(NHK)テレビより

2018年10月10日 (水)

ライオン

ライオンというと、かっては百獣の王と称されたことがあった。
1対1でケンカをしたら、そりゃ、ゾウのほうが強いけど、ゾウは好んで他人にケンカを売るような動物ではない。
となると、やっぱり百獣の王にふさわしいのはライオンということになるだろう。

すべての動物に君臨し、愛情こまやかで、子供をいつくしむ。
擬人化すれば人間の模範にさえなる。
ところが近年、そんなライオンのイメージが転換しつつある。
じつはライオン社会では、子殺し、同胞殺しがめずらしくないことが、ドキュメンタリー番組などで次第にあきらかになってきた。
先日の「ワイルドライフ」という番組でも、おとなの雄に殺される若いライオンや、逃げおくれてまわりからオモチャにされたあげく、殺される可愛らしい子供ライオンが出てきた。
ついでといっちゃナンだけど、ハイエナに噛みつかれてひいひい逃げまわるライオンまで。

これが自然の当然の掟かも知れないけど、手塚治虫大先生がいまの時代に生きてれば、はたして「ジャングル大帝」で、ライオンを理想の王者として描いたかどうか。

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2018年9月 4日 (火)

新しい展望

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自称ナチュラリストの当方としては、日本に残された最後の秘境というべき西表島が恋しい。
あの干潟の軍隊ガニ(ミナミコメツキガニ)の群れが恋しい。
トイレのなかにまで入りこんでくるヤドカリが恋しい。
しかしもはや登山もダイビングも縁遠いものになって、秘境はますます遠ざかる一方だ。
そんな嘆きのわたしだけど、テレビを観ていて、あらたな展望が。

わたしはBSの 「ワイルドライフ」 という番組が好きで、欠かさず観ているんだけど、最近のカメラの性能向上には目を見張るものがある。
昨晩のそれには屋久島のコブシメという大きなイカが出てきた。
わたしは若いころ、初めて西表島に行って、せいぜい背丈ほどの深さの海中でこいつを見たことがある。
珍しいものを見たというより、美味しそうだなというのが最初の印象。
ヤリイカやスルメイカのようなスリムな体型ではなく、見るからに肉厚の、丸太ん棒みたいなイカだったもので。

そんなことはどうでもいい。
ここで問題にしているのは、カメラや撮影技術のことだ。
海の中で、2、3センチの コブシメの赤ちゃんにぴたりとピントを合わせる。
わたしもやってみたいけど、無理だろうな。
もはや機材にしても撮影技術にしても、しろうとが関われる域を超えている。
つまり、新たな展望というのはこのことだ。

わたしにはできなくても、テレビ番組が、わたしのやりたことを完璧にやってくれてるではないか。
いちいち西表島まで行かなくても、コブシメのクローズアップ、産卵するサンゴのアップ、ハタの口のなかを掃除する小さなエビのアップ、ゴマモンガラの究極のアップ(海中に設置してあったカメラをこいつがくわえてしまうのだ)、その他のめずらしい動物のアップなど、わたしには撮れそうもない生きものの生態を、美しい精緻な画像で見せてくれるのだから、部屋に寝っころがってテレビを観ていれば、むだな金を使わないですむということである。

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2018年8月28日 (火)

シルク・ドゥラ・シンフォニー

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「シルク・ドゥ・ソレイユ」というものがある。
いま日本でも公演しているけど、これは世界的に有名なサーカス団のことだ。

昨日は、なにげなくテレビ欄を見ていたら、「シルク・ドゥラ・シンフォニー」という文字が目についた。
文字づらからどうしても上記のサーカスを連想してしまう。
それで予約録画してみたら、これはサーカスとクラシックの演奏会が合体したもので、チャイコフスキーやオッヘンバックの名曲にあわせて、曲芸や奇術などを披露するものだった(日本公演は終了)。
なかなかユニークで楽しい番組だったけど、ひとつ問題があるな。

火曜日の早朝の5時からだなんて、え、そんな時間にテレビを観ている人間がいんのか。
それともこれって、以前はもっとまともな時間に放映したものの再放送だったのかしら。
知らないのはわたしだけだったのかしら。

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2018年7月15日 (日)

秘境×鉄道

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昨夜はBSで「秘境×鉄道」という番組を観ていた。
鉄道による海外の紀行番組で、案内役はくたびれた関口知宏クンに代わって、若手の古原靖久クン。
個人的には仲川希良ちゃんあたりがやってくれるともっといいんだけど、世界の秘境にある鉄道に乗るのが目的の番組なので、若い娘が案内するには危険すぎるってことなんだろう。

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今回の秘境はシルクロードというから、わたしの行ったところが出てくるかと思ったら、同じシルクロードでも中国から国境を超えたタジキスタン、カザフスタン、キルギスタンといった中央アジアの国々が舞台だった。
中国の新疆ウイグル自治区もそうだけど、これらの国はみんなイスラム国家で、風景や女性の服装をながめているかぎり、新疆とほとんど変わらないから、ついなつかしい気持ちで観た。
ここに載せた写真は、すべてわたしのアルバムから。

わたしは新疆ウイグル自治区を旅しているころ、カザフ人やキルギス人も見たことがある。
中国は世界一の多民族国家ということで、自国の中にたくさんの他の民族を抱え込んでいるのである。
もっとも名札を下げているわけではないから、相手の民族籍がわかったのは、言葉のボキャブラリーが少ないわたしが、知り合った相手にやたらに出自はどちらでげすと尋ねたせいだ。

新疆で知り合ったウイグル人と話をしてみた。
彼は日本語ガイドをしていたから日本語はペラペラだ。
このへんには他の民族も住んでいるそうだけどと訊くと、カザフのやつらは山の上に住んでますという。
客観的な立場のわたしとしては、“やつら”呼ばわりにびっくりしたけど、中央アジアの民族感情がすこしは理解できたような気がした。

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その新疆にある天池という大きな湖に行ったときのこと。
この湖は高山のいただきにあり、周辺に住んでいるのはカザフである。
ウイグルが平地で農耕にいそしむのに比べ、カザフは山中で牧畜にいそしんでいるということだった。
これはあくまで中国国内のカザフの場合で、国境を越えたカザフスタンは日本の七倍の国土を持っているというし、いまではさまざまな仕事に従事し、都会に住む者も多いはずだ。

カザフは女性でもたくみに馬を乗りこなす。
もっとも山のなかでは、馬より便利な乗り物は思いつかない。
平地に住むウイグルは、みんなロバ馬車で、女性が馬にまたがっているのを見たことがない。
天池を見物に行って、わたしも馬に乗ってきたけど、すぐ下の写真はそのときの女性馬方さん。

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ウイグル人は日本人とはあきらかに容貌が異なり、インド系というか、パキスタンやアフガニスタン人のような顔をしている。
これに比べるとカザフ人のほうは、日本人、というか、モンゴル人のような顔が多かった。
もっとも中には金髪碧眼までいて、長い歴史のあいだの複雑な混合を物語っている。
昨夜の番組を観ていると、タジク、キルギスも似たような感じで、年配の女性なんか、そのまま日本に持ってきても違和感がないように思えた。

そんなキルギスには驚くような風習があって、嫁さんはみんな誘拐されてきたのだそうだ。
この奇習についてはこのブログにも書いたことがあるけど、仲川希良ちゃんあたりが行ったら、誘拐されて現地妻にでもされていたかもしれない。
でも誘拐されてきた女性も、現在は文句もいわず幸福に暮らしているみたいだから、げに女性心理はわからない。
下の写真は天池の近くの農村でみかけた女の子ふたりだけど、彼女らの世代はおしきせの結婚から脱却するのではないか。

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はっきりいって、最近のアフリカよりも中央アジアの国々のほうが遅れている感じ。
古原靖久クンは政治にまで踏み込まないけど、駅員や乗客のなかには顔をかくす者もいたし、馬に乗るカザフスタンの草原散策は軍人の案内つき。
仔細に観ると、まだまだ隠しごとの多い国々であるような気がして、それがなおさらわたしの興味をひく。
わたしが30年若ければ、今度はこのあたりをさまよっていたものを。
グローバル社会からずれていればいるほどおもしろいというのが、わたしの信念なのである。

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2018年7月 4日 (水)

きさくな人たち

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いちばん最近のBS「世界ふれあい街歩き」は、ニューヨークのクイーンズ地区。
だいぶむかしの再放送だったけど、あらためて観てみると、この街には高架鉄道が走っており、そのガード下に屋台が出ていたりして、なんだか香港やバンコクみたいだった。
ニューヨークだから当然かもしれないけど、出てくる人たちも種々雑多で、とてもアメリカとは思えない。
でもわたしはこの番組のファンである。
名所旧跡や有名観光地に目もくれず、ほとんどはただ街をぶらぶらするだけ、たまたま見かけたおもしろそうな場所、そのへんのおっさん、おばさんたちと会話したり、庶民的グルメを紹介する。
わたしの旅と似たようなものだ。

番組のなかにこんなシーンがあった。
通りがかりの家の芝生の庭で、どこかの家族が懇談中。
カメラがのぞきこむと、まあ、寄っていきなさいと誘われる。
人間がきさくな土地では、こういうことはめずらしくない。
わたしはむかし中国を旅していて、しょっちゅうこんな体験をした。

ここに載せたいちばん上の写真は新疆ウイグル自治区で、レストランとまちがえて民家の庭に入り込んだら、まあ、寄っていきなさいよと誘ってくれたウイグル人のお父さんと子供たち。
ウイグル語なんてわからないから、たいした会話ができたわけでもないけど、スイカをご馳走になり、お人形さんのようにかわいいウイグルの子供の写真を撮ってきた。

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2番目の写真は、門のまえに花がいっぱい咲いていたのでみとれていたら、まあ、寄っていきなさいよとお茶を出してくれたウイグルのおじさん。
オレんちの梨畑も見ていけといわれ、帰りには2、3個の梨をもらってしまった。

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3番目は、南疆鉄道のとっつき、カシュガルのナイフ屋のおじいさん。
このあたりのナイフは有名なので、ひとつ買っとくかと出かけ、まあ、これなんかいいんじゃないかと勧められているところ。
イスラム教徒の歳はわかりにくいけど、おじいさんでいいのかしら。
元気でおもしろい人だった。

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4番目は、南疆鉄道の一等寝台で、左から朝鮮族、漢族、ウイグル族、写真には写ってないけど、わたしを含めれば4カ国の呑み会のようす。
まあ、飲みましょうよと誘われて、男女いっしょくたの道づれ同士で騒いでしまったのだ。
ふだんあまり人づきあいのよくないわたしだけど、基本的にノーテンキで誘いやすい顔をしていたんだなと、しみじみ思い出にひたってしまう。

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2018年6月19日 (火)

バレエふたつ

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土曜日(17日)の深夜に、BSのプレミアムシアターでバレエ番組を放映していた。
キライじゃないので録画しておいたら、今回のそれは「ジゼル」と「ル・ソンジュ」という作品だった。
わたしはいばれるほどバレエに詳しいわけじゃないけど、両方とも古典的なバレエ作品(ソンジュのほうは「真夏の夜の夢」)の現代版らしい。
チュチュに代表される、いわゆるバレエ衣装とは異なるいでたちで、これはもう現代舞踊といっていい作品になっていた。

バレエのダンサーというのは、人間としてこれ以上のものはないくらい、理想的なプロポーションをしている(容貌はフツー)。
そんな美女たち(男もいるけど、とりあえずそっちは棚上げ)が薄モノをまとって、うちの、まあまあ大きなテレビ画面で、しかもデジタルの精緻な映像で迫ってくるのだから、ずっとむかしにシネマ歌舞伎というものを、はじめて観たときと同じ感動があった。

たしかに美しい肉体が、人間わざと思えないようなつま先立ちをするのは、サッカー選手が人間の垣根をかいくぐって、ボールをポストに叩っこむのと変わらないくらい人々を感動させる。
どちらも芸術といってさしつかえない。
ただしプロポーションでいえば、サッカーがとてもバレエにはかなわないことは、なでしこジャパンを見ればあきらかだ。
美の基準は人それぞれというけど、わたしはやはり歴史的にも認められている、普遍的なもののほうに軍配を上げてしまう。

それにしても、どうしてバレエダンサーは必要以上に肉体を誇示するのだろう。
やっぱり苦労してきたえあげた体を、服の下に秘蔵しておくのはモッタイナイと考えるのだろうか。
なんだか知らないけど、そうとうにむかしからバレエというのは、踊りもさることながら、美しい肉体を誇示するものだったようである。
そりゃ百貫デブみたいな肉体が踊るより、魅惑的な肉体が飛んだりはねたりするほうが、バレエの主観客だった王侯貴族を満足させただろう。
オペラもそうとうむかしからあるけど、柳腰の美女では声量に難があったらしく、あちらはあまりプロポーションは問題にされない。

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裸体が透けてみえるようなバレエを観て、ニタニタと口もとをゆるめるというのは、あまりいい鑑賞方法とはいえないかも。
そんなイヤらしい目で観ているというのは、これもセクハラになるんじゃないか。
だんだんいつものわたしになっちゃうけど、バレエを観る男の本心を弁解しようとは思わない。
録画した映像のなかには、どうみても官能的すぎるシーンもあったくらいだし。

調べてみたら、両方とも映画として制作され、ディスクも売り出されているというから、タダで録画して得をした気分だ。
NHKの受信料はこういうときモトを取らなくちゃ。

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2018年4月15日 (日)

潜れ!さかなクン

昨日は「潜れ!さかなクン」というテレビ番組が再放送された。
わたしは以前この番組の本放送を観て、そのときはたわいない子供向け番組だろうと思って録画しそこなったから、再放送を心待ちにしていたのである。

子供向け番組だろうというのは、潜るという漢字にルビがふってあるくらいだからまちがいではない。
お魚博士のさかなクンの案内で東京湾に潜るという番組なんだけど、あいだに子供や、荒俣宏サンだとか、よく知らないタレントさんが出てくるところは、わたしのキライなバラエティ番組みたいである。
ただこの番組には、わたしが知りたいと思っていたことや、潜れるものなら潜ってみたいと思っていためずらしい場所がたくさん出てくる。

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たとえば東京湾アクアライン、東京湾を横断する海底トンネルだけど、トンネルの換気口として作られた風の塔という施設がある。
一般人の立ち入れないところだけど、こんな施設ができると、数年後にはその海中部分におびただしい生きものが棲みつく。
いったいどんな生きものが見られるのか、わたしはそれを知りたかった。
この番組にはでっかいコブダイや、ちっちゃいダンゴウオ、黄色と黒のきれいなウミウシ(ピカチュウウミウシというんだそうだ)、カエルアンコウ、幻想的なユウレイボヤやカミクラゲ、びっしりと張り付いたムール貝、食べたら美味しそうなハタ、メバル、沖縄でも見たことのあるミノカサゴ、そして目もあやな無数の小魚たちなど、ユニークな生きものがたくさん出てくる。

また湾内に仕掛けられた定置網、その中にどんな魚が入るのか、わたしは自分の目で見たかった。
個人で申し込んでもそんなところに潜らせてもらえるとは思えないから、さすがはNHKさまだ。

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ほかにも海藻の養殖場や、館山湾にある海底の神社、計画された大掛かりな漁礁など、身近にあってなかなか見る機会のない東京湾内の、貴重な潜水映像がいくつも出てくる。
東京湾がきれいな海になっているということは、以前の番組で知っていたけど、いまのそこはダイビングをしても、サンゴ礁の海にひけをとらない楽しめる海になっているのだ。
わたしは本放送を観たときから、ぜひ録画したいと思っていたのである。

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2017年12月 7日 (木)

NHKと受信料

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今朝のウチの新聞のトップは「NHK受信料、実質義務」だって。
解説があって、“NHKは政治との距離や中立性など、公共放送としてのあり方を問う声につねに向き合わねば” なんて、アンタにいわれたくないっていいたくなる文章が。
いうのを忘れたけど、ウチの新聞はリベラルとされる朝日だかんね。

ネットには、NHKは偏向しているとか、最高裁は国の味方だからなんていちゃもんが飛び交っているけど、つぎの選挙で自民党が勝つと決まっているわけじゃあるまいし、わたし的にはどうでもエエ。
だいたいテレ朝を見るまでもなく、テレビ局には大なり小なり偏向がつきものだ。
自分の信条どおりにやってくれないと、すぐに偏向してると騒ぐのは止めましょうよ、え、みなさん。

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わたしだってNHKにいいたいことはゴマンとあるのだ。
たとえば、ひとつだけ例を挙げると、これは相当にむかしのことなんだけど、イタリア語講座という教育番組に、胸を思いきり開いた衣装の娘(イタリア人)が、アシスタントとして登場したことがある。
なんという過剰なサービス精神かと感動したけれど、テレビに出るというので、彼女は自分がハリウッドスターになったとカン違いしたのかもしれない。
これはおカタい年寄り委員さんたちには気にいらなかったらしく、すぐにチクられて、2回目からは地味な衣装になってしまった。
わたしのイタリア語が頓挫したのはあれからじゃないか。
わたしはNHKにうらみがある。

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じつはわたしには受信料について文句をいう資格がないのだ。
なんとなれば、わたしが観るテレビ番組は、その95%がNHKなのである。
そんなわたしでも払わないを実践していたことがあるけど、テレビがデジタルになり、画面に目ざわりな文字が表示されるようになり、それを除去するためにとうとう敵の軍門に下らざるを得なかった。
でも文句はいうまい。
今夜は「世界入りにくい居酒屋」というBSの番組があって、わたし、これのファンなのよ。

添付した画像は今日の午後1時に、野川公園自然観察園にて。

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2017年11月11日 (土)

ハートのかたち

BSの「世界入りにくい居酒屋」という番組が好きだけど、最新のそれにクロアチアのザグレブという街が出てきた。
ここは小ウィーンとも称される美しい街で、市内のあちこちにハートのマーク(♡)が見られるそうである。
ハートのマークは人間の心臓がモチーフで、ふつう幸福のシンボルとしてとらえられている(異説もあるけどわたしはそう信じていた)。
このマークを知らない人はまずいないはず。
ところがこの番組を観た瞬間、ちょっと不吉な気分が頭をかすめた。

トランプの模様にも使われているくらいだから、このマークの起源はそうとうに古そうで、解剖学が発達するよりもずっと以前から使われていたんじゃないか。
ひとくちにハートのマークといったって、現物を見なければデザインはできないだろうから、これを最初に考えた人は、じっさいに人間の心臓を見たことがあるということになる。
X線が発見されてないころ、どうやって心臓を見ることができたのか。

こう考えると、不吉な気分がじわじわと。
戦争や内乱の絶えなかった欧州では、首をちょん切られたとか、腹を切り裂かれた死体を見ることはめずらしくなかったと思われる。
罪人の処刑にしたって、現在とは比較にならないくらい残忍な刑罰が多かった。
つまり当時の人たちが、人間の心臓がどんなかたちをしているかを見る機会は、けっして少なくなかったと思えるのである。

わたしがそんなことを考えたのは、クロアチアが、まだほんの20年前まで、民族浄化という言葉がはじめて使われた、血で血を洗う紛争の当事国だったからかもしれない。
幸か不幸か、そんな歴史はあっという間に忘れ去られ、いまではザグレブも風光の明媚な観光都市だ。
わたしがもっと若ければ、いちどは行ってみたいところだから、まあ、これはいいことなのだろう。

でもわたしは想像力が豊富なので、クロアチアなんて国名を聞くと、まだピクピクと動いている人間の心臓をまえに、デザイナーたちがああしようこうしようと頭をひねっている場面を想像してしまう。
食事のまえにこのブログを読んだ人がいたらゴメンナサイ。

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2017年10月 2日 (月)

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どうもタモリが出てくると、それだけで中身に疑問符がついてしまう。
そうぼやこうとしたけど、ここはやはり絶滅間近の頑固老人が口を出すべきじゃないんだろうねえ。
iPS細胞の山中伸弥教授をのぞけば、なんだかよくわからないタレントがぞろぞろで、科学の番組なのかバラエティーなのかわからんという、NHKの「人体」シリーズ。
腹が立つけど、いまはこういう、わかりやすいのがもてはやされる時代なんだろうなとあきらめる。

番組そのものは、28年前の最初のシリーズと比べても遜色のない、いや、さらに進化した医療機器の成果や、コンピューター・グラフィックがすばらしい。
体の中のいろんな内臓は、脳に支配されているだけではなく、それぞれが互いに連絡しあって生命を維持しているというのが、今シリーズ全体を通したテーマだそうだ。

そしてこのシリーズは、昨夜が第1回の「腎臓」で、これから7話も続くという。
その中にはガン治療の、現時点での最前線からの報告もあるらしい。
ガン治療と聞くと、せつない思いがわき上がる。
いま現在、わたしの知り合いの中に肝臓ガンで苦しんでいる人間がいるのだ。
彼がこの番組を見たら、医学の発達にもうすこし急いでくれないか、それとも自分がガンになるのがもうすこし遅ければと悩むことだろう。

かっては不治の病とされたものの、いまでは治療が可能になった病気はたくさんある。
あと10年後にはガンも治療可能な病気になっているかもしれない。
わたしにはわからない。
生まれた時期によって命拾いした人間もいたということで、これが人間の運、不運というものだろうか。

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