(NHK)テレビより

2017年11月11日 (土)

ハートのかたち

BSの「世界入りにくい居酒屋」という番組が好きだけど、最新のそれにクロアチアのザグレブという街が出てきた。
ここは小ウィーンとも称される美しい街で、市内のあちこちにハートのマーク(♡)が見られるそうである。
ハートのマークは人間の心臓がモチーフで、ふつう幸福のシンボルとしてとらえられている(異説もあるけどわたしはそう信じていた)。
このマークを知らない人はまずいないはず。
ところがこの番組を観た瞬間、ちょっと不吉な気分が頭をかすめた。

トランプの模様にも使われているくらいだから、このマークの起源はそうとうに古そうで、解剖学が発達するよりもずっと以前から使われていたんじゃないか。
ひとくちにハートのマークといったって、現物を見なければデザインはできないだろうから、これを最初に考えた人は、じっさいに人間の心臓を見たことがあるということになる。
X線が発見されてないころ、どうやって心臓を見ることができたのか。

こう考えると、不吉な気分がじわじわと。
戦争や内乱の絶えなかった欧州では、首をちょん切られたとか、腹を切り裂かれた死体を見ることはめずらしくなかったと思われる。
罪人の処刑にしたって、現在とは比較にならないくらい残忍な刑罰が多かった。
つまり当時の人たちが、人間の心臓がどんなかたちをしているかを見る機会は、けっして少なくなかったと思えるのである。

わたしがそんなことを考えたのは、クロアチアが、まだほんの20年前まで、民族浄化という言葉がはじめて使われた、血で血を洗う紛争の当事国だったからかもしれない。
幸か不幸か、そんな歴史はあっという間に忘れ去られ、いまではザグレブも風光の明媚な観光都市だ。
わたしがもっと若ければ、いちどは行ってみたいところだから、まあ、これはいいことなのだろう。

でもわたしは想像力が豊富なので、クロアチアなんて国名を聞くと、まだピクピクと動いている人間の心臓をまえに、デザイナーたちがああしようこうしようと頭をひねっている場面を想像してしまう。
食事のまえにこのブログを読んだ人がいたらゴメンナサイ。

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2017年10月 2日 (月)

人体の2

どうもタモリが出てくると、それだけで中身に疑問符がついてしまう。
そうぼやこうとしたけど、ここはやはり絶滅間近の頑固老人が口を出すべきじゃないんだろうねえ。
iPS細胞の山中伸弥教授をのぞけば、なんだかよくわからないタレントがぞろぞろで、科学の番組なのかバラエティーなのかわからんという、NHKの「人体」シリーズ。
腹が立つけど、いまはこういう、わかりやすいのがもてはやされる時代なんだろうなとあきらめる。

番組そのものは、28年前の最初のシリーズと比べても遜色のない、いや、さらに進化した医療機器の成果や、コンピューター・グラフィックがすばらしい。
体の中のいろんな内臓は、脳に支配されているだけではなく、それぞれが互いに連絡しあって生命を維持しているというのが、今シリーズ全体を通したテーマだそうだ。

そしてこのシリーズは、昨夜が第1回の「腎臓」で、これから7話も続くという。
その中にはガン治療の、現時点での最前線からの報告もあるらしい。
ガン治療と聞くと、せつない思いがわき上がる。
いま現在、わたしの知り合いの中に肝臓ガンで苦しんでいる人間がいるのだ。
彼がこの番組を見たら、医学の発達にもうすこし急いでくれないか、それとも自分がガンになるのがもうすこし遅ければと悩むことだろう。

かっては不治の病とされたものの、いまでは治療が可能になった病気はたくさんある。
あと10年後にはガンも治療可能な病気になっているかもしれない。
わたしにはわからない。
生まれた時期によって命拾いした人間もいたということで、これが人間の運、不運というものだろうか。

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2017年9月30日 (土)

人体

今夜からNHKで「人体」というシリーズが始まる。
わたしはいちばん最初のこのシリーズを録画して持っているけど、コンピューターグラフィックを使って人体のしくみをわかりやすく解説した、きわめて優秀な科学番組だった。
ところがナニ考えているのか、司会があのタモリだ。
けっしてタモリをけなすわけじゃないけど、芸能人にはその人から連想されるイメージというものがある。
タモリというとバラエティー番組を連想してしまうのはわたしの偏見か。

英国のBBCも科学番組に定評のあるところだけど、たいていはその道の専門家に司会をさせる。
有名な科学者のデヴィッド・アッテンボローがいい例で、みずから現地に飛び込んで、自分の言葉で語る。
科学番組にはこういう人を起用してほしいと思う。
いくら台本を読むのがうまいからといって、日ごろ使い慣れたタレントを使うのはやめてほしい。
番組自体が素晴らしければよけいそう思う。

と、ここまではまだ観るまえのわたしの意見。
じっさいに観てからまた感想を書くつもりだけど、さて首尾はいかに。

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2017年8月 6日 (日)

東京裁判

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なにげなくテレビを点けたら「東京裁判」という番組をやっていた。
どうせNHKの大河ドラマみたいなもんだろうと、あまり期待もしないで観るともなしに観ていたら、これはなかなか見ごたえのある番組のようだった(まだ目の前で放映中)。

東京裁判だから東条英機被告も出てくる。
彼に扮する役者が本人にそっくり、で、この役者は誰だと関心を持った。
しかしいくら見ても、わたしが過去に見たことのある東条被告そのものである。
ドキュメンタリーかとも思ったけど、裁判所以外の場面を見るかぎり、どうみても劇映画だ。

調べてみたら東条被告の映像をはじめ、その他の部分でも本物の記録映像が巧妙に使われているらしい。
それを違和感なく見せてしまうのは、やはり現代のデジタル技術のなせるわざだろう。
むかし「フォレスト・ガンプ」という映画で、記録映像の中のケネディ大統領が、主役と違和感なく会話するシーンがあった。
あのへんが嚆矢だな。

それにしてもいろいろ考えさせる映画である。
70年も経って、ものごとを単純化しようという大きなうねりの中で、被告たちの罪は五里霧中の闇に覆われてしまったけど。

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2017年5月 1日 (月)

大沐浴

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1週間ほどまえに録画した「大沐浴/3000万人の祈りの日」というテレビ番組(再放送)を観た。
これはインドのアラハバードという街で、6年にいちど行われる大規模な沐浴のようすをとらえたドキュメントだけど、いや、ひどいもんだねえ。
ヒンドゥー教徒によるガンジス川の沐浴というのは、その異様さで写真や映像にとりあげられることが多いけど、文明人の日本人には正視に耐えないものがある。
集団で海に飛び込むレミングのように、川べりに押し寄せた大群衆が、あまり清潔そうに見えない水に全身でつかって、欣喜雀躍しているのだ。
宗教には荘厳なものもあるけど、おぞましすぎるくらい不潔なものもあるらしい。
沐浴をする人の中には、臨時に設営された医療相談所で、下痢が止まらないんですと訴える人もいたくらい。
オイオイ。

わたしは2年前にボルネオに行って、はきだめ運河というべきところをクルーズする幸運(不運?)に出くわした。
ドブみたいな運河で泳いでいる子供たちを見て、もう若くないわたしは度肝を抜かれ、こうした状況を打破する方策はないものかと、ひとごとながららこころを痛めたものだった。
でもボルネオの場合は、環境衛生の概念が理解されれば自然にあらたまるものだろう。
インドの場合は宗教的な行事なので、非衛生だからやめましょうなんていったら、大群衆に撲殺されかねない。

これを敬虔な信仰心の発露と見るべきか、それとも無知な民衆の頑迷と見るべきか。
おそらくヒンドゥー教の聖典ができたころは、インドにこんなに人口が増えるとは想像しておらず、ガンジス川もまだまだきれいだったのではないか。
聖典考案者を責めちゃ気のドクだけど、これから新興宗教を立ち上げようという人は、千年後、2千年後を見据えて、信者にあまり迷惑にならない教義を広めてほしいものだ。
わたしが新興宗教の教祖サマなら、選ばれた若い女の子を巫子さんにして、沐浴は彼女たちだけが執り行なうこと、その他大勢はボランティアで川岸の清掃をすることと経典に書くけど。
ダメでしょうか。

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2017年3月 4日 (土)

バーバリーマカク

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去年の12月に録画しておいた「ワイルドライフ」の、アトラス山脈のサルという番組をいまごろ観た。
わたしは自然科学のドキュメンタリーが好きで、いろんな動物の生態に興味があるけれど、例外的にサルという動物がキライなので、番組を観るのもずっといいかげんにしてあったのである。
キライな理由は、サルというのはグループ同士でひじょうに仲がわるく、時として2001年宇宙の旅のように、殺し合いのケンカをするからだ。
そんな人間そっくりのところが、人間嫌いのわたしの嗜好に反するのだ。

この番組に出てきたのは、ニホンザルに似たバーバリーマカクというサルで、こういうタイプのサルが砂漠が売りもののモロッコにいるとは思ってなかったから、あらためて地図をながめてしまった。
尻尾があるように見えないサルだけど、いちおうエイプではなくモンキーに分類されている。
悲しいことに彼らもいまや絶滅危惧種だ。
原因は当然のような生息環境の破壊と、たくさんの子ザルがペットとして捕獲されるらしいから、モロッコには猿まわしが多すぎるということかもしれない。

彼らは斬新な方法で群れの平和を維持しているという。
オスも子育てに熱心であることで、他人の子供でも争って養育したがるらしい。
保育所が足りないことはわかっているくせに、それが近所にできるのには反対するどこかの人間と大違いだ。

もうひとつ平和を維持する方法がある。
ひとことでいうとフリーセックスだ。
サルというのはボスが群れのメスを独占している場合が多いけど、バーバリーマカクのメスは、オスを誰でも受け入れるという。
こんなかんたんなことで平和が保てるなら、と書くと、もうこのブログを読んでいる人には先が読めてしまう。
人間もそうすればいいと書くんだろう。
そのとおりだ。
彼女が妊娠したのは、ひょっとするとオレの子供かもしれないと思ったら、文句をいう男もいなくなり、みんな協力しあって子孫のために平和な世界を構築しようと考えるのではないか。
あまいか。

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2016年10月 5日 (水)

入りにくい居酒屋

終わったと思っていた「世界入りにくい居酒屋」がまた始まるそうだ。
NHKらしからぬぶっちゃけたテレビ番組で、といっても民放の低脳バラエティー番組とは一線を画すユニークな旅番組で、わたしは過去に放映されたものをぜんぶ録画しているくらい熱心なファンなのだ。
みめ麗しき呑んべえ美女たちの、たてまえを排した辛辣な会話も楽しい。
あー、ホント、部屋にひきこもりでも退屈しないねえ。

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2016年10月 3日 (月)

戦争と平和を考察する

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第1回目を録画しそこなったBBC版「戦争と平和」、2回目は無事に録画して、いまそれを鑑賞している。
これを観て思うこと、というか、じつにくだらない感想を。

わたしはすでにアメリカ版、ロシア版の「戦争と平和」を観たことはこのブログにも書いた。
製作された順番からいくと、アメリカ、ロシア、そして今回のBBCということになるんだけど、わたしが見たのはロシア版が最初で、つぎがアメリカ版になる。

ロシア版では主役のピエールを、監督のS・ボンダルチュクが自ら演じていた。
ところが彼の容姿は小太りのネクラそうなおっさんで、やがて美女のナターシャと結ばれる男にはとうてい見えない。
これは、どうしても主役を張りたい監督が、監督の特権をふりまわして強引に役をうばったのではないか。
なにしろあのロシアだからなと、そう思っていた。

アメリカ版ではピエール役はヘンリー・フォンダだ。
フォンダといえば、名作「荒野の決闘」のワイアット・アープで、これは女にもてそうなイケメンだから文句ないけど、ロシア版とはぜんぜんイメージがちがう。
はて、じっさいの小説中のピエールはどんな人物として描かれているのだろう。
わたしは原作を読んでないので、このへんの事情はふたつの映画を観ただけではわからない。
原作を読めばいいんだけど、とってもむずかしそうだし。

今回のBBC版では、ピエールはハリポタ・シリーズの主役みたいな顔をした若者で、イメージ的にはロシア版のピエールに近い。
もうひとりの主役であるアンドレイは、3本の映画すべてで、ハンサムかつ勇気ある軍人として描かれており、これについての人間像ははっきりしている。
どうやら原作では、ピエールは武人のアンドレイに対抗させて、小太りの文学青年として描かれているのではないか。
うん、これで長いあいだの疑問が解消した、って喜んでも1文にもならないけど。

映画を3本も観れば、原作を読まなくてもストーリーはわかってしまう。
主役のピエールとアンドレイはバツイチ同士、ヒロインのナターシャもいちどは不良男にもてあそばれ、その後アンドレイと恋に落ち、彼が戦死するとピエールと結ばれる。
「戦争と平和」って、好きモノの血をひくロシア人の、業の深さを物語るような小説ではないか。

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2016年9月26日 (月)

BBC戦争と平和

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近いうちNHKが「戦争と平和」を放映すると言うので、録画してやろうと注意をしていたけど、今夜なんとなくテレビをつけたら、それがちょうど終わるところだった。
なんだなんだなんだ。
てっきりBSだと思っていたら、地デジだったのがミスの原因。

でもまあ、それほど残念とも思わない。
今回の「戦争と平和」は英国BBCの制作らしいし、だとするとNHKの「真田丸」みたいなものだろう。
どうせCGを使って、一見派手に見せかけた、いまどきの若いモン向きの映画じゃないか。
それに録画しそこなったのはその第1回だけで、まだ残りが5回もあるのだ。

そんなにバカにするなら録画しなけりゃいいものを、それにこだわるのは、いろいろと比較してみたいからである。
わたしはすでにロシア版、アメリカ版の「戦争と平和」を観ているのだ。
おかげで原作を読み通したことがないくせに、ストーリーのあらかたをマスターしてしまった。
歴史的な文学作品がどんなふうに料理されているか、比較してみたいというのはそういうこと。
予告編を観たかぎりでは、今回のヒロインはえらいブスみたいだから、あまり期待してないんだけど。

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2016年9月10日 (土)

心配だ

旅行が好きなもので、BSの関口知宏の鉄道旅行をよく観るけど、今夜はハンガリーの鉄道が出てきた。
あいかわらず白人の娘ってのは美しいねえなんて感心する。

ところでハンガリーというと、ヨーロッパのどのへんにあったっけと悩む国のひとつ。
わたしの乏しい知識では、ヨーロッパに侵攻したモンゴル軍が、到達した欧州の最深部だったような。
破竹の勢いのモンゴル軍も、侵略できたのはこの国あたりまでだったということである。
ということはアジアに近いヨーロッパ、つまり東欧にある国らしいで正解。

もうひとつの知識は、テレビにも出てきたけど、目いっぱい広がる大平原だな。
以前読んだ本には、東欧をめざしたナチス・ドイツの機甲師団が、ハンガリーの平原を気持ちよさそうに疾駆するという描写があった。。
こういう景色を見ていると行ってみたいと思うけど、若返ったわたしがあと数人いないと無理。

この番組を観るたびに思うんだけど、関口クンは憎めない好男子だ。
ただ、番組の中では、いつも床屋に行けよといいたくなる髪型。
ファッションも歩き方もなよなよして頼りない。
旅のとちゅうで女の子たちから、年齢と、結婚してますかなんて聞かれて困惑していることもある(彼はまだ独身)。

相手に警戒されないってことで、得がたいタレントかもしれないけど、外国人から、日本人はみんなこういうタイプなのかと思われるんじゃないかと心配だ。

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