(NHK)テレビより

2021年2月16日 (火)

軍事のリアル

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ここんところ韓国が日本にすり寄っているそうである。
それは米国の圧力のせいで、バイデンさんが韓国の味方をしないことがうすうすわかってきたからだろう。
となると、これまでの韓国の行き方からすれば、またその場しのぎの政策でごまかそうとすることは、北朝鮮の例をみてもわかりきったことだ。
日本にすり寄るポーズをみせて、いやあ、これだけ努力しているのに日本が振り向いてくれないんですよと訴え、あわよくば米国のほうから日本になにかいってもらおうとする。
そんなことはわたしが知っているくらいだから、日本政府の関係者もとっくに知っていて、その手は桑名の焼きハマグリ。
こないだ読んだ「ボルトン回顧録」でも、韓国は政治的理由でいつも日本に難癖をつけるとはっきり書いてあったくらいだから、これからは米国は日本と韓国を和解させるのではなく、ごたごたいうなと韓国を怒鳴りつけるのではないか。

するとますます韓国では左翼が伸長し、米国ギライが増えて・・・・と書こうとしたけど、この先が見えてこないな。
米国さまに楯突こうったって、韓国だけでどうすればいいのさ。
中国を頼れば、待ってましたと属国扱いされるのが目に見えているし、ガンビアじゃ頼りになりそうもないし。
不安な韓国の頼みの綱は、北と統一していっぺんに核保有国になることぐらいだけど、この道は果てしなく遠い。
必死で手を差しのべる文サンに北が応じれば、日本も米国も困ったことになりそうなのに、正恩クンは応じるようすがない。

それもそのはず、正恩クンの望みは自分の体制を守る、つまり自分がいつまでも親分でいたいということである。
文サンの統一プランには、統一したあとどんな国家にする気なのか、だれが統一朝鮮の親分になるのか、そういう行程表がぜんぜん出てこない。
ヘタに統一して民主的な選挙でもした日には、首をくくられる恐れがあるのだから、正恩クンは生きているかぎりぜったいに韓国主導の統一には応じないだろう。
統一したあとはそのまま北の体制を引き継ぎます、親分は正恩クンでかまいません、とそういったのでは、いくらなんでも今度は韓国の国民が納得しまい。
つまりこっち方面は完全に手詰まりということだ。

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日本は不気味な沈黙を守っているけど、韓国が米国から離反することを、むしろ期待しているかもしれない。
トランプさんのころから、防衛費の負担に耐えかねている米国としては、極東アジアの防衛を日本に丸投げしたほうが具合がいいし、もう冷戦の時代ではないのだから、かならずしも防波堤の韓国が必要というわけでもない。
中国に対する備えなら、どっちつかずの韓国よりよっぽど日本のほうが頼りになる。
こうなると米国は日本の軍備増強を見逃すばかりか、歓迎するのではないか。
核兵器なんかいつでも作れるし、潜水艦やステルス技術も本家のアメリカより先に行きそうだし、ミサイルの正確なことは小惑星探査機はやぶさで立証済みだし、こちとらいつでも米国にとって代わる準備はできているのだ。
ああ、強国になりたいな、国連の常任理事国にもなりたいなというのは、日本の政治家の見果てぬ夢かもしれない。
その先はまた大東亜共栄圏なんていう脱線かもしんないけど。

先日放映された「自衛隊が体験した世界最大級の軍事演習場」と「自衛隊が体験した離島防衛のリアル」というテレビを観てしみじみそう思った。
うん、後輩たちも頑張っているようだ(わたしは自衛隊経験者)。

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2021年2月11日 (木)

D・アッテンボロー

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NHKがD・アッテンボローのドキュメンタリーを放映した。
わたしは彼の制作したBBCの科学ドキュメンタリーが好きで、テレビ番組コレクションの中にもたくさんの映像が保存してある。
昨夜のそれは「アッテンボローと世界を見る」というもので、彼の人生ヒストリーと、新境地であるCG映像と現実の映像を組み合わせた科学番組の予告のようなものだった。
そういう番組は過去にもあったけど、むかしは合成がちゃちで、おとなが観るに値しないものが多かった。
最近のCGはかなり進歩して、現実と作り物の区別がつかないレベルに達したようだから、もう引退したはずのアッテンボローに、もういちど新しいものに挑戦してみようという決心をさせたらしい。
NHKはしらばっくれて近々放送予定の番組の宣伝をすることがあるから、これもそのうち新しいシリーズになって放映されるのかもしれない。
楽しみだけどね。

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2021年2月 5日 (金)

薄氷のシベリア

あっという間に過去の人になったトランプさん。
彼の支持者というのは過激なかわり、忘れるのも早い人たちだったようだ。
たしかに、つぎになにをやらかすか予想もできないおもしろい大統領だったけど、おもしろいというのは大統領として有能ということじゃない。
トランプさんは大馬鹿野郎なのだ。
アメリカで金持ちになるには、頭を必要としないのだという好見本だ。
「ボルトン回顧録」を読むと、パリ協定からの離脱は、彼が国民の人気取りのために大口たたいた無数の公約のひとつであり、あらかじめ予定に入れて首脳会談にのぞんだことがわかる。

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わたしは最近「薄氷のシベリア」というテレビ番組を観たばかりだ。
これは地球温暖化を扱ったまじめなドキュメンタリーで、川の氷が薄くなって移動もままならないトナカイの群れや、北極の流氷原などの映像は、最近のものらしくきわめて美しい。
しかし美しさのうらに迫っている危機について、知らない人は依然として多い。
ボルトンさんも本のなかで温暖化を軽視する発言をしているけど、おかげで彼は国別対抗の国務の専門家であって、科学者ではないことが明白になってしまった。

上記のテレビ番組によると、最近ロシアでは領土が広がったという。
べつに武力で併合したわけではなく、これまで地表をおおっていた万年雪が溶けて、見たこともない新しい土地が露出してきたからだとか。
つまり、なんだな、噴火で生まれた西之島による日本領土みたいなもんか。
またシベリアのあちこちで地面が不気味に盛り上がっていて、これは永久凍土のなかに閉じ込められていたメタンや二酸化炭素が、暖かくなってゆるんで地表を押し上げているのだそうだ。
そういうガスが大気中に放出されると、温暖化はさらに加速するから、もうわたしたちはあともどりできない危険区域に足を踏み入れているのかしれない。

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このブログではまえに、小さくなった流氷にしがみついているシロクマの画像を載せたことがあるけど、あれが危機を視覚化したCGだったらしいのに比べ、ここに載せた流氷の上の2頭のセイウチは本物だ。
番組のなかに、海の氷が少なくなって海獣類が獲れなくなったため、エサを求めてシベリアの内陸160キロの町までさまよってきたシロクマが出てきた。
大勢の町民が見守るなか、彼はゴミ捨て場をあさったあげく、雪原の上にがっくりアゴを落として動かなくなる。
このあと彼がどうなったのか、だれかエサを与えようという人間がいなかったのかと思うけど、カメラはそこで切り替わってしまう。

トランプさんは地球温暖化にまったく関心のない大統領だった。
環境少女のグレタちゃんとのやりとりをみても、彼の場合まったく科学的根拠のない無関心だったことがわかる。
社会的地位は高いのに科学についてまるで無知という人がたまにいるけど、そういう人がこの地球上に生息していたってかまわない。
ただし、米国の大統領という地位にはいるべきじゃない。
温暖化の結論はまだ出ていないというなら、大統領たるものは悪いほうに備えておくべきじゃないか。
さもなければ、可哀想なシロクマの運命はわたしたちの子供、いや、わたしには子供がいないから、あなたの子供の運命だと思ったほうがいい。

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2020年12月25日 (金)

探査機のおどろき

昨夜はまた小惑星探査機はやぶさの番組を観ていた。
計画の困難さはわたしの想像をこえていた。
小惑星リュウグウまで距離が何億キロあったとしても、それ自体ではおどろかない。
あらかじめセットしてあったプログラムが、しゅくしゅくと計画を遂行するのだろうぐらいに思っていた。
ところが番組を観ていたら、それだけじゃない。
あらかじめ予定してなかった問題がつぎつぎとあらわれる。

近くで観測してみたらどうも凸凹すぎるなというわけで、着陸地点が二転三転する。
着陸地点を詳しく調べるための、小型着陸機マスコットを発射してみろと、そんなものをあとから宅配で送るわけにはいくまいから、あらかじめ用意してあったらしい。
1億キロの空間を超えて、新しい指令が飛ぶ。
マスコットが撮影した地表の写真を分析して、新しい着陸地点を決める。
新しい着陸地点にターゲットマーカーを投下する。
マーカーがはずんで目標地点をはずれてしまう。
あらあというところだけど、仕方がないから、マーカーを基準にして着陸コースを微妙に変更する。
これも1億キロの空間を超える新しい指令である。

ここから先はあらかじめセットしてあったプログラム通りで、探査機のコンピューターにおまかせってことになるけど、地表の爆破、資料の採取を第三者の目線で撮影するため、本体から切り離される小型カメラまで搭載してあったことにおどろいた。
しかしいちばんおどろいたのは、これらがすべて順調に機能したこと。
アメリカの巡行ミサイル、トマホークの誘導システムに感心したこともあったけど、もうそんなもの目じゃないね。

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2020年12月24日 (木)

体験できない時代

BSの「コズミック」というシリーズが好きでよく観ているけど、昨夜録画がした「国際宇宙ステーション20年」には感心した。
初期のころの宇宙ステーションでは、船内はわたしの部屋のパソコンの背後みたいにコードが入り乱れ、宇宙服にしてもドテラをひっかぶった関取みたいな不格好なものだった。
昨夜の番組では、CGの場面を除外しても、いよいよ「2001年宇宙の旅」に近づいたなという感じ。
番組のほうでも意識してこの映画に似せたような気がするけど、けっしてわるいことではない。
こういう進化を積み上げることが、若い人たちに宇宙旅行がま近にせまっていることを知らしめてくれるだろう。
残念ながら、わたしのけっして体験することのできない新時代がまたひとつ。

となりの韓国では駐韓米大使までかつぎだして、キムチの元祖は韓国だって。
いいの? そんなことしていて。
ほんと心配してるんだけどねえ。

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2020年11月16日 (月)

江戸数学

BSの Cool Japan という番組が好きでよく観ているけど、これは外国人を数名スタジオに招いて、日本のいいとこ悪いとこを議論してもらう番組だ。
昨日のテーマは「日本の江戸文化」というもの。
江戸文化といえば、たいてい浮世絵や歌舞伎、または寿司やテンプラや蕎麦などの食べものがくるのは当然だ。
しかし、そういうものはよく知られすぎて、この番組でも過去に何度も取り上げられており、なにをいまさらという感じである。

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江戸文化のひとつに「江戸数学」というものがあった。
日本人もあまり知らないと思うけど、これは方程式、関数、幾何などの数学の問題とその答えを、絵馬として神社や寺院に奉納したものだそうだ。
江戸時代には絵馬を使った、頭の体操ゲームのようなものまであったという。

ある人がこの問題が解けるかという絵馬をかける。
それを見た人々は答えを考えて、わかれば、その答えをまた絵馬にしてかける。
おどろくのはこれが庶民の流行だったということだ。
田畑の面積を割り出したり、年貢米の容器の体積を測ったり、庶民にも数学が必要だったこともあるけど、ギリシャ時代の哲学者の問答のようなことを、江戸時代の日本では農民までがしていたことになる。

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これじゃあ日本人の頭がよくなるのは当然だ、というと手前ミソになってしまうからいわないけど、庶民のあいだでこんなことが流行した国は、世界的にもほとんど例がない。
庶民はだまって税金だけ払っていればいい、勉強なんてケシカランというのが中国やおとなりの国の伝統で、日本の浮世絵が絵画の歴史に果たした役割を、ぜったいに教えない国がいまでもあるそうだ。

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知識を求めるのは人間にとって自然な欲求かもしれないのに、頭がいいとうるさくて仕方がないと、政府による愚民化政策がいまでも続いているとしたら、その国の国民は悲劇である。
朝鮮半島の人たちは抑圧されるのが当然なのだろうか。
北を見ても南を見ても。

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2020年10月25日 (日)

非情の世界

昨夜はNHKスペシャルを観ていた。
ああ、またあいつがエラそうなことをいうなと思われてしまいそう。
昨夜のそれは「追いつめられるシリア難民」というものだったけど、さて、なんといえばいいだろう。
わたしごときが、世界中で繰り広げられている悲劇について、悩んでいるような顔をしてもどうにもならないと、さっさとあきらめてひきこもりを続行すればいいか。

番組のなかに、仕事もなく、家族のためにパン一個も買えないと、絶望して焼身自殺をはかる父親が出てきた。
上半身を炎につつまれ、それでもロボットのように一歩二歩と歩く自殺者の映像は悲惨だった。
これはいったいだれが悪いのだろう。
いったい難民はどうして生まれたのだろう。

難民は内戦状態のシリアから逃れてきた人々だ。
それでは、なぜ内戦になったのか。
独裁者アサドがケシカランからと、反体制側ではいうだろう。
それではアサドを排除すればいいだろうか。
世界が一致団結して、この独裁者を放逐したとしても、またすぐに新しい独裁者があらわれるだけで、ヘタすれば混乱に拍車をかけるだけ。
あのへんの国に、公明正大な民主的指導者があらわれる可能性はひくいのである。

身から出たサビだと、見て見ぬふりをすればいいか。
難民を日本もどしどし受け入れればいいか。
同情はしますけど、それはちょっとという気持ちが、わたしにさえある。
ああ、もう考えれば考えるほど、頭がイタイ。
あ、やっぱり自分だけが悩んでいるみたいなことをいってと、まわりからそんな声が聞こえてきそう。
ええ、わたしももうすぐ、そんな悲惨な世界を見ることのない世界におさらばしますといって、せいぜい自分をなぐさめるしかないのか。

朝起きたら、テレビに日本の災害難民が出ていた。
地すべりで家も田畑も流されて、帰る故郷もないんですという。
そうですか。
同情はしますけど、日本政府がなんとかしてくれるでしょうと、今朝のわたしは非情な男である。

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2020年10月19日 (月)

香港の問題

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昨夜は香港の民主化運動をあつかったNHK特集を見ていた。
一時は中国の横暴だって盛り上がった騒動だけど、ここんところ沈静化しちゃって、これではイカンとNHKは、無理やり問題を深刻化しているように感じた。

そもそもは、中国が香港の民主化を認めないというので、怒った若者たちが立ち上がった運動なんだけど、肝心の香港人がかならずしも一枚岩であるようには思えなかった。
とくに年寄りと若者の断絶がはげしいようだ。
わたしなんかからしたって、現在の中国がそれほどひどい国には見えないんだけど・・・・
と、ここまで書いて、ふと気になって調べてみたら、天安門事件て、もう30年もまえのこと、香港返還もすでに20数年まえのことだった。
これでは韓国のように、歴史に無知な若者がどんどん増えてもおかしくない。

香港人というのはそのほとんどが、大陸からの亡命者といっていい。
だから、毛沢東時代の中国を知っている年寄りからすれば、香港は十分に民主化されているじゃないかということになり、最近の国際情勢しか知らない若者からすれば、いや、共産党は一党独裁でケシカラン体制だということになる。

番組の最初のほうに、棍棒や盾でデモ隊に暴力をふるう警官隊が出てきた。
これはヒドイ、やっぱり中国政府の暴力団的体質はなおってないのかと思ってしまう。
しかしよく見ると、この警官の制服はかなりいいかげんで、これはまだ大陸の機動隊が乗り出してくるまえの、香港警察だけの鎮圧隊だったようだ。
とりあえずボコボコにしちまえというのはかっての中国のやり方だったけど、現在はネットはあるし、暴力もほどほどにしないと世界中が注目しているのだ。
やりたくってもそう簡単に実力行使のできない時代なのである。

これでは歯がゆいと思ったがどうか、そのうち共産党政府は大陸から大量の機動隊を送り込んできた。
こちらは装備も本格的で、ひじょうに統制がとれている印象。
たちまち機関銃が火を吹き、戦車が乗り出して、現場は血の海かと思ったら、うーん、どうも中国の機動隊って日本のそれを見習ったのではないか。
アメリカなんかと比べてもずっとソフトな印象で、すみません、コロナが危険なので、4人以上で集会は禁止ですって、これがあの中国警察かってなもん。
しょっぴくさいの言葉遣いも丁寧だし、周りにマスコミの記者、カメラマンもうろうろしているのだ。

香港人を敵にまわしたくない中国政府は、徹底的に日本式でいけと厳命したのもしれない。
なかには本気でやっているデモ隊もいたみたいだけど、日本だって沖縄の基地周辺に行けば、デモ隊なのか暴力団なのかわからんのがウヨウヨいるらしいし、どっちが先に手を出したのか迷うところもある。
処刑された逮捕者がいないばかりか、民主の女神とされた周庭ちゃんだって、わたしの見立てどおり、逮捕の翌日には釈放だ。
彼女はまだこりずに運動を続けるといっているくらいだから、とても拷問や洗脳をされたとは思えない。
NHKのナレーションは必死で香港の悲劇を強調し、同情をあおっていたけど、疑り深いわたしには、みんな和気あいあいとやっているみたいで、緊迫感皆無の、なんか脱力しちゃう番組だったなあ。

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2020年9月18日 (金)

残照

録画してあったドキュメンタリー「残照・芸術家の家」を観ている。
フランスには芸術家だけが入れる国立の老人ホームがあるそうで、これはそうした家に住むもと芸術家たちを捉えたドキュメント。
もはや腰が曲がり、目はかすんで、創作活動もままならなくなった老人たちが、支え合って生きている家だそうだ。

いいなあと思ってしまう。
カン違いされちゃ困るけど、わたしもそんな老人ホームに入りたいわけじゃない。
この番組で観るかぎり、ホームに飾ってあるのは住人たちの絵であり、もとピアニストのおばあさんは、いまでも小さな女の子にピアノを教えている。
いくらフランスでも自称芸術家まで受け入れていたらきりがないので、芸術家として多少でも実績のある人でないと入居できないのである。
わたしがフランス人だとしても入れるわけがないのだ。

いいなあと思ったのはべつの理由で、たとえばフジ子・ヘミングみたいなおばあさんが、娯楽室でみんなにベートーベンを弾いて聴かせる場面がある。
演奏のあい間の会話に、さりげなくクラシックの曲名が出てくる。
わたしも老後はさりげなくそういう会話がしてみたい。
そういう会話のできる相手と暮らしたい。

部屋のなかでおばあさんが、もと彫刻家のおじいさんにCDを聴かせる。
足がへなへなになったおじいさんが、椅子にすわってそれを聴く。
おばあさんの杖が床に落ちる。
おじいさんがよろよろとしながら、それを拾い、よろよろとしながらおばあさんに渡すと、おばあさんはよろよろとしながら・・・・
笑いごとじゃない。

つい先日、わたしは脳梗塞で倒れた大先輩に会ってきたばかりだ。
先輩はまたみんなと酒が飲みたい一心で、リハビリに専念し、ようやく杖をついて歩けるていどに回復して、バスで街まで出てきたのだ。
しかし現実はきびしい。
かって大勢のとりまきを連れて、夜のちまたを闊歩した先輩だけど、この日に集まったのはわたしと、もうひとりの古馴染みだけだった。
考えてみれば彼の友人もどんどん衰えていて、いつでも好きなときに飲みに行ける仲間は少なくなっているのかもしれない。
かって野球部の部長までやった頑健な人が、杖なしでは歩けないほど老人化しているのを見るのは辛かった。

テレビのドキュメントにもどるけど、床に落ちた杖を一方がひろってもう一方に渡す場面の続き。
一本の杖に両側からふるえる手がのびる。
ふたりとももう歩くのさえ不自由している老人なので、これは感動的な場面だった。

さて、わたしの足が彼らほど衰えるのにあと何年かかるだろう。
さいわいわたしはまだ歩ける。
しかし彼らと同じようになる日は遠くない。
いまのわたしは深夜になると、
YouTubeで音楽三昧だけど、考えてみるとそれはとっても幸せなことだ。
最後の瞬間まで、この時間を大切にしようと思う。

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2020年9月 2日 (水)

科学の話

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自然科学の番組が好きで、「ダーウィンが来た!」や「ワイルドライフ」なんて番組をよく観る。
すこしまえの海外ドキュメンタリーで、進化論がどうのこうのといっていたから、それも観た。
この番組は「都会の中の進化論」というもので、なんでも、進化というものはひじょうにゆっくりしたものなので、ふつうの人間には動物が進化するさまをその目で見ることはできないということだった。
つまりいくら熱心に動物園に通っても、昨日はチンパンジーだったものが、今日は人間になっていたということを、目撃することはできないってことらしい。

それだけではべつにおもしろくもなんともない。
この番組では例外として、都会に棲む野生動物を取り上げていた。
たとえばニューョークの公園に棲む野ネズミは、ここ数十年のあいだに環境の変化に適応した、また化学物質に汚染された湖でも平気で生存できる魚も出現しているとか、ほんの短期間のうちに進化してしまった動物がいるということである。

いつか観た「ワイルドライフ」には、単独で暮らすはずのチータが、必要にせまられてライオンのように徒党を組むようになったという映像もあった。
進化というのはわたしたちが生きているあいだに見られる場合もあるらしい。
これなら昨日のチンパンジーが今日の人間というのも、あながち、と書こうとして思いとどまった。

わたしは最近、時間の経つのが早いなあとぼやいているんだけど、これは進化よりむしろ絶滅が近づいているということだろう。
人間の場合、これ以上進化するよりも、三葉虫や恐竜のあとを追うほうがふさわしく思われる。
いまより進化した人間て、どんなふうになるのか想像できる人います?

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