(NHK)テレビより

2019年1月21日 (月)

ル・ソンジュ

またバレエの話。
「白鳥の湖」に代表されるような古典バレエがどのくらいあるのか知らないけど、現代では新感覚のバレエが花盛りで、古典の範疇に入るものでさえ、いろんな方法で現代化されている場合が多いようだ。
前回のバレエの話題で取り上げた「くるみ割り人形」では、登場人物がスケートボードに乗ってあらわれる場面があった。
絵画でいえば、ピカソやミロのような前衛的作品に仕立て直すということなんだけど、わたしみたいに官能的であるかどうかを物差しにするファンには、とっつきにくい作品もある。
逆に官能的すぎてとまどっちゃう作品もあるんだけどね。

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しばらくまえに、やはりNHKのBSで、モナコ公国モンテカルロ・バレエ団による「ル・ソンジュ」というバレエを録画した。
「夢」という副題がついているけど、これはシェイクスピアの「夏の夜の夢」のバレエ版、しかもそれをさらに現代化したものだった。
このブログで取り上げた「コッペリア」や「くるみ割り人形」が、ご家族向けの楽しいバレエだったのに比べると、これは18才未満お断りといいたくなる刺激的なバレエだ。

わたしは原作を読んでないから、これについてブログに書くまえ、念のためウィキペディアに当たってみた。
なんか人間と妖精が入り乱れる喜劇らしいけど、ややこしくてよくわからない。
それでストーリーをうんぬんするのはやめて、目と脳みその直感で評価してみよう。

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冒頭に登場するのは、イロ気もなにもないぞろりとした衣装の数人の男女。
自己紹介によると、彼らは大工、鍛冶屋、服の仕立て屋、金物屋などで、これだけなら怒って録画をやめていたところだ。
しかしすぐに彼らの背景に二組の男女のペアがあらわれる。
こちらは宇宙船の乗組員みたいなSF的ファッションで、それでもわりあい体にぴったりの衣装だし、女が可愛いから許せる。

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問題はこのあと登場する妖精の大魔王とその奥さんだ。
奥さんを演じているダンサーはベルニス・コピエテルスといって、ひとかけらの贅肉もない渾身のバレリーナ。
それが全身を、骨盤のかたちまでありありと見せてしまうシースルーの肉襦袢につつんで、いやらしく亭主に絡んだり、のたうちまわったりするのだ。
奥さんの浮気を暗示するような場面、旦那(の大魔王)とよりをもどす場面、性行為を暗示するような場面などがつぎつぎにあらわれる。
こんなのをステージでどうどうと披露して、ナントカ陳列罪に当たらないだろうかと心配になるくらい超過激。

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見ればわかるように、たとえば舞台のセットなどは未来的で、古典の現代的解釈としてはおもしろい。
ただわたしは絵画や音楽でも、あんまりとんがりすぎると、精神に変調をきたすので、抽象的なものや前衛的なものが好きではない。
このバレエは古典を下敷きにしているけど、完璧に、もうなにがなんだかわからないの、コンテンポラリー・ダンス(現代舞踊)といっていいだろう。
だから本来はニガ手のはずなんだけど、やっぱりおおった手のあいだからのぞいてしまうのは、コピエテルスさんのみごとな肢体と、卑猥な演技のせいだよな。
バレエも、その他もろもろの芸術も、同じタイミングで同方向に向くんだねと、ひとつ真理を悟った気分。

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2019年1月16日 (水)

くるみ割り人形

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バレエの話題のその2として、つぎに 「くるみ割り人形」。
よく知られているけど、これも人形を主要登場人物にすえたバレエで、正式なタイトルは 「くるみ割り人形とねずみの王様」 というらしい。

わたしが録画したのはチューリッヒ・バレエ団の舞台で、ミシェル・ウィレムス演じる主人公を観たとき、まっ先に 「不思議の国のアリス」 を連想した。
主人公が可愛らしいのはいうまでもないけど、「くるみ割り」 も 「アリス」 も、ヒロインがロリコン少女タイプで、現実にはありえない不思議の国に迷い込むところが似ている。

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それはさておき、バレエダンサーというのは動きがほれぼれするくらい軽やかで、観ていて楽しい。
2番目の写真は、なんとかかけられた魔法をとこうとする王子様とヒロインの踊りだけど、ぴたりと決まったふたりのポーズが、まさに大向こうをうならせるといった決定的な場面だ。
観てみたいよな。

ほかにもバレエ初心者にはいろいろ勉強になるところがある。
「コッペリア」 と同じようにこのバレエにも、人形作りのおじさんが出てくるけど、チューリッヒ版ではこのおじさんが、カリブの海賊のジョニー・デップみたいで、彼の顔がいまのトレンドかとおもしろかった。

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このバレエにはほかに、狂言まわしみたいな感じで男女のピエロが登場する。
このうちの女のほうは、ほんとに女なのかと疑問を持つほど、不細工で滑稽な役なので、調べてみたら、中国人のイェン・ハンというダンサー(女)だった。
彼女はプリマも務めたことのある有名ダンサーらしいけど、やっぱり東洋人は足の長さで欧米人にはかなわないから、どうしても三枚目を押し付けられるのかしら。

そう思ったのも無理はない。
物語の中ほどに雪の精たちの幻想的なダンスシーンがあるんだけど、この場面には8頭身、というか、9頭身といってもいいスマートなダンサーがあらわれた。
発するオーラはただ者ではない。

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この舞台ではワキ役を務めていたけど、彼女はチューリッヒ・バレエ団のプリンシパルで、名前はエレナ・ヴォストロティナ。
ロシア・サンクトペテルブルク出身で、来日したこともあり、現在はスイスで活躍している人のようだ。
問題があるとすれば、テニスのシャラポアみたいな筋肉女子で、そのへんの怠惰なおじさんでは跳ね返されてしまいそうなこと。

ほかにもわたしの印象に残ったのは、お菓子の精に扮したロシア人のヴィクトリナ・カピトノワ。

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彼女自身のオフィシャルサイトによると、現在の彼女はボストン・バレエの専属らしいから、客演ということになるのだろうか。
いずれにしても、彼女もバレエ団を背負って立つ有名ダンサーで、けっしてよく知られた人ではないけど、わたしにはヴォストロティナと同じくらいオーラが感じられた。
そういうオーラを感じとるなんて、おまえもなかなか目があるなと思う必要はない。
このふたりはバレエ団の中では特別な存在らしく、ダンスシーンではその他大勢のダンサーより見せ場が多くて、あきらかに目立つのである。
そしてふたりともわたし好みの美人なのだ。

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ヴォストロティナさんかカピトノワさんのどちらかが、このバレエで、ねずみに呪いをかけられるお姫様役を演じてくれたらなあと思う。
ただ彼女らがこの舞台で主役や順主役を演じるには、いささかトウが立ちすぎかもしれない。
わたしはバレエ団のしくみについてよく知らないけど、それは学校のようなもので、いろんな演目があり、ダンサーたちはいろんな舞台で経験を積みながら、さらなる高みを目指すのだろう。
団員のうちのベテランともなれば、わき役にまわって、後輩の育成に協力するのが務めということもあるんじゃないか。

でもこんなきれいごとばかりじゃなく、内部では映画 「ブラック・スワン」 みたいに、ダンサーたちの競争があって、はげしい嫉妬半目もあるんだろうなあって、いろいろ想像してしまう。
ほんと、バレエというのは目と脳みその刺激になっておもしろい。

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2019年1月10日 (木)

コッペリア

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最近バレエにはまっている。
回転レシーブやビーチバレーではなく、白鳥の湖のほうである。
なんたる女々しい趣味であることよと、これはわたしが古い人間だから自分でもそう思う部分があるんだけど、しかしわたしはもともと、芸術に関するものならたいていのものが好きなのだ。
BSで日曜日の深夜によくバレエを放映しているので、ためしに録画してみたら、最新のデジタル画質で、カワイ子ちゃんのバレリーナが飛んだり跳ねたり、それが楽しくてついはまっちゃったんだけどね。
以前、映画館でシネマ歌舞伎なるものを観て、その臨場感に感心したことがあるけど、あれと同一線上にあるといっていい。

またイヤラシイ目で観てるんだろう。
そういう人がいるかもしれないけど、それはわたしの責任ではない。
バレエが人間の能力を極限までみがきあげた芸術だとしても、もし踊るのがガマガエルみたいな大年増だったら、はたして今日のような隆盛を極めたかどうか。
イヤラシイ部分から入って、やがてその芸術性を理解するというのもけっして間違った観方ではない。

で、新年早々バレエの話題だ。
「コッペリア」 というバレエを知っているだろうか。
もちろんわたしはぜんぜん知らなかった。
ちょいとまえにモスクワ・バレエ団のこの舞台を録画してみたら、これはお人形さんをテーマにした楽しいバレエだった。

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どんなバレエなのか、いちおうストーリーを紹介すると、ある村にコッペリウスという人形作りのおじいさんが住んでいた。
彼が作る人形があまりにも真に迫っているので、それを本物の人間とカン違いした村の若者が、人形に恋をしてしまう。
さあ、おもしろくないのは若者の恋人である村の娘だ。
彼女はおじいさんの留守中に家に忍び込み、人形の秘密に気がついてしまう。
そこへ同じく忍び込んできた若者や、帰宅してきたおじいさんが鉢合わせをして、てんやわんやというのがおおざっぱなストーリーだ。
もともと子供を含めたご家族向けの、健全で楽しいバレエなのだろう。

楽しいだけではなく、初心者にはバレエについていろいろと勉強になる。
YouTube を見ると 「コッペリア」 の映像は、いろんなバレエ団のものがいくつもアップされているから、その世界ではかなり有名な古典バレエで、知らないのはわたしだけだったようだ。
そしてダンサーが異なるだけで、まったく同じセットを使った舞台もあったから、モスクワ・バレエ団で定期的に演じられている、ひょっとすると団員たちの卒業公演みたいなものかもしれない。

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その舞台の宣伝用スチール写真を見ると、両手で円を描いたようなぎこちないポーズのダンサーが目につく。
これは人間の娘が人形に化けているのだ。
ダンサーがいかに人形を演ずるかが、このバレエの見どころといえる。

もちろんいちばん大切なのは、わたしにかぎれば、ヒロイン、つまりプリマにあたるダンサーがどれだけ魅力的かだ。
バレエ・ダンサーに魅力的でない娘はあまりいないけど、わたしが録画した 「コッペリア」 のヒロインはマルガリータ・シュライネルといって、スリムで笑顔のすてきなカワイ子ちゃんである(スリムでないバレエ・ダンサーもあまりいないね)。

有名な古典バレエの場合、音楽が先にあって、踊りはそれに合わせてあとから振り付けられるものらしい。
有名な白鳥の湖の場合、「小さな白鳥たちの踊り」 という挿入曲が、それだけ取り出しても十分に鑑賞に値するけど、「コッペリア」でも、人形に化けた娘がおじいさんを翻弄する場面での音楽が、何度も聴き返したくなるくらい素敵だった。
この舞台についてなにも知らなかったわたしだけど、こうやってストーリーや、見どころ聴きどころについて知ると、本物の舞台を観たいという気持ちになる。
「コッペリア」 はバレエ初心者の入門書としてもふさわしいバレエだ。

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わたしの部屋には、バレエやオペラの番組だけでもう10個ぐらい録画してあるので、またそのうちこの手の記事を書こう。
まったくのド素人の批評というのもおもしろいのではないか。

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2019年1月 6日 (日)

駅ピアノ

いま今朝の新聞のGLOBE紙面から思いついたことを書いているんだけど、おそれ多いことでもあり、崇高で光り輝く名文を書こうとしたら、ぱったり思考が停止して、それ以上筆(キー)が進まなくなってしまった。
とても今夜中には間に合いそうもないので、下らなくて、あまり輝かない文章でお茶をにごす。

NHKのBSに「駅ピアノ」という番組がある。
マルタ島が舞台というから、過去にわたしも行ったところであり、ついなつかしくなって録画してみた。

これは駅や空港に置かれたピアノを、通りかかった人が弾く、それだけの番組だった。
通りがかった人というのは、若い美女からそのへんのおっさん、黒人の若者、赤ん坊をかかえた人妻などで、曲目もクラシックからポピュラーまでさまざまだ。
ヨーロッパにはこういう、だれでも弾いていいピアノ・サービスを実施しているところが多いらしい。
日本だって自動販売機がどんな田舎や山奥にもある。
だから国民の公衆道徳心は負けていないなんて、このブログに書いたことがあるけど、やっぱり音楽好きとしては、こういうサービス、そして国民性がうらやましい。

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2018年10月10日 (水)

ライオン

ライオンというと、かっては百獣の王と称されたことがあった。
1対1でケンカをしたら、そりゃ、ゾウのほうが強いけど、ゾウは好んで他人にケンカを売るような動物ではない。
となると、やっぱり百獣の王にふさわしいのはライオンということになるだろう。

すべての動物に君臨し、愛情こまやかで、子供をいつくしむ。
擬人化すれば人間の模範にさえなる。
ところが近年、そんなライオンのイメージが転換しつつある。
じつはライオン社会では、子殺し、同胞殺しがめずらしくないことが、ドキュメンタリー番組などで次第にあきらかになってきた。
先日の「ワイルドライフ」という番組でも、おとなの雄に殺される若いライオンや、逃げおくれてまわりからオモチャにされたあげく、殺される可愛らしい子供ライオンが出てきた。
ついでといっちゃナンだけど、ハイエナに噛みつかれてひいひい逃げまわるライオンまで。

これが自然の当然の掟かも知れないけど、手塚治虫大先生がいまの時代に生きてれば、はたして「ジャングル大帝」で、ライオンを理想の王者として描いたかどうか。

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2018年9月 4日 (火)

新しい展望

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自称ナチュラリストの当方としては、日本に残された最後の秘境というべき西表島が恋しい。
あの干潟の軍隊ガニ(ミナミコメツキガニ)の群れが恋しい。
トイレのなかにまで入りこんでくるヤドカリが恋しい。
しかしもはや登山もダイビングも縁遠いものになって、秘境はますます遠ざかる一方だ。
そんな嘆きのわたしだけど、テレビを観ていて、あらたな展望が。

わたしはBSの 「ワイルドライフ」 という番組が好きで、欠かさず観ているんだけど、最近のカメラの性能向上には目を見張るものがある。
昨晩のそれには屋久島のコブシメという大きなイカが出てきた。
わたしは若いころ、初めて西表島に行って、せいぜい背丈ほどの深さの海中でこいつを見たことがある。
珍しいものを見たというより、美味しそうだなというのが最初の印象。
ヤリイカやスルメイカのようなスリムな体型ではなく、見るからに肉厚の、丸太ん棒みたいなイカだったもので。

そんなことはどうでもいい。
ここで問題にしているのは、カメラや撮影技術のことだ。
海の中で、2、3センチの コブシメの赤ちゃんにぴたりとピントを合わせる。
わたしもやってみたいけど、無理だろうな。
もはや機材にしても撮影技術にしても、しろうとが関われる域を超えている。
つまり、新たな展望というのはこのことだ。

わたしにはできなくても、テレビ番組が、わたしのやりたことを完璧にやってくれてるではないか。
いちいち西表島まで行かなくても、コブシメのクローズアップ、産卵するサンゴのアップ、ハタの口のなかを掃除する小さなエビのアップ、ゴマモンガラの究極のアップ(海中に設置してあったカメラをこいつがくわえてしまうのだ)、その他のめずらしい動物のアップなど、わたしには撮れそうもない生きものの生態を、美しい精緻な画像で見せてくれるのだから、部屋に寝っころがってテレビを観ていれば、むだな金を使わないですむということである。

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2018年8月28日 (火)

シルク・ドゥラ・シンフォニー

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「シルク・ドゥ・ソレイユ」というものがある。
いま日本でも公演しているけど、これは世界的に有名なサーカス団のことだ。

昨日は、なにげなくテレビ欄を見ていたら、「シルク・ドゥラ・シンフォニー」という文字が目についた。
文字づらからどうしても上記のサーカスを連想してしまう。
それで予約録画してみたら、これはサーカスとクラシックの演奏会が合体したもので、チャイコフスキーやオッヘンバックの名曲にあわせて、曲芸や奇術などを披露するものだった(日本公演は終了)。
なかなかユニークで楽しい番組だったけど、ひとつ問題があるな。

火曜日の早朝の5時からだなんて、え、そんな時間にテレビを観ている人間がいんのか。
それともこれって、以前はもっとまともな時間に放映したものの再放送だったのかしら。
知らないのはわたしだけだったのかしら。

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2018年7月15日 (日)

秘境×鉄道

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昨夜はBSで「秘境×鉄道」という番組を観ていた。
鉄道による海外の紀行番組で、案内役はくたびれた関口知宏クンに代わって、若手の古原靖久クン。
個人的には仲川希良ちゃんあたりがやってくれるともっといいんだけど、世界の秘境にある鉄道に乗るのが目的の番組なので、若い娘が案内するには危険すぎるってことなんだろう。

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今回の秘境はシルクロードというから、わたしの行ったところが出てくるかと思ったら、同じシルクロードでも中国から国境を超えたタジキスタン、カザフスタン、キルギスタンといった中央アジアの国々が舞台だった。
中国の新疆ウイグル自治区もそうだけど、これらの国はみんなイスラム国家で、風景や女性の服装をながめているかぎり、新疆とほとんど変わらないから、ついなつかしい気持ちで観た。
ここに載せた写真は、すべてわたしのアルバムから。

わたしは新疆ウイグル自治区を旅しているころ、カザフ人やキルギス人も見たことがある。
中国は世界一の多民族国家ということで、自国の中にたくさんの他の民族を抱え込んでいるのである。
もっとも名札を下げているわけではないから、相手の民族籍がわかったのは、言葉のボキャブラリーが少ないわたしが、知り合った相手にやたらに出自はどちらでげすと尋ねたせいだ。

新疆で知り合ったウイグル人と話をしてみた。
彼は日本語ガイドをしていたから日本語はペラペラだ。
このへんには他の民族も住んでいるそうだけどと訊くと、カザフのやつらは山の上に住んでますという。
客観的な立場のわたしとしては、“やつら”呼ばわりにびっくりしたけど、中央アジアの民族感情がすこしは理解できたような気がした。

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その新疆にある天池という大きな湖に行ったときのこと。
この湖は高山のいただきにあり、周辺に住んでいるのはカザフである。
ウイグルが平地で農耕にいそしむのに比べ、カザフは山中で牧畜にいそしんでいるということだった。
これはあくまで中国国内のカザフの場合で、国境を越えたカザフスタンは日本の七倍の国土を持っているというし、いまではさまざまな仕事に従事し、都会に住む者も多いはずだ。

カザフは女性でもたくみに馬を乗りこなす。
もっとも山のなかでは、馬より便利な乗り物は思いつかない。
平地に住むウイグルは、みんなロバ馬車で、女性が馬にまたがっているのを見たことがない。
天池を見物に行って、わたしも馬に乗ってきたけど、すぐ下の写真はそのときの女性馬方さん。

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ウイグル人は日本人とはあきらかに容貌が異なり、インド系というか、パキスタンやアフガニスタン人のような顔をしている。
これに比べるとカザフ人のほうは、日本人、というか、モンゴル人のような顔が多かった。
もっとも中には金髪碧眼までいて、長い歴史のあいだの複雑な混合を物語っている。
昨夜の番組を観ていると、タジク、キルギスも似たような感じで、年配の女性なんか、そのまま日本に持ってきても違和感がないように思えた。

そんなキルギスには驚くような風習があって、嫁さんはみんな誘拐されてきたのだそうだ。
この奇習についてはこのブログにも書いたことがあるけど、仲川希良ちゃんあたりが行ったら、誘拐されて現地妻にでもされていたかもしれない。
でも誘拐されてきた女性も、現在は文句もいわず幸福に暮らしているみたいだから、げに女性心理はわからない。
下の写真は天池の近くの農村でみかけた女の子ふたりだけど、彼女らの世代はおしきせの結婚から脱却するのではないか。

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はっきりいって、最近のアフリカよりも中央アジアの国々のほうが遅れている感じ。
古原靖久クンは政治にまで踏み込まないけど、駅員や乗客のなかには顔をかくす者もいたし、馬に乗るカザフスタンの草原散策は軍人の案内つき。
仔細に観ると、まだまだ隠しごとの多い国々であるような気がして、それがなおさらわたしの興味をひく。
わたしが30年若ければ、今度はこのあたりをさまよっていたものを。
グローバル社会からずれていればいるほどおもしろいというのが、わたしの信念なのである。

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2018年7月 4日 (水)

きさくな人たち

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いちばん最近のBS「世界ふれあい街歩き」は、ニューヨークのクイーンズ地区。
だいぶむかしの再放送だったけど、あらためて観てみると、この街には高架鉄道が走っており、そのガード下に屋台が出ていたりして、なんだか香港やバンコクみたいだった。
ニューヨークだから当然かもしれないけど、出てくる人たちも種々雑多で、とてもアメリカとは思えない。
でもわたしはこの番組のファンである。
名所旧跡や有名観光地に目もくれず、ほとんどはただ街をぶらぶらするだけ、たまたま見かけたおもしろそうな場所、そのへんのおっさん、おばさんたちと会話したり、庶民的グルメを紹介する。
わたしの旅と似たようなものだ。

番組のなかにこんなシーンがあった。
通りがかりの家の芝生の庭で、どこかの家族が懇談中。
カメラがのぞきこむと、まあ、寄っていきなさいと誘われる。
人間がきさくな土地では、こういうことはめずらしくない。
わたしはむかし中国を旅していて、しょっちゅうこんな体験をした。

ここに載せたいちばん上の写真は新疆ウイグル自治区で、レストランとまちがえて民家の庭に入り込んだら、まあ、寄っていきなさいよと誘ってくれたウイグル人のお父さんと子供たち。
ウイグル語なんてわからないから、たいした会話ができたわけでもないけど、スイカをご馳走になり、お人形さんのようにかわいいウイグルの子供の写真を撮ってきた。

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2番目の写真は、門のまえに花がいっぱい咲いていたのでみとれていたら、まあ、寄っていきなさいよとお茶を出してくれたウイグルのおじさん。
オレんちの梨畑も見ていけといわれ、帰りには2、3個の梨をもらってしまった。

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3番目は、南疆鉄道のとっつき、カシュガルのナイフ屋のおじいさん。
このあたりのナイフは有名なので、ひとつ買っとくかと出かけ、まあ、これなんかいいんじゃないかと勧められているところ。
イスラム教徒の歳はわかりにくいけど、おじいさんでいいのかしら。
元気でおもしろい人だった。

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4番目は、南疆鉄道の一等寝台で、左から朝鮮族、漢族、ウイグル族、写真には写ってないけど、わたしを含めれば4カ国の呑み会のようす。
まあ、飲みましょうよと誘われて、男女いっしょくたの道づれ同士で騒いでしまったのだ。
ふだんあまり人づきあいのよくないわたしだけど、基本的にノーテンキで誘いやすい顔をしていたんだなと、しみじみ思い出にひたってしまう。

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2018年6月19日 (火)

バレエふたつ

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土曜日(17日)の深夜に、BSのプレミアムシアターでバレエ番組を放映していた。
キライじゃないので録画しておいたら、今回のそれは「ジゼル」と「ル・ソンジュ」という作品だった。
わたしはいばれるほどバレエに詳しいわけじゃないけど、両方とも古典的なバレエ作品(ソンジュのほうは「真夏の夜の夢」)の現代版らしい。
チュチュに代表される、いわゆるバレエ衣装とは異なるいでたちで、これはもう現代舞踊といっていい作品になっていた。

バレエのダンサーというのは、人間としてこれ以上のものはないくらい、理想的なプロポーションをしている(容貌はフツー)。
そんな美女たち(男もいるけど、とりあえずそっちは棚上げ)が薄モノをまとって、うちの、まあまあ大きなテレビ画面で、しかもデジタルの精緻な映像で迫ってくるのだから、ずっとむかしにシネマ歌舞伎というものを、はじめて観たときと同じ感動があった。

たしかに美しい肉体が、人間わざと思えないようなつま先立ちをするのは、サッカー選手が人間の垣根をかいくぐって、ボールをポストに叩っこむのと変わらないくらい人々を感動させる。
どちらも芸術といってさしつかえない。
ただしプロポーションでいえば、サッカーがとてもバレエにはかなわないことは、なでしこジャパンを見ればあきらかだ。
美の基準は人それぞれというけど、わたしはやはり歴史的にも認められている、普遍的なもののほうに軍配を上げてしまう。

それにしても、どうしてバレエダンサーは必要以上に肉体を誇示するのだろう。
やっぱり苦労してきたえあげた体を、服の下に秘蔵しておくのはモッタイナイと考えるのだろうか。
なんだか知らないけど、そうとうにむかしからバレエというのは、踊りもさることながら、美しい肉体を誇示するものだったようである。
そりゃ百貫デブみたいな肉体が踊るより、魅惑的な肉体が飛んだりはねたりするほうが、バレエの主観客だった王侯貴族を満足させただろう。
オペラもそうとうむかしからあるけど、柳腰の美女では声量に難があったらしく、あちらはあまりプロポーションは問題にされない。

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裸体が透けてみえるようなバレエを観て、ニタニタと口もとをゆるめるというのは、あまりいい鑑賞方法とはいえないかも。
そんなイヤらしい目で観ているというのは、これもセクハラになるんじゃないか。
だんだんいつものわたしになっちゃうけど、バレエを観る男の本心を弁解しようとは思わない。
録画した映像のなかには、どうみても官能的すぎるシーンもあったくらいだし。

調べてみたら、両方とも映画として制作され、ディスクも売り出されているというから、タダで録画して得をした気分だ。
NHKの受信料はこういうときモトを取らなくちゃ。

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