわたしも歴史好きだから、ついつい引き込まれてしまった。

この合戦は、当時最強といわれた武田騎馬軍団が、信長の射撃隊のまえにあえなく敗北したことで知られている。
つまり騎馬武者の突撃能力を過信する旧弊な組織と、火縄銃という最新兵器を駆使した進歩的な組織の激突ということで、現代に生きるわたしたちにもいろいろ示唆されるところの多い合戦だった。

まず乗馬クラブの協力で、当時の日本のウマはどのくらいのスピードで走れたかを調べてみた。
出てきたは西部劇でおなじみのスマートなウマではなく、でっぷり太った愛嬌のあるウマである。
当時の日本のウマはそんな体型だとしても、なにしろ戦国時代だから、軍馬には選び抜かれた駿馬も多かったはず。
これで重い鎧をつけた侍を乗せたまま、50メートルを何秒で走れるかどうか実験するんだけど、50メートルってのはナンダ?
これでは最初から火縄銃の射程距離じゃないか。
じっさいには武田騎馬隊はもっと長い距離を走ったと思う。

そのへんはまあ、ウマが現在より健脚だったということで帳消しにして、つぎは火縄銃で連射ができるかどうかの実験だ。
よく知られているように、信長はここで狙撃手を三段構えに配置し、一段目が発射したらつぎに二段目、つぎは三段目、撃ち終えた兵士はすぐに次弾の装填にかかるという具合で、連射のできない火縄銃の欠点をおぎなったとされる。

そんなことが可能かどうか、火縄銃愛好会の協力を得て実験するんだけど、愛好会というのは趣味でやっている人たちで、弾込めをするのを見ていると、じれったくなるほど時間がかかる。
それに比べると信長の射撃隊は、なにしろ戦国時代だから、徹底的に訓練されていたにちがいない。
一回の弾込めに
20秒かかるとしても、それが三段構えなら、おそらく10秒間隔ぐらいの連射も可能だったんじゃないか。
とくに最初の射撃は、すでに準備ができているのだから、時間はかからない。
冷静な指揮官が相手を十分にひきつけてから射撃命令を下せば、最初の三段だけで、武田騎馬隊はほとんど壊滅状態に陥ったと思われる。

この番組の出演者はなぜそういうことに疑問に感じないのか。
と考えたところで、そうか、これは脚本のあるバラエティ番組だったなと思い当たった。
こんなものにまじめな顔でいちゃもんをつけているわたしが恥ずかしいワ。

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2020年6月25日 (木)

トラムの旅

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NHKしか観ないというと、カッコつけやがってと思われるかもしれないけど、わたしの場合これホント。
民放の場合ガチャガチャやかましいイメージで、ハナっから観る気がしない。
ずっと以前、旅行中に、いっしょに行った知り合いが、「半沢直樹」がおもしろいからぜひ観ろといったけど、無視してさっさと寝てしまった。
それ以来わたしが変人であるという噂がますます広まることになっちゃったけど、観たくもないテレビを観せられるくらいなら死んだほうが、いや、寝たほうかマシ。

いったいNHKのどこがいいんだという人が、わたしの知り合いにもいる。
それで今日は最近見つけた実例をひとつあげよう。
BSに「ヨーロッパ・トラムの旅」という番組がある。
これはトラム(路面電車)に乗って、アムステルダムだとかベルリンのようなヨーロッパの都市を見てまわるだけの番組だ。
ドラマやナレーションも会話もなく、ただ音楽を背景に、電車の車窓からひたすら街をながめる番組で、つまらない人には徹底的につまらない番組なんだけど、これがわたしの感性にぴたりとはまった。

もともと旅行の好きなわたしだけど、旅先で飲んだり食ったり遊んだりするよりも、列車やバスに乗って、ぼんやり通り過ぎる風景を眺めているのが好きである。
そういうつまらない趣味の男に、この番組は、部屋にいながらにして理想の外国旅行を体験させてくれる番組というか。
たったいま録画していたフィンランド編を観ているけど、トラムの前方のほうに、結婚式を終えたばかりで、まだ結婚衣装のままの新郎新婦が歩いている。
べつにカメラがわざわざ接近するわけでもなく、すぐにふたりは建物のかどをまがって見えなくなった。
そんな具合に、車窓につぎつぎとあらわれる景色は、それだけでわたしにとってほんとうに興味のつきないものなのだ。

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余計な追記:
これが途上国のトラム(そんなものがあればの話だけど)なら、もっと人間くさい景色が見えるだろう。
わたしは中国の洛陽で、人通りの多い道路のわきで馬を解体しているのを見たことがある。
そのときはトラムじゃなくタクシーだったけど、これはさすがにあまり見たくなかったねえ。

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2020年4月13日 (月)

男と女

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COOL JAPANという番組が好きでよく観ている。
これは外国人の男女をスタジオに招いて、日本のいい点、わるい点を議論してもらう番組だ。
先日のそれでは、欧米の女の子は日本の草食系男子に対して、ひじょうな失望感を抱いているという意見が多かった。
ふつうに考えても、目のまえに女の子がいるのにそれを口説かない男がいたら、ゲイや機能障害と思われても仕方がない。
日本では礼儀だヘチマだといって、いきなり女の子をくどくべきではないという風潮があるけど、そりゃ偽善である。
この番組を観てもわかるように、女性も男にくどかれるのを待っているというのが真実のところなのだ。

まあ、じいさんのわたしがこんなことに目くじらを立てるのもナンだけど、じつはわたしは以前ある女性とデイトをしたことがあって、お別れのとき挨拶がてらにキッスをしたことがある。
相手は異常に潔癖症だったらしく、それ以来おこって口も聞いてくれない。
まだコロナのコの字もなかったころだから、他人との濃密接触が禁じられていたわけでもないのに、だ。
あれが欧米の女の子であれば、わたしも頼りがいのある男と思われて、いまごろは金髪娘を女房にし、夫婦生活を
YouTube に投稿していたかも。
こういうときだけは生まれた国を間違えたような気がする。

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2019年11月27日 (水)

ホビーホース

魔法使いのおばあさんになったつもりで、竹ボウキにまたがって走る。
じっさいに空を飛べればカッコいいけど、やっているのは生身の人間だから、とりあえずまたがったまま地べたを走りまわるだけ。
そんな競技があったとしても、あまりおもしろいとは思えない。

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ところがテレビを観ていたら、フィンランドにそんなスポーツがあることがわかった。
「ホビーホース」というそうだけど、違うのは竹ボウキの先に、手作りの馬の頭がついていることだ。
ようするに、本物の馬に乗れない女の子たちの競馬ゴッコらしいんだけど、大がかりな競技会まであるというからオドロキ。

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あまりにもアホらしいけど、またがっているのが可愛い女の子ばかりというので、ついお終いまで見とれてしまった。
どうも、なんにでも興味を持つというわたしの性癖は直っていないようだ。
これではリタイヤしても退屈しないし、アルツハイマーもだいぶ先の話ではないか。

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2019年11月 7日 (木)

4K版

NHKのBSで4K版の「シルクロード」という番組を流していることは知っていた。
4Kといっても、これは古い映像を最新の技術で4Kにしたもので、なにしろ40年もまえの映像だから、4Kにするっていっても限界がある。
とても現代のデジタル画質を見慣れた者には耐えられないってわけで、ずっと無視していた。

しかし記録としては価値がないわけではない。
先日放映された回には、内戦によって破壊されたシリアのパルミラ遺跡が出てくるとあった。
そのへんが気になって、録画しておいたものを、さっきまで観ていた。
まだドローンもないころだから、空からの撮影はヘリコプターだ。
すると画面がやたらにブレて、やっぱり現代の感覚では目も当てられない。

しかしなんといっても40年まえだ。
まだシリア内戦もそれほど激しくはなく、ISISも現れておらず、中東がなんとか安全に旅できたころである。
いまでは失われてしまった遺跡を目の当たりにできる価値は大きい。
歴史も地理もわたしの趣味の大きな柱なので、やはりシリーズの最初から録画しておけばよかったと思う。

この4K変換版の「シルクロード」は、全部で30回分もあるらしいから、それが全部揃っていれば、すてきなコレクションになったのに。
あるいはと思って
YouTube に当たってみたら、4Kに変換するまえのシリーズは観られるようだけど、こちらは古いままの画質だからさすがに観ようという気になれなかった。
4K版については、まだまだ再放送があるかもしれないので、期待して待つしかないか。

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