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<title>春風駘蕩舎</title>
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<description>過激派老人のヤケッパチ日記</description>
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<title>日本と外国</title>
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<description>YouTubeでＮＨＫの御用解説者をしたこともある柯隆さんという人が「なぜ中国人...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>YouTubeでＮＨＫの御用解説者をしたこともある柯隆さんという人が「なぜ中国人はサクラの木に登り、花を散らすのか」と話しているチャンネルを見た。<br />これも中国をけなし、日本を礼賛するもののひとつらしいけど、そもそも日本と他国を比較するのが間違っているのだ。</p>
<p>わたしが少し前に<a href="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-d74c92.html">このブログに書いたとおり</a>、日本には徳川幕府という格差の少ない、庶民でも安心して暮らせる社会が300年も続いたのに、ほかにそんな国はほとんどなかった。<br />中国には“上に政策あれば下に対策がある”という言葉があるくらいで、こすっからくなければ生きられない社会が長く続いたのである。<br />とうぜんながら、おとなしく行列に並ぼうなどというモラルが身につくはずかなかった。<br />そういう歴史をわきまえずに日本と外国を比較すべきではない。<br />日本だって徳川幕府がなく、自分の贅沢しか考えない、たとえば北朝鮮のような独裁王朝でも続いていたらいまごろ中国人と変わらなかっただろう。<br />日本人は徳川幕府に足を向けて寝られないんだよ、わかってるんかね、いまどきの若者は。</p>
<p>しかもこの件では、サクラに登ったのは中国のユーチューバだという。<br />日本でも目立てばいいというので、回転寿司の店で醤油さしをなめた馬鹿がいたけど、あれと同じ類らしい。<br />ほんとうに考えなければいけないのは、日本人もどんどん外国並みに下落しているということだ。<br />日本人の美德はわたしたちのような団塊の世代が伝えてきたものといって過言ではない。<br />団塊の世代が絶滅すれば、それと同時に日本人の美徳も失われるに決まってんだよ。</p>
<p>ここでいちゃもんをつけている柯隆さんの経歴を見ると、日本語検定１級やケンブリッジ大学英語検定機構の資格などと、わたしなんか足元に寄れないくらい立派なものだ。<br />こういう人がどうして自分の祖国をあしざまにいい、わたしみたいな凡才の素人が中国を擁護しなければならないのだろう。<br />それだけYouTubeの中国批判は金になるということだろうか。<br />日本人の大多数が中国非難を期待しているということか。<br />やっぱり日本人が吹き寄せられるのはゴミ溜めでしかないようだな。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
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<title>レベル</title>
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<description>同レベルの人から比較されると腹も立つ。相手がそうとうレベルの低い人である場合腹を...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>同レベルの人から比較されると腹も立つ。<br />相手がそうとうレベルの低い人である場合腹を立てても仕方がないという考えが先に立ってしまう。<br />つまり文章をほんとうに理解できる人からの非難は気になるけど、この人は文章を読むということがどういうことかぜんぜんわかってないなと思える人の非難は気にならないということだ。<br />自分の文章を読んでおもしろがってくれる人がいればそれで満足。<br />たとえば世間の常識に反して、ロシアや中国を擁護する。<br />この世界には常識にとらわれた意見ばかりを読みたい人ばかりじゃあるまい。<br />自分の意見と相反する意見があれば、どういうことかと興味を持つのは自然のなりゆきだ。<br />そういう人が読んでくれれば、それだけでも自分の文章はそれなり意義のあるものだと信じるしかない。<br />こんなことを書いたのは、いまだにココログのアクセスカウンターを真実と信じる人がいるみたいだから。<br />そういう人には、たとえばココログで億というアクセスを誇る占い師さんのブログと、わたしのブログがどっちがまともかもわからないのだろう。<br />そんな低レベルな人の意見を気にしちゃいられんよ。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>ネットをめぐる</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
<dc:date>2026-04-12T10:27:41+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-bcc88d.html">
<title>ふたつのブログ</title>
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<description>うんざりだよと書いても世間がみんなイカれている状態では、わたしのなげきもそんな世...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>うんざりだよと書いても世間がみんなイカれている状態では、わたしのなげきもそんな世間に埋もれて誰にも届かない。<br />今日もＳＮＳを閲覧していたら、<a href="https://kamogawakosuke.info/2026/04/11/no-2868-">「耕助のブログ」</a>さんが、世界的な経済学者のＪ・サックス教授の意見としていいことを書いていた。<br />わたしがこういうときは、みなさんも読んでごらんなさいという意味だ。<br />残念ながらわたしの提言も、その他大勢の無知な人々の意見に埋もれてしまう傾向があるけど。<br />はたしてどれだけの人が「耕助」さん（サックス教授）の意見を読むだろう。</p>
<p>これからはアジア、アフリカの時代だと教授はいう。<br />“<strong>中国の台頭は、中国の生活水準を向上させ、貧困を削減し、世界全体に恩恵をもたらす様々な技術革新を生み出した良いニュースなのだ</strong>”<br />これは教授の意見の一部だけど、そう考えない人が多すぎる。<br />中国のやっている一帯一路政策は地球上のあらゆる部分に光を当てようというものだ。<br />そうやってインフラ支援などを続けてきた中国が、貸した金を返せといって、病人の布団をひっぱがすようなことをしたことが一例でもあるだろうか。<br />中国は西洋に搾取されてばかりいたアフリカにも光を当てて、共に繁栄しようとしているのだよ。<br />この方針はあきらかに西洋列強がしてきたやらずぶったくりとは異なる。<br />こんな簡単なことも悟らず、対立と分断をあおるだけの人々があとを絶たない。</p>
<p>「耕助」さんと対極にあるのが<a href="https://finalvent.cocolog-nifty.com/">「極東ブログ」</a>さん（４月10づけの記事）で、もちろんわたしは公平を期するために、こちらも読むべきだと薦める。<br />ついさいきん中国の習近平さんと、台湾の野党国民党（中国と融和的）党首が会談をした。<br />それについて、「極東」さんのスタンスはあいかららずわかりにくい。<br />そのときそのときで自分に都合のいい理論を導き出そうとするからではないか。<br />脳梗塞のわたしにはいい頭の運動になるけど。<br />対立と分断を防ぐために、あらかじめ発言の内容を擦り合わせるのがどこが悪いのか。<br />“<strong>こうした会談の帰結は、台湾社会に深刻な分断を招き、民主的価値観を基盤とする台湾の未来を脅かすものと言わざるを得ない</strong>”のだそうだ。<br />もしも習近平さんと国民党の党首の会談がなければ、あるいはそうしたあらかじめのすり合わせがなければ、台湾社会にどんな未来が待ってるというのか。<br />それこそ現在のウクライナと同じ、若者たちの悲惨な殺し合いだけじゃないか。<br />それを回避する方法は、いまならまだあるのだよ。</p>
<p>そしてまた「<strong>国民党は自らを『中華民族』の一員として位置づけることで、台湾独自の民主的アイデンティティを希薄化させている</strong>」などという。<br />“アイデンティティ”という言葉は、<a href="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/03/post-966902.html">以前にもわたしがとがめた</a>ことがある。<br />なんでそんなものにこだわるのかね。<br />中国は平和攻勢に訴えるだけで、これまで一度だって軍事行動を起こしたことはないし、むしろ台湾人を、同じアイデンティティを持った同胞という見方をしているではないか。</p>
<p>「極東」さんの意見はなかなか理論的で重厚なものに見える（だからこそわたしは彼の意見を推奨するんだけど）。<br />しかし表面的なパッケージに感心してばかりじゃいけない。<br />これもまた対立と分断をあおる意見のひとつにしか過ぎないことを読者は自覚するべきだ。<br />いずれにしたって台湾の運命を決めるのは台湾人自身なのだから、まわりがよけいなことをいっても仕方がないんだよ。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>ネットをめぐる</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
<dc:date>2026-04-11T23:02:35+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-3a123c.html">
<title>破綻の予感</title>
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<description>私はいろんなブログをつまみ食いする。そんなひとつに、以前調子に乗って揶揄したこと...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>私はいろんなブログをつまみ食いする。<br />そんなひとつに、以前調子に乗って揶揄したことのある<a href="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2025/01/post-7ddda4.html">「咆哮するテナーサックス」</a>さんがある。<br />そのときは彼の奥さんに対するぼやきがおかしくてついからかう発言をしてしまったんだけど、結婚もしていないわたしがいうべきことではなかった。<br />申し訳ない、反省して取り消す。<br />その<a href="http://abarenbou-tenorman.cocolog-nifty.com/tenor/">「テナーサックス」</a>さんがいいことを書いていた。<br />いま日本政府はＮＩＳＡなる投機に国民を引っ張り込もうと躍起だ。<br />いったいどこの世界に国民にバクチを薦める国がある。<br />ずっと昔にアルバニアが国民にねずみ講を薦めて、破綻した先例があるくらいだ。<br />これは陰謀ではないか。<br />将来日本政府の手に負えない超不景気がくる。<br />そのときみんなが投機をしていれば、損をするのもみんな一緒だ。<br />だから政府だけが悪くないと言い逃れをするための。</p>
<p>みんなで揃って大損をしようということで、その時期は米国主導のドル建てシステムが崩壊するときではないか。<br />つまり日本政府もＢＲＩＣＳ主導の新しい経済システムがあらわれることは織り込み済みなんじゃないか。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
<dc:date>2026-04-11T11:42:10+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-86d4d4.html">
<title>カフカの「変身」</title>
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<description>前項で“ある朝起きたら脳梗塞で介護老人になっていた”と書いた後で、どこかで似たよ...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>前項で“ある朝起きたら脳梗塞で介護老人になっていた”と書いた後で、どこかで似たような本を読んだことがあるのに気がついた。<br />出張セールスマンのグレゴール・．ザムザ君がある朝起きたら自分が１匹の甲虫になっていたというカフカの「変身」である。<br />あわてててて青空文庫でこれを読み返してみたら、シチュエーションはよく似ている。<br />脳梗塞と甲虫ではだいぶ違うではないかというなかれ。<br />目を覚ましてみたら、自分が手足も自由に動かせない、それまでの自分とは全然異なる生き物になっていたという状況はよく似ているではないか。<br />ザムザ君が甲虫に変身したからと言ってＳＦやホラー映画のような大騒ぎにならず、両親や妹も比較的冷静であるところが不条理文学の不条理たる由縁だ。<br />じっさいにはカフカを取り囲む環境はかなり厳しいものがあり、孤独や閉塞感などの重圧から逃れるために彼に変身願望が生じたとすればその点もわたしに似ている。<br />わたしも最近のキチガイじみた世相から逃れたいとつねづね感じているのだ。<br />だからといって、この社会の介護システムの恩恵を無視してまでは生きられない。<br />そういう矛盾を内蔵したまま、わたしのこのブログ記事は終末になだれ込む。<br />もだえ苦しむわたしを放っておいたまま、世間のほうはいままで通りにゆったりと時間が流れていくのである。<br />わたしの花壇ではチューリップが花盛りで、近所の保育園の子供たちが歓声を上げながら見とれて行く。<br />あのなかの少女もやがてはおとなになり、きれいな娘になるだろう。<br />世間はなにも変わらず“変身”したわたしだけが、不条理文学の主人公のように忘れられていくのだ。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
<dc:date>2026-04-10T10:53:07+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-a2b2df.html">
<title>みんな頑張ろう</title>
<link>http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-a2b2df.html</link>
<description>ある朝起きたら脳梗塞で介護老人になっていた。治療方法はないのかねと考えていたら、...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>ある朝起きたら脳梗塞で介護老人になっていた。<br />治療方法はないのかねと考えていたら、どうもなさそうだ。<br />同じ病気を患った有名人に、あの田中の角栄さんがいた。<br />彼は資産家だし、いま太閤と呼ばれたほどの実力者だから、治療方法があるなら、彼のほうがとっくにやっているだろう。<br />そんな形跡がないということは、つまり脳梗塞には治療方法がないということだ。<br />これでは回復を信じてリハビリに励んでいる全世界の患者さんの希望を断ち切ってしまうな。<br />そう思うから、わたしはできるだけ楽天的に生きようと思う。　<br />幸い日本は介護老人のアフターケアでも世界の最先端を行く国だ。<br />どっちにしてもわたしはそのうち寿命が尽きる。<br />残りの人生で、フツーの人がめったに体験できない脳梗塞患者の日々をつづって日本の文学史に名を残すのだ。<br />これもなにかの縁だけど、近所の元ライ病患者の収容施設・全生園には北条民雄いう先駆者がいた（彼の作品はいつでも青空文庫で読める）。<br />見よ、この気宇壮大なこと。<br />全世界の同じ病の患者さん、あなたは決してひとりじゃないんだよ。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
<dc:date>2026-04-09T19:15:51+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-be3ae1.html">
<title>世代の断絶</title>
<link>http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-be3ae1.html</link>
<description>壊れた風呂に悩んでいた久美ちゃんはどうなったいと、例の「久美のNEWSな日記」（...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>壊れた風呂に悩んでいた久美ちゃんはどうなったいと、例の<a href="http://kojipyon.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-6789e4.html">「久美のNEWSな日記」</a>（７日づけ記事）を読むんだけど、あいかわらず自虐ネタがおもしろい。<br />日大の理事に収まって、いまは大御所みたいな顔をしている林真理子だって、そもそものスタートは自虐ネタだった。<br />世間の常識をひっくり返すような愉快な文章をどしどし書いとくれ。<br />まじめくさって天下国家を論じるようなブログは読む気がしない。</p>
<p>YeuTuなんかを観ると、もうなにも信じられないという人も少なくないだろう。<br />わたしは時々自分の過去ログを読み返すんだけど、キチチガイじみた世界で唯一信じられるのがこのブログと言っても過言じゃない。<br />わたしだって、どうしても団塊の世代の常識から逃れられない古い人間だよ。<br />こんなことを書いたのは久美ちゃんが、駅で若いサラリーマン３人連れのあけすけな会話を聞いて驚いていたからだ。<br />久美ちゃんもこちら側の人間かと安堵したけど、その程度で驚いちゃいけない。<br />私も人間を70年もやっているから、若者の驚くような発言や言動はたくさん見てきた。<br />それでも最近の風俗の乱れはじいさんには想像もできないレベル。<br />とくにネットに氾濫しているポルノビデオなんかを観ると、もはや日本に処女の女子高生、貞淑な人妻なんて絶滅したんじゃないかと思うくらい。<br />久美ちゃんも駅で見た３人連れの会話ぐらいで驚いていると、若者たちから遅れていると思われるだけだ。</p>
<p>もうひとつ。<br />彼女は小泉悠サンのファンらしいけど、小泉サンといえばＮＨＫの御用解説者のひとりで、ウクライナ戦争を煽った張本人でもあるんだから、あまり彼を信用してほしくない。<br />といってもいったん信じてしまったカルトから抜け出すのが容易でないことも、嫁さんが亭主に三行半を叩きつけるほど簡単でないこともわかる。<br />あなたの苦しいことはよくわかるけど、ただでさえ理屈っぽい女と思われそうだから、これ以上ウクライナ兵の家庭を破壊するのに加担するのは考えましょうよ。　<br />ねえ、久美ちゃん。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>ネットをめぐる</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
<dc:date>2026-04-08T19:10:46+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-d74c92.html">
<title>日本人の気質</title>
<link>http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-d74c92.html</link>
<description>司馬遼太郎の「街道をゆく」のどこかに日本人はなぜむかしから綺麗好きだったのかと考...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>司馬遼太郎の「街道をゆく」のどこかに日本人はなぜむかしから綺麗好きだったのかと考察する箇所があった。<br />そういわれると、銭湯だけで一冊の本が書けるくらい日本人はむかしから風呂が好きである。<br />作家も理由がわからないまま「日本は湿気が多くべとべとしてるから」などといい加減な返事ですませると、いあわせた中国人からそんな国はほかにいくらでもあると反論されていた。<br />けっきょく本のこの部分では結論が出なかったようだから、わたしも考えてみた。<br />なんで日本人はむかしから風呂が好きなのか。綺麗好きなのか。<br />例によってググッてみると、生成ＡＩは日本には“禊ぎ”という宗教的慣習があったからなどとこむずかしい理屈をいう。<br />神代のむかしまでさかのぼってみればそうかも知れないけど、日本は地理的条件もあって、むかしから水はタダといっていいくらい豊富だったということが考えられる。<br />たとえば水の乏しい砂漠の国で風呂に入る文化が育つだろうか。<br />おまけに温泉もたくさんあったから入浴の効能もよく理解していたといえるんじゃないか。</p>
<p>近世になってからはこれに新たにひとつの要素が加わった。<br />徳川300年の治世である。<br />徳川幕府というのは当時の世界でも傑出して格差が少なく、治安のよい政府だった。<br />しかも神田上水、玉川上水の掘削に見られるように300年の治世を通じてつねに水はタダ当然だった。</p>
<p>貧しい人はどんな国にでもいると考え、全体的に見れば、江戸時代はだれでもゆとりを持って暮らせる社会だったのだ。<br />熊さん、八っつあんでも仕事を終えた後、吉原へ女郎をかまいに行けたのである。<br />女郎をかまいに行くのにひと汗流してからというのは誰でも考える。<br />この点でも江戸幕府は人口の割合に応じて銭湯いくつというふうに銭湯の普及にも努めた。<br />こんな国はほかにない。<br />ロシアや中国のような帝国や王朝では、権力者の欲望は止まることがなく、庶民は苛斂誅求のぼったくり政治に喘いでいた。<br />へたに金を儲ければ権力者に目をつけられて財産没収、当人は無実の罪で死罪なんてことがいくらでもあったのである。<br />庶民が明日の心配をせずに安心して暮らせる。<br />これが日本と外国の違いだ。</p>
<p>越後屋や白木屋のような大店もあったけど、ただ儲けるわけにはいかず、彼らは町内の祭りごとや火災防災に責任を持たされていたし、店の前はつねに掃き掃除を、これは自ら進んでやっただろう。<br />そういう費用を分担させることで、江戸幕府は格差の拡大を抑えることに熱心だった。<br />結論として、日本人の清潔好きというのは徳川300年の善政によるところが大きいと思わざるを得ない。<br />綺麗好きだけではなく、いま訪日外国人たちが感心する日本人の美徳のほとんどが、徳川幕府の治世時代に備わったといっていいだろう。</p>
<p>「街道をゆく」には、日本人のこの綺麗好きが他の民族への蔑視につながったとも書いてあった。<br />綺麗好きというのは生物学的な生まれつきの個性ではないのだから、同じモンゴロイドの中国人でも、お上が公正な政治をしさえすれば、やがて日本人と肩を並べる可能性がある。<br />自分のいい点だけを見て他人を評価すべきではない。<br />もうすこし謙虚になったほうがいいということで、最近のYouTubeなんかの日本スゴイ系の映像なんがを観るとつくづくそう思う。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
<dc:date>2026-04-07T15:57:36+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-e19d63.html">
<title>つげ義春と夏目漱石</title>
<link>http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-e19d63.html</link>
<description>アマゾンで注文しておいた、つげ義春の「紅い花」が届いた。小学館の文庫シリーズで、...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>アマゾンで注文しておいた、つげ義春の「紅い花」が届いた。<br />小学館の文庫シリーズで、同じ文庫の「ねじ式」を揃えれば、わたしがもういちど読みたい彼の作品はほとんどこの２冊に入ってるのだ。<br />以前にも持っていたんだけど、終活で処分してしまって、もったいないことをしたものだと思う。<br />そういうことはよくある。<br />処分した本を、ある日突然読みたくなることが。<br />脳梗塞で寝たきりのわたしは、作家の死を聞いて、むしようにその作品を読みたくなったのだ。<br />１冊３００円の中古本だけど、これが与えてくれる喜びはとてつもなく大きい。</p>
<p><a href="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2007/10/post_2549.html">つげ義春と井伏鱒二</a>の小説に共通点のあることは世間によく知られている。<br />意外かも知れないけど、わたしはそこに夏目漱石も加えようと思うのだ。<br />つげと夏目漱石という取り合わせはまだ論じた人はいないんじゃないか。</p>
<p>夏目漱石に「草枕」という小説がある。<br />これは主人公が熊本の那古井温泉をめぐったときの思い出を創作化したものだけど、物語の中に劇中劇のような感じでもうひとつの旅のエピソードがはさまる。<br />それが房総半島の小さな海辺の宿に泊まった時の回想で、主人公にいわせると草双紙にでもありそうな体験ということである。<br />このエピソードを読んでわたしがまっ先に連想したのがつげ義春のマンガだった。<br />つげの作品にも房総半島を舞台にしたものは多いし、わたしにも房総半島は思い出の多いところなのである。</p>
<p>わたしは若いころ、タンポポのいちめんに咲いていた季節だったけど、養老渓谷から外房の安房小湊まで縦走を試みたことがあって、あちこちで見た農村風景に、ついつい「西田部村事件」のようなつげ義春の作品を思わないわけにはいかなかった。<br />草双紙に出てきそうな宿屋というのが本当にあるなら、わたしもぜひ泊まってみたかった。<br />残念ながらそういう宿には出食わさなかったものの、わたしはいまでも草枕のこの部分をよむたびに、つげ義春のマンガから受けた感動と同じものを感じるのである。</p>
<p>草双紙の部分はとちゅうにはさまったエピソードに過ぎないけど、本題の那古井温泉の部分もつげの作品を思わせる。<br />明治の田舎はすべてそうだったのかも知れないけど、那古井の里温泉のある田舎にはひょうひょうとした空気が流れていて、その空気を破るのは宿のひとり娘で出戻りのお那美さんだけである。<br />彼女は漱石好みの大胆で先進的（当時としては非常識）な女性で、旅をしている主人公の絵描きが、結婚式のときのあなたはさぞかし美しかったでしょうね、見たかったなあというと、みなが寝静まった深夜にじっさいに花嫁衣装で画家の枕元に立ったり、画家と西洋の美術について談義したあと（けっこう知的な女性なのだ）入浴中の画家のわきに全裸で現れたりする。<br />もちろん明治の文学だからたちまち生殖行為に励むわけじゃないけど、その駘蕩とした雰囲気はまさにつげ義春の旅である。<br />わたしはつげのマンガから受けたと同じものを、草枕を読んで脳の中の同じ部分で感じていたのだ。<br />こういう名作をどんどん読んで、せめて旅を愛する人だけにでも、その素晴らしさを伝えるのは団塊の世代の義務じゃないだろうか。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>深読みの読書</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
<dc:date>2026-04-06T10:22:05+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-321280.html">
<title>鬱金香（チューリップ）</title>
<link>http://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/2026/04/post-321280.html</link>
<description>
今年もチューリップが満開になった。残念ながら脳梗塞をやったわたしはもう手入れが...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://libai.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/1396.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="1396" src="https://libai.cocolog-nifty.com/oosawamura/images/1396.jpg" alt="1396" width="370" height="245" border="0" /></a><br />
<p>今年もチューリップが満開になった。<br />残念ながら脳梗塞をやったわたしはもう手入れができない。<br />そこで自嘲的な一句。<br />　　鬱金香不具者の身には身にあまり</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>近所の野生たち</dc:subject>

<dc:creator>酔いどれ李白</dc:creator>
<dc:date>2026-04-06T05:50:01+09:00</dc:date>
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